第三章 ~『選考会の開会式』~


 一週間が経過し、選考会当日となった。雲一つない快晴はアトラスの心象を映し出したかのようである。


「唯一の懸念だった格闘術の課題は克服した。マリアに感謝だな」


 一週間の訓練で、基本的な打撃技は一通り習得することができた。付け焼刃のため完成度は低いが、アトラスの圧倒的な魔力と組み合わせれば十二分に脅威となる。


「とはいえ、マリアに当てることは一度も叶わなかったな。次こそは必ず当ててやる」


 魔術師としての力量はアトラスが圧倒しているが、シンプルな格闘術の腕前ならマリアは遥か高みにいる。いつか追いついてみせると、心に誓う。


「選考会で体術を披露できるのが楽しみだ。使うつもりはないが、奥の手として魔術もあるし、俺の敗北はありえない」


 魔術は正体が露呈すれば弱点を突かれる可能性もある。体術のみで勝利できるのがベストだが、念のために会得してきた魔法と魔術を思い返す。


――――――――――――――――――

《回復魔法》

 魔力によって傷を癒す力。

 魔術:『死んだことさえカスリ傷』。どれほどの外傷を受けても、カスリ傷に変える力。死ぬと自動で発動し、死因となった魔法や魔術を会得することができる上、最大魔力量も増加する。だが他人を蘇生することはできず、回復魔法でカスリ傷を癒すことのできない制約を負う。


《爆裂魔法》

 魔力を爆発させることのできる力。

 魔術:『時計爆弾』対象を爆弾に変える。起爆するまでの時間が長ければ長いほど威力が上がるが、一定以上のダメージを受けると解除される制限あり。


《炎魔法》

 魔力を炎に変える力。

 魔術:なし


《収納魔法》

 魔力を収納用の空間に変える力。

 魔術:『収納空間』自分の半径一メートル以内に収納用の空間を開く。両手を合わせた時間が長いほど空間に収納できるモノの幅が広がる。空間内には無生物しか収納できず、無理矢理押し込もうとすると、その生物は死亡する。


《斬撃魔法》

 魔力に切れ味を持たせる力。

 魔術:『斬撃空間』範囲内にいる敵対者に魔力の斬撃を振るう。合掌している時間が長ければ長いほど範囲が広がる。


《創剣魔法》

 魔力から剣を創造する力。

 魔術:『右手を剣に』右手を犠牲にする制約を持つが、一万本の大剣を生み出すことができる。


《服飾魔法》

 魔力から衣服を生み出す力。

 魔術:なし

――――――――――――――――――


「もし魔術に頼る必要が出てきたなら、使うべきは『斬撃魔法』だな」


 魔力に切れ味を持たせる力は、高速の手刀で言い訳のできる可能性が高い。複数の魔法を扱えることと、死んでも生き返ることを知られてもいいのは、仲間と死体のどちらかだけだ。


「さて会場に向かうとするか」


 選考会は闘技場を貸し切って行われる。マリアと訓練していた時は観客がいなかったため閑散とした光景が広がっていたが、選考会は第一王女の執行官を決める闘いということもあり、客席が満たされていた。


「アトラス、こっち、こっち♪」


 闘技場に到着すると、ルカが手を大きく振って、手招いていた。リングの上で開会式をするため、ルカのいる壇上へと昇る。ルカの隣にはクロウもいた。


「おはよう、アトラス。寝坊しなかったようだね」

「この戦いを一番楽しみにしていたのは俺だからな」

「その余裕を見るに、弱点は克服したようだね」

「まぁな」


 三人一組のグループが出揃い、他の対戦相手が到着するのを待つ。次にやってきたのはウシオたちであった。


 ウシオが連れているのは二人の屈強な男だった。金髪と銀髪の瓜二つな顔をしている彼らは、身体に纏っている魔力からも只者でないと分かる。


「ウシオの仲間の二人、誰だか知っているか?」

「有名だからね……でも驚いたよ。まさかバロン兄弟を引っ張りだしてくるなんてね」

「どういう奴らなんだ?」

「ウシオに敗れるまで一学年最強だった男たちさ……しかも当時、初級魔術師だったにも関わらずだ」

「当時ってことは今のあいつらは……」

「魔法や魔術が使える可能性は十二分にありうるよ」


 体術と魔力だけで一学年最強の椅子に座っていた二人が魔術を扱えるまでに成長していたならば、油断ならない強敵になる。


「ウシオだけが敵じゃないってことか……他の選考者にも強敵が混じっているかもな」

「いいや、その心配はないよ。参加者は僕たちとウシオのチームだけだからね」

「応募者が随分と少なかったんだな」

「仕方ないさ。なにせウシオが出場するからね」

「あいつは残忍さでも有名だからな」


 敗北するだけならともかく、後遺症の残る傷を負わされては堪らない。実力に自信のない者が参加を避けるのは自然な流れであった。


「それに選考会で選ばれるのは第一王女の執行官だからね。これが第二王女なら参加者はもっと多かったと思うよ」

「第一王女は人気がないのか?」

「あるよ。でも実力がなくてね。次期女王から最も遠い無能姫として有名なんだ。どうせなら勝ち馬に乗りたいと考えるのが人情さ」

「ならウシオはどうして第一王女の選考会に?」


 敗色濃厚な人物の下に好き好んで付くようなタイプでもない。そこには言語化できる理由が存在するはずである。


「ウシオは王様気質なところがあるからね。実力者が蠢く第二王女の執行官より、第一王女の筆頭執行官の椅子に魅力を感じたんだろうね」

「なるほどな」


 自分以外のチヤホヤされている存在が許せないウシオだからこその理由だった。


「ねぇ、アトラス。あれが王女様かな?」

「ヴェールで顔は見えないな」


 観客席の一区画が貴賓席となっていた。ブラインドカーテンのせいで、貴賓席の様子は伺えないが、椅子に座る二つの人影と背後に護衛が立っていることは分かる


「一人は第一王女だよな。もう一人は誰だ?」

「王族と対等な関係なのよね。なら第二王女かも」

「肩を並べて観戦するんだ。案外、仲が良いのかもな」


 次期女王を争う仲とはいえ、血の繋がった姉妹である。友好関係にあっても不思議ではない。


「いいや、第一王女と第二王女の仲は最悪だと聞いたよ」

「ならもう一つの人影は誰なんだよ?」

「別人か。もしくは険悪な仲でも我慢できるほどに、この選考会に価値を見出したかだね」


 敵対しているからこそ、ライバルの部下となる者たちの実力を把握する価値は高い。特に試合の中で魔術を知ることができれば対策を打つことも容易い。


「王女様が立ち上がったわ。始まるわよ」


 ヴェールの向こう側で人影が立ち上がる。開会式の挨拶が始まるのだと察し、膝を突いて、首を垂れる。


「よくぞ私のために集まってくれました。正々堂々、正義の闘いが繰り広げられることを楽しみにしています」


 第一王女の宣誓に耳を傾けていたアトラスは違和感を覚える。


(この声、どこかで聞いた覚えが……)


 距離が遠いので、声の主を判別できない。だがすぐに疑問を振り払う。


(阿呆らしい。俺に王族の知り合いなんているかよ。気のせいに決まっている)


 違和感を振り払うと、いつの間にか開会式は終わっていた。立ち上がったアトラスはウシオと睨み合う。


「よう、最弱。今日はてめぇの無様な姿を晒してやるからな」

「こちらの台詞だ、最強。首を洗って待ってろ」


 とうとう選考会が始まる。二人は互いの復讐心を心の中で燃やすのだった。


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