第72話 いま明かされる……ニャピーがやって来た理由!




 俺が持っていたパンを完食した後、またモーメはエージェントがカフェテリアで買ってきた惣菜パンをむしゃむしゃ食べる。

 モーメが自分の体よりも大きいパンをどんどん胃袋に入っていく光景は、よくよく考えると摩訶不思議なものだが……まぁ、それは気にしないことにして、俺は綾辻さんとマーにコイツがここにいる経緯を説明した。


「……まぁ、そんなこんなあって、このモーメとかいうヤツはここにいるってわけだ」

「へぇぇ」

「説明としては以上だけど……お分かりいただけただろうか?」

「う、うん。なんか水樹君がハイドロードさんだってことを知ってから、驚きの連続だけど……」


 俺が七色作戦の直前に敵の毒針のせいでニャピーが見えるようになったこと。

 その後に俺をストーキングしていたモーメを捕まえたこと。

 そして、この本部まで連れてきて監禁したこと。

 これら一連の出来事を聞いて、綾辻さんは呆気に取られながら頷いた。


《そういえば、なんでスプリングとマーのヤツがここに居るんだよ?》


 説明を終えると、幸せそうに大きくなった腹を擦っていたモーメがハッと思い出したように俺と綾辻さんに訊ねた。


「お前が情報を吐かないから連れてきた」

《ナニぃ! お前、コイツ等に正体秘密にしてたんじゃなかったのか?》

「この前まではな……」


 お前のご主人様のせいでバレたんだよ。


「というわけで、マー」

《うん。何かな?》

「コイツが一体何者なのか教えて欲しい。できれば、ヒューニとの関係とその目的もな」

《オイ!》


 モーメが抵抗しようとしたが、俺は無理やり押さえつけて黙らせた。


《良いけど、ハイドロードさんはマー達についてどこまで知ってるの?》

「エージェント・ゼロからの報告で一通りは聞いてる……でもまぁ、せっかくだから最初から教えてくれると助かる」

《うん、わかったよ》


 大きく頷くと綾辻さんの肩から降りて、マーは話し始めた。




 ***




 マー達の故郷は『マジックスター』っていう妖精界なんだ。そこは魔力を帯びた空気と光が豊かな自然を育てて、花達は歌い、樹々は踊って、元気なマジック動物達もたくさんいる星なの。

 そんな平和な世界の中で、私達ニャピーも毎日楽しく暮らしてた。

 私とミーとムーは、ニャピー達の王様に仕えてたわ。まぁ仕えてたって言っても、そんな凄い身分じゃなくて、たくさんいる騎士兼召使いって感じだけどね。


 ある日、空に突然大きな黒い靄が現れて、星全体を覆い尽くしたの。そして霧の中から生命を持たない動く傀儡蟲“ノーライフ”が出てきて、ニャピー達を襲った。

 それが暗黒界にいるハデスによる侵略だと気付いた王様や大臣さん達は、星全体を守る強力な加護の防壁魔法を展開した。

 おかげでなんとかハデスの侵攻は阻止できたけど、ハデスの軍勢は星の周りを取り囲んだまま。いつマジックスターに攻め込んできてもおかしくない状況が続いたわ。

 この状況の打開するため、王様は城の皆を招集して一緒にハデスと戦ってくれる仲間を探そうと他の星々へと向かわせた。マジックスターは防壁魔法で囲まれていたけど、城の中にある空間転送魔道具を使えば、星の外へ行き来することができたの。

 そうして、一緒にハデスを倒してくれる仲間を求めて、私達ニャピーは星々を探し回った。


 けど、それも長くは続かなかった。

 突然、防壁魔法の効力が弱まって、各所にできた裂け目からノーライフが入ってくるようになったの。すぐに私達は攻めてきたノーライフを討伐して、裂け目の原因を王様達は調べたわ。

 そして調査の結果、その原因が城にあった“宝玉”の1つが何者かに盗まれたせいだってことが分かったの。


 その宝玉は、別名『マジック・クリスタ』とも呼ばれる、適性のある者に力を授ける魔法石。宝玉の数は全部で4つ。それぞれ異なる力を秘めていて、星を覆っていた防壁魔法はその魔力で行使できていたの。

