23. アリサの価値
一睡もせずに、しかも怪我を負った状態のまま、リョウジは砂漠をバイクで駆けていた。
やがて、夜が明け、再び真夏のような太陽がじりじりと照りつける1日が始まった。
リョウジはモハーヴェ砂漠から高速道路を横切って、デス・ヴァレー地区に入ると、そのままジェームスに教わった、ダンテズビューの岩山へと登って行った。
上るにつれ、少しずつだが、暑さは和らいでいった。
岩山の上にある豪勢な家の前に着き、バイクを停めて降りる。目の前には大きな門があり、銃を持ったスーツ姿の男が二人、そこを守っていた。
「なんだ、お前は?」
小太りした30代くらいの白人の男が訝しげな表情を見せて近づいてくる。
「ここは、ブルックス・ファミリーの家か?」
「あん? だったら何だってんだ?」
もう一人の20代前半くらいの若い痩せた黒人が、銃を構えて威嚇するように近づいてきた。
「ここに先日、高速道路で捕まえた人質がいるだろう? 見せてくれないか?」
つとめて平静を装いながらも、そう呟く彼だったが、内心は
(アリサがいたら、ここの連中、全員殺してでも奪い返してやる)
そういう気持ちを抱いていた。
だが、
「ダメだダメだ。てめえみてえな怪しい野郎を入れられるか」
最初に声をかけてきた白人の男が露骨に顔をしかめてそう言ってきた。
諦めて、早々にこの男たちを殺してでも、中に入ろうと思っていたリョウジだったが。
男の一人、もう一人の若い黒人の方の腕時計型タブレットに通信が入ったようだった。男はそれを受けると、戸惑ったような表情で、
「はあ? しかし……。わかりました」
とだけ言って、通信を切っていたが、明らかに納得がいかないと言いたげな表情をしていた。
「ちっ。仕方ねえ。ついてこい」
もう一人の男もつまらなさそうにそう呟き、リョウジを先導して中に入って行った。
屋敷はリョウジの予想を上回るほど豪華で、最新式の設備が並んでいたが、彼にはそれらを観察している余裕はなかった。
沸騰し、今にも爆発しそうな気持を必死で抑えていた。
ところが、ホールについてみると。
純白のスーツに顎髭の男が、明らかに場違いに見えるほど優雅に床でステップを踏んで踊っていた。
ホールに入ってきたリョウジの姿に最初に気づいたのは、もちろん娘のアリサだった。
「パパっ!」
張り裂けるような大きな声がホールに響いていた。
その娘を見て、どこも傷つけられていないことを確認し、ひとまずリョウジは安心するが、同時に感情が爆発しそうになる気持ちを必死に抑えていた。
ところが。
「ほう。アリサのお父さんかい。ちょうどいい」
そのダンスを踊っていた男は、リョウジを見ると、踊るのをやめ、頬を緩ませて、まるでピエロのように陽気な表情になり、
「俺はジェイデン・ブルックス。このファミリーのボスだ」
と自己紹介をした。
「アリサを返してもらおうか?」
その前に、それを察したのか、ジェイデンがあらかじめ待機させておいたかはわからなかったが。
ホールの入口から多数の男たちがわらわらと入って来て、一斉にリョウジに向けてレーザー銃を構えた。その数が軽く50人以上はいた。どの男たちもスーツ姿で、明らかに訓練された、淀みのない動きで、銃口を向けてくる。
腰の刀に手をかけて身構えていたリョウジは、その手を元に戻して、両手を頭より高く上げた。同時にジェイデンを睨んでいたが。
「アリサには2000万ダーラの身代金がかかっている。それを用意してくれれば、すぐにでも返すさ」
ジェイデンが、笑ったような目元、そして人を見下したような下卑た笑みを浮かべていた。
「本当だな?」
さすがに、これだけの人数相手では、太刀打ちはできそうにない、そう判断したリョウジは両手を上げながらも尋ねていた。
「ああ。俺は『約束』は守る。もし破ったら、俺をその刀で殺してくれて構わないさ」
ジェイデンは、不気味に見えるくらい明るい笑顔のままそう告げていた。
観念したリョウジは、ここでようやく決断することになる。
「わかった。ただし、アリサに傷一つつけてみろ。貴様を地の果てまで追いかけて、ファミリーごとこの世から消し去ってやる」
その怒りに燃えた眼光を、真っすぐにジェイデンに向けて、言い放っていた。狂気にも似た、その燃え滾る炎のような瞳の色に、周りにいた男たちは、すくみ上っていた。
だが、ジェイデンだけは、
「わかってるさ。俺はこう見えて『紳士』だからな。約束するよ」
そう告げた上、その表情は先程とは打って変わって、おどけたような表情ではなくなっていた。口元は多少緩んでいたが、少なくともリョウジには目だけは真面目に見えた。
ようやく胸を撫で下ろしたリョウジは、ジェイデンに断って、アリサと話だけをさせてもらうことになった。
もちろん、ファミリーの構成員たちの監視つきだったが。
すぐ近くで銃を持った男が監視している状態で、二人は久しぶりに向き合う。
アリサを今すぐにでも、自分の手で抱きしめたい衝動にかられるのを必死に我慢して、リョウジは向き合う。
「パパぁ。ごめんなさい……」
娘の顔は、涙で濡れていた。自分自身で感情をコントロールできないかのように、ただただ涙の線が頬を伝っていた。
「いいんだ、アリサ。必ず金を用意してくる」
アリサには触れることも許されていなかったため、それだけを告げて、背を向けて立ち去ろうとしていた、リョウジだったが。
「彼女が助けてくれたの」
アリサの声にハッとして振り返った。縛られた両手の代わりに、軽く顎をしゃくって彼女が示した先には、ソバカスの目立つ赤毛の少女がいた。一見すると西洋人に見えるが、アジア人の血も入っているようにも見える。
「そうか。ありがとう」
リョウジが、彼女に目を向け、深く頭を下げるのを見て、その女性は返って恐縮したように、
「い、いえ」
とだけ呟いていた。
さらに身代金の肩代わりの約束をしてくれたことを聞き、改めてアリサの身代金は自分が払うことを告げていた。
リョウジは屋敷を出て、すぐにタブレットから昨日の賞金首の分の金が口座に入っているかを確かめる。
金銭は確かに入っていた。表示通りの金額だった。
(800万はある。残り1200万か)
アリサを解放するために必要な金額は、2000万ダーラ。残りを瞬時に計算していた。
リョウジはひとまず、ロサンゼルスのハンターオフィスに向かうことにしてバイクを走らせた。
ところが、事態は意外な方向に進んで行くことになる。
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