第71話 ニャピーの再会……そんなことより、あんパン?







 地下駐車場から建物内に入り、スネークロッドを肩に乗せた俺とマーを肩を乗せた綾辻さん、そして玲さんは、警備ルームの隣にあるセキュリティゲートを通った。俺と玲さんは顔認証、綾辻さんはICカード認証だ。

 セキュリティゲートを通るとすぐに、エレベーターの扉が並んでいるのが見える。俺達は手前にある小綺麗なエレベーター……ではなく、奥の方に隠されたように設置されたエレベーターに乗り込んだ。こっちの扉と乗り場ボタンは周りの壁と同じようなデザインで作られているため、初見ではまず気がつかない。そんな簡単な侵入者対策が成されている。そして本部の重要なエリアや階に行くには、このエレベーターでないとたどり着けない仕組みだ。

 俺達三人はそのエレベーターに乗り込んで上階へと向かう。静まり返ったエレベーター内では、綾辻さんが視点をあちこちやって少しソワソワしていた。ここには何度か来ているはずだが、一人だけだとまた違って緊張するのだろう。車の中でもそうだったけど、ここに来ていよいよ挙動が目立つようになった。肩に乗っているマーも同様だ。

 この調子じゃ、聞きたいことも訊けないだろうな。

 仕方ない、少しフォローするか。


「それで、どこ行くんですか?」

「……“マテリアルルーム”よ」


 玲さんがチラリと俺を見て答える。俺が気を使って話しかけたと察してくれたらしい。


「開示範囲は?」

「明智長官が言うには、私と貴方に任せるとのことよ」

「は? 良いんですか? 玲さんはともかく、高校生ですよ俺」

「彼女達の件は半分貴方の管轄でもあるし、高校生とはいえ貴方は四神の一人。それだけ長官の信頼が厚いと思いなさい」

「……了解」


 隣に立つ綾辻さんに見られながら俺は頷く。すると突然、玲さんのケータイが鳴った。3コールの後、玲さんは電話に出た。


「はい……えぇ、今は本部に……はい、そうです……そうですか、わかりました」


 淡々としたやりとりの後、玲さんはケータイを仕舞いながら、追加でエレベーターのボタンを押した。


「予定変更よ。松風さんが遅れてるから“マテリアルルーム”は後。先に綾辻に“対象”と会わせるわ」


 どうやら今の連絡は松風さんだったようだ。

 ガーディアンズがこれまで関わってきた事件や記録は、サーバールームの隣にある“マテリアルルーム”で閲覧することができる。本来であれば、そこで綾辻さんにいくつかの情報を開示するつもりだったのだが、松風さんが遅れたことで後回しになったらしい。

 指定した階に着いたエレベーターだったが、玲さんは改めてボタンを押して扉を閉めた。そして再びエレベーターが動き出す。


「松風さんって、確か『玄武』の?」

「なんだ、知ってるの?」

「あっうん。テレビでも何度か見たことあるし。何よりほら、沙織ちゃんが……」

「あぁ……」


 綾辻さんの説明を聞いて、嬉々としてヒーロー話をする沙織が簡単に思い浮かんだ。


「その松風さんが、どうかしたの?」

「あぁ、それはな……」


 本来なら、綾辻さんにはマテリアルルームで情報を渡そうとしていた。けど、そのマテリアルルームをはじめとするガーディアンズ本部の機密エリアへ、綾辻さんのようなゲストを入れるには、一人につき一定の権限を持ったガーディアンズのエージェントが最低3名同席しなければならない。

 よって、松風さんが遅れたとなれば、このままマテリアルルームに行っても、セキュリティが解除されないので完全な無駄足となる。

 そんな事情があって、急遽、玲さんは行先を変えたわけだ。


「……というわけ」

「そうなんだ」


 一連の経緯を綾辻さんに話している内に、エレベーターは目的の階に到着した。

 俺と綾辻さんは玲さんの後を追って外へ出る。エレベーターを出て、まず目についたのは薄暗い通路だ。ここはガーディアンズのエージェント自身が定期的に掃除しているため、外の人間が立ち入れるエリアと比べてそこまで小綺麗ではない。

 そんなお世辞にも表の人間が来るところとは思えない通路を、答えの分かった迷路を進むように歩いて行くと、玲さんはとある扉の前で立ち止まった。そして扉の横に付いた操作盤にパスワードを入力して自動扉のロックを解除する。


『Hello、Hydlord!』


 俺がいたことでアナウンスが鳴ったが、玲さんと俺は気にすることなく中へと入った。少し遅れて綾辻さんも続く。中は薄暗い通路とは打って変わって、明るく清潔感のある空間が広がっていた。

 綾辻さんは室内と通路の明るさの差に一瞬目をくらませたが、すぐに慣れて辺りを眺める。何に使うか分からない機械。薬品や書類が並んだ棚。実験に使うと思わしき作業台に、デスクとイス。そしてその奥には、厚いガラスを挟んで、もう一つの大きな部屋がある。その部屋の作りと光景を見て、まるでドラマで見た病院の検査室みたいだと綾辻さんは思った。

