Chapter 2 母を求めて
19. バウンティ・ハンター
それから3日後。
リョウジとアリサは、ニライカナイに着岸したフェリーに乗って、太平洋を船で渡った。
だが、ニライカナイに来た時と同様に、文明が死に瀕していたその時代、船と言っても旧式の船しか残っていなかったし、新たに最新鋭の高速の船を作る余裕などどこにもなかった。
そのため、旧式の船で1週間近くもかかり、ようやく北米大陸に到着する。すでに「海」を見飽きて、毎日リョウジの小型タブレットで、絵を描いて時間を潰していたアリサの目にも、初めて映るアメリカは、衝撃的だったようだ。
15年前の核戦争で、実はアメリカは、アジアに比べて被害が少なかった。核戦争の主役となったのは、中国とインドだったからだ。そこにパキスタンも加わったことで、その辺り一帯は核の応酬の攻撃に晒され、地上のほとんどが壊滅した。
かつて、「世界の超大国」、「世界の警察」と言われた、世界一の国家、アメリカは21世紀中頃から急速に停滞し、その座を中国に明け渡していた。
核戦争の被害は少なかったが、その分、非核による戦争、そして治安悪化による暴動の被害は大きかった。また、他の地域同様に、海面上昇と環境の激変によるダメージも受けていた。
サンフランシスコの港の入口、湾をまたがるアールデコ様式の、有名なゴールデンゲートブリッジは、見るも無残に破壊され、根本から橋は折れていた。
港に着くと、かろうじて港だけは地上にあった。
ただ、サンフランシスコの街自体はもちろん地下にあった。だが、街としては地下空間に広がっていたが、それもかつての最盛期の賑やかさにはほど遠く、元からあった地下鉄の路線を拡張し、街を広げた程度で、全体的に閑散としていた。何よりも規模がビルフッドよりもはるかに小さく、地下と言ってもせいぜい2階層程度に横に広がっている程度だったのが特徴的だった。
色々とやることがあった、リョウジだったが、まずは宿に向かった。街の中心部、かつてのユニオン・スクエアの地下近くのホテルは、比較的新しく、22世紀的な白い、セラミックで出来たタワーのような洒落た造りをしていた。
ホテルのフロントに向かい、小型タブレットを操作して翻訳機能を有効にする。この時代、AIによる自動翻訳機能が極度に進化しており、どの国の言葉で話しても、タブレットのアプリケーションを通して、自動翻訳が出来るようになっており、音声で自動翻訳され、その精度も非常に高かった。
部屋は幸い空いていて、すぐにチェックインは済んだ。
その日は、長旅で疲れていたこともあり、リョウジは早々にベッドで横になり、意識を失っていた。
そして、翌朝。アリサがいなくなっていた。
ホテルの部屋を探しても、1階ロビーに行ってもいない。フロントの女性に簡単な英語で聞くと、朝早くに出て行ったとのこと。
部屋に戻って、改めて見ると、先程は気づかなかったが、ベッド脇の机の上に、来客用のホテル備え付けのタブレットがあり、その液晶画面が光っていた。
見ると、「メッセージ」欄が青く点滅している。
そこには、
―ごめんね、パパ。ママを探します―
とだけ書かれてあり、リョウジは絶望のあまり、
「あのバカ!」
と拳を握り締めて叫んでいた。
しかも、マズいことに、リョウジが持つ、腕時計型の超小型タブレットまで持ち出されていた。あれがないとそもそも結晶を追えないし、翻訳すらできなくなる。
場合によっては決済すら出来なくなるが、念のために彼は口座を分けており、もう一方の口座には、自分の物でなくてもタブレットさえあればアクセスできる。
リョウジは、アリサが「母」を求める強い気持ちを侮っていたことを後悔していた。
だが、腐っていても何も解決はしない。
ひとまず、下手な英語でチェックアウトを告げ、まずは必要なタブレットを買いに、電気屋に向かった。
幸い、元々持っていたタブレットほど高価で優秀ではないが、腕時計型の超小型のAI自動翻訳機つきタブレットを手に入れることができた。
ただし、元のタブレットには防犯を考慮して、パスワードをかけていたし、外部端末からはメールは見れない仕様にしていた。そのため、結果的には結晶の光点を追うことは出来くなっていた。
もっともアリサは、リョウジの端末のパスワードを知っていたから、彼女だけは見れる。
あとは、問題のアリサの行き先だったが。
(あいつは、間違いなく結晶の光点を追ったはず)
アリサの性格、そして残されたメッセージから類推するに、それしかないとリョウジは確信した。
