第四章 ~『ウシオとの再戦』~


 睨み合いで拮抗する状況の中、最初に動いたのはアトラスだった。前蹴りでウシオを前方へと吹き飛ばす。


(ウシオの《爆裂魔法》は大勢を巻き込む。一対一の闘いに持ち込んで、他の奴に被害が及ばないようにしないとな)


 アトラスの意図を理解したのか、マリアもクロウたちと距離を取る。王族である彼女はチェスで言うところのキングだ。人質になることを避けるために、クレアと共に移動する。


「これで完全なる一対一だ。覚悟は良いな?」

「覚悟するのはてめぇだ、アトラス。俺様はてめぇのせいで周りから敗北者だと馬鹿にされたんだ。この屈辱が理解できるか!?」

「できるな。何せ俺も最弱の回復魔術師と馬鹿にされていたからな」

「――ッ……へ、屁理屈を言うんじゃねぇ。最初から弱者だったてめぇと強者から落ちた俺様とでは受ける屈辱が違うんだよっ!」


 ウシオは無念を晴らすように、全身から魔力を放出する。その魔力量はアトラスと戦った時より数十倍に膨らんでいた。


「なんだ、その魔力量は……」


 魔力を増やす方法は大きく二つだ。一つは地道な基礎訓練で増やす方法。こちらは時間を要するが確実に強くなることができる。


 もう一つはアトラスのように魔術で増やす方法だ。殺された時のみ発動するなど、制約を課すことで強くなることができ、短期間で別人のように強化することも可能だ。


「驚いているようだが、それも無理はねぇ。なにせ俺様の命を賭けることにより実現した力だからな」

「命を賭ける? 何かの比喩か?」

「そのままの意味さ。自分の肉体に爆弾を設置する代わりに魔力量を格段に増やすことのできる『自己犠牲爆弾』。それが俺様の新しい魔術なのさ」

「――――ッ」


 理屈だけなら強さの秘密に納得できた。命を犠牲にしたのだから、別人のように強くなれるのも当然だ。


 しかしウシオは自分の命を犠牲にするタイプではない。それよりはむしろ、自分以外の命を生贄に捧げる狡猾な男だ。


(やはりクレアかホセ、そのどちらかが相手の意思を捻じ曲げるタイプの魔術師だ)


 魔法には相手を操るタイプの能力は数多く存在し、代表例として幻を見せることのできる『幻覚』や、自分の言葉に説得力を持たせる『信頼』などが挙げられる。


 だがどちらの魔法も万能にはほど遠く、カラスの色が白いなど常識と大きく外れていると効かないことがほとんどだ。


 つまり『自己犠牲爆弾』を使っても問題ないと判断するだけの材料が、ウシオの中にあるのだ。


「なぁ、ウシオ。俺に勝っても死ぬ結果に終われば、それは敗北だろ?」

「クククッ、そこは心配いらねぇのさ。この世にはな、てめぇより優秀な回復能力を持った魔術師がいるからな」

「やはり回復系魔法の魔術師がいるのか……」


 フドウ村でテロンは片腕を犠牲にして魔術を発動させた。あれほどのリスクを背負えたのは、仲間に回復系魔術師がいたからこそだ。


(洗脳系魔術師と回復系魔術師か。どちらも厄介なタイプだ。ウシオとの闘いは一刻も早く終わらせた方が良さそうだな)


