11. 逆襲

 深夜0時。

 彼らは密かに動き出した。


 だが、今回は明らかに「隠密行動」が優先される。

 そのため、バイクや車を使わず、徒歩で5層にあるという当主の「別邸」へと向かうことになった。


 ナオミは、岩の前に設置されている小型モニターを見ており、そこでスキャンをかけて、周辺に敵の「目」がないかを丹念に見ているようだった。

 もし、敵に見つかれば、それはアジトの存在を敵に知らしめてしまう。


 周囲に敵がいないことを確認すると、静かに腕元の超小型タブレットのスイッチを押して、岩を左右に開ける。静かな音と共に深夜の15層の端にある岩が左右に割れた。


 忍び足でそこを出た15人の集団は、15層から14層の非常口を目指すが、徒歩だとそこに着くだけで1時間近くもかかっていた。


 おまけに深夜にも関わらず、黒ずくめの私設軍隊があちこちに徘徊して、警戒態勢を取っており、彼らは少人数をさらに分散し、各々で非常口を目指すことになった。


 その途上、ナオミと、金髪の青年と行動を共にしていたリョウジは気になっていたことを彼女に尋ねていた。


「ナオミ。そんな弓で、SAを倒せるのか?」

 それは、彼女の持つ大弓がただの弓に見えていたからだった。そんな弓で、果たして機械の身体を持つSA、警備アンドロイドを倒せるのか、と。


 ところが、ナオミは、

「あなたの日本刀だって、見た目は十分古風じゃない」

 と軽口を叩きながらも、


「大丈夫よ。この弓のやじりには、高周波発生機構が取りつけられているし、特殊合金製の矢もあるから。人間相手には強力すぎるから使わないけど」

 そう言って、ゆがけのついた右手で背中にある矢筒を指さした。


 改めてリョウジは確信に至ったが。そこには、確かに通常の弓とは異なる銀色の金属製のような「矢」が何本かあったし、彼は高周波が発生した瞬間の青白い光を見てはいたが。

「それにしても、今時、弓矢とはな」

 そんなリョウジの皮肉めいた言葉にも、彼女は笑顔で、


「弓は強力な武器よ。特にこの和弓はね」

 と告げて、軽く説明をしてくれるのだった。


 彼女によれば、弓矢とは古来から人間社会にあった武器だが、西洋のクロスボウやボウガンなどよりも、日本古来の「大弓」と呼ばれる弓は強力だという。和弓は、長大な分、重さがあり、射程も短く、実質的な有効射程は100メートルほどだが、威力としては十分あるという。


 西洋の洋弓が長さ160センチ前後であるのに対し、それよりも長い全長2メートルの長さを持ち、威力もあるため、かつてモンゴル帝国が日本を襲った「元寇げんこう」においても、武士たちが使う「大弓」が脅威になったという話だった。全長だけで見れば、和弓は世界最大の弓である。


 リョウジにしてみれば、矢よりも銃の方が効率がよく見えたが、彼女によれば銃のような機械的な武器は、一旦壊れると使い物にならなくなるが、弓はその点、心配はないし、つるが切れても替えを用意することができる、という。


 ただし、簡単に誰でも使える銃とは違い、弓は熟練を要するという意味では、銃器に比べて不利にはなる。あるいは、レジスタンスの彼らには銃器は手に入りにくいものなのかもしれない、とリョウジは推察するのだった。


 また、前回、当主のクローンと対峙した時に使った、「暗器あんき」と呼ばれる、細長い武器も彼女は懐に忍ばせていた。


 それは、かつて忍者が使っていたという「苦無くない」という、長さが13~15センチ程度の小型の鋭利な刃物であるという。こちらは、高周波発生機構などない、本当にレトロな、昔ながらの武器のようだった。


 やがて、14層の非常口前、検問所のような場所に各自たどり着くが。


 そこには、前回を上回る30人ほどの兵士たちが警備に当たっていた。さすがに二度も突破されて、当主が警戒心を強めたらしい。


 そんな中、リーダーのナオミが、物陰に隠れながら、集まってきた部下たちにひそひそ声で話しかけていた。


「みんな、隠密に排除して」

 その一言に頷いた男たちは、それぞれの武器を手に、闇に紛れるようにして、各個が動き出した。


 リョウジは黒ずくめの男たちのうち、検問所の右脇にいた二人の男の背後に忍び寄ると、音も立てずに、鞘を走らせていた。


 たちまち、男の一人の首から血が噴き出し、それに気づいたもう一人の男も喉を掻き斬られていた。


 同じように、レジスタンスの男たちが背後から近づき、次々に仕留めていく。それはまるで「暗殺」をしている忍びのような所業だった。


 ナオミは、長大な弓を使わず、懐の苦無だけで相手の急所を確実に狙い、仕留めていた。


 数瞬後、検問所の前には無数のむくろが並んでいた。

 何とか、無事に見つからずに検問所を突破した彼らは、その先に続く暗い通路へと足を運ぶ。


 長い螺旋状の道路は果てしなく長く、徒歩では3時間以上もかかり、ようやく平坦なトンネルのような半円形の天井の直線道路に達した時には、午前4時を回っていた。


 そこには、前回と同じように、SAが大挙して待ち構えていた。

 しかも、前回とは違い、痺れを伴うレーザー銃ではなく、明らかに殺傷能力を伴う銃を構えていた。


 その証拠に、仲間の一人がレーザー銃に捕らえられて、肩を負傷していた。

 その仲間を気遣いながらも、ナオミの実力が発揮される。


 彼女は、特殊合金製の銀色の矢をつがえると、単距離から一気に放っていた。青白い光が煌く。

 その強力なバネの力を利用して、弾け飛んだ矢は、SAの一体の腹部に直撃し、その表面の装甲を大きく穿うがった上に、さらに背中まで貫通していた。SAは音もなく動かなくなっていた。


