第11話 最悪の兆し




 「剣士さま〜〜〜。」


 ダイアスの説教も終わって薪割りを再開していたところ、一人の女性がこちらに駆け寄って来る。


 「じゃ〜ん。差し入れですよ〜。ミアンナちゃんの薬草を使った回復薬で〜す。」


 女性は緑色の透き通った液体が入った、三本の試験管のようなガラス瓶を掲げながらニコニコと笑いかける。


 「ありがとな、エウリーヌさん。」


 斧を一旦置いて、女性からガラス瓶を受け取ろうと手を伸ばす。が、女性はどこか寂しそうに眉を下げた。


 「………。ありがとう、…エウちゃん。」


 「うふふふ、どういたしまして〜。妹のエリーナと遊んでくれたお礼よ〜。」


 「エウリ……エウちゃん、エリーナちゃんのお姉さんだったのか。」


 「うふふ〜、姉妹で名前似てるでしょ〜?」


 名前こそは似ているが、性格は真反対だなと俺は心の中で思った。妹のエリーナがクール系女子で、姉のエウリーヌがゆるふわ系女子といったところか。

 エウリーヌから回復薬を受け取り、腰のホルダーに挿す。

 何気なく空を見ると、ごう、と強い突風が吹き、落ち葉をカラカラと鳴らしながら攫って行った。


 「今日は夜に雨が降るらしいわね〜。メルゼナおばさまが言ってたわ〜。」


 「そういえば、夕方手前辺りから雲が多くなってきてたもんな。暗くなる前に早く薪割りを終わらせ……」


 「キャーーーーー!!!」


 突然、遠くから悲鳴が響き渡る。


 「…あら〜?どうしたのかしら〜?」


 「魔物か…!?」


 「そんな〜、村の方には滅多に入って来ないはずなのに〜。」


 「エウちゃん、皆に家の中に避難するよう伝えてくれ!」


 「ええ、分かったわ〜。剣士さま気をつけて〜?」


 俺は立て掛けておいた剣を手に取り、一目散に声のした方へと駆けて行く。














────────────



 「嫌だ、嫌だ…来ないでよ…!!」


 ミアンナの自宅付近。血のように赤黒い骸骨兵が、ミアンナを追い詰めていた。骸骨兵は、足がすくんで動けなくなってしまったミアンナを嘲笑うかのようにカタカタと顎を鳴らしながら近づいて行く。


 「どうして!なんで…魔法が効かないのよ…!」


 骸骨兵の空虚な眼窩が青白い炎を灯し、ミアンナに向かって口を大きく開いた──その時。何者かが骸骨兵に突進し、ミアンナの視界を広げた。


 「あ……リヒト!」


 「間一髪…!大丈夫か!?」


 俺はミアンナの安否確認をしつつ、よろめいた骸骨兵を剣で殴るように切りつけた。切りつけた胸元と右腕が砕け、辺りに骨がバラバラと散らばる。

 怯んだ所を更に追撃せんと剣を斧のように振りかぶり、骸骨兵の頭蓋に一撃浴びせる。力任せに振り下ろした剣はバキリ、と頭蓋を砕き、骸骨兵は声も無く静かに霧散した。


 「痛…ってて…、腕に響く硬さしてんなコイツ…。」


 生きた骨を砕く感触なんて知りたくもなかった。最悪の気分だ。

 未だビリビリと痺れる両腕の痛みに顔を顰めながら、ミアンナの方へと向き直り「無事か?」と手を差し伸べる。


 「ええ、なんとか平気よ…ありがとう。」


 ミアンナは差し伸べられた手を握り、立ち上がる。


 「ねぇ、一体何なのコイツ?この辺りじゃ見たことないわよ。」


 「多分、アンデッドの一種だ。普通の魔物と違って、人為的に発生する魔物だから…どこかに召喚者が居るはずだ。」


 今の赤い骸骨兵は、屍術師ネクロマンサーによって召喚される魔物だ。屍術師ネクロマンサーは敵にも味方にも存在する職業の一つで、名前の通り、屍や霊などの"既に生きていないはずの者"を召喚し使役する。


 「ミアンナ、すぐに建物の中に避難してくれ。」


 「リヒトさんはどうするの?」


 「骸骨兵ってのは屍術師ネクロマンサーの魔力が尽きない限りは幾らでも召喚出来るんだ。数を増やされる前に本体をぶっ叩いて来る。」


 「そんなの、一人じゃ危険よ!魔法が効かないなら私、調合薬で一緒に戦うから!」


 「無茶言うな、俺の力じゃミアンナを守りながら戦うのは無理だ!」


 「さっきは動けなかったけど…もう私は大丈夫!邪魔にならないようにするから!」


 「そうじゃない、危険すぎるんだよ!とにかくミアンナは早く家の中に逃げて扉と窓を塞ぐんだ!絶対に来ちゃダメだからな!」


 俺は半ば強引にミアンナを振り切るように忠告をし、村の広場の方へと向かう。


 (くそっ、ミトラちゃんと巳影も無事でいてくれよ…、頼む…!)












─────────



 村の上空、辺りを一望出来る場所に外套の男は居た。見えない地面があるかのように、空中で直立するその男の隣には、手足を拘束された巳影の姿があった。


 「折角の特等席を用意して差し上げたのです。もっと素直に喜んではいかがですか?」


 「誰が喜ぶかよ…ッ!一体、何するつもりなんだお前!」


 「見ていれば分かりますよ。まだまだ始まったばかりですから。」


 外套の男が正面に手を翳すと、手のひらの前に光の粒が集約し、形を成す。間も無くして男の身長程の杖が具現化し、それを手に取れば柄の末端で足元を数回小突いた。空中であるにも関わらず、杖はコンコンと音を鳴らす。


 「貴方は大切なただ一人の観客です。彼ら(役者)の素晴らしい演劇を、どうかご刮目下さいませ。」


 男はくつくつと喉を鳴らして含み笑いをする。

 巳影は噛みつかんばかりに声を荒らげ、「ふざけるな、クソ野郎…!ミトラをどこにやったんだ!!」と男を睨みつけた。


 「まあそう焦らずに。劇は静かに楽しむものですよ。ネタバレは厳禁ですからね。」


 男は人差し指を自分の唇に当て、「さ、ご覧なさい。第二幕の始まりです。」と杖で村の方を指す。

 地面に数箇所魔法陣が現れ、そこから骸骨兵が這い出でるようにわらわらと召喚される。


 「ミトラ、理人…ッ!!」


 どうする事も出来ない自分に苛立ちながら、巳影はただただ二人の身を案じるのだった。

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