第16話 悩みと寝落ち
一つは、小凪の距離感が以前より近くなったということ。
恋人(仮)になってからというもの、小凪との距離は疎遠だった頃に比べて断然近くなった。しかしデート以降、その近くなった距離感がよりいっそう縮まっているのだ。
家で話すことはもともと増えつつあったのだが、大抵は二人っきりのときだった。しかし今では、親がいる夕食の席ですら話しかけてくるようになっている。
母さんが物珍しそうに見てくるわ、「仲良くなったわね」と茶々を入れてくるわ、居心地が悪い。
しかもそのことは親父の耳にも届いているようで、この前廊下ですれ違ったときに「変な気は起こすなよ」といらぬ忠告を受けた。
言われなくとも、妹に手を出すわけないだろ。まぁ、恋人(仮)にはなってるんだけどな……。
もちろん親父も本気でそう思っているわけではないのだろう。ただ、俺と小凪が急激に距離を縮めたことに違和感を覚えているだけで。
現状、小凪がアイツにフラれたことや、俺と恋人(仮)になっていることはバレていないようだが、このままでは時間の問題かもしれない。
そしてもう一つの悩みとは──
「なぁなぁ、いい加減教えてくれてもいいじゃんかよー!」
「そうだぞー、ダチに隠し事なんてするもんじゃないぞー」
そう、コイツらである。どうやらクラスメイトの女子に小凪とのデートを見られていたらしく、俺の話題が鎮火するどころか燃え上がっているのだ。
人の噂も七十五日と思っていたのだが、この様子では当分収まることはないだろう。どうでもいいけど七十五日って長くね。
「だから、ただの見間違いだって。俺がモールなんかに行くように見えるか?」
「見えねぇけどよぉっ、いくら無関心な
さりげなく失礼なことを言う山田。そしてその裏で、小凪とのデートを目撃したという女子(名前は知らない)が嬉々とした様子で他のクラスメイトになにか話している。
くっ、噂がどんどん広がっていく……。実際デートに行ってるから下手に否定できないし……。
打開策を探りながらチラリと
こういうとき、助けてくれる者が親友という存在だと思うのだが、親友を自称する白夜は、自分の席でこちらを見て笑っていた。
悪魔だよ、アイツ。マジで悪魔。もしくは後半で裏切るタイプの腹黒天使な。
そんな質問の嵐も、授業の開始を知らせるチャイムが鳴ればピタッと止む。
基本的に授業怠いとしか思っていなかったが、今回ばかりは本当に助かる……。
教室に入ってきた教師にほっと息をつきつつ、俺はノートを開いた。
どうするっかな……。
ーーーーーーーーーー
放課後。終令が終わってすぐ、俺は人だかりができる前に素早く教室を出た。
これ以上は体力が持たない。
早い歩調で廊下を行き、階段を降り、あっという間に昇降口。
アジャストした動きで靴を履き替え、止まることなく校門を抜けた。
「ふぅ、ここまで来れば大丈夫だろ」
「そうだね。素晴らしい身のこなしだったと思うよ」
「……」
立ち止まって息を整えていれば、なぜか隣にはニコニコと笑みを浮かべた白夜の姿が。
いっやもー、やだこいつ。逃げられないじゃん。(涙目)
グッバイ平穏、ほら来た
「そんなに怯えることないじゃないか。親友を心配して急いだってのに」
「ダウト。お前鏡見たら? 心配してるやつの表情じゃないからな」
はぁ、とため息をこぼすと、白夜は「まぁまぁ」と
お前が原因なんだよなぁ。……はぁ。
「それで、なんの用だよ。噂のことなら、悪いが満足する答えは出せないぞ」
「あぁ、その件はいいんだ。だいたい把握しているから」
「わかってくれたなら──ちょっと待て。白夜、今なんて言った?」
「だいたい把握しているから」
「なんでお前が把握してんだよ……」
なに? 俺のことストーキングしてたの? 怖いんだけど。
「大丈夫だよ、プライバシーは守るさ。僕の頭にしっかりと仕舞っておくよ」
「どこが大丈夫なんだよ……」
安心してくれと笑う白夜に、俺はもう歩く気力すらなかった。
「あっでも、妹さんの服の感想に『エロい』はちょっとどうかと思うな」
「……なに? お前マジで知ってんの……?」
今年一番の恐怖である。ほん怖に投稿するか。
「まぁ、そういったところはゆっくりと直して行こうね」
「お前立場どこだよ」
「もちろん、親友さ」
うっわー、イイ笑顔。
「ははっ。安心してくれていいよ。本当に、プライバシーは守るから。僕はただ、夜露の面白い様子を見ていたいだけだからさ」
「はぁ……もういいよ、慣れた」
まったく、人をおもちゃにしやがって。
「ははっ。さすが夜露だね。迷惑料としてなにか奢ろうかい?」
「……んじゃ、お言葉に甘えるとするかな」
「どこがいいかい?」
「そうだな、やっぱマックで」
「定番だね」
ーーーーーーーーーー
白夜と寄り道をしてから帰宅した俺は、足に疲労を感じながら自室へと向かった。
「お帰り、兄さん」
扉を開ければ、制服姿の小凪が俺のベッドに寝転がりマンガを読んでいた。
「お、おう……今日もいるんだな」
「なに、悪い?」
「いや、べつに」
小凪の横を通り、椅子に座る。
これもデート以降の変化の一つだ。
話すようになってからときどき俺の部屋に来ることはあったのだが、最近ではほぼ毎日入り浸っている。
こうして俺のベッドでくつろいでいる姿も、もはや見慣れたものだ。
まぁ、せめてスカートには注意を払ってほしいものだが。なにとは言わないけど。
小さくため息をこぼしながら、タンスから着替えを取り出す。
「……なぁ小凪、お兄ちゃん着替えたいんだけど」
「そう」
小凪はマンガから目を離さず「好きにすれば」と返してきた。
「いや、気まずいだろ。いくら兄妹でも」
「べつに?」
マジかよ。俺の妹メンタル強すぎでは?
