21. 人間リーサル・ウェポン

 アリサがブルックス・ファミリーに連れ去られ、デス・ヴァレーへと連れて行かれた頃。


 リョウジはロサンゼルスからバイクを飛ばし、荒野を駆け、州間高速道路インターステイト15号線を通って、モハーヴェ砂漠を目指していた。


 ロサンゼルスからバーストーを経由し、州間高速道路インターステイト40号線に乗り換えて、230マイル、約368キロ。時間にして約4時間。


 着いた時には、すでに陽が暮れていた。夜間での戦闘となると、銃を使わないリョウジの方がどちらかというと、不利になる。

 それでもアリサの安否が気になっていた彼は、構わずモハーヴェ砂漠を捜索する。だが、この砂漠は広大だった。


 一般にイメージする、砂と砂丘のサハラ砂漠のような砂漠と違い、そこは乾いた大地にわずかに草が生え、周囲を岩山に覆われた、まるで西部劇に出てくる荒野のような土地だった。


 ただし、かつてこの辺りの風景を彩っていた「ジョシュア・ツリー」は相次ぐ気候変動と地球温暖化の影響で、この時代以前に完全に絶滅していた。

 そのため、ひたすら乾いた大地と、雑草のような草が広がり、しかも夜にも関わらず、それほど寒くはなかった。通常、砂漠の昼夜の温度差は高いが、これも急激な気候変動の影響だった。


 その砂漠を、円を描くように周囲を一周し、さらに南北、そして東西とバイクで駆け抜けるも、一向に目指す賞金首、ジェームスの姿は見当たらなかった。


 この時代、文明が瀕死の重傷を負っても、かろうじて科学技術は残滓ざんしのように生き残っていたが、それでも全く見知らぬ人間、一人を探し出す手段はなかった。


 仕方がないので、焦る気持ちを抑えながらも、夜通し砂漠を駆け抜けていると。


 日付を回った深夜。

 ようやく砂漠の中に、光を見つけたリョウジ。


 それは、砂漠の中に佇む一軒の小さな家だった。丸いドーム状で、22世紀的なセラミックで出来た白い壁が目立つが、窓から明かりが薄っすらと漏れていた。


 近づくにつれ、ゴーグルが反応する。それは対象の賞金首が近くにいる、という合図で、音と表示で示してくれる。


 確信したリョウジは、バイクを家の前で停め、おもむろにドアの前に立つ。

 だが、インターホンを押す前に、彼はドアの向こうから「殺気」を感じ取って、本能的に自分の身体を建物と壁から離し、砂漠が広がる右側に飛んでいた。


 刹那。

 ドアごとレーザー光線が走り、ドアの一部を赤黒く溶かしていた。


 リョウジは体勢を立て直して、日本刀を抜く。

 やがて、ドアを自ら蹴って出てきた男の姿が異様だった。


 身長は190センチは越え、体重も80~90キロはあるとも思われる、典型的な筋肉質なマッチョ体型。そして短い角刈りの頭が特徴的で、目つきは獣のように鋭かったが、それ以上に腕が、人間のそれではなかった。


 両腕の肩から先が、明らかに機械に変貌しており、銀色の無機質な腕が月明りに煌いて見える。しかもその腕は、まるでプロレスラーのように太く、左右の腕にともに連射式のレーザー銃が握られていた。いわゆる身体の一部を改造するサイボーグであり、この時代、アンドロイドと共に一般的になっていた。

 もっともサイボーグ化には莫大な資金がかかるが。


 手に持っていた銃は、レーザー式ではあるが、かつて火薬式の銃が活躍していた頃に「マシンガン」、あるいは「アサルトライフル」と呼ばれた連発式機関銃と同様の性能を持つものだった。


 ゴーグルを通してみると、「ジェームス 98%」の表示が出ていた。その男が「人間リーサル・ウェポン」、つまり「人間凶器」の名に恥じないほどの武装を持った賞金首であることはすぐにわかった。


「バウンティー・ハンターか。こんな夜中にご苦労なことだ」

 そのマシンガン式レーザー銃を構えながら、ジェームスが見下したような笑みを浮かべる。


「そういう貴様もな」

「俺は酒を飲んでいただけだ」


 高周波発生機つきの日本刀を構え、連射式のレーザー銃に立ち向かうリョウジ。


 戦いは、真っ暗な砂漠の中、月明りと、わずかに漏れる家の明かりだけに照らされて行われた。

 だが、ジェームスが射程のあるレーザー式マシンガンを持ち、しかもまるで骨格を強化したと思われるような太い腕を使って、銃を連射できるのに対し、日本刀を持つリョウジは、強力な武器ではあるが、接近戦に持ち込まないと、そもそも勝機はない。


 一見すると明らかに、リョウジの方が「不利」と誰もが思う対峙だった。


 地を蹴りながらジェームスがレーザーマシンガンを連射してくる。火薬式と違い、音も静かで、わかりにくいが、発射の瞬間、一瞬、銃口が光るので、それを唯一の手がかりにしないと、リョウジは対応できない。


 だが、リョウジはレーザー銃の連射攻撃を、ゴーグルをかけたまま、かわしていた。サングラス型のこのゴーグルは、最新式で夜間でも周囲が見えやすくなっており、レーザー光線も見やすいという特徴があった。


