第10話 恋人(仮)一日めの朝
──
その出来事は俺の中で存外大きなことのようで、昨晩はあまりよく眠ることができなかった。
疲労が残り、体が重い。しっかりと眠れていないからか、起きるのは苦ではなく難なく体が動く。
二度寝したいコンディションだが、学校があるのでそうもいかない。
まぁ二度寝したところで、どうせ眠れないのだろうが。
諦めが肝心の精神しで切り替えて、俺はもそもそと制服に着替えた。
「おはよう、兄さん」
「ん、あぁ、おはよ」
寝癖を整えてからリビングへと向かえば、制服姿の小凪が迎えてきた。
長い灰がかった黒髪が朝日に照らされて艶やかに光っており、灰色の瞳は透き通っていてキレイだ。
「……っ、はぁ」
「兄さん、どうしたの?」
「いや、なんでもない」
恋人(仮)になったからだろうか。やけに小凪のことを意識してしまう。
いや、これは決して小凪をそういう目で見ているわけではない。あくまで、恋人(仮)という関係に戸惑っているだけだ。そうに違いない。
深呼吸を繰り返して落ち着きを取り戻し、席に着く。
さっさと朝飯食って学校行くか。
そう思い、合掌してすぐに箸を手に取る。
朝の占いを横目に、目の前の皿を空にしていく。
「ごちそうさま」
普段では考えられないほど素早く朝食を済ませた俺は、すぐに席を立ち皿洗いに移る。
ふぁ……ねむ。
欠伸を噛み殺しながら洗い終わった食器を乾燥ラックに並べる。
というか、ホットサンドメーカーとか買うなら食洗機買ったほうがいいのでは?
今度母さんに言ってみるか。なんて考えながら鞄を拾いドアノブに手をかけると、突然なにかが背中に当たった。
何事かと振り向いて床を見下ろしてみれば、小凪のスリッパが一足転がってる。
「なぁ小凪、これはどういう?」
「早い」
「え?」
「あたし、まだ食べてるんだけど」
「あ、あぁ。そうだな」
「……」
いったい、これはどういう状況なのだろうか。
「小凪、スリッパを飛ばすのは行儀が悪いと思うぞ?」
床に転がったスリッパを拾いつつ、とりあえずと兄として叱ってみる。
すると返ってきたのは謝罪の言葉ではなく、怒り満タンの「は?」という一言だった。
いやちょっと、怖い。主に目が怖い。あとオーラも。
とりあえず、小凪の機嫌を損ねたということだけは理解した。
「なぁ小凪」
「なに?」
「俺にどうしろっていうんだ?」
「……」
わからなければ尋ねるの精神でそう問うてみたのだが、小凪は不満そうに頬を膨らませるのみ。
ちょっと可愛いな、それ。
「あたしが食べ終わるまで、そこに座って」
少しして小凪は、俺が先ほどまで座っていた席を指差しそう言った。
「まぁ、べつにいいけど」
少し気まずくて先に行こうとしたのだが、小凪がら引き留められては仕方ない。
というか、小凪は気まずくないのだろうか。
そんな疑問を抱きつつ椅子に座ると、突然足がなにかに挟まれた。
気になってテーブルの下を覗いてみれば、俺の足を小凪の足が挟んでいた。距離がギリギリなので、ほぼつま先だけくらいではあるが。
「なぁ、小凪」
「な、なに?」
視線を戻せば、小凪は若干頬を赤らめていていた。心なしか、鋭い目つきが和らいでいる気がする。
「いや、なんでもない」
「そ」
なんとなく突っ込むのが
すると小凪はどこか安心したように息をついた。
それから朝のニュース番組で暇を潰して小凪が食べ終わるのを待ち、共に家を出ることとなったのだが。
「兄さん」
「ん?」
家の戸締まりを確認していると、小凪に呼ばれた。
普段では、この間に小凪は先に行ってしまうのだが、どういうことか今日はまだ家の前に留まっている。
「どうしたんだ?」
「べつに。ちょっと〝お願い〟があるだけ」
こんな朝っぱらからとは、いったいどんな〝お願い〟なのだろう。
まぁ小凪のことだから、トンデモな〝お願い〟はしてこないだろうが。
ちょっとした不安を抱きつつ「わかった」と返すと、小凪は俺の隣までやって来て、そっと手を重ねてきた。
そのまま小凪は指を絡めてくる。
いわゆる、恋人繋ぎというやつだろうか。
「なぁ、これはどういう……?」
「手、繋いでる」
「それはわかるんだが、なんでいきなり?」
「……恋人になったわけだし、少しくらい恋人っぽいことしたほうがいいかなって思っただけ」
「な、なるほど……?」
たしかに恋人(仮)になったわけだが、アイツに兄であると知られているから、表立って彼氏だと言えないという話ではなかったか?
