第6話 小凪からの誕プレ

 俺は小凪こなぎに促されるまま、いつもの席に座った。どうやら今から夕食らしい。


 やはり小凪が作ってくれたのか。ちょっとばかり期待していたが、まさか本当にそうなるとは思っていなかった。


 小凪も案外家族思いなのかもな。そんな感動を覚えつつ、俺は室内を見渡す。


 壁面は折り紙などで作ったささやかな飾りで装飾され、どこか小学生の子どものお誕生日会を彷彿ほうふつとさせる。


 ちょっと……いや、かなり恥ずかしい。この場に俺と小凪しかいなくて本当によかった。もし両親やその他の誰かに見られていたら、俺しばらく部屋に閉じこもりそう。


 そんなことを考えているうちに、小凪がトレイを持ってやって来た。


 トレイの上には、いい感じに焦げがついたチーズが張ったグラタン皿らしきものが二つある。


「はい、これ」


「お、おう」


 湯気とチーズの香ばしい香りが俺の顔を包む。


 正直言って、すぐに食べたい。


 空腹を刺激され、俺の頭はそんなことしか考えられなくなっていた。



 その後サラダなどの副菜と取り皿などが並べられ、夕食の席は整った。


「いただきます」「いただきます」


 真っ先にスプーンを手に取り、チーズの表層に切り込みを入れる。


 その奥に覗くのは、色鮮やかな野菜や鶏肉、そして日本人のソウルフードであるお米。


 ……米?


「これって、ドリアってやつか?」


「ん」


 なんということでしょう。グラタンかと思っていたものが、実はドリアではありませんか。


 ドリアとか店でしか食ったことねぇ。オススメはサイゼな。


 それはさておき。ちょっと驚かさせれつつ、まずはと一口運ぶ。


「……旨い」


 語彙は捨てた。


 いや、単純に美味しい。言葉を弄するのが失礼なくらい。


 それに、である。


「もしかして、シチュードリア的なやつか?」


「そうだけど」


 やはりであった。


 先日はチーズ入りシチューだった。そのときも美味しさに震えたのだが、今回も格別に旨い。


 シチュー主体のときは隠し味としてチーズの風味がほのかに感じたが、ドリアとなると焼かれたチーズの食感と味が前に出てきて、よりチーズ感が強くなっている。


 いやはや、小凪の発想と料理の腕には脱帽だ。


 そのうち涙でも流れるのではないかというくらい感動しながら、俺は夢中でドリアを頬張った。




   ーーーーーーーーーー




 文句のつけ所のない夕食を平らげ一息ついていると、食器を片づけた小凪がまたもやトレイを手にして戻ってきた。


 まさか、食後のデザートまであるのか?


「はい、これ」


 そのまさかである。


 スプーンとともに置かれたのは、これも俺の好物である牛乳寒天。それも果物などが入っていないシンプルなもの。


 た、誕生日ってこんなに贅沢していいんだな……。牛乳寒天とか、食べたのいつぶりだろう。


 好物なのにそんな頻度で大丈夫か。大丈夫た、問題ない。


 意味もなく自問自答をしながら一口、また一口と食べ、気づけば皿は空になってしまった。


 サッパリとしていて、後味も嫌に残らない。食後のデザートとしては完璧だろう。普通に旨い。



「美味しかった」


 手を合わせて、感想を伝える。


 俺が牛乳寒天を食べている間、終始頬杖をついていた小凪は、微々たるものだが嬉しそうに口角を上げた。


「そ」


 相変わらず口調は素っ気ないが、皿を台所へ運ぶ姿は、やはり上機嫌のように窺えた。


 ふぅ、と息をこぼし、椅子に深く腰かける。


 繰り返しになるが、小凪がこんなにも頑張って俺の誕生日を祝ってくれるとは思ってもみなかった。


 そこまでされるほど、俺は小凪になにかを与えてあげられてないと思うのだが。


 何気なく、食器を洗い始めた小凪に目を向ける。


 そうだ。


「なぁ小凪、洗い物くらい俺がやるよ」


「いい。兄さんは今日誕生日なんだから」


「いや、でも」


「うるさい。座ってて」


 健気(たぶん)な妹をいたわろうと思ったのだが、返ってきたのはいつもの容赦ないセリフ。


 いっそう細められた瞳を向けられ、怯んだ俺はかしこまって椅子に座り直した。


 それから少しして戻ってきた小凪は、静かに正面の席に座る。


 こ、ここはなにか労いの言葉をかけるべきだろうか。


 そう悩んでいると、不意に小凪は屈んで机の陰に姿を隠す。


 ど、どうしたのだろうか。



「兄さん、これ」


 机の陰から姿を現した小凪の手には、リボンなどで包装された長方形の箱があった。


 も、もしやこれは……誕生日プレゼント、なのか?


