第四章 ~『第二王女の招待』~


 ウシオに魔術を解除させるため、第二王女の屋敷へと向かう。


 屋敷は学園から少し離れた場所に建てられていた。一際大きな建物は端が見えないほどに広く、富と権力を象徴するように門構えも立派である。


「ここが第二王女の屋敷か。さすがは王族だな」

「クレアは王族の中でも特別派手好きですからね。それに貴族から湯水のように支援金を受け取っているはずです。その資金力の一端が、この屋敷です」


 屋敷の門の扉は空いていたため、その隙間から中の様子を伺う。内庭はバラ園になっており、丁寧に手入れされていることが分かる。維持費だけで平民ならば一年は暮らせそうだ。


「だがおかしいな。これだけの屋敷に門番がいないなんて……」

「それもそうですね……何か起きたのでしょうか?」

「トラブルか、それとも第二王女が自分から門番を排除したかだな」

「ですが何のために?」

「決まっている。余計な目撃者を減らすためだ。あいつらは俺たちを屋敷内で始末するつもりなんだよ」


 きっと屋敷の中にも使用人はいないだろう。ウシオを含めた戦闘能力の高い魔術師たちが迎え撃つ準備をしていることは間違いなかった。


「ここで臆しても仕方がありません。門の鍵も開いていることですし、招待されるとしましょう」

「ああ」


 瀟洒な内庭のバラ園を通り過ぎ、扉が解放されている建物の中へと入る。建物の中は赤絨毯が敷かれた豪華な内装が広がっていた。


「誰かいませんかー」

「ここにいますわ」


 声に反応したのは、屋敷に負けず劣らずの派手な少女だ。ピンクドレスを着た銀髪赤眼の彼女はスカートの裾を持ち上げて頭を下げる。マリアと似た風貌から妹のクレアだと分かる。


「あらあら、お姉様。我が家に不法侵入とはどういう了見でしょうか?」

「あなたが私を招待したのでしょう」

「私が? 何のために?」

「惚けないでもらえるかしら」

「うふふ、まぁ、いいでしょう。折角いらっしゃったのですから。執行官採用のお祝いでもしましょう。どうぞ、こちらへ」


 クレアは付いてこいと、屋敷を案内する。この先にウシオがいるのかと期待して連れてこられた先はダイニングだった。


 白いテーブルクロスのかけられた食卓に豪華な食事が並んでいる。先ほどまで誰かが食事中だったのか、その内の一つは食べ散らかされていた。


「さて食事にしましょうか?」

「クレア、いい加減にして。ウシオさんはどこにいるの!?」


 リックの命が賭かっている状況だ。食事を楽しんでいる余裕などない。


「あら、やだ、怖―い。助けて、ホセー」

「姫様を怯えさせるとは、いくらマリア様でも見過ごせませんね」


 ダイニングに顔を出したのは、マリアやクレアと瓜二つの美青年だった。爽やかな風貌は一見すると好青年だが、身体から発している魔力が只者でないと伝えていた。


「おや、ルカさん。久しぶりですね」

「ホセさん!」


 ルカとホセは顔見知りなのか、思わぬ再会に驚きが表情に浮かぶ。


「二人は知り合いなのか?」

「以前落とし物を届けたお礼に、お茶をご馳走になったの。でもどうしてホセさんがここに?」

「実はクレア様の筆頭執行官を任されているのです。彼女の剣であり、盾でもある私がここにいるのは必然なのですよ」


 ホセはクレアの筆頭執行官として勇名を轟かせていたが、政治に興味のないルカの耳には届いていなかったらしく、執務官であることに素直に驚く。


(こいつが執行官最強の男か。立ち振る舞いだけで分かる。間違いなくウシオやテロンよりも強い)


 ホセの立ち姿には隙がない。警戒しているが故の隙のなさではなく、常在戦場。身体が日常を戦場と認識しているが故のものである。


「クレア、誤魔化すのは止めて。ウシオさんをどこに匿ったのですか?」

「聞きましたよ。彼は《爆裂魔法》でお姉様を殺そうとしたのですよね? 私が王族殺しの犯罪者を匿うとでも?」

「ウシオさんはクレアの執行官を目指していたのですよ」

「だから何ですか? 私に憧れるのは勝手ですが、それで罪を着せられてはたまりませんわ」

「――――ッ」


 問い詰めればすぐに白状すると思っていただけに、この反応は予想外だった。


(だがこのまま誤魔化し続けたとしても、死ぬのはリックだけで、クレアが本当に殺したいマリアの命を奪うことはできない。必ず次なる一手が来るはずだ)


