17. ニライカナイの真実

 翌朝、アリサを連れて再びヨウジロウの家に向かうと。


 彼は昨日とは打って変わって、明るい表情で出迎えてくれた。これは期待ができる、とリョウジは意気込んで部屋に入ったが。


「調べてみたが、こいつは、やはりただのアメジストだな」

 ヨウジロウはリビングのソファーに座り、つまらなさそうに呟いて、ペンダントを返してくれた。


「そうか……」

 一縷いちるの望みが絶たれた。そう思い、俯いてペンダントを眺めるリョウジだったが。


「だが、面白いことに、発信機がついていたぞ」

 ヨウジロウのその言葉に反応し、顔を上げていた。


「発信機だと?」

「ああ。何者かはわからんが、この結晶の場所を特定したいがためにつけたのは間違いないだろうな」

「何のためにだ?」

「それはわからんが、この発信機、普通ならまず見つからないくらい、精巧に偽装された、小さな豆粒まめつぶのような大きさだったな。これを作ったのは相当な技術者だ」

 そんな精巧な物を作った人間にも驚くが、リョウジには思い当たる節がなかったわけではなかった。


 彼は、考え込む。

 発信機が取りつけられているとは、全く気づいていなかったが、そもそも考えてみれば彼やアリサの周りには、望まなくても「敵」が現れては、結晶を狙っていた。言い換えれば、彼らは発信機を頼りにリョウジたちを追ってきたことになるのかもしれない。

 確かにそれならば辻褄つじつまは合った。


 もっともそれは、その発信機を取りつけた人物と、襲ってきた「敵」が何らかの連携をしていて、発信機による場所の「特定」が出来ている場合のみに該当するため、確信はなかった。


 だが、わからないのは、それを取りつけたのが誰か、ということだ。普通に考えるなら、元の持ち主のレナであり、彼が「思い当たった」のも彼女の存在だったが、そもそも自分で自分の持ち物に発信機をつける意味がわからない。


 長考ちょうこうに入っていたリョウジに、改めてヨウジロウの声がかかる。

「あと、これは一つではなく、複数あるな」

「複数だと?」

「ああ。よく見てみろ。断面を削ったような跡があるだろ?」


 言われて改めて、アメジストの結晶を凝視すると、確かに断面に鋭利な何かで削ったような跡が残っていた。

「恐らくは元は一つの結晶だったのだろう。それを何者かが分割し、発信機を取りつけた」

「ということは、こいつと同じものがまだまだいっぱいあるというのか?」

 そう考えると、それを集めるとなると気が遠くなるような労力が必要だと思い、一気にやる気がなくなっていく気がするリョウジだったが。


「まあ、僕の推測にすぎないけど」

 そう呟いた後、ヨウジロウは不思議なことを口にした。


「ところで、リョウジよ」

「何だ?」

「この街を見て、何か感じなかったか?」


 アリサにペンダントを返しながら、考え込むリョウジの頭に去来したのは、昨日の夜、寝る前に気づいたことだった。

「賑やかだが、年寄りが随分、多い気がするな」


 それを聞いたヨウジロウの表情が、老齢とは思えないほど、明るく変貌していた。

「よく気づいたな。さすが用心棒だ」

「用心棒じゃねえ。賞金稼ぎだ」


「同じようなものだろう」

 ヨウジロウはそう言って、コーヒーを一口、口に含み飲み干すと、語りだした。それはしくもこの街の真実の姿だった。


 ヨウジロウによると、「ニライカナイ」は元々ただの石油採掘プラットフォームだったという。

 それがあの日、核戦争が起こってから一変した。


 ニホンという国には、直接的な核戦争は起こらなかったが、世界規模の核戦争の影響は大きく、その上、その前から気候変動や地球温暖化が進んでいた。


 かつて日本の人口は21世紀初頭にピークのおよそ1億2800万人を迎えたが、そこからどんどん人口が減少していった。

 原因は、少子化と高齢化であり、合計特殊出生率と出生数が下がって、子供が産まれる数よりも人が死ぬ数が増えたからだ。


 しかも時の政府は、有効な少子化対策を打ち出さず、安易に海外からの移民によって、不足した労働力を確保しようとした。


 結果、22世紀に入る頃には、この国の人口は最盛期の半分以下の5000万人にまで減少していた。

 その上、環境破壊と核戦争が起こり、故国を離れた人間も多かったため、この時、ニホンの総人口はおよそ1000万人にまで激減しており、もはや極東の「小国家」程度の規模だった上に、政府自体がほとんど機能を失っていた。


 その上、未だに少子高齢化が解消されていないのである。

 結果として、生き残ったわずかな者たち、つまり老人たちがこのニライカナイに流れてきたという。


「つまり、このニライカナイは、ニホンの縮図というわけだ」

「なるほどな」

 頷き、淹れてもらったコーヒーを飲んで話を聞いていたリョウジだったが、次の言葉は、さらに「真実」を映し出す衝撃的なものだった。


「それだけならマシだったんだが……」

 と切った後、ヨウジロウは自分の身元を明かしながら、説明を続けた。


「僕は、この街の人口調査をするために呼ばれたんだが。近頃、そもそも『子供が産まれない』んだ」

「産まれないだと? それは単に少子化や晩婚化の影響ではなく?」

 ヨウジロウは首を振った。


「いや。そういう問題ではなく、そもそも遺伝子的に精子の数が極端に減少していて、子供自体をさずからない、と言った方が正確か」

「何故だ?」


 ヨウジロウは、少し考える素振りを見せ、再度コーヒーを口に含み、飲み干してから言葉をゆっくりと継いだ。

「恐らく環境の激変や、核戦争の放射能の影響だろうな」


「そんなことが起こりえるのか?」

「事実として起こっているからな。知っているか? 1986年、かつてあったソ連という国でチェルノブイリ原発事故というのが起こった」


「ああ。確か歴史の授業で習った」

「その原発事故の影響によって、精子が減少したり、奇形の子供が生まれたりした。また多くの作業員や住民が、甲状腺がんなどの病気にかかったという」

「それと同じことが、ここでも?」


 真面目な話をしているか、と思ったら、ヨウジロウは急に笑顔を作って、

「まあ、僕の仮説にすぎないけどね」

 と、おどけたように笑い出した。


 リョウジには、どうにも何を考えているのか、よくわからない人に見えた。

「ただ……」

 その後、またも真面目な顔つきに戻ったかと思うと。


「この街は確実に人口が減少している。おまけに対策を取れずに、安易に『ユートピア』なんて宣伝して、人を呼び込んでる」

 ヨウジロウの語った、その一言が全てを象徴していた。


 つまり、人口減少に歯止めがかからないのに、ロクに解決策もなく、安易に外部から人を呼び込んでいる。

 まさにかつての日本政府と同じことを、ここでもやっていたわけだ。


「だから、僕は思うんだ。ここは『ユートピア』の姿をしてるけど、『滅びを待つ街』だ、とね。このままだといずれは緩やかに滅亡するだろうね」

「滅びを待つ街、か。何とも悲しいな」

 その表現の悲しい響きもさることながら、やはり「ユートピア」と言われていても、それははかない幻に過ぎないのかもしれない、とリョウジは改めて思い直すのだった。


「もう! 難しい話しないで。わかんない!」

 アリサがつまらなさそうに、ソッポを向いて、むくれていた。


「おお、ごめんね、お嬢ちゃん。おじさんが遊んであげようか?」

 急に、再び表情を180度変えるヨウジロウ。それはリョウジの目から見て、まるで彼は「道化師どうけし」のように思えるほどだった。


 しかも、

「イヤ! パパ、もう行こう?」

 と、アリサには苦手なコーヒーを出すからか、ヨウジロウは彼女から嫌われていたようで、リョウジは苦笑いを浮かべていたが。


 その時だった。

 端末が青白く明滅した。それはリョウジの持つ腕時計型の超小型タブレットのモニターから発せられた光だった。


 それはeメールが届いた通知だった。

 同時に、

(こんなネットが繋がりにくい時代に、しかも俺にeメールなんて珍しいな)

 そう思い、タブレット端末のeメール通知画面を開いてみて、リョウジは目を丸くしていた。


「ローレライ?」

 そこに書いてあった宛名の名前がドイツ語で「Loreleyローレライ」だった。もちろん、そんな名前の知り合いなどいない。


 彼は、アリサとヨウジロウが遠目に見つめる中、そのeメールを丹念に読んでいく。

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