第四章 ~『クロウたちとホセの闘い』~


 時は遡り、アトラスがウシオと戦っている頃。メイリスたちはホセと対峙していた。


「さて私たちも始めるとしよう。とはいえ、このままでは象と蟻が戦うようなモノだ。じっくり作戦を練りたまえ」


 ホセは三対一だというのに臆する気配はない。態度に余裕まで現れていた。


「あの方、かなり強いですね」

「メイリスさんよりも強いのかい?」

「私の魔術はサポート専門ですからね。相手も同意してくれていますし、三人の力を合わせましょう」


 メイリスが微笑むと、ルカが頬を染めて視線を逸らす。不可解な反応に彼女は首を傾げる。


「はて? どうかしましたか?」

「ち、違うの。ただメイリスさんは美人だなって……こんな美人さんならアトラスが恋に堕ちるのも当然よね」

「アトラス様が私に恋愛感情を抱くなどありえません。あくまで私はあの方に仕える僕の一人でしかありませんから」

「つまり上司と部下の関係ってこと?」

「厳密には違いますが、概ねその理解で正しいかと」

「な~んだ。ふふふ、そうよね。唐変木のアトラスに恋人がいるはずないわよね」


 安堵するようにルカは笑いを零すが、メイリスはそんな彼女を冷めた目で見つめる。


(ルカ様といいましたか……この人の存在はアトラス様に良くも悪くも影響を与えそうですね)


 メイリスにとってクロウやルカはアトラスの友人でしかない。そのため彼に害が及ぶようなら排除することを厭うつもりもなかった。


「ルカ、それにメイリスさんも油断しすぎだよ」

「ご、ごめんなさい」


 クロウに窘められて、ルカは意識を集中させる。ホセが油断していなければ、このタイミングで殺されていてもオカシクはなかった。


「ホセ様を倒す方法ですが、何か妙案をお持ちですか?」

「一応ね。僕の魔術を使用するつもりだ」

「それは聞いてもよろしいのでしょうか?」

「もちろんだ。僕の魔術『速度吸収』は、対象とした人物の動きを赤ん坊レベルまで鈍化させ、そのスピードを自分のモノとすることができる」

「あら、随分と強力な魔術ですね」

「まぁね。その分、クリアしなければいけないルールも厳しいんだ。対象の半径一キロ以内で三分間合掌した状態を維持することが発動条件だからね」

「なるほど。その必殺の魔術を発動するためには、ホセ様を足止めしなければならないということですね」

「そういうこと。二人にできるかい?」

「私は問題ありません」

「私も。むしろ時間稼ぎならきっと役に立てるわ」


 ルカは拳に魔力を貯める。どんな魔法なのかと、メイリスが気にかけていると、ホセが声をかける。


「そろそろ作戦は決まったかな?」

「ふふふ、ホセ様のおかげで準備は整いました。まずはあなたの実力を測らせていただきましょう」


 メイリスの魔術『千里の扉』は、遠くと移動できるためのゲートを開けることができる。この空間と空間の移動地点は彼女の意思で自由にコントロール可能だ。


 それは即ち、相手に手が届く距離まで一瞬で近づけることを意味する。


 空間に開いた穴にメイリスが拳を叩きこむと、出口の穴から出現した拳がホセの鼻を潰す。不意打ちのクリティカルヒットは彼の鼻骨は粉々に砕けた。


「なかなかやるな。でも君の攻撃は痛いだけだ」


 ホセが自分の鼻に手で触れると、ダメージが最初から存在しなかったかのように元通りになる。


「ルカ様、ホセ様は回復系の魔法のようです。お気を付けて」

「任せて。回復系の力には私の魔術が有効なはずだから」


 ルカがホセの間合いに入り込むと、拳に魔力を集中させた一打を放つ。


 大きく振りかぶった一撃はホセのような実力者ならば躱すのは容易だ。だがそこにメイリスのサポートが加わると話が変わる。


 ルカの拳を避けようとした瞬間、ホセの顎にメイリスのショートアッパーが直撃する。動きを止められた彼は、そのままルカの強打を腹に受ける。


 いくら格下からの一撃とはいえ、魔力を集中させた拳だ。ノーダメージということはない。六つに割れた腹筋に青い痣が残るが、彼の余裕の笑みは崩れない。


「ははは、私の魔法を忘れたのか!? こんな傷、すぐにでも治して――」


 ホセが魔法を発動させようとした瞬間、彼の身体は金縛りにあったように動かなくなる。さらに発動させようとした魔法も不発で終わってしまった。


「私の魔術は叩いた相手の身体の自由を奪い、魔法や魔術の発動を一定時間禁止することができるの」


 ルカは再びホセの間合いに入ると、魔術の有効時間が切れるタイミングを見計らって、再度拳を叩きこむ。


 身体を動かせない状態ではルカの一撃を躱すことができない。一度嵌ると抜け出せなくなる蟻地獄こそが彼女の魔術だった。


(ルカ様の魔術、あれはかなり厄介ですね)


 一度でもルカの打撃が通れば、次の強打を叩きこむことができ、致命傷となる一撃にはならないものの、着実にダメージを蓄積させることが可能だ。


(今はまだルカ様の魔力量が乏しいせいで、一撃の威力も低いですが、これから成長していけば、いずれ魔力の鎧を貫通させます。そうなれば不死身のアトラス様でさえ敗れるかもしれません)


