第73話 聖痕と正体バレ





 俺の右手首に黒紫色の蛇が歪な形に巻き付いている。形としては腕輪に近いが、味方によってはミサンガをいくつも巻いているようにも見える。


「……むぅ」


 俺はその蛇を見ながら、口元を歪めた。

 ファッションとして見れば趣味が悪い上、なんだか祟られてるみたいだ。


「言い出しといてなんだけど、あまり良いもんじゃないな」

《そうだねぇ》

《お前ら、人にやらせといて好き勝手言ってんじゃねぇ!》


 微妙な顔をしている俺とマーに、腕の蛇が怒鳴る。その顔は、当然爬虫類特有の顔立ちだが、不思議と表情が分かった。

 その蛇の正体は、俺の発案によって魔法で変身したモーメである。

 見た目はお世辞にも良いものとは言えないが、まぁ、これで沙織達がいてもモーメを連れておけるようになった。必要とあれば服の袖で隠すこともできる。

 動くのに邪魔にもならないし、見た目さえ除けば、特に問題は無い。


「見てくれはともかく、ひとまずはこれで良いか」

《てめぇ、俺がせっかく言う通りにしてやったのに、なんだその言いムグュ!》

「大人しくしてろよ。後であんぱん買ってやるから」


 俺は左手でモーメの口を押え、無理矢理黙らせた。たった今からコイツの面倒は俺が責任を持って見なければならない。


「水樹、綾辻」

「ん?」


 ちょうどその時、玲さんが俺と綾辻さんに声を掛けてきた。


「いま連絡が入って、松風さんがここに着いたらしい。私達も“マテリアルルーム”に向かうわよ」

「了解」

「わかりました」


 玲さんの指示に、俺と綾辻さんは揃って頷いた。俺は玲さんの後を追うように部屋を出て、綾辻さんは肩にマーが乗せて、その後に続いた。




 ***




 玲さんを先頭にして、俺達は来た道を戻るようにしてエレベーターに乗った。このエレベーターにあるのはボタンだけで、今いる階を表示するモニターはついていない。しかし動いている間ずっと綾辻さんはドアの上部を見ていた。


「……あの、これから行くマテリアルルームって、どんな所なんですか?」


 沈黙に耐えかねたのか、綾辻さんが恐る恐る口を開いた。


「ガーディアンズが持っているすべての電子データが集まった所よ。今までにガーディアンズが取り扱った事件の記録やエージェントの経歴、国の重要機密や兵器の設計データ、国民の所在情報なんかも保存されてるわ」

「どうして私達をそこに?」

「水樹が何故ハイドロードとなったのか、綾辻は気にならない?」

「それは……まぁ、たしかに気になりますけど……」


 綾辻さんはチラリと俺に目を向けた。


魔法少女あなた達とガーディアンズわたし達はあくまでも協力関係。下手に秘密を作らずできるだけ情報を開示することが良い関係を築く秘訣よ。中途半端に情報を共有すると、後々余計な誤解や諍いを生むこともあるから」


 玲さんの言葉に、心当たりでもあるのか、綾辻さんは口を閉ざして俯いてしまった。

 そして間もなく、エレベーターは目的の階に着いた。

 扉が開くと、また飾り気のない白い廊下が広がる。この階は特に空調管理が行き届いているおかげで、心地よい風が廊下にも流れ出している。

 照明にはどこにでもあるような蛍光灯が使われているが、風通しを良くするためか、灯りと天井との間には、高さにして1メートル以上ある空間が空いている。そこには電気や通信、空調のためと思われるケーブルや管が走っていた。

 見慣れない作りの通路に、綾辻さんはまた顔をこわばらせながら俺達の後について来た。

 やがて、玲さんと俺は通路の途中にある一つの扉を開け、中に入った。綾辻さんとマーも続いて中に入る。

 中はただの四角い箱のような部屋になっていた。中央にはソファーとローテーブル、隅にはロッカーが並び、対辺側にはデスクトップのパソコンが大きなモニターと一緒に置かれている。

 想像していたよりも簡素な室内に、綾辻さんは戸惑い交じりに部屋を見渡す。


「ここがマテリアルルームですか?」

「いいえ、ここはただの休憩室兼物置部屋よ」


 そう言って、玲さんは流れるような動きでロッカーを開け、中が空だと確認するとそこを指さしながら綾辻さんを見た。


「じゃあ部屋に入る前に、今持っている荷物やスマホとかの電子機器、あと貴重品類はすべてここのロッカーに入れて。飲み物や食べ物も持っているなら一緒に預けること」

「は、はい」


 玲さんの指示に従い、綾辻さんはすぐに学生鞄をロッカーに入れ、次に自身のポケットに入っていたスマートフォンと財布を仕舞った。

 綾辻さんがロッカーに物を仕舞っている横で、玲さんは一番端のロッカーからタブレットと大きな虫眼鏡のような形をした金属探知機を取り出す。端から見ていた俺には、相変わらず無駄のない動きをしているのが分かった。


「それと、これにサインしてくれる」


 玲さんはタブレットの画面を数回操作して綾辻さんに渡した。画面には細かい文字の下に名前を書くスペースと分かる四角い枠が映っていた。綾辻さんはタブレットの画面から玲さんへ視線を戻す。


