第74話 いざマテリアルルームへ!明かされるハイドロードの過去!





 松風さんと悠希、俺に続いて、綾辻さんは中へ入った。彼女の後ろに玲さんが続く。

 中に入ると、まず壁一面に設置された大きなモニターと、デスクに置かれたたくさんのモニターが目についた。綺麗に並んだモニターの画面にはすべてスクリーンセーバーとしてガーディアンズのロゴが表示されている。他にあるものといえばオフィスチェアくらいで、キーボードやマウスなどは一切見当たらない。

 俺達の他には誰もおらず、閑散としているようにも感じられるが、ドラマや映画で見る指令室のような光景に目を奪われ、綾辻さんは周りを見回す。

 そして綾辻さんは、大型モニターのある壁の反対側の壁が一面ガラス張りになっていることに気が付いた。


「《わぁぁ!》」


 ガラスの向こうの景色を見て、綾辻さんはマーと一緒に声を洩らす。

 そこからはいくつもの大型コンピュータが並んでいるのが見下ろせた。部屋の広さはおおよそ俺達の高校の体育館と同じくらい。コンピュータ室や教室とは比べ物にならないほどの広さだ。壁や床、部屋の灯りは白に統一され、それが黒いコンピュータの色を際立たせている。

 生き物の気配など一切ない空間だが、その無機質さが綾辻さんの眼には神秘的に映っていた。


「ここがマテリアルルーム。そして、あの独自に開発したコンピュータ“八咫やた”には、ガーディアンズにある全てのデータが入っているわ」

「へぇぇ」


 綾辻さんがコンピュータに見入っている後ろで、玲さんは口で説明しながら、クリップボードのような薄い電子端末を俺に渡してきた。

 これは大型コンピュータを操作するコンソールだ。俺は玲さんの『貴方が説明しなさい』という意図を察して、渋々と受け取った。


《何にも見えねぇ》

「見なくて良いよ」


 俺は腕にいるモーメに小声で言い聞かせながら端末を操作し、壁一面の大型モニターの画面を切り替える。画面が切り替わったことに気づき、綾辻さんはモニターに向かって振り返った。

 いつの間にか、悠希と松風さんは近くにあった椅子に腰かけていた。悠希は背もたれに身を預けながら手を後ろに組んでいる。松風さんは柔らかい笑みを浮かべながらシュッと背筋を伸ばして座っていた。

 綾辻さんも玲さんに促され、近くの椅子に座った。両膝の上に手を置きながら背を伸ばす姿は、前回の会議室での彼女を見ているようだ。


「すぅぅ……それじゃあ、はじめるか」


 俺はゆっくりと息を吸ってコンソールを指先でつついた。

 すると、薄暗かった室内のあちこちにホログラムが投影される。青白い光の粒子はガーディアンズの立体ロゴを描いた後に、俺の操作に従ってコンピュータに保存されていたデータがファイルの像となって出現する。その数はおよそ数百以上。出現したファイルの像は部屋中に散りばめられ、まるでプラネタリウムの星々のようになった。


「わっ!」


 ホログラムに驚いたマーが声を響かせる。声こそ出さなかったが、ホログラムの動きに綾辻さんも目を奪われていた。

 ファイルの像の中には、そのひとつひとつに事件の内容や調査結果、使用兵器や関係人物など、その他細々とした情報が文章や表、図として集約されている。


「とりあえず、悠希と松風さんもいるから、一から話して行きますね」


 やがて展開されたファイル群の中で、俺が検索したファイルが俺の手元にやってくる。


「先日、変化人間のヒューニが俺に接触してきました。目的は恐らく俺に付けていたと思われる仲間の発見および回収。目的達成には至らず戦闘もありませんでしたが、俺が彼女と接触したのを、綾辻さんに見られ、あわせてハイドロードであることが露見しました。よって俺は正体を明かし、本日、情報共有のため、この場を設けた次第です。綾辻さんには“ハイドロード計画”と“ムナカタ作戦”について内容を開示しようと考えています」

「ふーん」


 悠希が興味なさそうに頷く。松風さんはニコニコと笑みを浮かべていた。

 俺はファイルを開き、早口で報告を続けた。ファイルが開くと、大型モニターに俺がハイドロードになるきっかけとなった事件のすべてが表示された。




 ***




 始まりは、一年と三カ月ほど前。4月10日、18時26分ごろ。高宮町で誘拐事件が発生しました。犯人は指定暴力団紺青会に属する男二人。被害者は高宮第一高校の男子高校生の水樹優人……まぁ、俺なんですけど。犯人の二人は下校した被害者が一人になったところを背後から近寄って頭部を殴打。動けなくなった被害者を拘束し、そのまま車に押し込み連れ去りました。


 二人が向かった先は、高宮町から南方へ数時間車で走ったところにある山中の地下実験施設。そこで二人は被害者と金の受け渡しを行い、逃走。その後の行方は現在も分かっていません。

