第9話 村の子供たち



 村に戻りミアンナと別れた後、手伝える事は無いかと村を見回りしていると、家の前で長身の男が何やらこちらに向かって大きく手を振っていた。


 「おーい、ボウズ!ちょっと来てくれるかー!」


 彼の名前を記憶の棚から引っ張り出しながら、男の方へと駆け寄る。


 「ええと…ダイアスさん、俺に何か用ですか?」


 「ボウズ、帰って来たトコ悪いんだが、薪割り手伝ってくれねぇか?」


 「ま、薪割り、ですか。」


 「ナバムじいさんトコの井戸のポンプが調子悪いみたいでな。先にそっち行かなきゃならねぇんで、ちょいと頼む。」


 道具は適当に使ってくれ、とダイアスは用意された作業台の方を指差す。そして、俺の肩をポンと叩いて「じゃあよろしくなっ。」と一言残して行ってしまった。


 (…おいおい、薪割りなんてやった事無いぞ、どうする…?)


 作業台の横に目をやると、横に積み上げられた原木と多数の丸太が置かれていた。こんな光景、キャンプ場でしか見たことが無い。


 ひとまずパッと見で振りやすそうな斧を手に取り、丸太を一つ作業台の上に置く。

 斧を両手で強く握り、大きく息を吸って吐いた。こういうのは思い切りが大事なのだ。


 (狙いを定めて……一気に振り下ろす!)


 スコン!

 軽快な音を立てて、斧は丸太に弾き返されてしまった。


 「うわっ、嘘だろ、もっと簡単にパカッといくんじゃないのか。」


 想像以上の硬さに怯んでいると、後ろから「ダッセ〜〜〜。」という声が上がる。振り向くとそこには、しゃがみながらこちらを見つめてニヤニヤと笑う一人の少年の姿があった。