 それに加え、ジェームスは火器こそ強力な物だったが、マシンガンの特性として、広範囲に銃撃は出来るが、精度という意味では、ハンドガンには劣っていたから、どちらかというと、数を頼みにする制圧射撃に近かった。


 そのため、彼はかろうじてマシンガンのような相手の攻撃を、木や岩などの遮蔽物を生かしてかわしながら、少しずつ距離を詰め、一気に近づいていた。


 レーザーマシンガンから光が出るが、リョウジはその光を刀で弾くように防ぎ、そのまま懐に飛び込み、日本刀を右に薙いだ。特徴的な青白い光が刀身から流れるように光る。


 だが。

 夜空に高い金属音がこだまする。


 リョウジの日本刀は白いレーザーマシンガンで身体の前を覆うように防御態勢を取ったジェームスの右腕に防がれる。


 そのまま距離を置こうと後ろに下がるジェームスに対し、リョウジは逆に踏み込んで、二撃、三撃と繰り返し刀を振るうが。


 いずれもが、相手のレーザー銃の防御によって止められていた。


 活路を見出すため、リョウジは不意に身体を沈め、足払いを行った。というよりもそれはスライディングに近い形だったが。


 リョウジの右足がジェームスの左足の脛を捕らえ、バランスを崩したジェームス。そのまま思いきり刀を振り下ろしたリョウジ。


 瞬間、ジェームスの左腕が肩の根本から吹き飛んでいた。金属式の腕が銃ごと吹き飛び、さらに肩口の生身の肉体から流血が噴き出て、リョウジの顔を返り血で赤く染めていた。


 だが。

 それでも顔色一つ変えずに、ジェームスは残った右手でリョウジを至近距離からマシンガンで捕らえた。


 発射される瞬間。

 思いきり相手の胸を刀の切っ先で突いたリョウジと、レーザーマシンガンを発射したジェームスの姿が、闇夜に交錯する。


 両者から、赤い涙のような血飛沫ちしぶきが上がっていた。

 リョウジの刀の切っ先が、生身のジェームスの胸を突いて背中まで貫通しており、同時にジェームスの放ったレーザー銃の軌道がリョウジの左肩をわずかに捕らえていた。リョウジの方が軽傷だったが、それでも左肩に激痛が走り、焼けるように肌が熱い。


「ぐっ」

 両者ともに呻き声を発し、砂漠に倒れ込んでいた。

 両者の傷口から、どくどくと赤い液体が流れ、砂漠の土を朱に染めていくが。


 倒れ込んだジェームスに対し、肩を痛めながらもリョウジは、ふらふらと立ち上がり、刀をジェームスの顔の前に突きつける。


 彼は、痛みで朦朧もうろうとしながらも、

「殺す前に聞いておきたい。茶色い髪をした、ハーフっぽい小さな女の子をこの辺りで見かけなかったか?」


 ジェームスは、痛みで荒い息を口から吐きながらも、

「小さい女の子だあ? 知らんな」

 とだけ呟いた。


「そうか。じゃあ、死ね」

 冷酷な瞳で、切っ先を顔面から喉先に向けて突こうとするリョウジの耳に、切羽詰まったような声が響く。


「ま、待て!」

「命乞いは無駄だ」


 リョウジは、かつて自分の甘さのせいで、娘のアリサをさらわれてしまったことを、一種のトラウマのように感じており、結果的に本人が意識している以上に、冷酷な性格に変わってきていた。


「違う。その子がいたかどうかは知らんが、昨日、州間高速道路インターステイト15号線でブルックス・ファミリーが民間人のバスを襲撃したらしい」


「ブルックス・ファミリー?」


「ああ。この辺りで暴れているマフィアの一味さ。デス・ヴァレーのダンテズ・ビューを拠点にしてるはずだ。そいつらじゃないか?」

 考え込むリョウジ。昨日ということ、そして近くの高速道路で起きたことを考慮すると、可能性は高いと思った。


「しゃべったぞ。見逃してくれ」

 翻訳機を通して、ジェームスからあからさまに命乞いをする、震えた声が聞こえてくるが。


 リョウジの瞳は、鬼の形相のように冷酷で、無慈悲で、そして物悲しいように見えた。

 瞬間、音もなく、無残にジェームスの喉は刀に貫かれており、ジェームスの身体が一瞬、跳ねたかと思うと、すぐに動かなくなった。


 リョウジは、そのまますぐに左腕にはめていた小型タブレットで、砂漠に転がって肉の塊になっているジェームスを撮影し、そのタブレットを通して、ロサンゼルスのハンターオフィスにメールで連絡を入れていた。


 もちろん、それは「賞金首」を狩ったという「証拠」を明示するためだ。

 それを終えると、傷口を自ら抑え、ジェームスが拠点にしていた家に入って行った。


 幸いなことに、そこには応急処置用の救急セットがあり、簡易的ながらも傷口の簡単な治療ができるのだった。

 この時代、特殊な治療用冷却スプレーにより、一時的に傷口の痛み止めをすることができたため、それを使って痛覚だけでも和らげていた。


 そのまま、砂漠の上に置いてある自分のバイクにまたがる。

 タブレットを通して、次の行き先である「ダンテズ・ビュー」を設定する。


(アリサ。今、行くぞ)

 彼の最優先事項は、何よりも娘のアリサだった。

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