第8話 小凪の部屋で
朝の占いが、最下位だった。
本来なら特に気に留めることではないのだが、あの日のことがあってどうにも気にかかる。
俺としても、ただの番組内の占いだろと割りきりたい気持ちはある。あるのだが、登校中に偶然助けた占い師に家族関係でなにかが起こるとか、占いにハマっているクラスメイトに女難の相が出ていると言われ、もう不安しかない。
「面白いことになっているね、
「まったく面白くねぇよ……。もうさっさと帰って寝たいくらいだ」
昼休み。俺の席を訪れた
「早く帰ったことで、なにか起こるかもしれないね?」
「うわぁ……帰るのも嫌になってくる」
俺の反応を見て、白夜は「あはは」と笑い声を上げる。
くっ、俺が苦し姿を楽しんでやがるなコイツ。
「まぁまぁ。どれも確証のないものばかりじゃないか。なら、そこまで気にする必要はないんじゃないかな?」
「そうであってほしいんだがなぁ……」
前例があるため、どうにも不安が拭えない。
しかしまぁ、今不安がったってどうになできることはない。ならいっそ、諦観に徹するのが懸命だろう。
瞬間、不安がスッと抜けるのを感じた。
「どうしたんだい、夜露。疲弊しているかと思ったら、急に悟りでも開いたような顔をして」
「まぁ、ある意味近いな」
なにも起こらないならそれでいい。なにか起こるのだとしたら、それを防ぐことは俺にはできない。なればこその無。無の境地である。
それからは白夜と他愛もない会話をして、昼休みを過ごした。
無を徹底しようとした結果、午後の授業の半分を寝てしまったのはご愛嬌ということで。
ーーーーーーーーーー
放課後。俺は教室に残り、白夜や友人と雑談に興じていた。
べつに、家に帰るのが不安だとか、そういうことではない。だだ、たまにはこういうのもいいだろうと思っただけだ。
「なぁなぁ、今度の期末試験どうよ、自信ある?」
そう問うてきたのは
「僕は大丈夫かな」
「そりゃ、
白夜の返答にそう突っ込むのは
「偶然山が当たっているだけだよ」
「またまたー。それだけじゃ一位は維持できないって」
「そうだぞ! オレだって山張っても半分も取れないんだぞ!」
「それはお前が勉強してないからだろ」
そしてこの四人だと、俺も突っ込みの立ち位置に立つことが多い。いやそもそもボケないんだけど。
俺の指摘に、山田がうぐっと悲鳴を上げて机に倒れた。
「だってよぉ、勉強ってダルいじゃん?」
「まぁそうだけど。でもやらなきゃだろ」
「さすが
「そうか?」
「そうだろー。だって、今って遊びたいお年頃だろ? なのに毎日勉強してるとか、真面目としか言い様がないだろー」
「それを言うなら、白夜もそうだろ」
「僕の場合は、お目つけ役がいるからね。サボっちゃうと、そのあとが少し大変なんだよ」
「さすが金持ち」
それから話題はコロコロと移っていき、ひたすら雑談で時間を消費していると、不意にスマホが振動した。
「おおん? なんだよ彼女か?」
「ちげぇよ」
山田の発言を空かさず否定してスマホを取り出す。
画面上のたった二文字なのに、なぜだろう、圧がすごい。
誰からだー、という山田の茶々に「妹だよ」と返しながら『教室だ』と返信する。
すると間もなく既読がつき、続いて『話があるから今すぐ帰ってきて』と送られてきた。
つ、ついにこのときが来てしまった……。
まさか、という気持ちからついため息が漏れてしまう。
「夜露、なにかあったのかな?」
その声に顔を上げると、白夜がにんまりと笑みを浮かべていた。
俺の反応がわかりやすかったのは認めるが、そんなに面白いか……?
「……妹が、早く帰って来いって」
「あぁ、なるほど」
説明すると白夜だけが愉快そうに笑い、山田と佐藤はその白夜の様子に首を傾げていた。
はぁ、ともう一つため息をこぼし、重い腰を上げる。
「んじゃ、帰るわ」
本当は避けたいところなのだが、こうして呼び出されてしまってはどうしようもない。
胃が痛むのを感じながら、俺は教室を後にした。
ーーーーーーーーーー
なるべく時間を稼ごうとゆっくりとした歩調で通学路を歩いたが、しかし無情にも気づけば家の目の前であった。
スマホで時間を確認してみると、かかった時間はいつもより数分程度しか差がない。
「すぅ……はぁ」
深呼吸を繰り返し、震える精神をなだめる。
あっダメだなんか冷や汗掻いてきた……。
今度から占いとか見ないようにしようか。そんなことを考えつつ、玄関の扉に手をかける。
頼むからマジでなにも起こらないでほしい。いやホントマジで……。
そう祈りながら扉を開け──わずかな隙間から、白く細い足が見えた。
えっなに、そこで待ってんの?
