第4話『四人の彼女候補(うち男一名)』

「学級委員長として! クラスメイトのピンチは見過ごせないわ! わたしが清く正しい交際のあり方を教えてあげる!」


 ボブカットの髪を揺らしながら、委員長こと十四松かえでさんが一番槍を務めた(厳密には二番だけど)。


 キリッとした眉毛にハリのある声。

 むんっと腕組みをした、堂々たる立ち姿だ。

 

「おっ、十四松も立候補してくれるのか!」


「はい、坂口先生。恋愛困難者へのカウンセリングは、適切な知識を持った人間によって、適切に行われなければなりませんから!」


 自信満々にそう言い切る十四松さん。

 そういえば、十四松さんは、一年の頃の学内恋愛スピーチコンテストで金賞をとってたっけな。


「とか言っちゃって、本当は委員長、盛岡のこと好きなんじゃねえの?」

「ヒューヒュー、お熱いねえ」


 ヤンキーカップルこと、西野さんと東山くんによる、八十年代のラブコメ漫画から引用したかのような定型的な冷やかし。


 いまどき口でヒューヒューとか言う奴初めて見たわ。

 軽く受け流せばいいものを、十四松さんはカンカンになって怒り出した。


「ふざけないで! 言っておくけど、これは医療行為のようなものだから! AEDを使うときに異性の服を脱がすのが恥ずかしいとか、あなたたちが言っているのはそういう低次元な話だってことを自覚しなさい!」


「どうだかねー。じゃあ委員長さ、盛岡とキスできる? 今この場で」


「こ、この場で?」


「そうそう。恋愛対象と身体を触れ合わせるのが一番手っ取り早い恋愛力改善方法らしいし、医療行為ならできるよね?」


「い、いや、わたし、か……彼氏いるからそういうのはちょっと……」


「彼氏いるのに疑似恋愛には立候補するわけ?」


「矛盾してるぞ」


 ヤンキーからの冷静な突っ込みに口ごもる十四松さん。

 と、そこへ落ち着いた声が教室に響いた。


私はできる﹅﹅﹅﹅﹅


 そんなちょっと格好いいぼうてんをつけながら。

 こ、この声はまさか……!


