15. 南の楽園

 翌朝、リョウジが目覚めると、辺りが騒がしいことに気づいた。


「パパ、起きて!」

 同時に、娘のアリサに強引に身体をゆすられていた。


 寝ぼけまなこで起き上がると、昨日まで大勢が詰め込まれるように入っていた、2等船室の2段ベッド周りに人気ひとけがなかった。


 不思議に思いながらも、リョウジは船室から、甲板へ出てみると。

 大勢の人影が、甲板の手すりの前に群がっており、彼らは海の向こうを指さしており、口々に喜びの声を上げていた。


「ニライカナイだ!」

 誰かが叫んだ。


 リョウジも群集の群れの上から眺めると。


 それは、海の上に浮かぶ巨大な「街」の姿だった。

 八角形のコンクリート製の建物が海上の橋脚の上に浮かんでおり、それがいくつも連なっており、それぞれが連絡通路で結ばれていた。

 一方で、目立つのが半透明の「ドーム」だった。


 それは、恐らく強烈な太陽光を防ぐ役割を果たしていると思われ、それぞれの八角形の建物の上には必ず、外周を覆うようにこの半透明のドームが上からかぶさっていた。


 そして、中央の橋脚のはるか上には、巨大なクレーンや司令塔のようなタワーが目立ち、そこだけがまるで戦艦の司令室のようにも見える。


 その異様な姿を見て、リョウジは知識として知っている、ある物を思い出して、それが確信に至っていた。


(こいつは、石油プラットフォームだな)

 以前、タブレットで見たことがあった。


 海底から石油や天然ガスを掘削くっさく、生産するために必要な施設で、多くの労働者や機械類を収納できるという。この時代、石油はすでにあまり使われることがなくなっていたため、前世紀の遺物のようなものだった。


 それを、何者かが大幅に改造し、都市化したのであろう。


 船はすでにゆっくりとした速度で、中央にある巨大クレーンの建物に向かっており、正確にはその橋脚下部にある、ドッグのような施設に向かっていた。


 そこには、クレーンやロープがいくつも重なっているように存在し、小さな波止場のような堤防まで備えつけられてあった。


 全部の施設を合わせると、それはまさに巨大な「海上都市」というよりも、「海上要塞」にすら見える。


「すごいねー。これが?」

 相変わらず、どこか舌足らずな幼い声を上げて、アリサは近づいてくる異様な施設を嬉しそうに眺めていた。


 上陸はバイクや車に乗ったまま行われ、船の前部の巨大な扉が上に上がると、そこから道が伸びていた。


 だが、地下都市とは違い、明らかに上に伸びており、この狭い空間に収納スペースなどないかに思われたそこだったが。


 実際には、橋脚とコンクリートの建物の間は、空洞のような空間になっており、そこが螺旋状の通路になっていた。


 ただし、海上であり土地がないため、地下都市よりも道幅は狭く、車1台がやっと通れるくらいのスペースしかなかった。やはり同じようにLEDライトが備えつけられており、道は円を描きながら、ひたすら上に伸びていた。


 だが、地上には出ることがなく、その一歩手前の地下階層のようなところが、駐車場になっていた。


 そこでバイクを降りて、アリサと共に階段を上ると。


 目の前には、地下都市とは明らかに違う、開放感のある空間があった。

 まず目に入るのが、太陽の光だった。

 その日は朝から天候が良く晴れていたため、通常ならば暑いと感じるはずの強烈な太陽光も、ドームによって抑制されているのか、程よい暖かさに感じたし、何よりも陽光が入ることで、地下都市のような陰湿な空気感がない。


 そして、街は白い外壁が目立つ造りで、どこか南欧風の洒落たリゾートのような雰囲気すら感じられる。


 規模としては、海上という限られたスペースであるため、地下都市のような広大さはなかったが、反面、解放感と伸び伸びとした雰囲気は感じられたし、何よりも人々の表情が明るかった。


