第12話 暗転




 「はぁ、はぁ…、っ……これじゃ、キリが無い…!!」


 何体目の骸骨兵を倒しただろうか。

 辺りはすっかり夜の帳に包まれており、降り出した雨が更に視界を悪くさせる。

 息は上がり手のマメは潰れ、痛みで剣を握る手も感覚が無くなり始めた。篭手から染み出た血と汗に加え、降りしきる雨で剣が何度も手から滑りそうになる。


 「クソったれ、術者とやらはどこにいやがる…!隠れてねぇで出て来やがれ!この腰抜け野郎!!」


 ダイアスは松明片手に辺りを見回す。

 彼を始めとして、エウリーヌやミアンナ、メルゼナ達が松明で明かりを灯し、索敵係として協力してくれている。


 「こんな事しか出来なくて本当にごめんなさいね〜、剣士さま〜。私たちじゃ骸骨さん達を倒せないみたい〜。」


 「謝るのはこっちの方だ、俺がもっと強ければ、こんな状況にはならなかったんだから…!」


 異世界だからといって、自分のステータスに変化があるわけでも無く。剣士であるということ以外彼らと何も変わらない、ごく普通の人間だという事実を突きつけられ、俺は悔しさでいっぱいだった。

 先程、ダイアスが勇猛果敢に骸骨兵に殴りかかったのだが、その攻撃は骸骨兵には一切通らず、まるで透明なガラスが張られているかのように弾かれてしまった。

 ミアンナも同様に、もう一度魔法を唱えて骸骨兵を倒す事を試みたのだが、傷一つ付くことは無かった。


 (戦えるのは俺だけ…、早くこの状況を変えないとダメだ…!)


 村の人達の協力もあって何とか凌げてはいるが、防戦一方でこのままではジリ貧もいいところだ。

 周りに骸骨兵が居ない事を確認し、元凶探しを再開しようと一歩踏み出したその時。「子供だよーっ!魔物の子供が居るわー!!」とメルゼナが叫びを上げた。


 「魔物の子供……まさかミトラちゃん!?」


 俺は急いでメルゼナの方へと走る。


 「剣士さま、あっちに魔物が!」


 メルゼナが松明で居場所を指し示す。暗闇でぼんやりと照らされた白い人型は、間違いなくミトラそのものだった。


 「ミトラちゃん!!」


 「リヒ、ト…?」


 俺はよたよたと歩くミトラに駆け寄り、強く抱き締めた。

 すっかり冷え切ってしまった小さな身体が、カタカタと震えている。

 暫く立ち竦んでいた彼女だったが、やがて堰を切ったように声を上げて泣き出した。


 「ごめんなミトラちゃん…!もっと早くに帰るべきだったよなっ…!」


 「リヒトぉ…!ミカゲが…、ミカゲがぁ…!」


 わんわんと泣き続ける中、彼女が何とか出した言葉はあまりに断片的だった。だが、この状態でこれ以上彼女に質問をするのも酷だろう。巳影の身に何かが起きた。その情報だけでも十分だ。


 「皆、聞い────」


 まずは村の人たちにミトラが無害であることを説明しよう。そう思い振り返った時、それは既に手遅れである事を一瞬で理解させられた。


 「アンタ、魔物の仲間だったのかい…?」


 「オイオイ…ふざけんなよ。この一件はテメェの仕業ってワケか…?」


 静かに言い放つ彼らの目には失望の念、そして恐怖から来る殺意が宿っていた。


 「違うんだ、皆、聞いてくれ!ミトラちゃんは何も関係無い!全部俺が悪いんだ…!」


 「ほう、…そうかよ。ならそのガキはテメェの何なんだ?」


 「ミトラちゃんは────!」


 ガツン。

 俺の頭に強い痛みが走る。ぶつかって足元に落ちたそれは、こぶし程の大きさのある石だった。

 呆然と足元の石を眺め、ゆっくりと顔を上げる。そこには顔を顰めてワナワナと震えるレガートの姿があった。


 「出てけよ…!!…お前の…せいで……ッ!」


 「…っ、レガート…!信じてくれ、今起きてる事は俺たちがやってるワケじゃないんだよ…!」


 「うるせぇッ!そもそもお前が来なきゃ、村はこんな事になってなかった…!!」


 恐怖と失意による猜疑心さいぎしん。レガートだけでなく、村人たちも同じ気持ちなのだろう。レガートの背後から、「そうだそうだ!」と次々に声が上がる。


 「剣士さま…。」


 エウリーヌが疑念を抱きながら、心配そうにこちらを見つめている。

 彼女は俺を信用したいという気持ちがある様子だが、このいさかいに巻き込むワケにはいかない。俺はエウリーヌに対し、首を横に振ってそれとなく答えた。

 村の人たちの標的がミトラちゃんに変わる前に、早急に術者を見つけなければならないのだが。下手に刺激してしまえば石の雨は免れないだろう。


 (まずいぞ、一体どうすれば────)











────────────



 「理人ーーーーッッ!!ミトラーーーーッッ!!こっちだーーーーー!!!」


 上空。巳影は喉がはち切れそうな程に、理人やミトラに向かって叫ぶ。


 「無駄ですよ。彼らが我々を干渉する事は出来ませんからね。」


 男は平然とした態度で村の様子を見つめる。


 「それよりもご覧なさい、あの人間達の様子を。なんと哀れで素晴らしい。」


 「これを見せる為にこんな事をしてんのか、お前は…!!」


 「ふふふ。本番はこれからです。」


 男は、視線を村の方へ向けたまま答えると、何やら聞き慣れない言葉を呟き始める。


 「その血に刻まれた抗えぬ本能。私が呼び起こして差し上げましょう。」


 カン、と杖を鳴らせば、叩いた場所から鎖状の文字列が蛇のようにうねりながら現れ、男の前で球状に変化していく。


 「何するつもりだよ…!やめろッッ!!」


 巳影は男に思い切り体当たりをする。が、男の身体はまるで鋼鉄で出来ているかのようにピクリとも動かない。怯むことなく巳影が何度体当たりしようと、結果は何も変わらなかった。


「さあ、前座はここまで。楽しいお食事の時間です、王女殿下。」


 手のひら大の黒紫の球体をミトラに向けて放つ。球体は、緩く螺旋を描きながら天に向かって昇り、やがて一定の高度に達した時。それは帯状に変化しミトラの方へと下降して行く。


「理人ーーーッッ!!!ミトラーーーーッッ!!!」


巳影の叫びは彼らに届くことはなく、ただその場で反響するだけだった。

















───────────



 「皆…俺のことは信用しなくていいし、後でいくらでも石を投げてもらって構わない。でも、この村を守りたいのは本当なんだよ。…だから今だけは、この子のことを責めずに、まずはこの状況を作り出してる元凶を探すことに協力してほしいんだ。」


 俺はミトラを背に隠しながら、村人たちを真っ直ぐに見つめる。村人たちの表情は変わらない。

 ───否。彼らは吃驚きっきょうした顔で俺の背後を見つめる。見つめる、というよりはあまりの驚きに声も出ず動けないといったところだろうか。

 俺は振り返って背後を見ると、そこには誰もおらず。


 「イヤァァァァァーーーーーーッッ!!!」


 耳をつんざく、甲高い悲鳴が響き渡る。

 正面に向き直った時、目の前の光景がまるでスローモーションのように映る。

 黒い狼のような獣が、メルゼナの首に噛み付いている。首から吹き出た鮮血が、まるで赤い花のようにメルゼナの頬を染め上げた。


 「かーちゃん!!!」


 レガートの悲痛な叫びが上がる。

 額に二本角を生やした黒い獣は、メルゼナを咥えて一度全員から少し離れた場所に移動すると、そのまま顔をブンブンと激しく振るった。口に咥えられゴム人形のように振られるメルゼナの様子は、既に事切れている事を示していた。


 「は……?」


 どよめきと絶叫で包まれる中、俺は目の前で起きていることが理解出来ず真っ白になってしまった。


 「ミトラちゃんはどこ、だ…?」


 辺りを見回すが、彼女の姿はどこにもなく。


 「なん、だよ……何なんだよ、コレ…。」


 決して、認めたくない事実だけがそこにはあった。


 「ダメだ…、ダメだミトラちゃん…!!」


 嘘だと言ってほしい。あのミトラちゃんが人を襲うなど。何故突然、獣の姿へと変化したのか。

 逃げ惑う村人たちの逃げた方角をそれとなく確認しつつ、俺はミトラであった筈の黒い獣の前に立ち塞がる。

 黒い獣は唸りを上げながら、暗闇の中鋭く光る紫色の瞳で俺を睨みつける。


 「ミトラちゃん…。」


 俺は両手を広げながらゆっくりと近づいて行き、恐怖で引き攣りそうになる頬を必死で抑え、黒い獣にニッコリと微笑みかけた。


 雨足は更に勢いを増し、辺りに雷鳴を轟かせた。

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