12. 当主の最期
そこは、出入口こそ和風の襖だったが、中は完全に洋室になっていた。
中央に、モニターでの演説で見た、大きな袖のついた机があり、その後ろに革張りのオフィスチェアーが置いてあった。床には大理石のタイルが敷き詰められている。
一方で、20畳を越える大きさを持つその部屋の左脇には、
天井からはシャンデリアが釣り下がり、窓は洋風の十字窓であり、その空間だけが「洋」の雰囲気に包まれて、和風の屋敷の中で一際、異彩を放っていた。
男が一人、ベッドの脇に立ってこちらを眺めていた。いや、睨みつけていた。
年齢は50代くらい。年の割には精悍な顔つきをしており、皺は多いが、目には生気が満ちており、右手に白いレーザー銃を構えていた。長髪の白髪頭はクローンと変わらないようにも見えた。
だが、改めてよく見ると、アリサの言うことが本当だとリョウジは気づいた。
彼が見たクローンにはない、生身の人間特有の「生気」と、それ以上にその男から漂う威圧感、存在感のような感覚を、その鋭い眼光や雰囲気から感じ取っていた。それは「活力」と言い換えてもいい物のように感じた。
「ペンダントを返してもらおうか」
あえて、「結晶」とは言わず、亡き妻と、そして愛娘の思い出の品である「ペンダント」と言って、リョウジは静かな声を上げていた。
「結晶のことか」
男、カツアキはそう告げた後、ベッドの枕元に大事そうに置いてあった、ペンダントを左手に取って、リョウジたちに近づいてきた。
青いバスローブ姿だったが、レーザー銃の銃口を向けたまま、カツアキはゆっくりとした足取りで近づいてくる。
なおも警戒心を解かずに見守っていると。
「お前たち。これが『何』か知っているのか?」
それは、リョウジには意外な言葉だった。
そもそも、結晶の正体を知らないリョウジが首を振ると。
「やはり知らなかったか。こいつは『世界を変える』カギだぞ」
「バカな」
リョウジの表情が、驚愕の色に変わる。「世界を変える」などとは、思いも寄らなかったし、レナがそんな研究に従事していたとは思いもしなかった。というよりも、彼女が一体何をしていたのか、彼は全く知らなかった。
「バカはお前だ。詳しくはお前の妻に聞くんだな。もっとも、もう死んでるから聞けないだろうがな」
見下したように、下卑た笑みを浮かべる当主に対し、
「教えろ。この『結晶』にはどんな秘密がある?」
とカツアキを睨みながら、威圧するように尋ねるリョウジであったが。
「お前に教える義理はない」
カツアキは、口を割ろうとしなかった。
「ならば、その体に聞くまで」
と、日本刀の柄に手をかけるリョウジ。
しかし、
「待って」
今までこのやり取りを見守っていたナオミが横から声をかけていた。
「何だ?」
「カツアキは私にやらせて」
それを聞いて、リョウジは彼女の心中を察した。元々、このカツアキを倒すためにレジスタンスは結成されたと聞いている。
つまり、憎むべき最大の敵が目の前にいて、他の男に手柄を取られそうになっているこの状況が彼女には望ましいことではなかった、と。
リョウジはおとなしく身を引き、代わりにナオミが和弓を持って、左手で
「ナオミか。バカな女だ。そんな弓でこのレーザー銃に
カツアキが今度は、下卑た笑みをナオミに向けるが。
リョウジは、内心、気が気ではなかった。
それもそのはず。
いくら彼女の持つ弓が、強力で高周波発生機つきの「矢」を放てるとはいえ、所詮は人力で弓を「引く」ため、初速で言えば、弓はせいぜい時速200キロ。銃はその4倍の800キロはある。
互いに撃ち合っても結果は見えている。
ところが、ナオミは不敵な笑みを浮かべたまま、
「威力では銃に敵わないでしょうね。でも、弓の力はそれだけじゃない」
と口走っていた。
ここに、22世紀には相応しくない、弓対銃の世紀の対決が実現する。
ちなみに、かつて日本の戦国時代、実際に弓と銃の一騎打ちが行われ、弓が勝ったという記録が残っている。
だが、それはあくまでも古風の「火縄銃」が相手であり、当時の火縄銃は命中精度に欠け、発射速度も現代の銃とは比べ物にならない。
互いに距離がわずかに4、5メートルほどの距離で、片方は高周波機能つきの弓を、片方は最新式のレーザー銃を構えていた。
離れた位置で
勝負は一瞬でついていた。
「うっ」
「くっ」
レーザー銃の光線が煌いた瞬間、ナオミは短い苦痛の声を上げていたが、同時に矢を放っており、その矢がカツアキの左胸を正確に捕らえていた。
この近距離で、超高速で振動する強力な矢を放つ和弓の攻撃を受け、その矢は心臓を貫き、背中まで貫通し、無言のまま、カツアキは苦悶の表情を浮かべて崩れ落ちていた。
一方で、ナオミはレーザー銃の直射を紙一重でかわそうとしていたが、残念ながら左脇腹に命中して、床に膝を突いていた。
「ナオミ!」
咄嗟に叫んで、駆け寄るリョウジが見たものは、凄惨だった。左脇の肉ごと
血生臭い鉄のような匂いが、その部屋に広がっていき、流れ出た赤い液体が床を染めていく。
「……倒したけど、代償は大きかったわね。ごめん、リョウジ。『結晶』の秘密、聞けなかった……」
息も絶え絶えになり、焦点が合っていないような目で天井を見上げ、呟くナオミ。
「しゃべるな」
とだけ告げて、彼女の手を掴んで肩を貸して、カツアキの元に近づく。改めて確かめるとそいつはすでに息をしていなかったが、傍らにペンダントが落ちていた。
それを拾い上げると、リョウジはナオミを伴って部屋を出た。
そのまま、まだ死闘が続いている邸内を進んで行くが、リョウジは腕にはめた超小型タブレットで、レジスタンス全員にショートメッセージを送っていた。
「当主を倒したが、ナオミが怪我をした」
と。
すぐに、敵を倒したばかりのレジスタンスの部下の1人が廊下の向こうから足早に近づいてきた。
「姉御!」
心配そうに見守る若い男に、リョウジは、
「負傷している。急いで連れて帰れ」
と告げ、彼女の身体を引き渡す。
「当主は倒したぞ!」
その若い男が叫びながら、屋敷を歩いて行く。その叫び声が、邸内の混乱に拍車をかけていき、主を失った黒ずくめの兵たちは、あるいは降参し、あるいは血に染まり、あるいは逃げて行った。
混乱の最中、入口まで戻るも、帰るべき手段が「足」しかない。
ナオミの負傷のことを考えると、一刻も早く治療を優先させたいと思っていたリョウジは、辺りを歩いて「足」を探した。
すると、恐らくは当主が使っていたのであろう、小型の電気自動車が、正面からは見えない裏手の駐車スペースに停まっていることを見つけた。
車には鍵がかかっていたため、彼は近くにいたレジスタンスに命じて、当主の部屋を探せ、と命じた。
数分後、その男が鍵を見つけてきて、何とか車に乗り込み、後はすでに意識を失っているナオミを乗せて、アジトへと一目散に向かうのだった。
こうして、「オアシス」の当主は倒された。
だが、ついにリョウジは「結晶」の謎を解き明かすことができなかったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます