第69話 春水の2対2バトル!





 カブトムシのノーライフは、スプリングと俺を見ると、鋭い牙をガチガチと鳴らして威嚇してきた。見た目から推測して、ヤツの攻撃手段は頑丈なツノと体を使った頭突き、あと鋭い牙と爪による斬撃だろう。カブトムシモチーフなところから判断すると飛翔して突進してくる可能性もある。

 普通自動車サイズの虫がそんな攻撃をしてきたらどうなるか。常人であれば体が潰れたトマトみたいになるのは想像に難くない。


「ガーディアンズ本部、こちらハイドロード。スネークロッドの輸送を要請する」

『こちら本部。了解、二分後に誘導弾を発射する』


 俺が通信機での要請に、本部から承認の連絡が返ってきた。理由を訊いてこない辺り、すでに玲さんから戦闘が始まっていることが報告されているのだろう。

 ここから本部までは、およそ三分ほど。スネークロッドが来るまで計五分ほどだ。だが、それまで敵が悠長に待ってくれるわけもない。


「よし……俺がヤツの気を引く。スプリングは射撃で敵の牽制と追撃を頼む」

「う、うん。わかった! ウィンドガンナー」


 スプリングが頷いて自身の武器を取ると、俺は敵へ向かって走りだした。

 俺が距離を詰めるのを見て、ノーライフも臨戦態勢を取る。前足を浮かせてツノを構えると同時に、まるで四足歩行の獣のように牙をむき出しにする。

 野生のライオンや虎が草食動物を狩る時は、おそらくあんな顔をしてるんだろうな。

 しかし、ノーライフに噛みつかれる直前に俺は上方へと飛んだ。


「せぇー、のッ!」


 俺はカブトムシのツノの先端部分を掴み、跳び箱を飛ぶように腕を曲げ伸ばしして更に大きく飛び上がった。ノーライフの頭上を取った俺は、落下する勢いと体を捻る力を利用して足を振り下ろす。

 俺の回し蹴りは光沢のある敵の外皮に直撃し、大きな音と風圧が辺りに広がった。


「ッ!」


 しかし、電撃が走ったような足の痛みに、俺は思わずその場から離脱する。


「イっテェ!」


 俺は痛みを誤魔化すように何度も地面を蹴った。俺の足の痛みとは真逆に、敵にダメージが入った様子はない。体には傷やへこみも見受けられず、まったくの無傷だ。予想してはいたが、敵の装甲は桁外れに硬かった。

 だが俺がノーライフを飛び越えたことで、スプリングと敵を挟む形となった。


「スプリング・ブレット!」


 敵の体はデカく、動きはそんなに速くない。スプリングの放った弾丸は全弾ノーライフに直撃する。

 敵の姿が爆炎の中に消えるが、広がった煙はすぐに風に流れていった。魔法少女の魔法攻撃はノーライフにも効果があるはずだが、敵はまだ健在だ。目に見えて分かるダメージも入っていない。

 ノーライフはのっそりと動き、俺の方に顔を向けた。


「我が名は、ビーストル」


 カブトムシのノーライフが喋った。前のカマキリのノーライフ……シクルキの例もあるので、ノーライフが言葉を話すこと自体には特に驚かないが、のんきに自己紹介してきたことに、俺は目を細める。


「貴様のことは、メデューサ様とヒューニより聞いている。魔力を持たないくせに水を操る人間だとな」


 コイツ、武士キャラか?


「……だから?」

「我の相手として不足なし。その命、我が貰い受ける。いざ、尋常に勝負!」


 直後、カブトムシ……ビーストルは角の先端を俺に向け、弾丸の如く一直線に俺に向かって飛んできた。体感的には時速200キロはある。その巨体と細い手足で、どうやってその速さを出したのか謎だが、そんなことを考える間もなく、俺はその場から横に飛んで攻撃を回避した。


「おわッ!」


 受け身を取った俺は、ビーストルが飛んで行った後方に体を向け、膝を付けたまま上体を起こす。すると、突進したビーストルが直線上にあった自動車に突っ込んでいた。車は宙を舞い、カーアクションのワンシーンのように地面を転がる。


「……危なぁ」

「水樹君、大丈夫?」


 敵の技と目の前の光景に俺が軽く引いていると、スプリングが心配して駆け寄ってきた。心配してくれるのはありがたいが、本名呼びは困る。


「あぁ。大丈夫だけど、できれば敵前ではハイドロード呼びで頼む」

「あっ。う、うん!」


 俺とスプリングがそんなやり取りをしていると、またビーストルがこちらを向く。敵の次の行動も気になるところだが、この時俺は、遠くからジェット音が聴こえてきたのに気がついた。