 アトラスは足に魔力を集めて、一気に距離を縮める。選んだ戦術は選考会と同じ。軽い打撃の連打で押し切る作戦だ。


「俺様に二度同じ戦術が通じるかっ!」


 ウシオはアトラスの拳を顔面で受け止める。膨大な魔力が込められた一撃を無傷で受け止めることはできない。


 しかし今のウシオには魔力の鎧がある。殴られても致命傷にならないと踏んだ彼は、反撃の拳を振るう。


 その一撃は速くて重い。着弾したと同時に《爆裂魔法》が炸裂し、アトラスを吹き飛ばした。


 地面を転がりながら、《回復魔法》を発動させる。受けた傷が瞬く間に治癒され、残ったのはカスリ傷だけ。


 対するウシオは顔に拳を受けて鼻血を零していたが、動けなくなるほどのダメージはない。


 僅かにアトラス優位だが、選考会ほど大きな差のない結果に終わる。この結果にウシオは喉を鳴らして笑う。


「クククッ、今の俺様ならてめぇの攻撃を受けても、戦闘不能になることはねぇぜ!」

「魔力が増えたおかげだな。だがリックに仕掛けられた『時計爆弾』が解除されるだけのダメージは与えた」


 ウシオから奪い取った魔術を魔物相手に実験していたアトラスは、どれだけのダメージを与えれば『時計爆弾』が解除されるのかを把握していた。


 これでリックが時間制限で死ぬことはない。持久戦に持ち込まれても、焦る必要がなくなった。


「はっ、あんな雑魚の命なんてどうでもいい。俺様はてめぇさえ殺せりゃ、それでいいからよぉ。次こそは確実に頭を吹き飛ばしてやる」


 ウシオの戦いぶりは膨大な魔力に身体が追いついておらず、まだぎこちなさが残っていた。


 だがそれも幾度か殴り合えば克服するだろう。アトラスに敗れたとはいえ、ウシオもまた天才魔術師の一人なのだ。


「さすがに命を賭けているだけはあるな」

「今更降伏するつもりか? だが俺様の慈悲には期待しねぇことだな」

「しないさ。なにせ俺はお前に勝つ自信があるからな」


 魔術は秘匿すべきもの。弱点を晒す危険がある以上、純粋な体術のみで倒せるのが理想だった。


 しかしウシオは強い。アトラスに近しい魔力を得た以上、油断は敗北に繋がる。本気を出すと決め、頭の中でどの魔術を使うべきかを考える。


――――――――――――――――――

《回復魔法》

 魔力によって傷を癒す力。

 魔術:『死んだことさえカスリ傷』。どれほどの外傷を受けても、カスリ傷に変える力。死ぬと自動で発動し、死因となった魔法や魔術を会得することができる上、最大魔力量も増加する。だが他人を蘇生することはできず、回復魔法でカスリ傷を癒すことのできない制約を負う。


《爆裂魔法》

 魔力を爆発させることのできる力。

 魔術:『時計爆弾』対象を爆弾に変える。起爆するまでの時間が長ければ長いほど威力が上がるが、一定以上のダメージを受けると解除される制限あり。


《炎魔法》

 魔力を炎に変える力。

 魔術:なし


《収納魔法》

 魔力を収納用の空間に変える力。

 魔術:『収納空間』自分の半径一メートル以内に収納用の空間を開く。両手を合わせた時間が長いほど空間に収納できるモノの幅が広がる。空間内には無生物しか収納できず、無理矢理押し込もうとすると、その生物は死亡する。


《斬撃魔法》

 魔力に切れ味を持たせる力。

 魔術:『斬撃空間』範囲内にいる敵対者に魔力の斬撃を振るう。合掌している時間が長ければ長いほど範囲が広がる。


《創剣魔法》

 魔力から剣を創造する力。

 魔術:『右手を剣に』右手を犠牲にする制約を持つが、一万本の大剣を生み出すことができる。


《服飾魔法》

 魔力から衣服を生み出す力。

 魔術:なし

――――――――――――――――――


「ウシオ、まずは謝らせてくれ。選考会では手を抜いて悪かった」

「はぁ? てめぇ、挑発してんのか!?」

「いいや、褒めているのさ。まさか俺に本気を出させるなんてな」

「お、俺様を上から見下ろすんじゃねぇ!」


 アトラスの発言は自分が格上であることを前提にしていた。その言葉が癪に障ったのか、ウシオは間合いを詰めるために駆けだした。


 だがスピードならアトラスも負けてはいない。ウシオに接近すると、がら空きの右腹に鉤突きを打ち込んだ。


 ウシオは魔力の鎧で咄嗟に防御するが、アトラスの打撃はそれだけでは終わらない。拳で鎧を破壊すると、その上から叩き込むように《爆裂魔法》を発動させる。


 爆炎に包まれたウシオは吹き飛んで、地面を転がる。一撃で致命傷となるほどの威力はないが、あばら骨にヒビが入る。


 痛みでウシオは汗を流すが、表情は苦悶より疑問の方が色濃く出ていた。なぜ回復魔術師の彼が《爆裂魔法》を扱えるのか。その疑問は彼自身意識しないままに口から飛び出していた。


「どうしてだ。てめぇが《爆裂魔法》を扱えるはずねぇだろうが!」

「信じたくない気持ちは分かるが、現実に俺は《爆裂魔法》を扱える。いいや、《爆裂魔法》だけじゃない。他にも習得している魔法はある」


 アトラスの手の平に魔力の球体が浮かび、赤い炎へと変化していく。


「おい、まさか、その魔法……」

「《炎魔法》だ」

「魔術師の魔法は一人一つが原則だ。複数の魔法を使える奴が存在するはずがねぇ」

「食らってみれば、これが現実かどうか分かるさ」


 炎の球体はアトラスの魔力を吸い込み、人を丸呑みできそうな大きさにまで膨らんでいく。


「お得意の《爆裂魔法》で躱してみろよ」

「てめぇに言われるまでもねぇ」


 だがウシオが動き出そうとした瞬間、彼の足元に小さな穴が開く。合掌による制約条件をクリアしていないため、異空間に送り込めたのは、右足首までだったが、それでも動きを封じるには十分だった。


