22. 救いの手
アリサは、自分の頭のわずかな先に突きつけられたレーザー銃の銃口から目を離せずにいた。
それは、己の命を左右し、一瞬で自分の存在を消し去ることができる凶器である。アリサの命はまさに「風前の
恐怖で身体を震わせながらも、もはやどうすることもできない彼女は、目を
(パパ!)
だが、その最愛の人の声の代わりに、すぐ隣から大きな声で、綺麗な英語が飛んできた。
「待って下さい!」
それは、同じく捕らえられた人質の一人で、20代前半くらいの女の子だった。見た目は165センチくらいで、ソバカスのある赤毛が特徴的な女性だった。凛とした表情が特徴的だったが、確か彼女の価値は、ジェイデンによれば、わずか「300万ダーラ」だったとアリサは記憶していた。
「何だ、貴様は?」
ジェイデンは銃をアリサの頭に向けたまま、目だけをその女性に向けて冷たく言い放っていた。
「私の両親はお金持ちです。ですから、私の両親が彼女の2000万を代わりに払います」
「なんだと?」
一瞬、呟いた後、ジェイデンは長考するように、眉間に皺を寄せて、考え込んだ。そして、また奇妙なほど明るくて、甲高い声を上げていた。
「いいだろう! 今日の俺は機嫌がいいからな。代わりに君が自分の分と合わせて2300万ダーラを払うんだ」
その声に応じて、女は深く頷いていた。早速、ジェイデンは彼女に電話をさせて、両親に2300万ダーラを用意するように取りつけていた。
ジェイデンが次の人質の元へと行く中。
「ありがとうございます」
震えるような声で、しかし必死に英語で礼の言葉を発していたアリサに対し、
「どういたしまして」
と英語で言った後、彼女は、
「ニホン語で構わないわ」
と、突然綺麗なニホン語で返してきたため、アリサ自身が驚いていた。
「あの、あなたはニホン人ですか?」
「いえ。私はレイコ。日系アメリカ人よ」
レイコと名乗る彼女はそう言って、微笑んだ。その笑顔がアリサには十分可愛らしいものに見えたが、恐らくは一般的な見地からすれば、それほど美人には見えなかったか、それとも単にジェイデンの感覚なのかはわからなかったが、彼女の価値が自分よりはるかに劣る300万ダーラには、アリサには思えなかった。
「あの。どうして助けてくれたんですか?」
アリサ自身、そのことが一番気になっていた。いくら両親が金持ちとはいえ、見ず知らずの他人のために、2000万ダーラなどという大金を用意させるとは、普通では考えられない。
ところが、レイコは、
「私は半分、ニホン人の血が入っているでしょ。だからアメリカがいかに怖い銃社会かということも知ってるし、だからこそ目の前で人が死ぬのなんて見たくないの」
とソバカスの顔を向けて、はにかむように微笑んだ。
「ありがとうございます。私も4分の1はドイツ人ですが、残りの4分の3はニホン人ですよ」
アリサのその言葉に、レイコは驚いて目を丸くしていたが。
「
ジェイデンの鋭い声によって、その会話は妨害されていた。
アリサは他の人質ともども、両手を特殊な電子手錠のようなもので、固く縛られたまま、このホールのような一室にそのまま監禁状態にされた。
ジェイデンは、一通り人質から身代金の話を引き出したことで、満足したためか、早々にホールを立ち去っていた。
代わりに、ジェイデンの部下の黒ずくめの、目出し帽をかぶった数人の男たちが、レーザー銃を構えて監視についた。
レイコは、アリサには優しかった。というよりも、彼女はニホン人の血を引くアリサに対し、共感にも似た感情を持ったようだった。
広い世界だが、多くの人間が死滅し、人口も少ないその時代において、同胞とも言える同じ民族の血というのは、それまでの時代以上に大事だった。
何しろニホン人含め、世界中で民族自体が数を激減させていた。
監視している人間には、バレないようにひそひそ声のニホン語で会話をする二人。
聞くと、レイコの家は、元々外交官だったそうで、そのおかげなのか、家にはかなりの資産があるという。
家はラスベガスにあって、こんな時代にも関わらず豪邸に住んでいるらしい。
なので、「金」の問題は気にしなくてもいいとまで堂々と言われていた。アリサには、彼女はまるで「違う」世界の住民のように思えたし、あまりの境遇の違いが羨ましくも思えた。
反面、母を亡くし、父はしがない賞金稼ぎの旅暮らし。自分の境遇が悲しく思えてさえ来ていた。
その日は、結局、そのホールで一晩泊まることになり、アリサを除く人質たちの身代金は翌日には受け渡される手はずになっていた。
(パパ。どうしてるだろう?)
冷たい床の上に身を横たえ、眠れない夜を過ごしながらも、アリサは父のことを思っていたし、今さらながら自分の軽率すぎる行動にも深く後悔していた。
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