第一章 ~『ゴブリンとの衝突』~
ゴブリンの数は百体を超えている。彼らがアトラスに向ける目は獲物を食おうとする捕食者の目だ。訪れた窮地に乾いた笑みが零れる。
「俺を食おうとしているんだ。なら返り討ちで殺されても文句ないよな」
アトラスは正義に固執している。だがこれは彼が非情になれないことを意味しない。無抵抗の子供や善人ならともかく、殺そうとしてきたゴブリンたちに情けをかけるつもりは毛頭なかった。
「覚悟しろよ!」
全身から魔力を放つと、手の届くゴブリンから順番に拳を打ち込んでいく。魔力によって強化された身体能力に、ゴブリンは対応できずにいた。
「肉を食ったおかげかな。まだ全快には程遠いが、ゴブリン相手なら十分に圧倒できる!」
ゴブリンは反撃しようと棍棒を振り上げるが、攻撃を終える前に、顔が吹き飛んでいく。牙を剥きだしにしたゴブリンは噛みつこうと襲い掛かるが、それもまた身体能力の差が触れることを許さなかった。
「ゴブリンは魔力を持たない。こいつら相手なら敗北の心配もないが、問題は上位種だな……」
魔物は同じ種族の中でもヒエラルキーがある。ピラミッドの中で、上位に位置する魔物は魔力を持ち、種族によっては魔術を使用するモノも存在するため、十分に警戒する必要がある。
「噂をすれば何とやらだ。さっそくお出ましか」
アトラスの視界の端にローブ姿のゴブリンが映る。
ゴブリンメイジ。魔法を扱えるゴブリンの上位種族である。率いている親玉のゴブリンも間違いなくコイツである。
「頭を潰して、指揮系統を崩すか」
次第に増していくゴブリンの相手をしていても埒が明かないと、ゴブリンメイジに狙いを定める。
ゴブリンたちの隙間を通り抜け、ゴブリンメイジとの距離を近づけていく。触れられる距離にまで接近すれば、拳を叩きこんで終わらせられる。
だがゴブリンメイジを庇うように、赤肌のゴブリンが飛び出してくる。
「こいつは……ゴブリンファイターか」
通常のゴブリンは緑肌だが、ゴブリンファイターは赤肌で、両手に籠手を装備している。さらに特筆すべきはゴブリンの中でも上位種であるため、身体に魔力を纏っている点だ。
「ただゴブリンファイターは魔法や魔術を使えないはずだ」
魔力は身に纏うだけで身体能力が上がるが、逆に言えば、ゴブリンファイターはそれしかできないのだ。
魔力を扱える上級種族の魔物の中でも下位に位置するのが、ゴブリンファイターなのである。
ちなみにゴブリンファイターより一つ上のランクに位置するのがゴブリンメイジである。ゴブリン種の中ではヒエラルキーの上位に位置するが、こいつでさえも魔法しか扱えない。
魔法は魔力に特性を持たせるだけの力だ。ウシオを例に取れば、魔力に爆裂の特性を付与することができる。
その力はシンプルであるが故に汎用性は高いが、必殺の威力とはならない。
だからこそ熟練の魔術師は魔法を加工し、特定の縛りを設けることで、効力を高めるのだ。その技術を魔術師たちは『魔術』と称した。
魔術は使いこなせば必殺の武器になる。
例えばウシオは『時計爆弾』という魔術を生み出していた。触れた対象を一定時間後に爆破する縛りを設けたことで、即時性を失ったが、それに見合うだけの威力を手に入れていた。
この効力は縛りが強ければ強いほど力を増す。つまり魔術とは相手が格上であっても、制限さえ強くすれば、下剋上の可能性を秘めているのだ。
「だけどゴブリンファイターは魔法も魔術も使えない。身体能力でゴリ押しできる」
アトラスの蹴りがゴブリンファイターの右腹を抉る。確かな手応えと共に、小さな体を吹き飛ばした。
「魔力持ちの身体はやはり固いな」
蹴った足に伝わる感触は石を蹴ることに似ていた。だが魔力量の差からダメージはない。邪魔者は排除したと、ゴブリンメイジを見据える。
「さぁ、これで魔術師同士、思う存分戦える。必殺の魔法を打ちな」
ゴブリンメイジは魔法を使えても魔術は扱えず、その魔法も炎を扱うことしかできない。
特殊な力を警戒する必要がない相手だ。使えと挑発するように、身体を纏う防御の魔力を弱める。
好機と判断したゴブリンメイジは炎の魔法を放つ。赤い炎に焼かれたアトラスの身体は煙を上げて消し炭と化す。
しかし炎の中からアトラスは不死鳥のように蘇る。頬には小さな傷が刻まれていた。
「炎の魔法、ありがとよ」
ゴブリンメイジを真似するように魔力を炎に変えて放つ。身体を焼かれたゴブリンメイジは悲鳴を漏らして、消し炭となった。だが彼と違い、ゴブリンメイジに蘇生の力はない。
「討伐完了だ。さて、続けたい奴は挑んでこい」
アトラスの警告を理解したのか、ゴブリンたちは蜘蛛の子を散らすように逃げていく。炎の魔法という成果を手に入れて、彼は勝利したのだった。
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