16. ヨウジロウという男

 部屋に通された彼らは、かつての日本式に玄関で靴を脱いで上がった。

 中は1LDKほどの部屋で、台所に洗面所、トイレ、風呂と一通りの設備が整っていた。

 リビングに入ると、部屋の中央には何かを調査するような、四角い機械の箱のような物や顕微鏡がテーブル上に置かれているのが特徴的だった。

 そのテーブルを挟むようにソファーが向かい合って置かれてあった。


 また、窓が大きく、太陽光を取り込むことができるようで、窓際には観葉植物まで植えられていた。


 どこか、違う世界に迷い込んだようにリョウジが思っていると、男、ヨウジロウは彼らにソファーを勧めた。


 やはり地下都市とは違い、未来的なというよりも、本来のこの時代に相応しい、人間工学に基づいたような、座り心地のいいソファーだった。


 ヨウジロウは、台所に行き、コーヒーを用意してから、それらをトレイに乗せて、リビングに戻ってくると、二人に差し出した。

 もっとも、コーヒーが苦手なアリサは、渋い顔をしていたが。


「ナオミさんからメールで聞いてるよ」

 彼はすでにeメールを通して、ナオミから、彼らが訪れることを聞いているようだった。

 

「この結晶が何だかわかるか?」

 コーヒーを口に運びながら、リョウジはアリサからペンダントを貸してもらい、それをそのままヨウジロウに渡した。


「ふむ」

 そこだけは、老人のような口調で言った後、


「これはアメジストだな」

 そう答えたが。


「それはわかっている。こいつに一体どんな秘密があるのか、何か変なところはないか、それを調べて欲しい」

 第一印象で、どこか気難しい人物のように感じていたリョウジだったが、意外にもこの一言で、彼は表情を明るくしていた。まるで、それは「興味深い」研究テーマを見つけた研究者のような顔だった。


「いいだろう。で、報酬は?」

 ところが、いきなり金の話をしてきたため、かえってリョウジの方が驚いていた。


「金がいるのか?」

 慌てたように問いかけると、ヨウジロウは穏やかな表情を作り、


「冗談だよ」

 と言った後、笑いながら、

「こんな面白そうな研究、金をもらうのがもったいない」

 と口を大きく開けた。


(食えない爺さんだ)

 それがリョウジのヨウジロウへの印象に変わっていた。


「どれくらいで調べられる?」

「まあ、1日あれば十分だ。明日の昼頃にまた来るがいい」


 そう聞いて、リョウジは用事が済んだため、さっさと立ち去ろうと、立ち上がり、アリサを促していたが。


「せっかくニライカナイに来たんだ。どうせなら楽しんでいけ」

 立ち上がろうとした彼に、妙に明るい声がかかっていた。

「楽しむ?」


「ああ。このニライカナイには、何でもあるぞ。ホテル、デパート、レストラン、そしてカジノ!」

 彼はわざとらしく、カジノの部分を強調していた。

「カジノまであるのか?」

 それを聞いて、ここが本当に「ユートピア」なのかもしれない、とリョウジは思い直していたが。


ってなあに?」

 またもアリサが不思議そうな表情で、リョウジを見つめていた。


「お嬢ちゃんにはまだちょっと早いかな」

 ヨウジロウはそう言って、アリサに向かって微笑んでいた。


「ところで……」

 リョウジは、立ち去る前に、


「この結晶のことは誰にも話すな。誰か来ても絶対に渡すな。破ったらお前を殺す」

 と、賞金稼ぎの名に恥じないような凄みを見せて、睨みつけていた。彼としては、帰り際に釘を刺すためにも、そのことを言っておく必要があったのだが。


「ははは。そんなことするわけないだろう。僕は面白い研究ができればそれで満足なだけだ」

 最初の頃とは、随分異なる陽気な笑顔と表情を作って、ヨウジロウはそう発言していたため、リョウジも少しだけ安心する思いがした。



 早速、アリサを連れて、街へ繰り出すことにした。

 ヨウジロウが言ったように、その街は活気に満ちており、まるで「楽園」のように煌びやかで豪華だった。


 地図を見る限り、中央ブロックから北の第3区画には高級ホテルが建ち並び、反対の南側の第8区画には高級レストランがあり、第5区画にはカジノにゲームセンター、映画館などの娯楽施設、第11区画には巨大なデパートまであるようだった。


(どうなってんだ、この街は?)

