第三章 ~『マリアの格闘術』~


 マリアに弟子入りした次の日の放課後、アトラスは闘技場に呼び出されていた。その場には既に彼女と、護衛役であるリックが先に来ていた。


「悪い。授業が遅くなった」

「私も今来たところですから、気にしないでください」

「姫様、嘘を吐いてはいけませんよ。もう一時間以上待っているではありませんか」

「リ、リック、正直はあなたの美徳ですが、何事も真実が正しいわけではありませんよ!」

「うぐっ、貴様のせいで姫様に叱られたではないか!」

「すまん。今回の件に関しては俺が全面的に悪い」


 気を取り直して、アトラスとマリアはリング上で対峙する。格闘術は実戦形式で学んだ方が覚えは早い。二人は互いに構えを作る。


「アトラスさんの構え、それは自己流ですか?」

「友人の構えをパクった。変か?」

「いえ、王国格闘術の基本の構えと似ていましたので。ですがベースが近いなら理想に近づけるのも早いはず。幸先が良いですね♪」


 マリアは脇を閉め、両手を顔の前で構えていた。その構えに隙はない。芸術品のような美しささえ感じる完成度だった。


「これから一週間でアトラスさんをどこまで伸ばせるのかを知るためにも、まずは現状の実力を把握させてください」

「どうやって知るつもりだ?」

「私の顔の前で寸止めするようなパンチを打ってください。フォームや殴り方から、あなたの実力を推察しますので」

「承知した。当てないように注意する」


 アトラスは身体から魔力を放出すると、全身を一陣の颶風へと変える。風を切る音が聞こえたと思うと、彼の拳はマリアの顔の前で止まっていた。


「これが現在の俺の実力だが、どう思う?」

「……アトラスさん、本当に格闘術が必要ですか?」

「は?」

「いえ、あまりに速すぎて目で追えなかったので。これなら並みの使い手は反応さえできませんよ」

「だが並でない相手もいるからな……次は魔力量をマリアと同程度にしてみる。それなら目で追えるだろ?」

「ええ、それなら」


 仕切り直すと、アトラスは放出する魔力量を減らして、再度殴りかかる。寸止めするつもりで放たれた拳は、首の動きだけで躱されてしまう。


「で、どうだ、俺の体術は?」

「アトラスさんって魔力がないと雑魚雑魚さんですね♪」

「うぐっ」

「でも現実には膨大な魔力量があります。これは私にはない才能です」

「マリア……」


 自らのことをポンコツと称するマリアの魔力量は一般的な生徒と同レベルだ。別段少ないわけではない。


 しかしそれでも幼少から英才教育を受けてきた王族としては、あまりにも不出来な結果だった。その劣等感が彼女の表情を曇らせている。


「アトラスさんの魔力量を踏まえると、関節技や投げ技は必要ありませんね」

「どうしてだ?」

「簡単な話ですよ。アトラスさんの魔力を乗せた打撃は、まさしく一撃必殺。誰にも止められません。当たりさえすればどんな敵でも吹き飛ばせる威力があるのですから、小技に頼る必要がないんです」


 投げたり、関節を極めたりするには、単純に殴るだけよりも複雑なプロセスが必要になる。フィジカル頼りの前に出る戦術こそ彼に相応しいと、マリアは提案する。


「打撃を中心に覚えるってことだよな。どうやって覚える?」

「もちろん実践です。魔力量を同じにして、単純な技術で私と勝負です」

「自信があるようだな」

「私の数少ない特技ですから。もし一撃でも入れられれば、ご褒美に何でも願いを聞いてあげますよ♪」

「なら俺も同じ条件でいいぜ。一週間、もし一撃でも命中させられなければ、どんな命令にも絶対服従してやるよ」

「ふふふ、約束ですよ」

「ああ。約束だ」


 魔力量が同じであれば、単純な体術での勝負になる。アトラスは間合いに入ると、当てるつもりで拳を振るう。


 しかしマリアは飛んできた拳を払い落とす。そして体勢を崩した彼の顔に裏拳を叩きこんだ。


「うぐっ」


 魔力の鎧で身を守っていないため、鋭い痛みが奔る。面食らった彼に対し、マリアは前蹴りの追撃を放つ。腹部に刺さるような衝撃が響いた。


「や、やるな。格闘術に自信があると豪語するだけのことはある」


 拳を捌いてからの流れるような裏拳は、一朝一夕で身に付くモノではない。


「これほどの完成された格闘術は、魔法にさえ匹敵するオリジナルだ。マリアは魔法が使えないことを卑下するが、自信を持ってもいい」

「ほ、褒めても何もでませんよ」

「お世辞じゃない。心からの本心だ」

「そ、そうですか……えへへ、褒められるのは悪い気がしませんね♪」


 気恥ずかしいのか、耳まで紅潮させる。先ほどまで華麗な技を見せていた少女と同一人物とは思えない初心な反応だった。誤魔化すように彼女は咳払いをする。


「ゴホン、私の話をしている暇はありませんよ。アトラスさんには格闘術を習得して貰わなければならないのですから」

「それで、俺の何が駄目だった?」

「二つあります。一つはパンチの打ち方です。勢いを出すために拳を振り上げているでしょう。確かに威力は増しますが、相手に躱す余裕を与えることになります。突き出すように打つだけで、アトラスさんの魔力があれば十分に必殺ですよ」

「心得た。もう一つは?」

「重心の移動です。アトラスさんは拳を放った後、重心を前に倒していますよね?」

「そうした方が体重が乗るからな」

「ですが重心を前に倒しすぎると、腕を引いて戻す動作に遅れが生じます。即ち、一度打撃を弾かれれば、数瞬の間、無防備になることを意味します。これは実感しましたよね?」

「裏拳を防御もできずに直撃したからな」

「飲み込みが早くてよろしい♪ この調子なら一週間後には、打撃だけなら、それなりの完成度になっているでしょうね」

「それは楽しみだな」

「ふふふ、では楽しい修行を再開しましょう♪」

「頼む」


 二人は拳を交えながら、技を伝授していく。拳をぶつけ合うたびに、アトラスは成長を実感するのだった。


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