もはや心を落ち着かせる余裕すらない。
こうなったらもう、どうにでもなれの精神だ。案外普通のことかもしれないし。
再来する諦観。よし、落ち着いた。
「お帰り、兄さん」
「お、おう。ただいま……」
扉を開け放つと、小凪が仁王立ちをして俺を迎えた。今からボスバトルですか。
「な、なぁ、話って──」
「それよりも先に靴脱いだら?」
「……そうだな」
完全に小凪のペースである。
促されたまま靴を脱ぐと、空かさず小凪が「あたしの部屋に来て」と言った。
「一応、確認したいんだが……拒否権は」「あ?」
うん、まぁそうだと思ったよ。
人間、諦めが大事である。
俺はわかったよと頷いて、静かに小凪の後について行った。
部屋に案内され、主の指示で床に座らされる。
小凪なりの思いやりなのか、シンプルなデザインのクッションが敷かれていた。
ちょっと固いが、そこは我慢しよう。
「それで、なにか用か?」
椅子に腰かける小凪を見上げそう尋ねると、切れ長な目が向けられる。
まるで鏡でも見ているようだ。そんなことを考えていると、小さく「あのさ」と小凪が声を発した。
「なんだ?」
「……」
しかし続く言葉はなく、静寂が部屋を包む。
カーテンの隙間から差す夕陽が眩しい。
「あのさ」
「あぁ」
「……兄さんって、彼女いる?」
「べつにいないが」
「いたことは?」
「ないよ」
「なんで?」
さてはこの子、俺の精神に直接攻撃してきてるな?
しかも「なんで」とは。知らんがな。
別段、彼女がほしいと常日頃から願っているわけではない。恋愛を神聖視したり、恋人がいないことに対してコンプレックスを持っているわけでもない。
しかし、だ。かといって一ミリたりとも興味がないわけではないのだ。
恋人がいないのは純然たる事実だと受け止めるが、いないことに劣等感の一つも覚えなかったり、彼女という存在に憧れないわけではない。
そのため言及を繰り返されると、多少なりともダメージは追うのだ。それが、異性にモテる肉親からとなればなおさら。
どうして俺は妹に追い詰められているのだろう……。
そんなことを考えながら、俺なにり「なんで」の答えを探す。
「ま、まぁ、女子と接点が少ないから、ってのはあるだろ。接点がなけりゃ好意なんて生まれないわけだし」
「そう」
「聞いた上で無関心とか、お兄ちゃん泣くぞ」
真面目に考えた俺がバカみたいじゃないか。
「……そういうわけじゃないんだけど」
すると小凪は少し申し訳なさそうにそう言った。
どこかしおらしい小凪の態度に、俺は言葉を失う。
なんだろう、この空気。とても気まずい……。
どうしたものかと悩んだ俺は、とりあえずと口を開く。
「それで、結局用はなんだったんだ?」
今の質問か? と問いかけると、小凪は静かに首を横に振った。
「じゃあ、なんなんだ?」
「……」
小凪はうつむいて、ただ黙る。
「──兄さん」
それからしばらく。黙って言葉を待っていると、凛とした声音で小凪が俺を呼んだ。
「なんだ?」
「その、〝お願い〟があるんだけど」
そう話す小凪が真剣な面持ちだったからか、俺は思わず息を呑む。
以前とはなにか雰囲気が違う。まるでこの〝お願い〟が、小凪にとってとても重要なことのように感じられる。
凛と煌めく瞳は、どこか決意めいたものを秘めていた。
それほどまでに、この〝お願い〟は小凪にとって大切だというのだろうか。
一世一代の大勝負といった様子の小凪に、なぜか緊張して喉が渇く。
そこまでの決意が必要とは、いったいどんな〝お願い〟なのだろうか。
期待と不安が入り交じる中、小凪の口がおもむろに開かれる。
「──あたしの彼氏になって」
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