24. 取り分

 まだ、ジェームスと戦った時の傷の治療さえロクにしておらず、応急処置に過ぎなかった左肩が痛み出した。治療用冷却スプレーの効果が切れてきていた証拠だった。


 その痛みを堪えながらも、リョウジはただたひたすらロサンゼルスを目指してバイクを走らせていた。


(一刻も早くアリサを救う)

 その気持ちだけがすべての原動力であり、彼は体力よりも気力だけで持っていた。


 ロサンゼルスに着くと、リョウジは傷の治療もせずに、ハンターオフィスに真っすぐに向かった。

 ハンターオフィスでは、最初、リョウジを散々馬鹿にしていた、アメリカ人バウンティ・ハンターたちが、彼の実績をすでにタブレットを通して知ったため、以前のような見下した態度ではなくなっていた。


 むしろ、尊敬よりも恐れに近い感情を、面上に貼りつけており、リョウジを遠巻きに見守っていた。


 だが。

「残念だが、他の賞金首は狩られた。今、出てるのはこれしかない」

 例の不愛想な店主がタブレットで示した表示には、


 ―元・軍人で違法薬物強化の殺人マシーン Jackジャック 2400万ダーラ―


 と、何とも物騒な文言が並んでいた。


(2400万。2000万を越えるが、こいつで十分だ)

 そう思い、その男の情報を聞こうとしていたリョウジだったが。


「やめとけ、旦那。あんたが強いのはわかったが、そいつはマジで危険だぞ。一人だと今度こそ死ぬ」

「せめて、誰かと組んで行け。何なら俺たちでも構わない」

 と、少し前までは散々、リョウジを見下していたバウンティ・ハンターたちが、彼に声をかけてきていた。


 そこは腐ってもアメリカ。「実力がある者には敬意を払う」という文化がある。ニホンとは違い、年功序列よりも、強烈な実力主義の社会だ。


 だが、

「いらねえよ。お前らみたいな雑魚ザコを連れても、足手まといになるだけだ」

 アリサのことで、なおも気が立っていたリョウジは、冷たい視線を彼らに向けてそう言い放っていたため、


「だったら、勝手にしろ」

 とさすがに彼らの怒りを買っていた。


「で、こいつはどこにいる?」

 目撃情報を訪ねるリョウジに、店主は彼の左肩を見て、


「まずはその傷を治療しろ。でないと本当に死ぬぞ」

 とぶっきらぼうに言い放ってきた。


 リョウジもまた、怒りと焦りから、自分の傷の治療すらも後回しにして、賞金首を追おうとしていた自分の軽率さを反省していたため、頷いていた。


 店主によって、バウンティ・ハンターたちが使う病院を紹介される。そして、ようやくその男の詳細が明かされる。店主やタブレットを通して知る情報によると。


 ジャックは、元・軍人だが、何でもアメリカ軍が極秘裏に計画を進めていた「最強の兵士計画」の犠牲者だという。

 これは、薬物によって人間の機能を強化し、一人の兵士で1個小隊、将来的には1個連隊まで撃滅できることを企図した計画だそうで、詳細は軍事機密のため、不明という。


 そのため、ついたあだ名が「殺人マシーン」。ジャックは、元々は軍の研究所にいたが、戦争のどさくさに紛れて脱走。そこから先は、全米で何人、何十人もの殺人を犯していったという。


 それも、次第にエスカレートし、だんだんと「殺人を楽しむ」ようになってきているように見えるという。


 今や、彼の殺人件数は軽く3桁を越え、もうどんな組織でも手に負えない状態だという。この賞金首の依頼主がアメリカ政府だったことから考えても、その本気度は伝わってきていた。


 もちろん、その分、その男は想像を絶する強さだと踏んでいたリョウジだったが、店主によれば、武器はレーザー銃1挺だけだという。


 そのことに拍子抜けしていたリョウジだったが、目撃場所は、さらに面倒なことにグランド・キャニオンだという。

 世界的に有名な渓谷だが、その分、捜索範囲が広すぎて、見つかるかどうかも怪しい。



 一気に、気分が落ち込むリョウジだったが、まずは店主に紹介された、バウンティ・ハンターたちが使うという病院へ行って、治療に専念した。

 幸い800万ダーラも賞金を稼いでいた彼は、治療プログラムの中でも最も治りが速く、しかもすぐに動ける200万ダーラの治療プログラムを選ぶことができた。


 この時代、アメリカの治療は、金銭によってレベルさえ変わっていた。人種差別と偏見と貧富の差が激しいアメリカらしい特徴だった。


 治療を終えると早速、バイクでグランド・キャニオンを目指すことにしたが。

 そこは、アリゾナ州の北部に位置し、ロサンゼルスからは半日がかりでようやく到着する距離だった。


 しかも、実際に着いてみると、そこはあまりにも広大すぎた。

 コロラド川に沿ったその渓谷は、断崖絶壁に囲まれ、その断崖の深さの平均が1200メートル、長さが446キロ、幅が6~29キロにも渡り、最深部の地点は1800メートルもの深さがあった。