ま、まぁ俺と小凪が手を繋いでいるところをなにも知らない生徒が見れば、ただの恋人と思うだろうが。
──いや待て。もしかしたら、俺の学校の生徒に見られる可能性もあるのか? そうなるとちょっと面倒なことになりそうだ。特に
かといって今さら小凪の〝お願い〟を断るわけにはいかない。俺としても、小凪の今の立場をよく思っていないわけだし。
まぁ、多少の面倒は目を
「よし、じゃあ行くか」
「う、うん」
腹を括り、俺は小凪の〝お願い〟通り、手を繋いで登校することにした。
──その道中。
「なぁ小凪、近くないか?」
「だって、手繋いでるから」
「いやまぁ、そうなんだが」
「なに? 不満?」
「なんでもないです」
なんて会話や、
「兄さん」
「なんだ?」
「汗掻かないで」
「んな無茶な……」
なんて会話(?)をして、気づけば俺の学校と小凪の学校の分かれ道までやって来た。
時間もそこそこで、俺たち以外に登校している生徒の姿がちらほら見える。
「じゃあ、ここまでだな」
そう手を離そうとしたのだが、なぜか小凪は指を開かない。
恋人繋ぎはその繋ぎ方から、片方が指をほどくだけでは離れられない。そのため、分かれ道が来たというにも関わらず、まだ手を離せないでいる。
や、やばいぞ。こんなところで手を繋いで立ち止まっていたら、マジで俺の学校でも噂が広がっちまう。
「なぁ小凪、そろそろ手を離さないと」
「……」
「小凪?」
「……」
「小凪ー?」
「……」
「小凪さん?」
「……」
早いこと手を離さなければ。そう思い何度も小凪に声をかけるのだが、返事はなく手もいまだに解放されない。
ちょっと、なんかこっち見てる生徒いるんですけど。やばいぞ、急がないと本格的に噂が立つ。
「なぁ小凪、このままじゃ遅刻するぞ」
しかたなく最終順段『遅刻』を持ち出すと、小凪は渋々といった様子で「わかってる」と言い手を離した。
しかし、なぜこんなにも渋ったのだろう。
隣に立つ小凪に目を向けてそう考えていると、ふと昨日の会話を思い出す。
小凪は気にしていないと言っていたが、やはり学校に行きづらいのだろうか。嫌な噂が広がっているから。
「なぁ小凪」
「……なに?」
「今日、休むか?」
そう尋ねると、小凪は少しだけ黙り、首を横に振った。
「行く」
そう答えた小凪の声音は、気のせいかどこか弱々しく感じた。
「そうか」
だから俺は、わずかでも支えになればと思い、小凪の頭を撫でた。
小凪は驚いたように俺を見上げたが、すぐに目線を地面に落とす。
「……ありがと」
「おう」
小さくこぼされた感謝の言葉に頷くと、小凪はおもむろに歩きだした。
「……いってきます」
「あぁ、いってらっしゃい」
最後に一度振り返ってから、小凪は少しだけ歩調を早めて分かれ道を行った。
「……んじゃ、俺も行くか」
少しだけ小凪のことが不安だが、大丈夫だと信じよう。
自身の思考が段々と過保護になっていくのを感じながら、俺は少しだけゆっくりと学校へ向かった。
……のだが。
「やぁ、おはよう
「……」
分かれ道を進んですぐのところで、満面の笑みを浮かべた白夜が立っていた。
……帰りてぇ。
今年一番の絶望を感じながら、俺は白夜と共に学校へ登校したのであった。
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