2.灰吹きから蛇が出る
第5話『モテる者とモテざる者』
で、まあそんなこんなで、僕の恋愛力治療はスタートした。
交際期間は月曜日から日曜日までの一週間。
週末のどちらかで一緒にデートに行き、そこで一旦一区切りという形である。
立候補者は四人いるから、疑似恋愛が続くのは合計一ヶ月。
これなら治療による恋愛力の変化を見るにはちょうどいいだろう。
僕だって好き好んでモテないままでいたくないし、なるたけ有意な結果が出るのを望むところだ。
「じゃあ、これからよろしくお願いしますね、盛岡くん」
「う、うん。よろしくね、大蛇さん」
ホームルームが終わって、次の休み時間。
臨時の席替えで僕の隣に来た大蛇さんが、礼儀正しく頭を下げてくれた。
本来なら僕の方が『へへぇありがてえ限りでごぜえやす』とひれ伏すところだというのに、つくづくできた子だと思う。
「まずは『
そう言って、大蛇さんは慣れた手付きでスマホを操作し、僕の方に差し出してきた。
画面には、中央にハートマークの記されたQRコードが表示されている。
LOVERSとは、恋愛を楽しみたい人向けにつくられたSNSアプリで、日本ではラインに次ぐほどのシェアを誇る超大手サービスだ。
十八歳以上の独身者同士をマッチングさせる機能(パートナーが居ながら利用する不届き者も少なくないとか)や、ユーザー同士のメッセージ交換機能と、おおよそ恋愛に関わることは何でもできるらしい。
また、未成年でも、恋人ができたらこのLOVERSでやり取りをするのが、今の中高生の間では一種のステータスとなっている。
ラインで良くない? としか思えないが、もうそういうものだから仕方がない。
企業のマーケティングにたやすく踊らされるのは、僕たち人類の習性のようなものだ。
が、情報強者であるところの僕のスマホには、こんなアプリは入っていない。
「ご、ごめん。僕それ入れてないんだ。すぐインストールするから……」
出鼻をくじくような真似をしてしまい、実に申し訳ない。
いそいそとアプリストアを開いていると、大蛇さんがさめざめと泣き始めた。
「盛岡くん……」
「えっ、ど、どうかした? なにか気に入らないことでもあった!?」
「本当に今までモテなかったんだね……辛かったよね。ごめんね、気づいてあげられなくて」
「……き、気にしないでよ。こんなの別に大したことじゃないし」
「だって、プリインストールアプリのLOVERSをわざわざ消すなんて……よっぽどモテない人以外しないことだから……!」
……辛い。
たかだかアプリひとつ削除したくらいで、僕のこれまでの人生を見透かされてしまうなんて。
やはりこの恋愛至上主義社会は狂っている。
そんなやり切れない気持ちを抱えながら、僕は大蛇さんとLOVERSのアカウントを交換した。
すると、壮大なファンファーレとともに『大蛇夏巳さんとカップルになりました』という文章が、大量のハートやキューピッドに装飾されながら出現する。
ガチャの高レア確定演出みたいだなと思いつつ、高速でタップを連打して画面を流す。
この演出見たさにマッチングと別れを繰り返す中毒者も、一人か二人くらいならいるんじゃなかろうか。
『おめでとうございます! 大蛇夏巳さんはあなたにとって一人目の恋人です!』
おお、ご丁寧にこんなメッセージまで。
なかなか気が利いてるじゃないか。
『苦節十五年……恵まれない日々を送ってきたあなたにもついに春が訪れました! 生まれてきてよかったですね!』
ぶっ飛ばすぞ。
運営会社にクレームを送ろうとしていると、
「はい、これで盛岡くんは私の彼氏さんってことですね。うふふ、なんだか照れくさいなあ……」
(彼女にとっては)低レア確定演出を見ながら、大蛇さんがはにかむ。
擬似彼氏が一人できたくらいで、大蛇さんくらいの美人がそんなウブな反応はするまい。
つまりこれはいわゆるリップサービスだろう。
過去に何人と付き合っていたかなんて、気にしないに越したことはないのだ。
越したことはないのだが……。
「大蛇さんって、今まで何人くらいと付き合ったことあるの?」
