第4話 『兄さん』と呼ばれる日
「──兄さん」
まさか、そんな言葉を聞けるなんて。
戸惑いとちょっとした嬉しさを感じながら、俺は現状に至るまでを思い返していた。
ーーーーーーーーーー
金曜日。普段よりも達成感のないまま放課後を迎えた俺は、いっそうだらだらと帰り支度をしていた。
昔は祝日があるだけでも大喜びしていたのに、今となっては休み明けがつらいだ週末は達成感がないだと不満ばかりが浮かぶ。
休日とてバイトか予習復習くらいしかすることがなく、残りの時間は睡眠か気まぐれで購入したマンガなどを嗜む程度。
いや、存分に寝れるじゃねぇか。休日万歳。
休日に対して呆れるほどの
振り向いてみると、そこにはいつも以上に笑顔を浮かべた
どうでもいいけどお前、背後から現れるの好きだな。裏の顔はアサシンかなにか?
こういうときの白夜は、なにを企んでるかわからない。いや、普段からわからねぇやつだコイツ。
「よーつーゆーくーん、あーそびーましょー」
「なんだ気持ち悪い」
まるで園児を真似るかのような口調に、つい反射的にそう返してしまう。
「やだなー。僕はただ遊びに誘ってるだけじゃないか」
「いやいや、お前がなにか提案してくるときって、だいたいおかしなことばかりだろ」
回想してみると、思い浮かぶのはちょっとした遊びと株を勧められたことや、所有地から不発弾が見つかったから見ようといったことばかり。やはりロクなことがない。
いやマジでコイツ何者だし。親が金持ちって程度しか知らんが、ホント何者。
白夜は自覚があるのか、苦笑を浮かべた。
「でも、今回は普通のことさ」
「ほう。じゃあ行き先は?」
「そうだなぁ、カラオケなんてどうだい?」
「却下。金がねぇ、あと今日は歌う気分じゃない」
「お金のことなら気にしなくてもいいけど、気分じゃないなら仕方ないね」
さらっと奢る的な発言が出たのはどうかと思うが……。
「ならゲーセンはどうかな?」
「うるさい場所は嫌いだ」
「そうだったね。なら水切りはどうだい?」
「急にレトロ。やだよめんどくさい」
「
そう話す白夜は、けれど笑みを浮かべていた。この会話自体を楽しんでいるように感じる。
こぇよ、マジ怖い。なんなのコイツ。マジ怖い。
「しっかしなぁ、そもそも俺は頻繁に遊びに出る性格じゃないし」
「そういえば先日、とても寝心地のいい枕をもらったんだけど、一つ余っていてね」
「なにしてんだ白夜、さっさと行くぞ。行き先なんて行ってから決めればいいだろ」
「釣った僕が言うのもなんだけど、すごい掌返しだね」
どれだけ睡眠が好きなのさ、と少し呆れた様子の白夜に、俺はフッと笑みを返す。
「人間の三大欲求を知らないのか? 人間は睡眠には抗えないんだよ」
ちな、三大欲求とは睡眠欲、快眠欲、安眠欲な。実質一つだわこれ。
そうして枕を求め──ではなく、遊び場を求めて駅付近に広がる繁華街に向かったのだが、そこでいいにおいにつられて俺と白夜はファストフード店に立ち寄った。
──しかし。
「っ!?」「っ!」
注文したものを受け取り席を探していると、制服姿でお友達らしき女子たちと話している
目が合った途端、兄妹揃って固まってしまう。
そんな俺の様子を不思議に思ったのか、白夜が「どうしたんだい?」と首を傾げた。
「あっいや、なんでも……」
横目で確認してみると、小凪も同じように女子たちから「どうしたの?」と尋ねられていた。
──瞬間、悪寒が走った。なんなら隣からとてつもなくロクでもないオーラが放たれている。
恐る恐る目を向けると、なにかを察したのか、白夜が愉快そうな笑みを浮かべていた。
冷や汗が頬を伝う。
「お、お前、なにを考えて──」
「やぁ、こんにちはお嬢様方」
俺の言葉を遮り、白夜は小凪のいる集団へ声をかけた。
彼女たちは警戒の色を見せず、むしろ王子様と称される白夜の容姿に黄色い声を上げた。小凪を除いて。
「僕たちも軽食に来たんだけど、同席させていただいてもいいかな?」
「まて白夜──」
「いいですよー!」
「はい、大歓迎です!」
「もちろんです~」
白夜を止めようとするも、彼女たちの歓迎の声に掻き消される。なんなら素早く自己紹介まで始まっていた。
チラリと小凪の様子を窺うと、ものすごい形相で俺を睨んでいた。兄妹であることを話せば命はないぞ目が語っている。
わ、わかってる。わかってるから睨まないでくれ……。
そんな俺と小凪を置いて、白夜たちは盛り上がっていた。
「白夜さんイケメンですね!」
「とても凛々しくてかっこいいです!」
「本当に王子様みたいですわ」
「ありがとう。君たちも、とても可愛らしいね」
白夜のイケメンスマイル。効果はバツグンだ。
そして白夜は口角を上げて「夜露もそう思うだろう?」と話を振ってきた。
白夜の言葉に、彼女たちの視線がこちらへと向けられる。
おまっ、この野郎……ッ!
