第68話 いざ、魔法少女とヒーローの同時変身!
時間は戻って、現在、期末最終日の放課後。
先日と同じように、俺と綾辻さんは玲さんの運転する車に乗っていた。偶然にも俺が助手席の後ろ、綾辻さんが運転手の後ろと、座っている場所も同じだ。俺は流れていく窓の外を眺め、綾辻さんは膝の上にいるマーを抱えながらフロントガラスに映る風景を見ている。
小道から大通りに出たところで、綾辻さんは運転席の玲さんへ目を向けた。
「あの……私達、どこに行くんですか?」
「ガーディアンズ本部よ。そこで情報を開示する。その後、綾辻に会わせたいヤツがいるから会ってもらうわ」
「えっ?」
綾辻さんとマーが揃って首を傾げる。
「会わせたい人? 誰ですか?」
「……行けば分かるわよ」
瞬間、玲さんの視線がチラリとフロントミラーへ動いた。
「水樹君は知ってるの?」
「いいや……けど、大体予想がつくけどな」
最後は綾辻さんから顔を逸らして小声で言う。車内の走行音にかき消えて、綾辻さんにその声は聞こえなかった。
***
しばらく車は大通りを進み、あと少し行けば高宮町から出る交差点に差し掛かる場所まで着いた。そこから最寄りのインターを目指して高速道路に入り、県境を超えて東京まで行く流れだ。
《……っ!》
「ん? どうしたの、マーちゃん?」
ふと、マーが何かに反応してピクッと動いた。綾辻さんは自身の膝の上で前方を凝視し始めたマーを見下ろし、俺はその様子を横目で見る。
「……ッ!」
「ドワッ!」
「きゃッ!」
マーの反応に意識を向けていると、急に玲さんがブレーキを踏んだ。タイヤと路面が擦れて甲高い音が響く。急停止によって勢い余った俺と綾辻さんの体は大きく揺れ、シートベルトに引っかかった。
「なんだ?」
「どうしたんですか玲さん?」
「分からない。前の車が急に……!」
前方を見ると、赤信号でもないのに二車線上にあるすべての車が停止していた。逆に、反対車線は車が一台も走っていない。いつまで経っても前へ進まない前方の車に、クラクションを鳴らし始める者もいた。
この不自然な状況に、俺と綾辻さんも不穏な空気を感じ取った。
《ハデスの気配がする!》
「えぇ! ハデスが!」
「まったく、面倒ね」
綾辻さんの言葉を聞いて、玲さんも状況を察したようだ。直後、前方から騒音が聴こえてきて、周りから悲鳴がこだましてきた。そして同時に、周りにいた通行人や前の車に乗っていたと思われる人たちが怯えた表情で逃げてきた。
俺達三人は車から降りて、周りの状況を把握する。車から降りると、交差点近くにある車が煙を上げているのが見えた。わずかだが、その中心で暴れている何かの姿も見える。多分、あれが新手のノーライフだろう。
「化け物がいるぞ!」
「逃げろォ!」
周りの車に乗っていた人達も続々と降りて、車線と反対方向に逃げ始めた。玲さんの車を横切るように逃げていく人の中には、派手に転ぶ人もいた。俺は転んだ人の手を取って起こし、早く逃げるように指示する。
「私は市民を避難させる。敵は貴方達に任せるわ」
「了解」
「は、はい!」
俺達の返事を聞いて、玲さんはすぐに行動に移った。周りの車の窓や屋根をたたき、まだ車内に残っている人達や、出たは良いもののどうしたら良いのか解らず立ち尽くしている人に避難するよう叫ぶ。
「皆さん、こっちへ! 早く車降りて! そこォ、動画撮ってないで逃げなさい! 死にたいの!」
避難誘導しながら一般人をその場から逃がす玲さんを見送って、俺達二人は敵の方向へ走った。
ノーライフがいると思われる地点に近づいて行くほど、人影は減って車道には無人の車だけになっていく。止まっている車は、無傷のものもあれば、衝突してフレームがへこんだり、エアバックが作動しているものもあった。
やがて俺達は襲撃地点である交差点まで辿り着いた。周辺は舗装された道路が崩れ、大破した車が転がって火と煙をあげている。辺りを見渡すと、一部の建物も半壊していた。
「相変わらず派手なことで」
「……ひどい」
俺と綾辻さんが現場の様子を確認していると、一台の車が爆ぜて黒煙が上がる。そしてその黒煙の中から、この惨状を作ったであろう生物が姿を現した。
これまでの個体と同じく、マスコットチックな虫らしいフォルムから判断して、間違いなくコイツもノーライフだろう。
「グオォォーーッ!」
そのノーライフは俺達に気づくと、威嚇するように大きな雄叫びを上げた。
虫というにはあまりに大きい体。その体から生えた6つの手足に、鋭い爪。銃弾も弾きそうな装甲。ここまでは今までのノーライフとほぼ同じ特徴だが、目の前にいるノーライフの頭部には象徴的な角が生えていた。
「蜂の次は、カブトムシかよ」
そのノーライフの姿に、俺はぼそりと呟いた。といっても、俺の知っているヤマトカブトとは全然違う。
大きさもそうだが、顔の部分には獣のような口と牙がついており、黒い装甲には曼荼羅のような模様が描かれている。吹き飛ばされえた車から察するに、パワーもかなりあるだろう。
しかしどんな相手でも、コイツ等から町や市民を守るのが俺達の仕事だ。
「行くぞ、綾辻さん」
「うん。マーちゃんは隠れてて」
《分かった。気を付けてね》
俺と綾辻さんは横に並んで、真剣な顔つきで敵へと向き直る。そして綾辻さんは変身アイテムである宝玉を取り出し、俺は手首につけた腕時計の文字盤に触れた。
「マジックハーツ、エグゼキューション!」
綾辻さんが変身呪文を詠唱する横で、俺は腕時計のシステムを起動する。
宝玉から発せられた桃色の光が綾辻さんを、腕時計から出てきた特殊素材のスーツが俺の体を包む。
光に包まれた綾辻さんのシルエットはマジック少女戦士の姿に変化し、スーツを着た俺の体の各所にはシステムが生成したアーマーやマスクが装着された。
徐々に閃光が消えていくと、そこには綾辻さん改め“キューティ・スプリング”が現れる。それと同時に、俺の“ハイドロード”スーツも装着を終えた。
「………」
「………」
綾辻さんと俺は、お互いの変身した姿を一瞥する。お互い、すでに変身後の姿は見慣れているはずだが、こうして見ると少し目新しささえ感じる。
「行くぞ」
「うん!」
そして、キューティ・スプリングとなった綾辻さんとハイドロードとなった俺は、目の前の殺気立ったカブトムシのノーライフに向かって身構えた。
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