(確か光点は、ロサンゼルスから北東方向に動いていた)
ホテルに着く直前まで、彼はタブレットの地図を見ていたから、そのことを覚えていた。
すぐにバイクにまたがって、ロサンゼルスを目指した。
荒野を駆けること数時間。
周囲には環境破壊による砂漠と荒野が広がり、人の気配はほとんどなかった。
やがてロサンゼルスに着くと、そこもまたサンフランシスコと同じように、地下に街があった。サンフランシスコと同じように、かつての地下鉄路線から地下を拡張していたが。
やはり同様に最盛期には程遠いほど寂れていたし、何よりも、日中にも関わらず街のあちこちから銃声や悲鳴が聞こえていた。
元々、この国は銃社会で、治安が悪かったのに加えて、世界的に文明が衰退し、統治機構が弱まったため、ただでさえ悪かったアメリカの治安はさらに悪くなっていた。
リョウジは、アリサの当たりをつけるのと同時に、寂しくなった懐を潤すためも兼ねて、まずはダウンタウンに向かった。
そこに、「ハンターオフィス」があることを、タブレットを通して調べていたからだ。
ハンターオフィスは、ゴシック復古調の古い
早速向かってみると。
オフィス入口の自動ドアから中に入ると、いずれも腕っぷしの強そうな屈強な体格の男たちが、レーザー銃をホルスターに入れて佇んでいた。
人数はおよそ5人。どの男もぎらついた目をして、不遜な態度を晒しながら、無遠慮な視線をリョウジに向けていた。
そんな中。
「茶色い髪をした、ハーフっぽい小さな女の子を見かけなかったか?」
翻訳機を通して、カウンターの奥に座っていた、50がらみの、髪の毛の薄い店主に声をかけると。
「いや」
という不愛想な声と共に、
「おいおい、兄ちゃん。ここは観光案内所じゃねえぞ」
「
口汚く、罵るような声が屈強な男たちから飛んできた。
リョウジは、薄く笑みを浮かべると、
「じゃあ、賞金首を見せてもらおうか?」
店主の腕元にあるタブレットを指さしていた。
店主の男は、つまらなさそうな不愛想な表情のまま、無言でその左腕を出し、そこに腕時計のようにはまっている小型タブレットを差し出し、リョウジに見せていた。そこに表示されている賞金首たちは。
―人間リーサル・ウェポン
―元・警官で
―ナイフ使いの脱獄囚
など、明らかにニホンよりも、はるかに物価が高かった。しかも、「WANTED」の表示の下に「
そのことにほくそ笑み、懐具合にはちょうどいい「足し」になると考えるリョウジ。
自然と、一番高い賞金首、ジェームスを指さしていた。
「こいつはどこにいる?」
すると、店主も、屈強な男たちもその指先の示す先の名前を見て、目を丸くしていた。
「目撃情報ではモハーヴェだが、あんた本当にこいつを相手にするのか、その体で?」
身長が180センチはあるとはいえ、大柄なアメリカ人から見れば、痩せている男に見えるリョウジを見て、店主は色を失っていた。
一方、バウンティ・ハンターの男たちは、大声で笑い声を上げ、
「Hey。兄ちゃん、死ぬぞ」
「ジェームスはイカれてる。並の男じゃ倒せねえぞ」
と、口々に唾を飛ばすように叫んでいた。
欧米人から見れば、童顔で子供っぽくも見えるアジア人。髭を生やしていても、やはりリョウジは子供扱いを受けているようで、内心では彼はそれが気に入らなかった。だからなのか、わざと「蔑称」で、
「まあ、見てな、ヤンキーども。アメリカン・ドリームって奴を見せてやる」
そう捨て台詞を吐いて、立ち去って行くリョウジの背中に、
「ちっ。ジャップが」
と、同じように差別語が投げかけられたのをリョウジは聞いていたが、相手にしなかった。
モハーヴェは、ロサンゼルスの北東にある広大な砂漠で、戦争や環境破壊以前から元々「砂漠」だった土地だ。
そういう意味では、「悪党」には入り込みやすい土地なのかもしれない。
バイクを飛ばしながら、リョウジは久しぶりに、自分の血が湧き上がるような高揚感を感じていた。
(初のアメリカでの賞金首か。
アリサを見つけなくてはならないという目的もあったが、手がかりが掴めない以上、今は進むしかないと思っていた。
同時に、モハーヴェは、ロサンゼルスの「北東」、つまり彼が狙い、アリサが追いかけているであろう結晶の光点に近かった。言い換えればアリサに近づけるという期待感もあった。
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