 その入口に、グランド・キャニオン・ビレッジという場所があった。

 元々は、観光用に駅やレストラン、ロッジ、ホテルなどが並んでいる街だったが。この戦争と環境激変、人口減少による不景気もあって、駅は廃墟となり、レストランもホテルもほとんど営業していなかった。


 幸い、戦争や環境の汚染には、ここは程遠い状態だったにも関わらず。


 仕方がないので、その街に唯一あった、バーに行き、その日はそこの安宿で泊まって、翌日から捜索しようと思っていたら。


 古ぼけた、まるで20世紀の場末のバーのような、コンクリート製のバーに入ると、先客が一人だけいた。


 中も、明らかに20世紀を意識したような、レトロと言えば聞こえがいいが、古ぼけた造りや、ジュークボックスなどの装飾品が目立つ。バーのカウンターに座り、パネルからウィスキーを注文し、彼は電子タバコに火をつけていた。


 給仕はここには、全くおらず、すべてが自動で動いていた。外面や内面の古臭さとは別に、人員削減の意味もあるのだろう。

 パネルで注文すると、機械が自動で調理をしてくれて、出来上がったものは、ベルトコンベアーのような物に載せられて、自動で配膳される仕組みであり、半ばセルフサービスのようなものだった。


 先客は、見るからに警察官のような服装をしていた。ポリスと書かれた制服を着ていたし、警帽もかぶり、腰にはリボルバーのような古臭い火薬式の銃をホルスターに入れていた。


 配膳されたウィスキーを一口飲んでいると。

「あんた、ジャックを追ってきたのか?」


 男から声をかけられていた。

 見ると、リョウジから2席ほど空けたカウンター席に座っていたその男がリョウジに、まるで値踏みでもするかのような視線を向けていた。


 年の頃は30~40くらいの白人の警官のようだったが、口元に髭を生やしているのが特徴的で、がっしりとした筋肉質の男だった。身長が185センチくらいはあり、体重も70~80キロはありそうだった。しかも、その時代には珍しい電子ではない、紙巻きタバコを吸っていた。特徴的な紫煙と匂いが漂ってくる。


「ああ」

 とだけ返して、電子タバコを吸う手を止めないで聞いていると。


「そうか。じゃあ、手を組まないか?」

 男の一言に、面食らうリョウジ。


「断る」

 最初はそう言っていた。それは、もちろんロサンゼルスのハンターオフィスで言ったのと同じような意味合いで、足手まといになると考えたのと、賞金を取られるのが嫌だったからだ。


 ところが、男は、

「そう言うな。俺は奴の居場所を知っている」

 と告げてきたため、さすがにリョウジは、ウィスキーを飲む手も、電子タバコを吸う手も止めて、男に注視していた。


「なんだと。本当か?」

「ああ。だが、タダで教える気はない」

「何が条件だ?」

「情報量と、俺がお前に強力する分。それでフィフティーフィフティーだ」

 男はそう言って、紫煙をくゆらせながら微笑んだ。


 つまり、取り分を半々にして、2400万ダーラを割り、半分の1200ダーラをそれぞれの取り分とする。

 と男は言いたいらしい。


 確かにそれならば妥当だったが。問題は、半分にするとリョウジには、アリサの身代金が払えなくなることだった。

 治療費にすでに200万ダーラを使っていた彼の残金は600万ダーラ。そこから1200万ダーラを足しても1800万ダーラにしかならないし、足りなくなる。


 かと言って、そこから新たな賞金首を探すのは面倒であり、さらにアリサの安否のためにも一刻も早く、彼は手を打ちたかった。


 仕方がないので、交渉に入ることにした。

「フィフティーフィフティーでは多すぎる。俺が60でお前が40ならいいだろう」

 その線を妥協したくはないリョウジ。

 それなら取り分は、2400万ダーラのうち、1440万ダーラで600万ダーラと足して2000万ダーラに届くという計算だ。


 最初は、男はそれだと不公平だと承知しなかった。だが、リョウジがジェームスを倒したことを知ると、渋々ながらも承諾してくれるのだった。


「俺の名前はRyanライアン。元・警官だ。よろしく」

 男は、警帽を脱いで軽く頭を下げ、次に握手を求めてきた。


 リョウジが握手した、ライアンの右手は、ごつごつしていて、力強く、昔ながらの体力自慢の男にも思えるのだった。


(元・警官らしいが、そんな旧式の銃で大丈夫なのか?)

 明らかに、この時代には相応しくない、まるで20世紀か21世紀に使われていたような、古臭いリボルバー銃を見て、リョウジは率直にそう思っていた。

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