第12話 小凪の弁当とハプニング
膝枕って、すげぇ。
翌朝。アラーム音で目を覚ました俺は、体をほぐしつつそんなことを考えていた。
大量に溜まっていた疲労もスッと消え去り、時間が経った今でもリジェネ状態かと思うほど体が軽い。
さすがに妹である
まぁ、俺に彼女ができるかどうか怪しいけどな。
そんな自嘲しているうちに着替え終わり、鞄を持ってリビングへと向かった。
「兄さん」
「ん? なんだ?」
それから時間は少し飛び、朝食の席。いつも通り二人でご飯を食べていると、突然小凪に呼ばれた。
「兄さんって、お昼どうしてる?」
「昼飯か? まぁ学食か購買部で買ってるな」
「お金、大丈夫なの?」
「そりゃ、バイトしてるからな」
「そう。……じゃあ、お弁当いる?」
「弁当? まぁ、あれば食費は浮くが」
突然どうしたのだろうと首を傾げていると、小凪は「じゃあ」と席を立ち台所へと向かった。
「はい、これ」
戻ってきた小凪は、その手に持っていた弁当袋を机の上に置いた。
「えっと、これは」
「兄さんのお弁当」
「……小凪が作ったのか?」
思わずそう尋ねると、小凪は玉子焼きを口に運びながら頷いた。
「あたし、たまに自分で作って持ってってるから、ついでに」
ついで、でもう一人分作れるのは十分すごいと思う。
「ありがとう」
「ん、うん」
なんだろう、最近小凪と仲良くやれてるのかなとは思っていたが、恋人(仮)になってからは尽くされている気がする。
どういう心境の変化なのかわからないが、ありがたくいただくとしよう。
これは、なにかお返しでも考えとかないといけないな。
そんなことを考えながら、俺は残っていたおかずを掻き込んだ。
ーーーーーーーーーー
朝食を済ませた俺は、昨日と同じように小凪と手を繋いで途中まで共に登校した。
午前の授業をこなしつつ、休み時間には
安寧を求めた俺は、特別棟への渡り廊下横にあるベンチへと逃げた。
いくら色恋沙汰の大好きな連中でも、教室からそこそこ離れたこの場所には来ないだろうという推測からの選択である。
「ここは正解だな」
小凪から渡された弁当を開けながらそうこぼす。
そもそもベンチの数が多いわけでもないため、辺りには人がおらず静かで心地よい。
避難目的で来てみたが、案外いい場所かもしれない。ここを昼食スポットにするのもアリだな。
「なら、僕もここで食べることにしようかな」
「……なんでいるんだよ」
弁当の蓋を取ったところで、不意に聞き慣れた声が聞こえてきた。白夜である。
一応、追いかけられないように移動していたつもりだが、やはり白夜には意味がなかったようだ。
白夜はいつも通りの笑顔を浮かべたまま、俺の隣に腰かけた。
手には弁当バッグがある。どうやら白夜も弁当らしい。
そういえば、白夜の昼飯ってあんまり見てなかったな。
普段は昼食を済ませてから雑談するか、一緒に学食に行っていたので、見る機会がなかった。
金持ちの弁当か。高級食材なんかがたくさん入っているのだろうか。
「残念ながら、高級食材の類いは入っていないよ。まぁ、少し値は張るだろうけど」
「ナチュラルに心読まないでくれる?」
「ははっ」
ごく自然に思考を読んでくる白夜に突っ込みを入れると、白夜は軽快に笑った。
「しかし、なんだ。金持ちって高級食材ばっか食ってるイメージだったけど、そうじゃないんだな」
「もちろんさ。たしかに中にはそういう人たちもいるだろうけど、少なくともうちはそこそこいい食材くらいだよ」
「なるほどなぁ」
頷きながら白夜の弁当を覗くと、たしかに普段からよく見る食材ばかりであった。
というか、玉子焼きキレイだな。やはりシェフが作っているのだろうか。
そんなことを考えていると、白夜が「
「彼女さんの手作りかな?」
「ったく、そんなわけないだろ。というか、白夜は小凪が妹だって知ってるだろ」
茶化しにそう返すと、白夜は「そうだね」と答えた。
「しかし、手を繋いで登校するほど仲が良かったとは記憶にないかな。長らく疎遠だった、と聞いた覚えはあるけど」
「まぁ、たしかに少し前までは疎遠だったよ」
「なら、どうしてあそこまで仲良くなったんだい?」
「それは……家庭内の事情ということで」
そう答えると、白夜は食い下がることなく「そうかい」と頷いた。
こういう、事情を察して納得してくれるのは白夜のいいところだと思う。
もしかしたら、全部知っているのかもしれないが。
「それじゃあ、食べようか」
「そうだな」
「おかず、一つもらってもいいかな?」
「交換な」