 ルカは魔法や魔術の発動を禁止することができるため、もし彼女の攻撃によって殺された場合、アトラスでさえも蘇生することができない。


 天敵。そんな言葉がメイリスの頭に浮かび、自分が何をすべきか冷酷に判断する。


(アトラス様を害する危険は排除します……とはいえ、ルカ様はアトラス様のご友人。私が手を下すのには抵抗がありますね)


 ルカは度重なる魔術の使用で魔力量が減っている。このままだと連打が止まるのも時間の問題だ。


(やはり見殺しこそが最善ですね)


 ルカの魔術の効果が切れれば、メイリスのサポートなしでホセと戦うことはできない。魔力を消費し、防御力が低下した彼女ならば、象が蟻を踏み潰すように、ホセによって殺されるだろう。


「――ッ……ま、魔力が……」

「メイリスさん、サポートを!」

「ええ、そうでしたね」


 メイリスはルカを助けるような素振りを見せながらも、動作をワザとワンテンポ遅らせる。生み出された一瞬の隙はホセほどの強者相手には十分すぎる時間だ。


 ホセはルカの胸倉を掴むと、足を払って放り投げる。王国格闘術の一つである背負い投げが華麗に決まり、彼女は宙を舞った。


 浮かんでいるモノは重力から逃れられない限り、いずれは落下する運命だ。彼女は床に叩きつけられると、苦悶の声を漏らす。


 だが致命的な傷はないのか、足を震わせながらも何とか起き上がった。


「ルカ、大丈夫かい!」

「う、うん。平気」


 メイリスは一連のやり取りに違和感を覚えた。その違和感の正体に気づいて、喉を鳴らして笑う。


「うふふ、ルカ様、あなたはもしかして……裏切り者ですか?」

「え?」

「先ほどホセ様はいつでもあなたを殺すことができました。しかし現実にはルカ様は投げられただけ。目立った傷もありませんし、まるでホセ様にあなたを殺せない理由があるようではありませんか」

「で、でも、私は裏切ってなんかないわ!」

「裏切り者は皆そう言うのですよ」


 メイリスの言葉に怒りはない。むしろ裏切り者を始末できる理由ができたと、口元に邪悪な笑みを浮かべてさえいた。


「メイリスさん、ルカは裏切ってないよ」

「あなたが庇う気持ちも分かりますが……」

「いいや、これは事実なんだ。何せ、真の裏切り者は僕だからね」


 メイリスに悪寒が奔るが、時は既に遅かった。三分間の合掌を終え、魔術の発動準備が整ったからである。


「『速度吸収』発動。ターゲットはメイリスさんだ」


 魔術の発現により、メイリスの肉体は倦怠感に襲われる。指一本動かすのでさえ鈍化し、動きは赤ん坊同然にまで落ち込んだ。


「やられましたね。これでは魔術を使って逃げることも難しそうです」

「格上相手にも通じる必殺の武器だからね。さて、君には人質になってもらうよ」

「殺すのではなく、人質ですか……あなたは何を求めているのですか?」

「アトラスの抹殺。僕の望みはただそれだけさ」


 クロウの言葉にメイリスは眉根を顰めるが、慌てふためくような素振りは見せない。仮に人質を取ってアトラスを殺せたとしても、不死の彼を葬ることはできないからだ。


(やはり魔術は情報が命。アトラス様の魔術を知っていれば、彼もこんなミスをしなかったでしょうに)


 冷静さを貫くメイリスだが、それとは対照的にルカは縋るような眼をクロウに向ける。


「……アトラスを殺すだなんて何かの冗談だよね?」

「ルカ、僕は冗談でこんなことを口にはしないよ」

「私たち、いつだって一緒の親友同士じゃない! それなのにどうして!?」

「彼が邪魔な理由ができた。ただそれだけさ」


 冷酷な口ぶりで語るクロウと、それを目尻に涙を貯めながら耳を傾けるルカ。


(この状況下であの態度。ルカ様は本当に裏切っていなかったようですね)


 クロウが裏切り者だと分かったことで、霧の晴れる情報もある。前提を知ることで、この事件の全容も輪郭が見えてきた。


「クロウ様は戦闘中に心変わりしたのではなく、屋敷を訪れるよりも前から裏切っていたのですね」

「やはり分かるかい?」

「思い返せば戦闘前にホセ様が時間を与えてくれたのも変な話です。相手に策を練らせれば、その分自分に不利になるのですから……ですがもしその策が私を捕えるための罠だとするなら、行動に説明が付きます」

「ふふふ、お見事だよ。さすがはアトラスの仲間だ」


 クロウは賞賛の拍手を送るが、身動きの取れないメイリスにとっては、神経を逆撫でされていると感じてしまう。


「ではクロウ、私は一足先にアトラスの元へと行くよ。君も人質を連れて後から来たまえ」


 ホセは一足先にアトラスの元へと駆けだす。彼を見送ったクロウは、落ちている数本のナイフを拾う。ダイニングテーブルの上に置かれていた刃物は、銀製の高級ナイフだ。切れ味も抜群で、メイリスの首元に押し当てられた刃先から赤い血が流れていた。


「クロウ様。あなたの目的が何かは知りませんが、アトラス様を裏切るのならば、きっと後悔しますよ」

「後悔か……それならもう十分にしているさ」


 クロウは悔しさを噛み締めるように歯を食いしばる。それは親友を殺すことに葛藤する男の顔だった。


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