白夜を睨みつけて、ぎこちなく笑顔を作る。
「あ、あぁ、そうだな」
そう頷くと、彼女たちは嬉しそうに笑顔を浮かべた。
なんとか正しい選択肢を選べたようだ。
ホッと胸を撫で下ろしでいると、黒髪ロングの清楚な
「そういえば夜露さん、どこか小凪さんと雰囲気が似てますわね」
「たしかに!」
「目つきなんてそっくりですね」
それに同調するのは白髪で明るい感じの
「そうだね、僕もそう思うよ」
俺の焦りを見て、白夜までもが乗っかった。
コイツ、絶対わかってやがる……。
「ぐ、偶然だろ。ほら、世の中には自分に似た人が三人はいるって言うし」
そんな苦しまぎれの返しをすると、納得したのか彼女たちはそれ以上の言及をしてこなかった。
それからはまた白夜を賛美する声が続いたのだが、
「ですが、わたくしは夜露さんのほうが好みかもしれませんわ」
突然、一原さんがそんなことを言った。
「え?」
「ふふっ、驚いた顔も可愛らしいですわね」
一原さんは席を立ち隣までやって来た。
えっなにこの急展開。
予想だにしていなかった一原さんの言動に、俺は先程とは別の意味で動揺を禁じえなかった。
な、なんかいい匂いするんですけど……っ。というかなに!?
「夜露さん、よければ連絡先を交換しませんか?」
「おおー、小百合積極的だー」
「ホントね」
「よかったじゃないか夜露」
「い、いやっ、ちょっと待ってくれって」
外野は外野で楽しんでいる様子。お願いだから助けてほしい。というか助けろよ白夜。
──ダンッ!
すると突然、小凪が机を勢いよく叩いた。
その行動に全員が固まる。
「あたし、帰る」
その一言だけを残し、小凪は店を出ていってしまった。
な、なんなんだ……?
小凪のらしくない行動に困惑していると、白夜が「そうだ」と口を開いた。
「夜露、そろそろ門限じゃないのかい?」
「え?」
白夜のほうを見ると、パチッとウィンクをされた。やっぱりわかってんだろ白夜ァ……。
「あ、あぁ。そういえばそうだった」
少し
お先に失礼、と断って俺は小凪に続いて店を後にした。
それから少し速歩き気味に商店街を抜け家に帰ると、リビングの扉が開いていた。
覗いてみると、いかにも不機嫌そうな小凪が仁王立ちをしていた。話しかけたら殺されそうである。
「小凪」
しかし、俺には話しかけないという選択肢はない。
理由はわからないが、恐らく俺が関係しているはずだから。
それに、話しかけなかったらそれはそれで殺されるだろうし。
小凪はゆっくりと振り向いて、その鋭い瞳を俺へと向ける。
どんな言葉が投げつけられるのだろうか。
ゴクリと息を呑み、覚悟を決める。
「──兄さん」
「え?」
しかし小凪の口から紡がれたのは、罵詈雑言の類いではなく、俺を称する言葉だった。
最近ではほとんど『ねぇ』などと呼ばれていたので、わりと嬉しかったりする。
しかし一度だけでは終わらなかった。
「兄さん」
「えっと」
「兄さん」
「あの」
「兄さん」
「こ、小凪?」
「兄さん」
「……はい」
連呼される『兄さん』に堪えられなくなり応じると、小凪はふんっと鼻を鳴らしてリビングから出ていった。
な、なんだったのだろうか。
そんな答えのない疑問が、今日一日頭から離れなかった。
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