そんな会話をしながら、俺たちは昼休みを過ごすのであった。
やはりというか、白夜の弁当もめっちゃ旨かった。シェフってすげぇ。
ーーーーーーーーーー
それから放課後。特に寄り道をすることもなくまっすぐと帰宅した俺は、部屋着に着替え弁当箱を洗っていた。
弁当を作ってもらった者として、これくらいはしないとな。
なんて意気込むも、所詮は弁当箱一つ。すぐに洗い終えた俺は、部屋に戻り授業内容の復習に勤しんだ。
それから三十分か一時間ほど経っただろうか。ほどほどに疲れが溜まり休憩していると、コンコンと扉がノックされた。
「兄さん」
扉越しに聞こえたのは、小凪の声。どうやら帰ってきていたようだ。
ノートを閉じ、俺は小凪を出迎える。
「お帰り。どうかしたか?」
扉を開けると当然、そこには小凪の姿があった。
格好はまだ制服で、恐らく帰ってきたばかりなのだろう。
「兄さん、お弁当どうだった?」
「あぁ、美味しかったよ。ありがとう」
感想を求められ素直に答えると、小凪はやや恥ずかしそうに「そう」と呟いた。
「あと、弁当箱は洗っておいたから」
「ん。わかった」
どうやら用件はそれだけだったようで、話が終わると小凪は自分の部屋へと向いた。
しかしなにか思い出したのか、小凪は途中で立ち止まり振り返る。
「兄さん」
「なんだ?」
「お弁当、明日もいる?」
「えっと」
どう答えるべきだろうか。
小凪の作った弁当は当然美味しかったし、食費も浮くから作ってもらえるのは正直助かる。
しかし、小凪の手間を増やすのは申し訳ないし、兄として妹に甘えっきりというのはどうかという気持ちもあるのだ。
「いるの? いらないの?」
そうこうしていると、痺れを切らしたのか小凪が少し刺のある声音で再度問いかけてきた。
このまま黙っていると、今度は小凪の機嫌を損ねてしまう。
どうしようか。そう悩んでいると、小凪は「ねぇ」と先ほどより落ち着いた調子で尋ねてきた。
「なに悩んでるの?」
正直に言って、と迫ってくる小凪に、俺は諦めて先ほどの葛藤を話した。
すると小凪は一つため息をこぼして、「呆れた」と口に出した。
「ばかじゃないの? 兄さんに今さら威厳とかあるわけないじゃん」
「小凪? そんな辛辣なこと言われると、お兄ちゃん泣くぞ?」
そう返すが、たしかに俺に兄として威厳などあまりなかった。この兄妹の力関係なぞ、最初から決まっていたのだ。
しかし、しかしである。威厳がないとしても、迷惑をかけるのはどうかという気持ちが残っている。
結局、答えは出ず状況は振り出しに戻ってしまっていた。
「なら、兄さんも作って」
「ん?」
「あたしに作らせてばかりで気が引けるって言うんだったら、時々兄さんも作ってよ」
「な、なるほど。わかった」
たしかに、俺だって料理はできるのだ。なら、俺も弁当を作ればお相子ってことになるだろう。
それから廊下で立ったまま、どういう順番で作るかなどを相談して話は終わった。
ーーーーーーーーーー
夕食を済ませ、明日の授業の予習を終わらせた俺は、珍しく暇潰しに読書をしてから風呂に向かった。
──このとき、俺は時間を確認していなかったことを数日の間、後悔することとなる。
説明しておくと、我が家の脱衣所には鍵がない。
つまり、だ。互いに気を配っていないと、ちょっとしたハプニングが起きてしまう。実際、昔に何度もやった覚えがある。
だからこそ、成長してからは時間で区切り、トラブルが起きないようにしていたのだ。
あぁ、まったく。入浴前に読書なんかするんじゃなかったな……。
視界に入った光景に、そんな後悔が真っ先に浮かんだ。
「に、兄さんっ!?」
扉を開けた先にあったのは、バスタオルを体に巻いた小凪の姿がだった。
艶やかな髪には水が
あぁ、本当にやらかした……。
これ以上ないほど羞恥に染まった小凪の顔に、もはや苦笑すら浮かぶ。
あまりのことに、俺の思考は動揺を通り越して冷静さを維持していた。
かといって、どうしようもできないのだが。
「まぁ待て小凪、ここは冷静に──」
「っ、早く出てけぇえええっ! ばか兄さぁあああんっ!」
俺の言葉を遮った小凪は、畳んであったバスタオルをこちらに全力で投げてきた。
バスタオルは目の前で広がり、俺の視界を奪う。
そこからは、まったく見えていないからわからなかったが、恐らく小凪に押し出されたのだろう。その際転倒して壁に頭をぶつけたのは、
頭いてぇ…………。
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