 動けないウシオに炎弾が直撃する。炎で焼かれたウシオは魔力の鎧でガードするが、その熱さは彼の魔力量をもってしても無傷では済まない威力だった。


「うがあああっ、アトラスゥゥ、てめぇは絶対に殺すっ!」


 炎で肌を焼かれながらも、ウシオは何とか耐えていた。身体が燃える痛みに耐えながら、アトラスへと襲い掛かる。


 だがその動きは痛みのせいで精彩さを欠いていた。欠伸が出そうになるほど遅い打撃を躱し、魔力を込めた足で彼を蹴り飛ばす。


 床を転がっていくウシオ。だがサッカーボールを受け止めるように、彼の動きを止めた男がいた。


「ホセ、お前がどうしてここに?」

「私がここにいることが不思議かい?」

「クロウたちはどうした?」

「さぁね。知りたいなら探してみるんだね」


 アトラスは視線を巡らせるが、クロウたちの姿はない。だが少し先で誰かが戦っていることだけは分かる。


(ホセには他に仲間がいないはずだ。クレアの相手もマリアがしている。いったい誰が戦っているんだ……)


 疑問が頭に浮かぶが、すぐに意識を眼前の男へと戻す。ホセという男はよそ見していて勝てるほどに甘くはない。


「ホ、ホセ! 頼む、俺を治してくれ!」


 肌を焼く炎は地面を転がった際に鎮火していたが、彼の全身は火傷でボロボロになっている。


 痛みを治すためにホセに懇願するが、彼は鼻で笑って、這いつくばるウシオを蹴り上げた。


「ホ、ホセ、てめぇ、いったい何を……」

「ふぅ、あのね。私が君を助ける理由が何かあるのかい?」

「はぁ?」

「アトラスとの闘いに敗れ、戦力としては使い物にならない。さらにはもうすぐ『自己犠牲爆弾』の魔術で自殺する君を助けても、魔力の無駄遣いになるだけだろ」

「だ、だが、あんたは俺様を助けると……」

「約束してないよ。君の傷を癒す力があると伝えただけさ。それを勝手に勘違いして、君は魔術のリスクを軽視した。死ぬのも自業自得だね」

「ホ、ホセッ、てめぇええええ!」


 ウシオが吠えると同時に、彼は口から血を吐き出した。強大な魔力を得る代償に、彼の身体の中で炸裂した爆弾は臓器をズタボロにした。


 だが身体の頑丈さが幸いしたのか、まだ息はあった。這いつくばりながらも、何とか顔だけは上にあげる。


「お、俺様は、あんたたちのことを本当の仲間だと……」

「敗者を仲間にするほど人材に困っていないんだ。恨むなら自分のマヌケさを恨むんだな」


 あまりに残酷な言葉だった。ウシオの目尻から涙が溢れ、最後の時を迎えようとしていた。


「ウシオ……」


 アトラスは瀕死のウシオに近づくと、跪いて彼に触れる。右手に魔力を込めると、《回復魔法》を発動させた。


 暖かい光に包まれたウシオは間一髪で一命を取り留める。傷が癒えたことに安心したのか、彼はそのまま意識を失った。


「随分と優しいんだな。ウシオは君の敵だろ」

「敵さ。だがこんな死に方をされたら、俺の気分が晴れないだろ。それにさ……こいつには一つだけ借りがあったのさ」


 選考会でルカを助けるために、アトラスは試合に乱入した。本来ならチームごと反則になるところを救ったのが、ウシオの言葉だった。


(こいつは俺と戦いたいから反則負けで終わることを認めなかったんだろうが、理由はどうあれ、ルカの名誉が守られたのはウシオのおかげだ。だからこれで借りはチャラ。次はきっちり復讐してやる)


 アトラスは立ち上がると、ホセを見据える。その瞳には強い敵意の色が混じっていた。


「怖いね。君の目はまるで獣だ」

「いいや、逆さ。悪人を刈る正義の狩人こそが俺だ。お前のようなクズならば、容赦なく倒せる」

「ふふふ、私を倒すね。ただ私よりも前に君は倒さなければいけない敵がいるよ……こちらに来たまえ」


 ホセの呼びかけに応じて、ルカがやってくる。彼女の目尻には涙が浮かんでいた。


(まさかルカが……ありえない。あいつが裏切るはずがない)


 だが涙を流すルカの様子から異変が起きたことだけは間違いなかった。


「ルカ、いったい何が起きた?」

「……ぐすっ……アトラス、私、止められなくて……ご、ごめんなさい……」

「止めるって何を?」

「僕の裏切りをさ」


 暗闇から姿を現したのはクロウだった。彼はまるで人質に取るように、メイリスの首元にナイフを当てている。


「悪いが、僕は君たちを裏切った。君の友人のメイリスさんも僕の人質さ」

「裏切ったって、冗談は止めてくれよ」

「僕は本気さ。このナイフを刺せば、いつだって彼女を殺せる」


 クロウの目には殺意が含まれていた。本気で人を殺せる男の顔だった。


「ルカ、なぜクロウが裏切ったのか説明してくれ」

「じ、実は――」


 ルカはクロウが裏切った経緯を語る。涙で枯れた声が地下の倉庫に反響するのだった。



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