 そこに今、白い防護服を着た研究員が数人と玲さんと同じ格好の武装したエージェントが二人いる。


「対象の様子はどう?」

「相変わらず目視はできませんが、計測器から反応は感知できていますので、逃走はしていないようです」

「死んでないでしょうね?」

「現状の我々の技術では、対象の生死は確認できませんので、なんとも……」


 そんなやり取りをしている玲さんと研究員の横をすり抜けて、俺は空いているデスクに鞄とスネークロッドを置き、ガラスの向こうへ目を向けた。

 ガラスの向こうには透明なケージがひとつ。まるで宝物庫に大事な宝石を保管するように置いてある。その周りには鉄の棒をアンテナにしたような計測機器が置かれていた。


「おいおい……!」


 ケージの中にいる生物の様子を見て、俺は思わず声を洩らす。同時に、鞄を置いた綾辻さんがマーと一緒に俺の隣に立ってケージの中を見た。


《えっ! “モーメ”?》

「えっ!」

「あっ、なんかヤバそう」

「えっ! えっ?」

「すみません、ゲージ開けてください」

《モーメが何でこんなところに?》

「えっ、えっ、なになに? どういうこと?」


 こちらにまったく反応を示さないニャピーを見て、俺はすぐにガラスの扉とケージのロックを解除するように指示した。

 突然の指示に研究員は吃驚した様子だったが、急いでフルフェイス型の防護マスクを装着してロックを解除した。よく見ると、玲さんと二人のエージェント達も同じ防護マスクを着けていた。

 ガラスの扉が開き、俺はすぐにケージへと駆け寄った。中央にいた黒紫色をしたニャピーはケージの中でぐったりとしていた。マー曰く、コイツの名前はモーメというらしい。


「おい、大丈夫か?」

《……うぅぅん》


 良かった。生きてるっぽい。

 呼吸、体温は……まぁ、正常。そして、若干の発汗と手足の震え。


「これは、何かの病気か?」


 俺が色々と邪推していると、ぐぅぅぅっという大きな音が鳴る。その音が鳴った場所は、モーメのお腹だった。


「なんだ、ただの空腹か。ってか、えっ!」


 俺は玲さんと研究員達に目をやった。


「あの、コイツをここに入れてから、食事って?」

「あぁ、そういえば与えてませんでしたね。対象を認識できない我々だけでは、下手にケージを開けることはできませんでしたので」


 研究員の一人がマスクでこもった声で答えた。

 つまり、およそ三日間、コイツは絶食状態だったわけか。それはお腹も空くわな。


「すみません、急いで適当な食料を持ってきてくれますか? どうやら対象が飢餓状態のようです」


 俺が指示を出すと、目があったエージェントの一人が頷き、部屋の外へ出ていった。その直後、俺は昼に玲さんが奢ってくれたパンの余りが鞄にあることを思い出した。

 俺は急いで鞄からパンが入った袋を取り出して、余っていたあんパン(こしあん)をモーメの口元に持って行った。


「ほれ、食え」

《うぅぅ。お、オイラは敵からの情けは受けないぞ》


 ……面倒くせぇ。


「良いから、食えッ!」

《むぐぅぅぅ!》


 俺は渋るモーメの口にあんパンを押し当てる。最初は口を力強く結んでいたモーメだが、俺は無理矢理こじ開けて口に入れ込んだ。口内まで入ると、本能なのか空腹に負けたのか、モーメは素直に咀嚼してゴックンと胃に流し込んだ。


《うっ!》

「う?」


 一瞬、パンを一口食べたモーメの動きが止まる。


《うめぇぇェェーーーー!》


 大声を上げながら、モーメは飛び跳ねてケージの上に立った。


《うめぇぇ! なにコレ! なにコレ?》

「あんパン」

《あんパン、チョーうめぇ!》


 あんパンでこんなに喜ぶヤツ、初めて見たな。


「ほれ、全部食え」


 残ったあんパンを差し出すと、モーメは両手で持ってむしゃむしゃと食べ始めた。自身の体と同じくサイズくらいあるあんパンを、モーメは口を大きく開けて食らいつき、頬張る。


《モーメ、何でここにいるの?》

《グっ! まぁふぁはふぉひへほほひ!》

「食うか喋るか、どっちかにしろ」

《……もぐもぐ》


 食べるのかよ。


「マーちゃん、この子と知り合いなの?」

《うん》

「どうせ同郷なんだろ?」

《うん、そうだよ》


 綾辻さんの後に俺が問うと、マーは同じく頷いた。


「そうなんだ……ってえっ! 水樹君、マーちゃんが見えてる?」

「あぁ、実はこの前から見えるようになった」

「《うそぉ!》」


 綾辻さんとマーが声を揃えて驚く。なんか、少し混沌としてきた。

 ガラスの向こうでは、玲さんが研究員達と目を合わせた後、お手上げだとため息をついていた。ニャピーを認識できない彼女達には、俺と綾辻さんが空のケージを前にあたふたしているように見えていた。






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