 つまり防壁魔法が弱まったのは、4つの『マジック・クリスタ』の内の1つが失われたから。


 事態の打開のため、王様達は仲間を探すのとあわせて、盗んだ犯人から宝玉を取り返す命令を残っていた王国の騎士達全員に出したわ。

 そして、その犯人は、すぐに判明した。




 ***





「それで、その宝玉を盗んだのが、このモーメだった……っていうわけか」

《そう、モーメは私達と同じく、他の星々に仲間を探しに向かっていたメンバーの一人。この星、地球に行くよう命じられたのは知ってたけど、なぜ彼が『マジック・クリスタ』を盗んだのかは分からないわ》


 マーの話を聞いて、俺と綾辻さんは揃ってモーメを見た。モーメは俺達の視線を払いのけるように口を尖らせて、フンと顔をそらす。話す気はないようだ。


《マー達は盗まれた『マジック・クリスタ』を取り戻すため、モーメの後を追って、この星、地球にやってきた。けど、そんなマー達を追って、今度はノーライフもこっちにやってきてしまった。マー達だけじゃアイツ等を相手にできなくて、たまたま会った千春ちゃん達に助けを求めたの》


 それからの流れは、おそらく報告書の通りだろう。綾辻さん達はマー達から『マジック・クリスタ』を借りて、魔法少女としてノーライフと戦うようになった……というわけだ。

 横目で見ると、改めて聞いた綾辻さんは、特に疑問も無さそうだった。


「話は大体分かった。でも何でマー達は残り3つの『マジック・クリスタ』を持って、こっちに来たんだ? 話を聞いた限りだと、それらが防壁魔法とやらの動力源なんだろ。そっちの世界にないと色々マズいんじゃないか?」

《それは大丈夫。『マジック・クリスタ』は4つ揃うことで安定した魔力を発生させるの。3つだけあってもうまく魔力を供給できないから、王様は盗まれた『マジック・クリスタ』を探すために使うように、残った3つをマー達に預けてくれたんだ。その間は、王様自身や城の騎士達で魔力を補うって》

「…………なるほどな」


 話が一区切りして、俺はひとり話の内容を整理した。

 話している時の様子を見た限り、マーは嘘はついてないようだ。筋も通ってるけど、『ラッキーベル』のことを話さなかったことから見て、全てを話しているわけじゃなさそうだ。

 探ってみるか…………いや、今はモーメが先か。


「察するに、モーメが盗んだ『マジック・クリスタ』を、今はヒューニが持ってるってわけか」

《うん。あの姿は間違いなくキューティズの鎧だし、あの子が『マジック・クリスタ』を持ってるのは間違いないよ》

「そうか……けど綾辻さん達の銃や杖と違って、武器が大鎌とは随分と物騒な装備だな」

《ううん、あれはキューティズの能力じゃないよ》


 ……なんだと?


「じゃあ、何だ?」

《ごめんなさい。それは私にも分からない》


 マーは首を横に振った。俺は申し訳なさそうにしょぼんとしたマーからモーメに目を移す。


「お前は知ってんのか?」

《誰が言うもんか!》


 どうやら、知ってはいるらしい。

 これが人間相手となれば、拷問するという手もあるが、視認できる者が限られている上、情報源が1つしかないのでは嘘をつかれた時に確かめる術がない。

 ハデスはニャピーの敵なのに、何故コイツはヒューニに味方するのか。その目的は何か。ヒューニの正体は誰なのか。

 訊きたいことはたくさんあるけど、残念ながら、現状コイツから情報を得ることは期待できない。


「一通り、話はできたかしら?」


 俺が熟考していると、部屋の外にいた玲さんが声をかけてきた。着けている防護マスクのせいで声がこもっている。彼女の背後では、何かのアラームのような音が鳴って、エージェントが一人部屋を出ていった。