ベッドから動く様子のない小凪に、俺は諦めて着替えを持って廊下に出た。
廊下で着替えるとか正直恥ずかしいが、小凪が出ていってくれないので仕方ない。
まぁ、母さんたちもまだ帰ってきてないし。
着替え終えた俺は、部屋に戻り制服をハンガーにかけてから机に着く。
することといえば、もちろん復習である。真面目だからな。
部屋の中に、ページが
なんだか、子どもの頃もこんな感じだったな。
そんな懐かしさを覚えながらノートに授業の内容を記していると、静かな空間の中「すぅ」という音が聞こえた。
なんだろうと振り返ってみれば、小凪が寝息を立てて寝ていた。どうやらマンガを読んでいて寝落ちしたようだ。
いや、マンガは読み終わったのか? 読書して疲れたということだろうか。
枕横に閉じられて置かれたマンガを見てそう推測する。
「ったく、制服のまま寝たらシワになるだろ」
マンガを本棚に直しつつ、どうするべきかと頭を悩ませる。
抱えて小凪の部屋に移すか? しかし途中で目が覚めたら、ぶん殴られそうだなぁ。
このまま放置……はなんとなくあれだな。気まずい。
となれば起こすのが最善か。
そうたどり着き実行しようとするのだが、肩を叩こうとする手が止まる。
睡眠を愛する者として、他人の睡眠の邪魔をするなんて心が痛む……っ。
くっ、耐えるんだ俺。ここで起こさないと気まずいだろ。それに風邪を引くかもしれない。
今は睡眠を愛する者ではなく、兄として動くのだ。
なんとか自身を説得して、俺は改めて小凪の肩に手を伸ばす。
「こ、小凪、起きろ。ここは俺の部屋だぞー」
「……」
返事がない。ただの眠り姫のうよだ。
「制服のまま寝たらシワができるだろー」
再度チャレンジ。しかし効果はない。
声をかけるのと同時に肩を叩いたり揺らしたりするのだが、小凪はただ「すぅ」と規則正しい寝息を立てるのみ。
くっ、心地良さそうに寝てから……俺も寝てぇ。
若干欲望が囁いてきたが、俺はそれを無視して小凪を起こそうと奮闘する。
しかし小凪は起きる様子を見せず、時折ころころと寝返りを打つ。
ったく、美形だと寝てる姿も様になるな。
そんな感想はさておき。
「小凪、起きてくれよ」
「……」
「小凪? 聞いてる?」
「……」
「おーい、小凪ー」
「……」
何度も諦めずトライするが、やはり返事はない。
ふむ。ここまで起きないとなると、刺激が弱いのだろうか?
どうしたら起きるだろうか。そう悩んでいると、突然小凪が「んんー」と唸った。
お、もしや起きかけているのか?
チャンスと思い、俺はもう一度小凪に声をかける。もちろん肩も揺らしながら。
「小凪、起きろ。ここはお兄ちゃんの部屋だぞ」
「お、に……ちゃ…………」
「おっ、そうだぞ。お兄ちゃんの部屋だ。だから起きてくれ」
途切れ途切れではあるが、寝息や唸り声ではなく言葉を発した小凪。
これは、あと少しで起こせるぞ!
「起きろ小凪、まだ寝る時間じゃないぞ。あと、制服にシワができる。早く部屋に戻るんだ」
「ん……んんぅ…………」
先ほどより反応はあるが、しかしまだ目覚めない。
あと少しだと思うんだが、どうすれば……。
そう悩んでいると、不意に小凪の肩に置いていた手が引っ張られた。
突然のことで踏ん張ることもできず、俺はそのまま小凪の上へと倒れ込む。
っ、これはヤバいだろっ!
そう思うも、まるで毛布や枕を抱くときのように拘束され、身動きが取りづらい。
それにもう一つ。
──顔ちっっっか。
どうやら寝返りを打ったらしいのだが、巻き込まれるようにして引っ張られ、小凪の横顔が数センチまで迫っている。
起きてはほしいが、このタイミングで起きられるのはまずいぞっ。
しかし俺の腕は、小凪の両腕と胸でしっかりと固定されていて動かせない。
くっ、ここは叩かれるのを覚悟で小凪を起こすしかない……っ!
覚悟を決めた俺は、息を呑み口を開く。
「小凪、起きてくれ」
「──ひゃぅっ!?」
途端、なんとも女の子らしい甲高い声が小凪の口から発せられた。
「小凪? 大丈夫か?」
「んっ……だめっ…………」
急にどうしたのかと尋ねてみると、今度はどこか艶かしいような声を漏らした。
そしてみるみるうちに小凪の頬は朱を帯びてきて、ぷるぷると震えだし、
「にっ、兄さんのえっち! ばかっ! シスコンっ!」
「っ、これ前にも聞いたぞ!?」
小凪は俺をベッドから突き落とすと、そのまま起き上がって部屋を出ていった。
バタン! と音が聞こえたあと、再び静けさが部屋を包む。
「い、いったいなんだったんだ……」
なにが起きたのかわからず、俺はしばらくの間床に倒れて放心していたのであった。
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