 「…君は昨日、メルゼナさんからゲンコツ一発貰ってた生意気少年のレガートくんか。」


 「なんだよ、うっせーぞ、ダサリヒト!」


 「俺からもゲンコツ貰いたいのか?」


 「は!?かっ、母ちゃんに言うからな!そんなコトしたら!」


 「ほう。レガートは母ちゃんが弱点…、と。」


 俺は自分の手の平にメモを取るフリをする。


 「あっ!おい、ずりーぞ!お前の弱点も教えろ!」


 「実は虫が苦手、とか。」


 「えっ、マジ?」


 「嘘。」


 「うがーーーーっ!!!」


 「ははは、純粋で何より。」


 ポカポカと殴りかかるレガートの攻撃を甘んじて受け入れながら、斧が置いてある作業台の方に彼が近づかないよう壁となって押さえる。

 ふと気配を感じ、そちらに顔を向けると女の子が遠巻きにこちらを見つめていた。

 レガートよりも少々年上、14歳前後くらいだろうか。厄介払いをするようで申し訳無いが、彼女にレガートを引き取ってもらおう。


 「なあレガート、ここにいたら危ないからあの子と二人で遊んで来い。」


 「アイツとは毎日遊んでるからいいんだよーだ!」


 「俺が良くないの、お前がいたら薪割り出来ないだろ。」


 「ヘッタクソなの見られたくないから?」


  「あ・ぶ・な・い・か・ら・なぁぁぁぁぁ?」


 尖らせた人差し指の第二関節をレガートのこめかみにグリグリと押し当てる。「ウギャー!」という悲鳴と共に脱兎のごとく逃げ出し、女の子の方まで走っていく。


 「エリーナ、あいつボーリョクふってくるぞ!ヤバンだ!」


 「レガートが悪いこと言ったりするからでしょ。」


 容赦なく正論を浴びせる女の子に、俺は心の中で頷いて同意する。


 「…ねえ、まき割り手伝ってあげたら?」


 エリーナの提案に、レガートはフンと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。


 「レガートってば、まき割り得意なクセに。」


 「しー!よけいなコト言うなって!」


 「剣士さん。私、まき割り手伝うね。」


 「あっ、おい!エリーナ!」


 止めようとするレガートを無視して、エリーナは俺の方へと歩み寄る。


 「エリーナちゃん、薪割り出来るのか?」


 「うん。家の手伝いでよくやってるの。」


 そう答えながら彼女は斧を手に取り、「硬い丸太はね、周りから削るように割っていくといいんだよ。」と俺に説明をして、丸太に向かって斧を振り下ろす。

 パコン、と丸太の一部が縦に割れ、破片は一つの薪となって地面に転がり落ちる。


 「おお…!凄いな、エリーナちゃん。」


 「全然だよ。レガートの方がずっと上手。」


 俺は何気なくレガートの方を見やると、目が合うなり顔を逸らされた。

 ちょんちょん、とエリーナに腕を突つかれてそちらに顔を向ける。少ししゃがんでほしい、と手でジェスチャーされ、俺は素直に従う。

 エリーナは俺の耳に顔を近づけて、「レガートね、嬉しくて仕方ないんだよ。」と耳打ちをする。


 「…嬉しい?」


 「レガート、将来剣士になりたいんだって。憧れの剣士さんが来たから、すごく照れてる。」


 もう一度レガートに視線を移すと、知らん顔で空を見ながらブラブラと歩いていた。なんて分かりやすいヤツだろうか。

 俺は一度咳払いをし、レガートに敬礼ポーズで向き直る。


 「レガート師匠!!」


 「!?なっ、なんだよシショーって!」


 「師匠は薪割りがとても上手だと聞きました!是非ともご参考にさせて頂きたく!」


 面食らって驚きと焦りの表情を隠せないレガートだったが、暫しの躊躇いの後、こちらに駆け寄ると「す、少しだけだからなっ。」とエリーナから斧を奪うように取り上げた。


 「師匠、その歳で夢があるなんて偉いな。」


 「おれは12才だぞ、バカにすんな。…もう士官学校に行ける年だ。」


 「学校行かないのか?」


 「かーちゃんを一人にできねーもん。別に剣士になるだけなら、学校に行かなくても、試験に合格すればいいんだしな。だからおれは自力でがんばる。」


 「レガート、この間来たハンターっていうのにはならないの?」


 エリーナがレガートに聞くと、レガートは首を横に振った。


 「ハンターは魔物とかを捕まえて売って金かせぎするんだろ。そんなんじゃ村を守れねーじゃん。」


 「ちょ、ちょっと待ってくれ。そのハンターってのが村に来たのか?」


 俺は遮るように二人に質問する。


 「うん。強い魔力をこの辺りで感じたから来たとか言ってたよ。」


 「…そのハンター…、何かを捕まえた、とかは言ってたか?」


 「ううん。気のせいだった、ってすぐ帰っちゃった。」


 ハンター。ゲーム内では一切聞いたことの無い単語だ。

 レガートの話が本当ならば、ミトラが魔物に襲われるだけでなくハンターに狙われるという可能性も十分にある。


 ──さぁ、と血の気が引く。


 今回は何事も無かったようだが、またハンターがいつ現れるか分からない。

 仮にミトラの存在を村の人達が認めたとしても、そのような存在がいる以上は、彼女の事を多くの人に認知させるのは悪意を持った人間に見つかるリスクが高まるだけだ。

 それに何より、村の人達にミトラの事を話してしまえば、彼らを危険に晒してしまう。魔物を匿う異端の村として、始末されるかもしれない。


 …八方塞がりだ。

 ますます俺自身が強くならなければいけない状況になってきた。

 心の中で焦りを感じていると、レガートが強かに言葉を発す。


 「おれはゼッタイに剣士になって、おれが村を守ってやるんだ。」


 レガートの真っ直ぐな瞳は、その奥に決意の炎を灯していた。

 作業台に置かれた大きな丸太は、レガートの力強い一振りによって綺麗に真っ二つに割れる。


彼のその強い意志に鼓舞された俺は、弱気になっている場合では無いと拳を強く握り、息を吐いた。


 「……じゃあレガート、ちゃんと剣士になれたら、その姿を俺にも見せてくれよ。」


 「え!?何でだよ!」


 「良いだろ、先輩として後輩の成長した姿を見たいんだよ。…それに、剣士になれたレガートと一緒に村を守れたらいいなって思って。」


 「い、イヤだね、おれは一人でやれるからリヒトは別んトコ行けよ!」


 「じゃあ剣士になったのを見届けたらどっか行くからさ。」


 「見んなっつーの!!ばーかばーか!!!」


 「…レガート、ホントは嬉しいクセに。」


 「エリーナ!!よけーなコトばっか言うな!!うれしくなんかねーから!!!」


 顔を真っ赤にして否定するレガートに、俺は両手を広げて襲いかかるフリをする。


 「うおー!ウソツキはどこだぁ〜!?ウソツキは食っちまうぞ〜!!」


 「うわ、リヒトが魔物になったぁ!!」


 「あはは、レガートのせいだー!」


 「ウソツキはそこか〜!!」


 唐突に始まった鬼ごっこは夕方まで続き、薪割りそっちのけで楽しんだ俺は後にダイアスにみっちりお説教を食らうのだった。

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