猫柳ねこやなぎ、お前身体は大丈夫なのか?」


「ご心配どうも、坂口教諭。ですが問題ありません。医師からの許可は得ていますから。私も早く、対等なクラスメイトとして皆に受け入れてもらいたいので」


 教室最後列の中央。

 空調の風や日光、廊下からの隙間風、ついでに教師の監視からも逃れられるベストポジションに、その先輩ひとは陣取っていた。


 長くしっとりした黒髪。

 すべてを見透かしているような達観した目つき。

 彼女は猫柳皐妃ねこやなぎさつき先輩。


 なぜクラスメイトなのに先輩なのかというと、病気で一年ほど休学していたからだ。


 本人は気軽に接してほしがっているが、今まで年功序列の世界で生きてきた僕たち高校生にとっては、なかなか難しいところである。


 猫柳先輩はくすりと微笑んで、


「激しい運動……そう、たとえば異常な体位の【自主規制】ックスなどを除けばの話ですが」


 まったく必要のない補足を入れてきた。


『…………』


 息苦しい沈黙が教室内に満ちる。

『笑うに笑えないけど、笑わないのも失礼だし……』という葛藤が、皆の曖昧に笑う口元にありありと表れていた。


『早く君たちと仲良くなりたい(意訳)』と公言している通り、先輩は時折こうして際どい下ネタをぶちかましてくることがある。


 その努力が功を奏しているかはご覧の通りだが、どうも先輩はこうして皆が困っているところを面白がっている気がしてならない。


 しかし案の定というか、十四松さんは顔を赤らめたままガタッと立ち上がった。


「ちょ、ちょっと猫柳さん! い、いきなりなんてこと言い出すのよ!」


「どうかしたのかい、かえで君。私はただ『おかしな姿勢でエイ○ックス(いわゆるFPSの一種)をするのは医者に止められている』と言っただけだが……」


「いや完全にせっ……って言いましたよね!? ていうかFPSのどこが激しい運動なんですか!」


「いやいやなかなか激しい運動だぞ【自主規制】エ○ペックスは。たまに投げたコントローラーが壁に刺さるからな」


「エ○ペックスなら自主規制する必要ないですよね!?」


 そんな彼女たちのやり取りを見て、坂口先生が難色を示すように眉をひそめた。


「お前たち、他のクラスは授業中だぞ。あまり大声で騒ぐのは感心せんな」


「失礼しました、坂口教諭」


「す、すいません……」


 斬新すぎる【自主規制】の用法は、どうやら坂口先生的には学び舎にふさわしいものとして受け入れられたらしい。

 この学校の教育方針が気にかかるところだ。


「よし! 三人も立候補者が出てくれたことだし、一旦募集は――」


「あ、あのー……」


 坂口先生がパンパンと手を打ったところで、最後の手が挙がった。

 

「ボクも立候補したいんですけど……」

 

 自信なさげに肘の曲がった挙手。

 灰色に近い、色素の薄い黒髪は短めのポニーテールにくくってある。


 小動物的な印象を与える垂れた目つき。

 注目を浴びたためか、陶器のように白い顔が、朱で染めたように赤くなっていた。

 

照寅てとらちゃん可愛いー!」


「ほんとお人形さんみたい!」


「や、やめてよ……ボクそんな、可愛いだなんて……!」

 

 慌てたように手を振るさまがまた愛らしく、一部の女子生徒たちからさらなる歓声が上がる。


「チッ……ちょっと可愛いからって調子乗んなよ……」


「肌白っ。ほんとムカつく……」


「まつげ長すぎね? 男のくせに。あれですっぴんとか詐欺でしょ」


「照寅くんを飼いたい」


 あまりの人気ぶりに、パリピ系女子たちから嫉妬の混ざった眼差しまで向けられる始末。


 若干一名、邪念のこもった台詞を吐いていたように聞こえたのは気のせいだろうか。


 そして、その一名の言葉にもあったように、四谷照寅は男だ。


 ぱっと見こそ女の子にしか見えないが、よく見ると唇はぷるっとした桜色だし、手首や膝などの関節部も、握っただけで折れそうなほど華奢だ。


 ……あれ、おかしいな。紛れもなく男のはずなんだが。


 と、数多の男の心をかどわかした結果つけられたあだ名が『裏切りの男の娘ダブルクロス

 某少年探偵映画で主役を張れそうな風格である。


 理外の同性からの立候補。

 坂口先生も、これには少し困ったように顎に手をやった。

 いくら可愛いとはいえ男は男。


 僕は異性愛者ヘテロなので、彼を恋愛対象として見るのは不可能だ。

 この治療が僕の恋愛力改善を目的とする以上、四谷くんとの疑似恋愛は本来の意義から外れたものであると言わざるを得ない。


 しかし、せっかくの厚意をむげにするのも心苦しいところ。

 なんとか傷つけない断りの言い回しを模索していると、


「ふーむ、どうする盛岡」


「うーん……そうですね……気持ちは嬉しいんですけど……」


「嬉しいのか。なら大丈夫だな」


「え?」


「四谷、盛岡は気にしないとのことだ」


「やった……!」


 いや早い早い早い。

 坂口先生の辞書には『社交辞令』という言葉が存在しないのだろうか。


「待ってくださいって。気にしないとは言ってませんよ。四谷くんが僕のために体を張ってくれることには感謝したいところですけど……」


「感謝はしてるのか。なら大丈夫だな」


「え?」


「四谷、盛岡は喜んでいるようだ」


「やったあ……!」


 だから早いって!

 だが、四谷くんの喜びようを見ていると、訂正する言葉がどうも喉に詰まる。

 仕方ない。ここは僕の器の広さが試されていると思って……。


「【自主規制】の広さも試されるかもしれんな」


 せめて僕は試す側でありたい……!

 猫柳先輩がいったい何を自主規制したのかは想像しないでほしい。

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