「これは?」

「マテリアルルームへ入るのに使う入室申請書や同意書の諸々の手続きよ。面倒だけど部外者を入れるのにはいつも書いてもらう決まりなの」

「そうなんですね」


 納得した綾辻さんは、タブレット画面に指をついて名前を記入した。その間、玲さんは金属探知機を綾辻さんの全身にかざす。制服のポケット部分や肩にいるマーにかざしても、探知機は特に反応しなかった。


「……よし、これで準備完了よ」


 必要手順を全て済ませた玲さんは、タブレットと金属探知機を元のロッカーへ戻した。


「ふぅぅ。なんだか緊張するね」


 綾辻さんは気を紛らわせるように俺へ笑みを向ける。俺は共感するように笑い返した。

 緊張するのも無理はない。実際、普通の学生ではまずやらないであろう経験を、今の彼女は体験している。テレビの中の魔法少女でも、こんなことしないだろうな。

 物置部屋を出て、俺達はまた長い通路を歩いた。途中に何度か角を曲がり、やがて突き当りに大きな扉が見えてきた。その扉は通路の各所にあってきたものと違い、見るからに頑丈そうで近未来的な作りをしている。

 その扉の前には二人の男女が立っていた。


「あれ?」


 俺が二人の存在に気づくと同時に、相手もこっちがやってきたのに気が付いた。少女の方が俺と玲さんに向かって手を上げる。


「よっ」

「悠希、どうしてここに?」


 いつもの白黒ジャージ姿で声を掛けてきた少女、悠希がいることに俺が訊ねると、彼女は隣に立つ男を指さした。


「スーツのメンテナンスがてら本部こっちに来たら、偶然爺さんと会ってな。マテリアルルームに行くから付いて来いって言われてよ……ったく、優人がいるなら俺が来ることなかったじゃねぇーか」

「まぁ良いじゃないか、どうせ暇してたんじゃろ」


 面倒くさそうに睨む悠希に対して、松風さんは愉快そうに微笑を浮かべる。


「水樹君」

「ん?」


 綾辻さんは俺の服のすそを引っ張りながら小声で声を掛けてきた。


「あのお爺さんが『玄武』の松風さんだよね?」

「あぁ、そうだよ」

「じゃあ、その隣の女の人は?」

「ん? え、あぁぁ……」


 素直にファングだと言って良いものかと、俺は迷った。

 テレビやネットで顔を公開している松風さんは兎も角、綾辻さんが悠希の顔を見るのは今回が初めてだ。そして俺の正体がバレたからといって、ファングの正体まで明かして良いわけではない。

 俺が返答に困っていると、俺達のやり取りを目にした悠希が綾辻さんに向き直った。悠希の鋭い目つきと荒っぽい雰囲気に、綾辻さんはビクッと背を伸ばした。肩にいたマーは彼女の首の後ろへ隠れ、顔を覗かせる。


「上地悠希だ」

「あっ、はい、私は綾辻千春です」


 綾辻さんはやや怯みつつ自己紹介を返す。


「えとっ、その、初めまして!」

「初めてじゃねぇよ」

「えっ?」

「オレのガーディアンズでの名前は、仮面ファイターファングだ。この前の作戦では世話になったな」


 悠希はあっさりと自身の正体を明かした。


「えっ! ファングって……えっ!」


 綾辻さんは口元を両手で隠しながら目を大きく見開いた。そして次に、悠希へ人差し指を向けながら何かを訊ねるような顔を俺に向ける。

 今綾辻さんの頭にあるであろう考えが正解だと肯定するように、俺は黙ってコクコクと頷いた。


「えぇーーっ!」


 綾辻さんの驚愕の声に、悠希は少し鬱陶しそうに顔を引きつらせた。


「ファングさんって、女の人だったの!」

「あぁ、そうだよ!」


 悠希は煩わしそうに肯定する。綾辻さんはマーと一緒にポカンと口を開けたまま、しばらく目をパチパチさせた。俺の腕に巻きついているモーメもぶるっと震えて驚いていた。

 そんな二人の様子に、松風さんは悪戯が成功した子供のようにクスクス笑った。


「ちなみに、悠希は俺達と同い年だから」

「そういえば上地。貴女、期末試験は?」

「…………さぁ」


 玲さんが訊ねると、悠希は顔を逸らす。テストの出来が良くなかったのか。悠希の場合、そもそも受けていないのかもしれない。

 玲さんは大きなため息をついた。


「私達の知ったことじゃないけど、留年しても知らないわよ貴女?」

「チッ」

「まぁまぁ、ここで立ったまま話すのもなんだ、中へ入ろうじゃないか。水樹、上地、手伝ってくれ」

「あぁはいはい」

「へぇーい」


 松風さんに言われ、俺と悠希は松風さんの後に続く形で扉の端に設置された認証パネルに手を触れた。


『マスターワイズマンの認証を確認。ハイドロードの認証を確認。仮面ファイターファングの認証を確認。レベルG3名の同行が確認されました。ゲスト1名の入室が許可されます』


 指紋認証と静脈認証によってセキュリティが解除され、機械音声のアナウンスが鳴る。

 ゆっくりと開いていく厳重な自動扉を見ながら、綾辻さんは緊張と興奮から胸がドキドキと高鳴っているのを感じていた。




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