 ススス、と俺に向けて机の上を滑らせた小凪は、目を逸らしたまま「開けて」と言った。


「お、おう」


 俺はなるべくラッピングを破らないよう剥がしていく。


 これが白夜びゃくやから送られてきたものなら、気にせず引き千切っているところだが、小凪相手にそれをしたら間違いなく蹴られるだろう。


 ある程度キレイに剥がした包装の中から出てきたのは、睡眠スピーカーだった。


 これは、鳥をはじめとする動物の鳴き声や、様々なリラックスできる音で良質な睡眠を聴けるスピーカー……ッ! しかも自分好みに音を組み合わせることができるタイプじゃないか……ッ!


 以前なにかしらの番組で紹介していて気になっていたのだが、まさか小凪から誕プレとして渡されるとは。


 ありがとう、そう口に出そうとしたのだが、小凪は「ちょっと待って」と再び机の陰へと姿を隠す。


「これも」


 そう言って小凪はもう一つ、包装された箱を机に置いた。


 予想外すぎる二つめの存在に固まっていると、またもや小凪が「開けて」と促してくる。


 開封作業、本日二度めである。業者ですか?


「こっ、これはっ──」


 開けると、クマのぬいぐるみらしきものがデザインされた箱が出てきた。


 あまりのことに、つい声が漏れてしまう。


 これは先週、朝のニュース番組で紹介されていた睡眠グッズ、グースピー!


 たしかこのクマの呼吸が、睡眠時に理想とされる呼吸のリズムになってるとか。どうでもいいけどクマの呼吸って流行に乗ってそう。


 とてつもなく気になっていたのだが、財布事情もあり購入の決断ができないでいた。


 まさか、本当にまさかである。こうも気になっていたものが小凪からもらえるとは、本当に予想外でお兄ちゃん夢かと疑っちゃうレベル。


 どうでもいいけどこの妹、兄のこと把握しすぎでは? マジ兄妹。


 尋常でないほど上がったテンションのせいで思考が乱れたが、深呼吸をして心を落ち着かせる。


 危なかった。判断があと少し遅れていれば、喜びのあまり踊りだしていたかもしれない。



「ありがとう、小凪」


「ん」


 感謝の言葉を伝えると、小凪は少し気恥ずかしそうに頷いた。


 今日の小凪は照れたり恥ずかしがったりばかりな気がする。


「でも、よく俺がこれほしいってわかったな」


「……だって兄さん、テレビに釘づけだったから」


「なるほど」


 たしかに、この二つが紹介されていたとき、ちょっとだけテレビに集中していたかもしれない。ちょっとだけ。


 そんな俺を見て、わざわざ誕プレに選んでくれたのか。……ティッシュどこ。


「ありがとな、小凪。本当に嬉しい」


「ん」


「大切に使うな」


「……ん」


「本当にありがとう」


「わ、わかったから」


「小凪マジ神」


「……も」


「も?」


「もう喋んなばかっ!」


「いっ!?」


 溢れだす感謝を言葉にしていると、今日イチで赤面している小凪が全力で足を蹴ってきた。


 あまりの痛さに、思わず悲鳴を上げてしまう。


「かっ、片づけするから出てって!」


 そのまま俺は、痛みが引いてないまま小凪に追い出されてしまった。


 ちょ、ちょっとしつこくしすぎたな……。


 そう反省しながら、俺は小凪からの誕プレを両脇に抱え自室へと向かった。


 驚かされてばかりだが、今日はいい誕生日だったな。




 余談だが、その後白夜からも枕が届き、最強の布陣で眠りに就いた。当然、快眠である。

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