 服装もビルフッドの15層の住民のように、貧しい服装ではなく、男は白い色のTシャツや短パンが目立ち、女はカラフルな服やフレアスカートが目立つ。


「キレイ! 素敵な街だね」

 アリサの機嫌も、この街の雰囲気に当てられたのか、上機嫌になっていた。


 だが、リョウジはもちろんここに「遊びに」来たわけではない。早速、情報収集を兼ねて、「酒場」に入っていった。


 ここの酒場は、ヨーロッパ風のパブのようになっており、しかも中は窓から光が差し込み、明るい雰囲気に包まれていた。


 給仕のウェイトレスやアンドロイドはいない代わりに、入口にあるタッチパネルによって注文を頼む仕組みになっていた。


 本来の22世紀的な雰囲気を久しぶりに感じながらバーのカウンター席に座り、注文が来るのを待ちながら、彼は口を動かしていた。


「なあ。ヨウジロウって人を知ってるか?」

 だが、振り返った人影を見て、彼はさらに驚かされることになった。


 それは、人間ではなく、人間に良く似た造りの、女性型アンドロイドだった。給仕や警備の仕事の多くを彼らが担っていたが、「黒い災厄」後に見るのは、久しぶりだった。


 バーテンダーを務める女性型アンドロイドは、一見すると人間と寸分変わらないように見えるが、目や口の動きがどこか機械的に見える上、肌の質感も人間とは異なり、不自然なほど「綺麗すぎる」ため、かえって目立つのだ。


「ヨウジロウ? 住民データ一覧照合。第6区画、33ルームに住んでおります」

 アンドロイドの検索や計算速度は、すでに人のそれをはるかに上回っているため、瞬時に答えを出していた。


「助かる」

 こういうところは、なんだかんだでアンドロイドは役に立つとリョウジは、少しばかり思っていた。


「いえ。どういたしまして」

 そして、いちいち礼儀正しいのがアンドロイドだ。


 その分、人間的な「怒り」や「愚痴」などと言った感情表現機能はついていなかったが。

 アリサは運ばれてきた牛乳よりも、このアンドロイド女性に興味を持ったように、目で追っていた。


 リョウジは、飲酒もそこそこにして、アリサを連れて足早に酒場を立ち去っていた。


 まずは自信の小型タブレットを開けて、位置を確認する。

 幸い、地下都市と同じように、ここには「ネット」が生きている。タブレットからこの街の地図を検索して、ダウンロードする。


 瞬時にして、地図は手に入った。

 そこからアンドロイドから聞いた第6区画、33ルームを探す。

 現在いるところが、「中央ブロック」とも呼ばれる第1区画だとわかった。


 都市は、そこから時計周りに2~11区画に割り振られており、中央を中心にして放射状にブロックが分かれ、それぞれが連絡通路で結ばれていた。


 第6区画はそこから南南東の方角にあるようだった。


 アリサを連れて早速歩いて向かってみることにした。

 基本的に、ドームの中は、車輛関係は立ち入り禁止になっていた。もっとも歩いてもそれほどの距離はなかったが。


 連絡通路は、ちょうど海の上を渡るような形になり、窓もついていたから、子供のアリサはその窓から見える、キラキラと輝く海の様子に興奮しているようだった。


 第6区画は、中央とは違い、そのほとんどが居住スペースになっていた。

 区画全体が巨大なマンションのような造りになっており、地下から地上まで5階層に分かれて、通路の両脇に無数の部屋が並んでいた。


 そこから33ルームという場所を探す。

 エレベーターを上った廊下の先、3階の角部屋が33ルームだった。

 モニターのあるインターホンがついていた。この荒んだ時代には、珍しいくらいの設備に驚きながら、それを押すと。


「はい」

 少しかすれた声の年老いた男の声が、インターホン越しに聞こえて来た。


「ヨウジロウってのはあんたか? ビルフッドに住むナオミって女から聞いてきたリョウジっていう者だけど」

 と、それだけを告げると。


 自動ドアのような形式の白いドアが開き、中から男が一人現れた。


 年の頃は60歳は越えているように見えた。後頭部まで後退した白髪頭が目立つ、丸型の眼鏡をかけた、痩せた男だった。服装はまるで博士か研究者のように、白衣を身に着けていた。


「僕がヨウジロウですが」

 ナオミの知り合いというから、彼女と同年代の若い男を想像していたリョウジの想像は、裏切られていたが、彼はこの男に事情を話すことを決める。

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