第5話 夜露の誕生日

 突然だが、本日、九月二十九日は俺の誕生日である。


 小凪こなぎが泣いていた日から丁度一週間後というところに、なにかしらの悪意さえ感じそうだ。


 それはさておき。先述した通り本日は俺の誕生日なのだが、悲しいことに火曜日と平日ど真ん中であるため休むことができない。


 平日の誕生日ってテンション上がらないよな。まぁ休日でも特別テンションが上がるわけじゃないが。


 誕生日の醍醐味だいごみといえば誕プレであるが、物欲があまりない俺はそれすら楽しみではない。なんなら以前、親になにがほしいかと問われた際、良質な睡眠がほしいと返したまである。


 そんな夢も希望もない誕生日。なんの面白みもなく朝食を食べていると、不意に小凪が話しかけてきた。



「兄さん、今日は何時に帰ってくるつもり」


「え? 特に用事もないし、すぐ帰ってくるつもりだけど」


「そう」


 それだけだった。


 いや、なんの確認?


 結局それしか会話をせず、俺たちは家を出たのであった。




   ーーーーーーーーーー




「やぁ夜露よつゆ、誕生日おめでとう」


「うっわ……」


 登校してすぐ、白夜びゃくやがバラの花束を持って迎えてきた。


 あまりの気持ち悪さに、つい声が漏れてしまう。


「なんだい嫌そうに。僕はただ、日頃の感謝と友愛を示そうとしただけなのに。ぐすん」


 そんな演技らしいセリフに、余計頬が引きつる。


 お願いだからやめていただきたい。一部女子が尋常じゃないほど叫んでるから。勘違いされるから。お願いだからやめてくれ。


「さて。じゃあ受け取ってくれるかな?」


「やめろ、その花束をこっちに近づけるな」


「つれないなぁ。僕と夜露の仲じゃないか」


「どんな仲だよ。ただの友達だろ」


「なにを言ってるんだい。僕たちの絆は、友達よりも強固で特別だろう?」


「お前は俺を苦しめることしか考えてないのか?」


 そんなやり取りを繰り返すうちにギャラリー(主に女子)は増え、朝礼を迎える頃には廊下いっぱいに観客が集っていた。


 帰って寝たい……。



 そうして朝の騒動から憂鬱ゆううつな気分で授業をこなし、気づけば放課後。


 小凪に申告していた通り今日は(というよりいつも)することがないので、帰り支度が済めばあとは帰るのみ。


 白夜のせいで今日は女子から送られる視線が多く、精神がゴリゴリ減らされた。


 これは帰って寝るの一択だな。今日は親父も母さんも遅いみたいだし。


「じゃあ、僕の家でパーティーでもするかい?」


「ナチュラルに心読まないでくれる? あと寝るっつてんだろ、パーティーなんざお断りだね」


 しかもパーティーって、俺とお前の二人だけじゃないか。


「仕方ないね。なら、例の枕を家に送っておくよ」


「ありがとう。白夜が親友でよかった」


「ホント、夜露は面白いね」


 そうしてだらだらと放課後の時間を消費していると、突如としてポケットのスマホが振動した。


「おや? どうしたんだい?」


「ん、妹からLINEみたいだ」


「あぁ、この間の」


 ニマニマと笑う白夜を一睨みしてからメッセージを開く。


小凪:六時まで帰ってくるな


「……」


 送られてきたのは、そんなものだった。


 こういったことは、少なくはなかった。例えば小凪が友達を家に呼ぶときなど、愚兄を友達と会わせまいと前日の夜から釘を刺されたりな。


 けどさぁ、これでもお兄ちゃん、今日誕生日なんだよ……。


 どんまい、と白夜に肩を叩かれ、俺は残り二時間ほどをどう潰そうかと考えるのであった。




   ーーーーーーーーーー




 白夜に丼ものを奢り(お財布事情で俺はナシ)時間を消費した俺は、小凪の指示通り六時過ぎに帰宅した。


 玄関には小凪の友達のものらしき靴は見当たらず、もう帰っているようだ。


 誕生日なのに、俺……。


 最近こそ話すようになったとはいえ、やはり俺たちの関係は変わらないのだろうか。誕生日の兄より友達を優先する辺り、まさに小凪である。


 まぁいい。今日は親の帰りも遅いし、適当になにか食って贅沢に惰眠をむさぼろう。


 ふぅ、と息を吐いて、俺は自室へと向かった。



「なにこれ」



 ──のだが、いざ部屋に到着すると、扉に一枚の張り紙が貼られていた。


『着替えたらただちにリビングへ来い』


 差出人の名は書かれてはいなかったが、今この家にいるのは俺と小凪くらい。


 となれば犯人はおのずと導き出させるだろう。


 なんだろう。ケーキでも用意してくれてるとか?


 ふとそんな妄想が浮かぶが、すぐにないなと頭を振る。


 あの小凪が、そんな兄想いな行動を取るとは思えない。本当にくだらない妄想だ。


「もしかして、夕飯を作ってくれてるのか?」


 しかし、だ。最近の小凪の言動を鑑みるに、それくらいはしてくれているのではないかと期待するくらいはいいだろう。


 ちなみに、前回作ったのは小凪なので、本来なら今日は俺の番である。


 まぁここでうだうだ考えるのは時間の無駄だ。ならひとまず、ご命令通りに行動をするべきだろう。


 そう思い、俺は制服から着替え小凪が待つであろうリビングへと向かった。



 パァン!



 そんな破裂音が、扉を開けてすぐに俺を襲った。


 え、俺撃たれた?


 しかし現代社会で一般人がそれを向けられるなんてことはほとんどない。


 実際俺の体にはなんの損傷もない。代わりに、よくわからない長いものが頭に乗っかっている。


 なんだろう。ツルツルした紙?



「に、兄さん」


 頭上のものを観察していると、不意に可愛らしい声が俺を呼ぶ。俺をそう呼称するのは当然、小凪だけだ。


 そして俺を呼んだ当人の手には、百均のパーティーグッズ売り場で見かけるクラッカーが握られていた。


 あぁ、なるほど。クラッカーね。


「兄さん」


「はい」


 再度呼ばれ返事をすると、小凪は世話しなく目を走らせ、そして俺に向けて止めた。


「た、誕生日、おめでとう」


 どこか恥ずかしそうな様子に、こちらまで照れてくる。


 まさか誕生日を祝われるとは思ってもみなかったので、感動の度合いが大きい。


「あ、ありがとう」


 礼を口にすると、小凪はぷいっと顔を逸らした。


 赤くなった耳から察するに、とても恥ずかしがっているのだろう。


 やだもう、うちの妹可愛いかよ。まぁ実際可愛いんだけど。


 反抗期が終わった娘を持つ父親の気持ちに近いのかもしれないと思った。知らんけど。



 そうして、一生忘れられない誕生日が幕を開けたのだった。

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