(恐ろしい威力だ)

 改めて、和弓と特殊合金の矢、そしてそれらが高周波加工によって強化された威力をまざまざと見せつけられ、リョウジは戦慄さえ覚えていた。


 一方で、彼は日本刀を振るいながら、確実に敵を仕留めていく。彼の持つ高周波発生装置のついた日本刀は、昔ながらの日本刀に見えても、中身はまったくの別物で、超高速による振動で物体を切断し、しかも昔のように簡単に刃こぼれがしないように出来ていた。


 数十分後。

 何とかSAを撃退した彼らは、再びあの屋敷前へとたどり着いていた。


 当主、カツアキの本邸。不気味な黒い鳥の彫刻が目立つそこは、ひっそりと静まり返っていた。


 人の気配がまるでしない。

 だが、今回の目的地はここではなく、5層にある。


 5層へのルートは、アジトで発言をした若い金髪の男が先導した。

 彼によれば、この本邸の裏側からエレベーターで5層へと行けるルートがあるという。


 忍び足で、本邸の裏に回った彼らだったが、当然のようにエレベーター前には黒ずくめの兵士たちがいた。

 人数は5人。


「貴様ら!」

 たちまち見つかってしまい、戦闘が開始されていた。


「一人も逃がすな。殺せ」

 リーダーのナオミが冷酷な号令を発する中、15人の男女は、各々の武器で兵士たちに襲いかかる。


 そこには、「死闘」というものはなく、鮮やかで流れるような動きで、敵を抹殺していくレジスタンスの姿があった。数分後、物も言わない骸が5体、エレベーター前に並んで倒れていた。


 エレベーターは業務用の大型のエレベーターで、15名が一度に収納できる大きさがあった。ふと、リョウジがパネルを見ると、1層から5層までの表示があることに気づいた。


 つまり、上流階級が住む階層だけが表示されており、それが当主の性格を如実に反映しているように、リョウジには思えた。


(中流民、下級民には興味すらないか)

 リョウジには、当主が自ら上流階級だけを優遇しているようにすら思えた。


 5層に降りると、そこにはドーム状の半円形の屋根があり、雑草が生える草原の向こう側の正面には、古い日本家屋があった。


 1層にあった本邸が西洋風の洋館だったのに対し、そこはまるで江戸時代にタイムスリップしたかのような造りだった。

 即ち、切妻きりづま型の屋根に瓦を乗せた建物で、門扉もんぴもまた古来の切妻屋根を乗せたような高麗門こうらいもんだった。


 門扉にはかんぬきがされており、辺りは静寂に包まれていた。


 ナオミの合図で、男たちが塀に簡易な折り畳み式の梯子はしごをかけ、そこを通って邸内の庭へと次々に降りていく。


 まるで、時代劇の1シーンのように、そして自分たちが忍者にでもなったかのように感じるリョウジ。


 邸内には大きな日本庭園が広がり、ご大層に池には鯉が泳いでおり、石の燈籠とうろうがところどころに立っており、松の木々が植えられていた。


 屋敷を見ると、暗がりの中で、軒下に提灯があり、縁側からは障子を張ったふすまが見える。どこまでも時代劇風な、日本家屋の造りをしていた。


 ナオミは、その縁側から忍び寄る。後に続いて行くと。

 縁側に面した障子の襖の前で足を止めた彼女は、懐に持った苦無を障子に突き刺し、前方に差し出していた。


 同時に、短い悲鳴が轟き、黒ずくめの男が一人、音もなく崩れ去っていた。


 襖を開けて、屋敷内に潜入するように、忍び込む彼ら。

 だが、さすがに警備は厳重で、廊下や和室には多くの兵士が詰めていた。


 そんな中、今度こそ「死闘」が展開されていくが、ナオミは彼らのような兵士たちを部下に任せ、


「リョウジ。ついて来て」

 と告げると、廊下の奥へと進んで行った。


 恐らくあらかじめ、別邸の見取り図を、あの若い部下から聞いていたのだろう。彼女の足さばきには迷いなく、奥の一室を目指しているようだった。


 幾人かの敵と遭遇したが、リョウジとナオミの敵にはならず、たちまち崩れ落ちていく。


 数分後、一室の襖の前で彼女は足を止めた。

「ここよ」


 見ると、リョウジには他の部屋と区別がつかないくらいに、同じように見える。

 元々、日本家屋にはこうした造りが多いが、どの部屋もどの襖も同じように見えて、外部から区別はつかない。


 一瞬、唾を飲み込んだ後、緊張した面持ちで、リョウジは襖を開けた。

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