 アトラスの予想は正しかった。クレアはテーブルからナイフを手に取ると、それをマリアに手渡す。


「このナイフは何でしょうか?」

「お姉様の知りたい情報を得るための鍵ですわ」

「鍵ってまさか……」

「そのナイフでお姉様が自害してくれるのなら、ウシオさんの居場所を思い出すかもしれませんわ」

「――――ッ」


 この質問は暗にマリアの命とリックの命、どちらを優先するかの選択を迫っていた。彼女はナイフを見つめ、ゴクリと息を呑む。


 マリアの性格ならどちらを選ぶかは明白だった。止めるためにアトラスは叫ぶ。


「おい、悪趣味だろ。もしマリアが邪魔なら王位継承権を捨てるだけでもいいはずだ」

「何も知らないのね。王族は生きている限り権利を捨てることはできないの。それと次に私に無礼な口を働ければ、あなた死刑よ」

「………」

「部下を助けたいわよね。正義のためにお姉様は死ぬべきよ。さぁさぁ、ナイフでグサリと自分の首を串刺しにするのよ!」


 マリアの決意は固かった。リックを助けるためならと手を震わせながら、ナイフを首元へと近づけていく。


 だが寸でのところで白銀の刃は刺さることなく停止する。アトラスが彼女の自害を防ぐためにナイフを奪い取ったのだ。


「アトラスさん、どうして邪魔をするのですか!?」

「マリアは死ぬべき人間じゃないからだ。この世に不要な人間はな、こいつらクズどもだ」

「あらまぁ、私、平民からクズと呼ばれてしまったわ」

「極刑に値しますね」

「それはこちらの台詞だ。俺はお前たちを倒す。そしてウシオの捜索も頼らない。自分の手で探す」

「うふふ、どうやって探すと」

「ふぅ、聞こえているか、メイリィスゥゥ!」


 屋敷に響き渡るような大声で叫ぶと、ダイニングの壁に存在しなかった穴が開く。様子を伺っていたであろう忠臣のエルフが姿を現した。


「お呼びでしょうか、我が王よ」

「ウシオの居場所を探せ」

「それでしたら事前に調査済みです。彼ならば、丁度この場所の真下にいます」

「地下ってことか。それだけ分かれば十分だ」


 アトラスは赤絨毯の敷かれた床に横たわると、右手に魔力を集める。


「あなた、まさか……」


 クレアは何が起きるのか直観したが、気づいた時にはもう遅い。拳は大理石の床に着弾し、足元を崩壊させる。


 ダイニングの部屋がまるごと一階から地下へと落下する。


 地下室は屋敷を丸ごと飲み込めそうなほどに広い空間だった。倉庫として使われていたのか、部屋の端には木箱が積み上げられている。


「アトラス、君は相変わらず無茶をするね」

「だが目的の人物とは会えたぜ」


 倉庫には怨嗟の目を向けるウシオがいた。傍に立つクレアはバツの悪そうな顔をしている。


「この嘘吐きが。やっぱり匿っているじゃねぇか」

「うふふ、バレては仕方がありませんね。シナリオをサブプランに変更です」

「サブプラン?」

「元々のシナリオは私の家に押し入ってきたお姉様が部下に強要されて自殺するというものでしたが、それは失敗に終わりました。ですからサブプランはもっとシンプルです。あなたたちを皆殺しにして、あなたの裏切りが犯行理由だとでもしましょうか。王族の言葉は絶対ですから。状況証拠のこじ付けさえできれば、あなたを犯人にすることは容易です」

「とことん腐っているな」

「ふふふ、お褒めの言葉として頂戴致しますわ」

「だがそれはむしろありがたい。おかげで躊躇わなくて済む」


 アトラスはクレアに敵意の目を向ける。しかし彼女を庇うように、ウシオが間に割って入った。


「あなたの相手は彼です。私ではありません」

「一度負けた相手を俺にぶつけるなんて正気か?」

「うふふ、彼が選考会と同じ実力と思っているなら、痛い目を見ますよ。ねぇ、ウシオさん」


 話しかけられたウシオは、ハッと夢から覚めるように、瞳に意思を宿らせる。


「俺はクレア様のために……アトラス、てめぇを殺す!」

「とのことです。仲良く殺し合ってくださいね」

「悪趣味な奴らだ」


 ウシオの様子は正気ではなかった。相手の意思を捻じ曲げる魔法を使われている可能性が高い。


(俺がウシオと戦うとして、問題は残されたホセだ)


 アトラスがウシオと戦っている間、ホセが黙っているとは思えない。誰かが彼の相手をしなければならない。


「メイリス、クロウ。二人に頼みがある。協力してホセを止めてくれないか?」

「アトラス様のご命令とあらば」

「二対一なら勝機は十分にあるさ」


 メイリスはサポート向きの魔術師だ。彼女がいれば、クロウはいつも以上の実力を発揮できるだろう。ホセに勝つことだって不可能ではない。


 しかし二対一の提案に異を唱える者がいた。マリアである。


「アトラスさん、二対一では駄目です」

「卑怯ってことか?」

「いいえ、三対一。ルカさんにもホセさんとの闘いを手伝ってもらうべきです」

「だがそうなるとマリアの護衛が……」

「私に護衛はいりません。なにせこれから行うのは一対一の姉妹喧嘩ですから。クレアも私から逃げたりしませんよね?」

「もちろんですわ」


 ウシオはアトラスと。マリアはクレアと。そして残された三人はホセと闘うことを決め、それぞれの敵と対峙する。


 舞踏会でダンスを申し込まれた時のように、熱い視線を自分の敵へと向けるのだった。

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