第2話 少しの変化
九月の贅沢な四連休もバイトをしているうちに終了してしまい、水曜日。
いまだ昨日の
時計を確認してみると、普段と変わらない起床時刻であった。
「んっ──はぁ」
ベッドに腰かけたままぐーっと体を伸ばしていると、徐々に意識が目覚めていく。
寝起きでまだおぼろげな意識のまま、ふぅとため息を一つ。
だりぃ。学校行きたくねぇ。
そんな学校に通う者なら常日頃から思っている感情を抱きつつ、起き上がってから体を適当に動かす。
これは俺の毎朝の日課だ。
睡眠をこよなく愛す俺は、しかし朝に弱い。
そのためこうして体を動かし、覚醒を促すのだ。
「すうっ、はぁ……。よし」
体がほぐれるのに従って意識もクリアになっていき、数分も経てば完全に目が覚めた。
小凪は、大丈夫だろうか。
昨日の別れ際は、比較的落ち着いたような様子だったが、昨日の今日で立ち直れているか心配だ。
そんなことを考えながら制服に着替え、必要なもの一式を持って一階へ降りる。
洗面所に寄って顔を洗い、寝癖なんかを整えてからリビングに入ると、そこには小凪の姿があった。
親父と母さんは……もう出たのか。
テーブルに置かれた二人分の朝食を見て判断する。
うちの家庭は父母揃って忙しく、朝食を共にすることはあまりない。本当に忙しい日なんかは、俺たちが寝たあとに帰ってくるなんてこともある。
しかし母さんは、どれだけ忙しかろうと朝食作りは母親の仕事だと言って譲らない。
俺も小凪も、ある程度なら料理できるし、無理しなくてもいいんだけどな。
「おはよ」
無意識に苦笑を漏らしていた俺は、投げかけられた声で我に返る。
昨日、久々に小凪と話したからだろうか、らしくもなくしみじみとしてしまう。
「おはよ」
「あぁ、おは──え?」
再度かけられた声に返事をしようとして、思わず頓狂な声が漏れた。
おかしい。この時間、両親は既に出社して、俺に挨拶なぞできないはず。
恐る恐る声のしたほうへ向いてみると、そこには俺と似た鋭い目つきでこちらをじっと見つめる小凪の姿があった。
何時に起きて手入れしているのだろうという疑問が浮かぶほどキレイな髪に、凛とした瞳が輝いている。
昨日のことを恥ずかしく思っているのか、頬がどことなく赤みを帯びていた。
今日も今日とて圧倒的な可愛さを誇る小凪。この地域で可愛いと有名な高校の制服を身にまとえば、その破壊力は核爆弾をも
本当に、俺と血が繋がっているのか疑わしいほどだ。自慢の妹だけど、ちょっとお兄ちゃん自信なくしちゃう。
迷走した思考を深呼吸でリセットして、俺は少し挙動不審になりながら「お、おはよう」と返す。
挨拶が返ってきたことに満足したのか、小凪は「ん」と頷いた。
「はい、これ」
「え?」
「……早く取って」
最初はなんのことかわからなかったが、小凪の顔以外へと意識を向けると、両手に一つずつお茶碗を持っていることに気づく。
片方は小凪が愛用している古びたもの。もう片方は、俺が使っている質素なものだった。
まさか……挨拶だけでなく、俺の分のご飯も注いでくれたのか!?
あまりの衝撃に固まっていると、痺れを切らした小凪が俺のほうのお茶碗を半ば強引に押しつけてきた。
「あ、ありがとう」
「べつに。それよりも、早くしないと遅刻するんじゃないの」
「あ、あぁ。そうだな」
時計を一瞥したあと、俺は小凪に倣うように席につき朝食をいただくのであった。
ーーーーーーーーーー
連休明けということもあり、教室は活気に満ちていた。
俺は窓際にある自席に着き、頬杖をして窓の外を眺める。
結局、あのあとは小凪も特に話しかけてくることなく家を出た。
俺の通う高校と小凪の通う高校は、そこまで近いわけではないが家からの方向はそこそこ同じだ。
いつもは小凪が先に行ってしまうのだが、挨拶もしてくれたし、もしや今日は一緒に? なんて期待もわずかにあったのだが、そんなことはなかった。小凪は俺が鍵をかけている間に行ってしまった。
まぁいいんだけどね、いつものことだし。
いつものこと。そう自分に言い聞かせる。
なにが相互不干渉だ。小凪がちょっと挨拶してくれたり、優しくしてくれただけで期待しやがって。とんだシスコンだな。
「っ、はぁあああ」
「やぁ、
自らへの呆れをため息に乗せて吐くと、背後から爽やかな声がかけられた。
振り向いてみると、俺の友人である
白夜は窓の縁に腰かけ、俺を見下ろす。
「なんだか今日は表情が暗いね。この四連休楽しめなかったのかい?」
「まぁ、バイト漬けで遊べてない、って意味ならたしかに楽しめてないな」
「あはは、それは楽しくなさそうだね。でも、僕が言ってるのはそういうことじゃないんだけどな」
なにかあったでしょ、と微笑を崩さずに白夜は続けた。
ったく、こいつは本当に鋭いというか、察しがいいというか。隠し事の一つもできねぇ。
「まぁ、な。妹とちょっと」
「妹さん? 喧嘩でもしたのかい?」
「あー、いや、べつにそんなんじゃない。まぁ気にすんな」
彼氏──元カレに散々なフラれ方をして泣いていたところを慰めたとか、久々に挨拶されたとか言えるかっての。恥ずかしいわ。
白夜は少しだけ目を細めたあと、何事もなかったかのように笑顔を浮かべ「わかったよ」と頷いた。
「話す気になったら、いつでも言ってくれ」
「さてはなにもわかってないな?」
「いやいや、わかってるさ。だから僕は夜露の自主性を重んじてるんじゃないか」
期待しているよ、と笑う白夜は、やはりわかっていなかった。
そんなに期待されても言わねぇからな。
「それにしても、夜露の口から妹さんのことが出るなんて珍しいよね」
それから他愛もない雑談を交わしていると、白夜が思い出したかのようにそう言った。
「そうか?」
「うん。だって夜露は妹さんに関することってあまり言わないじゃないか。せいぜい僕が知らされたのは、妹さんがいるってことと、妹さんとあまり話してないってことくらいだから」
「あー、たしかに」
白夜に言われ思い返してみると、たしかに小凪のことが話題に挙がった──というか、話題に挙げたことがなかった。
まぁ、相互不干渉ってことでロクに話をしてなかったし、当然か。
「んで、なんでお前は気持ち悪い笑みを浮かべてんだ?」
「気持ち悪いなんて心外だなぁ。僕はただ、妹さんと面白いことがあったんだろうなぁって考えてただけだよ」
「……面白くねぇよ」
ふと小凪の泣き顔と、あのクソ野郎の顔が浮かび、自分でも驚くほど低い声が出てしまった。
腹の底で黒い感情が煮えたぎり、今にも噴火しそうな感じだ。
俺の感情の急変を察したのか、白夜は申し訳なさそうに「ごめん」と口にした。
そんなタイミングで担任がやって来て、朝礼の時間を知らせる。
「わかった。あまりこのことには深く突っ込まないでおくよ」
「……せんきゅ」
若干の罪悪感を感じながら、席に戻っていく白夜の背中を眺める。
こんなイヤな態度見せても許容できるとか、マジでイケメンかよ。
今度、なにか奢ってやるか。
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