 そして、被害者の身柄はその施設の管理者である科学者、宗田そうだ克海かつみへと渡りました。宗田は被害者の他にもやくざやチンピラに拉致誘拐を依頼し、全国から人を集めていました。その数は、およそ30人。対象は子供から老人まで性別を含めバラバラでした。


 誘拐事件の翌日、宗田は実験施設にて、集めた人達を使って彼が立案したひとつの計画を執行しました。

 それが“ハイドロード計画”。その内容は『異界の生物』から採取した“特殊な細胞”を人間の体に埋め込み、常人を特殊能力を持った超人に改造するというものです。この改造によって変化した人間は、身体能力が飛躍的に強化するのに加え、水の中でも陸上と同じように活動でき、かつ水を操ることができるようになります。その水中活動に特化した超人を、宗田はハイドロードと呼称したようです。

 宗田がこの“細胞”をどこからどうやって入手したのかは依然不明のままですが、彼が所持していた“細胞”は、この計画にてほとんど使われ、残ったものは“ムナカタ作戦”にて抹消されているので、現存しているものはありません。


 計画では、誘拐した対象30人全員に細胞を注射した後、細胞を適合させるため対象を一人一人檻の中に入れ、施設の巨大水槽に沈めました。

 計画中、注射によってアナフィラキシーショックで半数が死亡。その後、細胞に適合できなかった10人が水槽の中で溺死。残った5人の内、4人が錯乱状態になり、その場で




 ***




「うっ!」


 そこで一旦、俺は説明を止めた。うめき声に視線を向けると、綾辻さんが顔を青くして口元を押さえていた。

 大型モニターを見ると、宗田克海の顔写真の他に、事件後にガーディアンズが撮影した施設の写真や、回収した計画の記録映像の写真がいくつも投影されていた。計画の記録には死亡した人間の様子がモザイク無しで写っているものもある。

 俺は、青色に変色した死体や鼻や口から水を出した死体が並べられている写真を、すぐに画面から消した。


「……お前、よくそんな淡々と話せるな」


 悠希が目を細めて俺を見る。松風さんや玲さんは特に取り乱した様子はないが、彼女は少し引いているように見える。


「悪い、配慮が足らなかった……大丈夫か綾辻さん?」

「う、うん……大丈夫、続けてください!」


 顔をぶんぶん横に振って活を入れ、綾辻さんはまっすぐ俺を見た。

 綾辻さんの覚悟に応えるよう、俺は説明を再開した。




 ***




 計画を終えた後、宗田は生き残った一人を手下として操れるように洗脳しようとしました。

 ここでガーディアンズが介入。事前に宗田を追っていた特捜から指揮権を移行してもらい、宗田克海の逮捕と誘拐された人達の救出を目的とした“ムナカタ作戦”を実行。先代の『青龍』を隊長としてガーディアンズの制圧部隊が施設へ突入しました。

 宗田が対象への洗脳を始めると同時に、部隊が施設内へ突入を開始。先代『青龍』とエージェントによって宗田は拘束され、部隊は実験施設を制圧。被害者を保護し、作戦は終了しました。

 ガーディアンズは支援部隊を現地に送り、宗田の護送を試みました。しかし移動の途中、宗田は手錠に細工して拘束をほどき、見張りをしていたエージェントから武器を強奪して人質にしました。


 人質の解放条件として、宗田はハイドロードの身柄の引き渡しを要求。

 本来であれば犯人との交渉はしないのが鉄則ですが、被害者本人の進言もあって、先代『青龍』は宗田の要求を受け入れました。

 しかし、人質とハイドロードの交換中、宗田は手に持った武器を使い、人質に向かって発砲。幸い、人質に怪我はありませんでしたが、この時、人質を庇った『青龍』が重傷を負いました。


 その後、現場の混乱に乗じて、宗田は逃走。部隊は彼の後を追いましたが、現場指揮が負傷したのと現場が山中であることもあって、宗田の行方は追い切れず、今も逃走中です。

 以降、ガーディアンズではこの一連の出来事を“宗田事件”として記録しています。




 ***




 話を終え、俺は息をつきながら肩を少し落とした。


「そんなことがあって、この事件の後、俺はハイドロードとしてガーディアンズに所属したってわけだ」


 それまで丁寧で早口な口調を変え、俺はいつもの調子で綾辻さんに声を掛けた。綾辻さんは何か凄いことを聞いてしまったというように、目を見開いたまま椅子の背もたれに身を預ける。

 すでに内容を知っている松風さんは真顔だが、緊張や戸惑いなどは一切見られず平然としている。

 “宗田事件”の内容を初めて聞いた悠希は、無表情で大型モニターに映っている写真を黙って見ている。

 玲さんは隅で目をつむって片腕を撫でていた。




 しばらくマテリアルルーム内を沈黙が支配した。





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