第3話 小凪のシチュー
終令を告げるチャイムが鳴り、クラスメイトは各々に動き始める。
連休明けということもあってか、今日の授業は普段よりもダルかった。
特に数学はヤバい、寝る。席が後ろだったからバレることはなかったが、気をつけなければ。
「ふあぁ……ねむ」
「朝のため息に続いて、今度は
特に用事もなくゆっくりと帰り支度をしていると、いつの間にか
「連休明けだとなぁ、体がついてこない」
「
「うっせ」
そんな会話をしていると、不意にポケットのスマホが振動した。
なんだろう。シフトの交代の相談だろうか。
白夜に一言断ってからスマホを開くと、通知欄にLINEのアイコンが表示されていた。
確認してみると、連絡してきたのはまさかの
そんなことはさておき。
内容はというと、放課後買い物に付き合ってほしいといった旨が記されていた。恐らく、夕飯の買い出しだろう。
荷物持ちか……まぁいっか。
「夜露、誰からだい?」
「妹。夕飯の買い出し行くから荷物持ちしろだって」
「また妹さんか。うんうん、わかったよ」
「んじゃ」
「あぁ、頑張って」
短くそうやり取りをして、俺は教室を後にした。
どうでもいいけど、どこで合流すればいいの?
ーーーーーーーーーー
「遅い」
第一声がそれだった。
「わ、わるい」
しかし、俺にだって言い分はある。
俺は学校を出たあと、どこで合流するのかを悩み、公園や小凪の通う高校周辺を
そのため、いつもお世話になっているスーパーに到着するのが遅れたということだ。
スーパーで合流なら、先にそう言ってくれてもいいんじゃないだろうか。
結局、LINEで小凪に場所を聞いて解決したわけだが、やはり俺だけが悪いわけじゃないはずだ。
こういうときは、ハッキリと言ってやることが大切だよな。
「小凪──」
「なに突っ立ってんの? 早く行くわよ」
しかし小凪は俺の言葉を遮り、一人で先にスーパーへと入った。
「……はい」
受け取り手のない返事をこぼし、俺は小凪の後をついて行った。
「とろこで、今日は母さんが作るのか?」
カートを押しながら、品定めをしている小凪に問いかける。
我が家では、夕食も基本的に母さんが作っている。そのため必要な食材などがあれば、俺に買い出しの指示が届くのだが、今日はまだない。
小凪に放課後すぐ呼び出され来たわけだが、小凪のほうに連絡がいっているのだろうか。
「……ママは今日遅いって」
こちらを振り向かず、小凪は淡々と答える。
マジすか。俺にLINE来てないんですけど。
「間違えたんだって、送る先」
伝えといてって言われた、と小凪が説明する。
なるほど。まぁ母さんも忙しいし、そういうこともあるよな。……あの、伝えられてないんですけど。
こっそりと小凪の背中に視線を送ってみるが、本人が気づく様子はない。
いろいろと言いたいことはあるが、まぁ兄として呑み込もう。兄として。
と、母さんが帰ってこないとなると、自分たちで作ることになるのか。
我が家のルールでは、母さんが夕食を作れないときは俺と小凪が順番で作っている。
前回作ったのは……どっちだっけ。
あまり気にしなさすぎて忘れていた。
うーむ、とカートを止めずに思い出そうと頑張っていると、小凪が人参の袋を持ってクルッと振り向く。
「あたしが作るから」
「お、おう」
なぜか有無を言わせぬ圧を放つ小凪に、俺は戸惑いながらも頷く。
な、なんだろう。小凪がここまで積極的になることなんてあまりなかったのに。
「ねぇ」
「ん?」
「シチューでいい?」
「あ、あぁ。大丈夫だ」
むしろ好物まである。小凪が把握してるのかはわからないけど。
もしかしたら、昨日のお礼なのだろうか……?
そんな考えが浮かんだが、すぐに捨てる。
小凪がそういうことをする性格かどうかわからないし、正直どっちでもいい。せっかくの好物だし、存分に味わわせてもらうが。
それからは特に会話もなく、買い物を済ませてから帰宅した。
追伸、手が痛いです。
ーーーーーーーーーー
夕飯の準備は小凪に任せ、俺は浴槽に湯を張ってから自室で今日の授業の内容を確認していた。
授業中ところどころ寝ていたせいで、いつもより内容が頭に入っていない。
しっかり勉強しないとなぁ。小遣いが減らされてしまう。
成績が月々の小遣いに影響するのは、中高生ならよくあることだと思う。我が家も例に漏れず、成績を落とせば容赦なく減額されるのだ。
多趣味であったり散財癖があるわけでもないし、バイトもしているが、小遣いを減らされるのはなんとなくテンションが下がるので避けたいところ。
それからしばらく集中して勉強をしていると、コンコンと扉がノックされた。
はい、とつい癖で返事をすると、扉の向こうから「ご飯できた」とぶっきらぼうな声が返ってくる。
「わかった、すぐ行く」
「ん」
扉越しに短くやり取りをして、俺は部屋を出た。
食卓に着くと、眼前にはキラキラと輝く美味しそうなシチューがあった。副菜にはサラダつき。
見ただけでわかる、絶対旨い。
そう確信しながら、合掌する。
「いただきます」
「……いただきます」
我が家のルールその……いくつか。『いただきます』と『ごちそうさま』はしっかりと、である。
俺は真っ先にスプーンを手に取り、シチューを
それをそのまま、口へと運ぶ。
これは……。
「……」
もう一口、運ぶ。
これは…………。
「……」
さらに一口、運ぶ。
これは──
「ねぇ」
「ん?」
欲望の
何事だ、と固まっていると、小凪は目を逸らし、ツンと尖らせた口をゆっくりと開く。
「どう?」
どう、とは。味のことを聞いているのだろうか?
恐らくそうだろうと思い、そのままの感想を口に出す。
「旨い」
「ん」
すると満足いく答えだったのか、表情にあまり変化は見られないが、わずかに小凪の口角が上がった。
「しかもこれ、チーズを贅沢に使ってるだろ」
「ん、そうだけど」
「神」
旨い、これはめっちゃ旨い。
チーズを少し入れるだけでもコクが出て旨い。スプーンで掬えば伸びるほどチーズが入ったらどうなるか? めっちゃ旨いに決まってる。
しかしなんだ、これは母さんがいたらできない贅沢だったな……。
母さんはこの手の贅沢を、あまり良しとはしない人だ。俺が前にやったら、小遣い減らされた。
「おかわり、あるから」
「……」
いや絶対バレるって。叱られるぞ妹よ。……ハッ、もしや俺を身代わりにするつもりか?
……まぁ気にするだけ無駄か。
そう結論づけた俺は、ただひたすら小凪が作ってくれたシチューを口に運んだ。
余談だが、調子に乗って「旨い、旨い」と連呼したら足を蹴られた。恥ずかしがってるのかと思ったら容赦なく「黙れ」と身も凍えるような罵倒が送られた。お兄ちゃん泣きそう。
追伸、贅沢をした小凪は、なぜか母さんに怒られなかったらしい。むしろ褒められたとか。お兄ちゃん泣きそう。
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