 とても荒んだニホンにあるとは思えない。まるで狐につままれたような気分すら感じるリョウジだったが。


 ひとまず第5区画に向かってみた。

 カジノが目当てだった。北への旅以来、賞金稼ぎの仕事から遠ざかっていた彼の懐は心もとなかったから、一発当てようとの算段だったが。


「申し訳ございません。お子様連れはご遠慮下さい」

 入口で、案内のアンドロイドにあっさりと断られていた。


 同時に、

(しまった。カジノは子供は入れないんだった)

 と思い出し、後悔するが、かと言ってアリサを一人にするのも危険だと感じていたため、渋々ながら諦めることにした。


「ねえ、パパ。あたし、あれがやりたい!」

 ここへ来てから妙に元気なアリサに袖を引っ張られていた。


 見ると、彼女の視線の先には、「ゲームセンター」と書かれた看板があり、煌びやかなネオンサインが輝いていた。


 こういうところは、子供らしいと思い、リョウジは彼女の希望を受け入れて、ゲームセンターへと足を運んだ。


 そこは、少しだけレトロな21世紀風のガラス張りの2階建てビルだったが。

 中は、豪華でクレーンゲームやオンライン対戦格闘ゲーム、レースゲームなどの筐体きょうたいが並んでおり、人の姿も多かったが、老人の姿が目立った。

 もっとも、従業員は全員アンドロイドだったが。


「パパ! あれ、取って!」

 そして、彼女がねだってきたのが、クレーンゲームだった。どうやらその景品に犬のぬいぐるみがあるのが気になって仕方がないようだった。


 アリサが一番好きな物は、カレーライスだったが、実は犬も同じくらい好きだということを、リョウジは当然知っていた。


「仕方ないな」

 クレーンゲームは苦手だと知りながらも、娘のために彼は挑戦する。


 それは、いわゆるUFOキャッチャーと呼ばれる、昔ながらの古いゲームであり、オンライン全盛のこの時代においては、レトロで原始的な部類のゲームだった。

 だが、こういう物はやり慣れていないと、どうしても上手くいかない。娘に散々馬鹿にされながらも、半ば意地になって、何度も挑戦し、リョウジはやっとの思いで犬のぬいぐるみを獲得していた。


「パパは、本当に戦うこと以外はダメダメだねえ」

 柴犬と思われる、その全長20センチくらいの小さなぬいぐるみを胸に抱きながらも、いちいち一言多いアリサだったが、それでも娘が喜ぶのなら、父としては動かないわけにはいかなかった。


 その後、ウィンドウショッピングを兼ねて、第11区画に行き、デパートに入り、リョウジは、ビルフッドで失ったゴーグルの替えを買い直していた。前回のような黒いゴーグルではなかったが、青い色のサングラスのようなゴーグルで、最新式の高価なものだった。もちろん、賞金稼ぎ御用達の「シンクロ率」表示つきだった。


 やがて、夕方になり、安そうな大衆食堂に入って、夕食を済ませ、夜はカジノに行きたいのを必死に我慢しながら、リョウジはアリサを連れて、街のはずれ、第9区画にあった安いビジネスホテルに宿泊をした。


 懐具合から考えると、とても高級ホテルには泊まれそうになかったからだ。


(そろそろ賞金稼ぎ、再開しないとな)

 いくらゴーグルを無くしたとはいえ、賞金稼ぎの仕事をしばらくの間、放置していたのが痛かった。ビルフッドではほとんどタダでアジトに滞在できたが、それ以外は長旅で、アリサの食費も含めると、懐が思った以上に寂しくなっていた。

 と思うと同時に、彼には一日街を歩いて見て、気づかされたことがあった。


(やたらと、年寄りが多い)

 元々、船に乗った時から、年配の年齢層の男女が多いように感じていたが、いざニライカナイに来てみると、若者よりもある一定層以上の老年の男女の姿が目立つことが気になっていた。


 実際、アリサと同じくらいの年齢の子供を見かけることがほとんどなかった。


 そこが、本当の「ユートピア」なのか、それとも「幻」なのか。その時点の彼には確信は持てなかったが。

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