気にするなと言われて気にしないでいられるほど、僕は達観しちゃいない。
思わず尋ねてみると、大蛇さんはあっさり答えてくれた。
「盛岡君で三人目ですね」
「三人? 本当に? 大蛇さんならもっといってるかと思ってた」
大蛇さんがちょっとムッとしたような顔になる。
「私、そんなに何人も付き合ったことあるように見えます?」
「ああいや、別に軽そうとかそういう意味じゃなくて……」
「じゃあどういう意味ですか?」
「いや、普通に、大蛇さん可愛いから」
うわー、生まれて初めて女の子に面と向かって『可愛い』なんて言ってしまった。
思ったより恥ずかしいぞこれは。
努めて自然に言ったつもりだけど、赤面していないか心配だ。
「あはは、ありがとうございます。でも、本当に三人だけですよ。私、真剣にお付き合いしたいって思った人しかオーケーしませんから」
しかし、当の大蛇さんは慣れたもの。
髪型を褒められたくらいの感じで、サラっと受け流してしまった。
きっと、『可愛いね』くらいの褒め言葉は、耳にタコができるくらい聞かされているのだろう。
もし僕が女の子から『カッコいいね』なんていわれたら、一生その思い出だけを胸に生きていけるだろうに。
うーむ、これがモテる者とモテざる者の違いって奴か。
そして、『オーケーしかしない』ということは、今まで大蛇さんの方から告白したことはないわけだ。
これもまた強者の余裕。
大蛇さんにとって、男とは向こうから寄っていくもので、こちらから追いかけるものではないのだ。
まさに座して獲物を待つ蛇のごとき泰然たる狩猟スタイル。
圧倒的な恋愛強者の風格だ。
「盛岡君、恋愛占いやってみませんか? 二人の相性を占ってくれるんです! LOVERS内でできますよ!」
そう言って、大蛇さんは『お二人の今後を占います! 的中率89パーセント!(小さく当社調べと書いてある)』と表示されたページを見せてきた。
占いねえ。
あんなの統計学もどきの経験則とヤマ勘の集積だろ?
話のネタ程度ならともかく、マジで信じてる奴の気が知れないね。
……はっ、いかんいかん。
絵に描いたようなモテない奴の思考をしてしまった。
これじゃダメだ。もっと右脳で考えるんだ。左脳は使うな。
目の前にあるものが全てだ。ノリだけで生きるんだ僕……!
僕は本音を心の奥にしまって、当たり障りのない返答をした。
「へえ、面白そうだね」
「じゃあ、早速いきますね。えいっ」
可愛らしい掛け声とともに、大蛇さんは『占い開始』というボタンをタップした。
同時に、僕も自分のスマホで占いを始める。
すると、何やらタロットカードと思しき絵札が画面をうろつき、回ったりひっくり返ったりし始めた。
その中央では、紫色の座布団に鎮座した水晶玉が、妖しげに発光している。
タロット占いだか水晶占いだかはっきりしてほしい。
なかなかのうさん臭さだが、大蛇さんは真剣そのものといった面持ちでこのローディング画面を見守っていた。
そして、結果が出た。
『あなたと大蛇夏巳さんの相性は――』
デレレレレ、と焦らすように太鼓の音が響く。
『2パーセント。分不相応ですね』
分かっとるわ!
「盛岡君! 見てください、私たち相性90パーセントですよ!」
しかし、大蛇さんの方は違ったらしい。
ニコニコした笑顔で、大蛇さんがスマホの画面を見せてくる。
『90パーセント! あなたならきっと彼を幸せにしてあげられます!』
どうやら僕が不幸せなのは前提らしい。
「盛岡君の方はどうでした?」
「僕? ああ、ごめん。もうアプリ閉じちゃった。でも同じくらいだったよ」
「なら、私たちきっといいカップルになれますね!」
「うん、そうだね!」
あはははは、と朗らかな笑いを響かせる僕たち。
笑いながら、僕は手元でLOVERSのストア評価を星一にしておいた。
家に帰ったら批判レビューも書いておこう。
『今の時点では高嶺の花な彼女にも、意外と知られざる一面があるのかも? そこに気づくことができれば、彼女との距離がぐっと縮まるかもしれません!』
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