「ほほう、我の攻撃を避けるとは見事な反射神経だ。だがまだまだ我の……」


 ビーストルが話している途中で、ミサイルが飛んできた。弾着した衝撃で土煙が舞い、同時に轟音が響く。


「今アイツ、なんて言ってた?」

「えっ! う、うーん……ごめんね、私もよく聞こえなかった」

「そうか……間の悪いヤツだな」


 地面に突き刺さった輸送用誘導弾を見ながら、俺はイマイチ格好つかないビーストルに同情した。

 輸送用誘導弾のジェット機構と外装がパージして、中に入っていたスネークロッドが出てくる。それと同時に土煙が晴れて、奥にいるビーストルの姿が見えた。


「ぐぬぅぅ! お、おのれェ!」


 よく見ると、ビーストルは弾着の衝撃でひっくり返っていた。胸部が上になって6本足がもぞもぞ動いている。その様子にスプリングは「わぁぁ」と顔を青くした。

 ビーストルは何とかひっくり返った体を戻そうとするが、手足を少し動かしたり体をクネクネさせた程度では動きそうにない。


「なーんかイマイチ締まりがないけど、まぁ良いか」


 気の抜けた姿に追い打ちをかけるのは少し気が引けるが、俺はその隙を突くため、すぐにビーストルに向かって走った。

 敵との直線上にあるスネークロッドを手に取ると、そのまま宙に飛んで振り上げる。

 

「ハァァァァ!」

「ヒャッハーーっ!」


 俺がビーストルの腹にスネークロッドを叩き込もうとした瞬間、何者かの声が響く。何かと思い、そっちに顔を向ける直前、何かが俺の腹部に突進してきた。

 その衝撃の強力さに、肺の空気が一気に外へ出ていくような感覚に襲われた。おまけに、何かにがっちり拘束されて逃げられない。


「っ!」

「水樹君!」


 その勢いのまま、俺は近くにあった建物に打ち付けられた。スプリングがまた声を上げて俺の名前を呼ぶが、この時の彼女の声は、建物が瓦礫となって落ちる音にかき消えて俺には聞こえなかった。


「ヘヘーン、ざまぁ見やがれ! 水ヘビ野郎が!」


 その声の主は羽音を響かせながら浮遊して、瓦礫に埋もれた俺に罵声を浴びせる。

 ソイツはビーストルと同じ巨体を持ち、鋭い牙と爪を持っている。体の構造や色合いは全くと言っていいほど特徴が同じだ。違いといえば、体が少し平たいことと、2本の角がハサミ状に生えていることだ。

 そう。つまり俺に突進してきたソイツは、昆虫で言うところのクワガタ虫の姿をしていた。

 カブトムシのノーライフの仲間で、オオクワガタのノーライフである。


「どうだぁ、ビーストル! この俺様こと、ビッグスタッグ・ビーストル様の殺しぶりをよぉ!」


 そう言って、浮遊しているオオクワガタのノーライフであるビッグスタッグ・ビーストル……以降、ビッグスタッグというが……はビーストルに自慢げな声をかける。当のビーストルはひっくり返っていた体をようやく元に戻して、ビッグスタッグを見上げた。


「敵の様子も確認せずに、浮かれるとは。未熟者め」

「あん?」


 瞬間、瓦礫の中から高速で何かが飛び出してくる。ビッグスタッグはビーストルに意識を向けていたせいで、その何かを避けることができなかった。


「ガハッ!」


 ビッグスタッグの意地の悪い笑みが消える。変わりに、ビッグスタッグは身体に感じる激痛に悶え、自身の胸に突き刺さったスネークロッドを見た。

 

「イテェェ! なんだよォこれはァヨォォォ!」


 まるで何が起こったのか受け入れられないようなビッグスタッグの反応だが、それは地上にいるビーストルも同じだった。なぜなら、彼らの体は鉄の刃で斬られても傷ひとつ付かないほど丈夫で、これまでその体に傷をつけた者など一人もいなかったからだ。


「フッ!」


 瓦礫の中でスネークロッドを投擲した後、俺は空中にいるビッグスタッグに向かって飛んだ。直前まで無駄に大きい声で叫んでいたため、敵のいる方向や位置は簡単に分かった。ビッグスタッグが飛んでいる高さも、およそ建物の3階分くらいの高さだったので、思いっきり跳躍すればなんとか届いた。

 そして一気に間合いを詰めると、刺さったスネークロッドを手に取って体をよじった。すると俺の回転力によってスネークロッドが引き抜かれる。それと同時に、ビッグスタッグの体から黒色の体液が噴き出て、一部が俺の体にかかった。


「ハァっ!」

「ガハッ!」


 だが、そんなことを気にすることなく、俺は引き抜いたスネークロッドを振り回して、ビッグスタッグの体に全力の一撃を入れた。

 鈍い音が鳴って、ビッグスタッグはまっすぐ地上へと落ちていった。地面に打ち付けられたビッグスタッグは道路のアスファルトを破壊して土煙を上げる。

 その後、俺も地上に着地した。


《……すごーい!》

「ホントだねぇ」


 あのぉ、スプリングさん?

 なーんで、呑気に突っ立ってんのぉ?


「スプリング、今だ撃て!」

「えっ! あっはい!」


 俺が指示すると、スプリングは慌ててウィンドガンナーの銃口をビッグスタッグが落ちた地点に向けた。


「スプリング・ウィンド・チャージ!」


 スプリングの呪文によって、桃色の魔力がキラキラ輝きながら収束していき、高いエネルギーを生む。徐々に魔力が蓄積していき、最大まで貯まるとスプリングはウィンドガンナーの引き金に指を置く。

 強いて言えば、ここはそんな大技ではなく牽制する程度の技を使って欲しかった。


「ストームフォース・ソニック!」


 スプリングが引き金を引くと、風の魔力でできた強力な銃弾が発射される。

 直前、俺はスプリングに向かう何者かの影から彼女を守るため地面を蹴った。










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