「とりあえず、対象の処遇について話したいのだけど、その対象……モーメって言ったかしら……モーメの面倒だけど、水樹に一任しようと思うの」

「……は?」


 玲さんの言葉に、俺はキョトンと口を開けて固まる。横にいる綾辻さんもそれを聞いて目を丸くしていた。


「正直に言うと、対象を認識できない私や他のエージェント達じゃ、かなり手に余る。捕虜としてここにずっと置いておくより、貴方達のそばの方が都合が良いと、私は判断するわ」

「ヒューニをおびき出すエサにでもする気ですか。その前に逃げられますよ?」

「構わないわ。もし逃げたら、後を追ってヒューニの居場所を特定すれば良いし、逃がしたら逃がしたで振り出しに戻るだけで私達にとってマイナスではないわ」


 そこまでかよ……。

 この部屋の空調や計測機器、監視システム等々と、どうやらコイツをここに置くと、よほど管理費がかさむらしい。


「まぁ、コイツは俺が連れてきたわけだし、俺が面倒を見ることに異論はありませんけど、流石に四六時中そばに置いとくことはできませんよ。学校もあれば、沙織達もいますし……」


 モーメが俺のそばにいれば、どうやっても沙織達の目につく。そうなれば、俺がハイドロードであることがバレるのも避けられないだろう。バレなかったとしても、ややこしい事態になることは間違いない。


《“変身魔法”を使えば?》

「ん?」


 マーが静かに口にした言葉に、俺は何の事だと目を向けた。


「どういうこと、マーちゃん?」

《モーメは色んな生き物に姿を変える変身魔法が得意なの。その姿はマジックスターでも右に出るものはいないと言われるほどだったんだ》


 なるほど、それは確かに便利そうだ。

 だが、仮に姿を変えることができたとして、コイツが大人しく言うことを聞いてくれるか……。

 俺は再度モーメを見る。顔を俺達から背け、目や口をキツく閉じている。とても言うことを聞いてくれるような様子ではない。


「…………仕方ない」


 俺は大きなため息をひとつつくと、モーメの方へ向き直った。


「おい、モーメ」

《……なんだよ?》


 俺が声を掛けると、モーメは身構えたように素っ気ない態度で返す。


「お前をここから出すが、今から言う条件に従ってくれれば、ある程度お前の要求を聞いてやるが、どうする?」

《なんだ、その条件って?》

「逃げ出さない。ここにいるメンバー以外に正体を見せない。この2つだ」


 指を二本立てて言った俺を、モーメは疑いの眼差しで睨む。


《もし断ったら?》

「頑丈な金庫を買ってきてそこにブチこむ。最悪、一生日の光を拝めなくなるかもな」

《っ!》


 俺は何の躊躇いもなく言い切った。モーメは目を大きく開けて、ごくりと唾を飲む。


「けど、従ってくれる限りは衣食住を保証する。ちゃんと三食飯も出すし、あんぱんだろうが饅頭だろうが出してやるよ」

《マジでッ!》


 あっ、そこに食いつくんだ。

 けど反応したのもつかの間、モーメはしまったという顔をしてすぐに何もなかったように取り繕う。


《じゃなくて……嘘じゃないだろうな? そうやって俺を油断させて、情報を引き出そうとしてるんだろ?》

「否定はしない。けど情報を吐くかどうかはお前次第だし、素直に従ってくれている内は、俺も下手に尋問したりしない。それじゃあ不満か?」

《……むぅぅ》


 モーメは眉間にシワを作り渋い顔で悩む。およそ1分ほど、うなされたように声を響かせていたが、やがて結論が出たのか、顔を上げて俺の方を見た。


《わかったよ》

「よし、決まりだな」


 渋々了承したモーメに、俺は頷く。部屋の外を見ると、早速玲さんがどこかに電話をかけていた。


「けど水樹君」

「ん?」

「モーメ君に何かに変身してもらうとして、一体何に変身してもらうの?」

「そうさなぁ……」


 綾辻さんに訊かれて、俺は首を傾けながら考える。

 一般人はニャピーが見えないから良いとして、犬や猫に化けられても、いきなりそんなのを学校に連れていくようになったら、沙織達も不審がるだろう。


 何か良い動物はいないだろうか……?


 なんとなく辺りを見ながら考えていると、ふと部屋の隅に置いてあった“スネークロッド”が目に入った。






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