第62話 作戦終了!けど心はモヤモヤモード?





 進化態が消滅すると同時に、周辺で死にかけていた蜂怪人や巣も塵となって消えた。どうやら事後処理としてキューティズの三人に一匹一匹片付けさせなくて済んだようだ。

 作戦が終了して、アカジシで空を飛んでいた火野さんが撤収していく。俺は東の空に小さくなっていくヘリコプターを見上げながら、作戦中に空対地ミサイルが飛んでこなかったことに安堵する。

 やがて去っていった火野さんのヘリコプターと交代するように、整備班や救護班などの事後処理部隊が現着した。輸送機から降りると、班のエージェント達がそれぞれ班長の命令に従ってテキパキと仕事に掛かった。死体袋を持っているエージェントがいたのが気になった俺だが、サマー達が近くにいたため、詳細を確認することはできなかった。

 そんな様子をしばらく眺めていると、部隊の中にいた一人が玲さんへ歩み寄ってきた。


「事後処理部隊、隊長のエージェント・デルタです。ここからの指揮権は私が引き継ぎます」

「了解。後はお願いします」

「えぇ。お疲れさまでした」


 玲さんと後任の隊長によって、すぐさま形式的な現場の引き継ぎが終わる。

 整備班は現場の調査と片付けを行い、救護班は救護テントを設置して三チームにいた負傷者を治療する。負傷者の多くは作戦中に錯乱したエージェントだ。すでに彼らは鎮静剤を投与されて落ち着いているようだが、救護テント内で簡易検査を受けた後、次々と搬送されていった。

 大事無いと良いが、精神的な負傷は外傷よりもタチが悪い。大丈夫だろうか……。


「あなた達も、後で救護班に診てもらいなさい。特にファング!」


 そう言って玲さんはマスクに罅が入ったファングを指さす。彼女がマスクの下で血を出していたのは、玲さんも察していたようだ。


「あぁ。分かってるよ」

「本当かよ、お前?」

「あなたもよ、ハイドロード。病み上がりなんだから、あなた」

「……了解」


 俺もファングと同じように、玲さんから顔をそらす。特に怪我などしてないが、そう言われると、返す言葉がない。

 俺達に言い聞かすと、玲さんは自身の武器を回収するために工場の中へ入っていった。


「よっ!」


 そんな玲さんと替わるように、エージェント・ファイブ……雨宮さんが中から出てきた。もうすでに武装を解除し、作戦中にあった迫力はもうない。


「雨宮さん、無事でしたか」

「あぁ、何とか今回も生き延びたよ……俺はな」


 雨宮さんは安堵の表情を浮かべた後、やがて悲愴が漂う。その彼の反応から、俺はチーム青の中からも死人が出たのだと理解した。死因は錯乱によるものか、あるいは毒針か。

 いずれにしても、覚悟していたはずだが、仲間が死んだと実感的に理解すると心に重くどす黒い何かが刺さったような感覚に襲われる。


「おいおい、今はそんな暗い顔すんな、彼女達に悟られるぞ。ファング、お前もな」

「はぁ? マスクで表情なんて分からねぇだろうが」

「雰囲気に出てんだよ。葬式みたいな空気がな」

「…………チッ!」


 雨宮さんに指摘され、ファングは舌打ちして身をひるがえした。

 背中に哀愁が……なんてよく言うけど、ファングの様子を見て雨宮さんの言うことがなんとなく分かる。


「それより、魔法少女の三人はどうした?」

「アイツ等ならあっちでへこんでるよ」

「へこんでる? 何かあったのか?」

「敵が胸糞悪い死に方したもんでな」

「どんな死に方だ?」


 雨宮さんに訊かれ、俺とファングは重い口を開きながら説明した。

 死ぬ直前、進化態が人間と同じ知性を身に付けたこと。そして自身が本能として分裂を繰り返したこと、ただ生きたいと渇望して死んでいったこと。

 それを聞いて、雨宮さんは顔を曇らせる。


「……それは、確かにしんどいな」


 進化態の誕生に対して、進化態自身に罪はない。進化態や蜂怪人を生んだのは、ノーライフにマージセルを打ち込んだ雪井だからだ。

 進化態の襲撃に対して、進化態に罪はない。自分の縄張りを侵したものを攻撃するのは、生物としての防衛本能だ。

 そして進化態の増殖に対して、進化態に罪はない。巣食うのも繁殖も、生物としての生存本能だ。

 だから、今回の俺達の作戦は、罪無き生き物を殺したことに等しい。

 動物や虫なら有害生物の駆除で済んだだろうが、人と同じ知性を持ったとなれば、それは“駆除”ではなく“殺人”に近い。加えて前回のシクルキのような人殺しを楽しむような悪なら、殺すための大義名分もたつだろうが、罪無き生き物なら、それはかなり薄れる。むしろ普通の人間なら心に残る罪悪感の方が強いだろう。


「ファング?」


 しばらく俺達の間に沈黙が流れたが、やがてファングがゆっくりとどこかへ歩き出した。


「おい、どこに行く?」

「……さぁな」


 ファングは答えなかったが、彼女の歩く方に誰がいるのか俺には分かった。


「どうしたんだ、アイツ?」

「さぁ。優しい彼女のことですから、カウンセリングにでもしに行ったんじゃないですか」

「はぁ?」


 雨宮さんにそう言うと、スネークロッドを肩にのせて、俺も彼女の後を追うように歩み出した。




 ***





「あれ、アイツどこ行った…………おっ!」


 ファングの後を追っていた俺だが、気がつけば彼女の姿を見失った。けど代わりに、工場の近くあった港で佇む二人の姿を見つけた。

 沙織と綾辻さんの二人とも、変身を解除した姿で水平線を見ている。製鉄所と海、陽の落ちかけた赤みのある空と、そんな風情のある背景に立つ二人は何かと絵になっていた。


「はぁぉ……なんか、スッキリしないなぁ」

「沙織ちゃん、さっきからそればっかりだよ?」

「だーって、ずっと何かモヤモヤしてるんだもん」

《どうして? ノーライフも倒したし、一件落着じゃない?》

「うーん、確かにそうなんだけどさぁ……」

《沙織が勉強以外のことでそんなに悩むなんて、よっぽどだね》

「ちょっとぉ、ミー、人を能天気みたいに言わないでよねぇ!」


 ため息を吐く沙織を綾辻さんが慰めているようだが、綾辻さん自身も表情が暗い。唯一いつも通りなのは、二人の肩に乗っているマーとミーくらいだ。


「あっ、ハイドロードさん!」

「よっ。二人ともお疲れさん」


 二人に歩み寄ると綾辻さんが俺に気がついた。できるだけ明るい口調で声をかけると二人は揃って「お疲れ様です」と返す。

 てっきり三人でいると思ったが、周りのどこにも秋月はいない。


「秋月君は、どうした?」

「麻里奈ちゃんなら、今は一人になりたいって、どこかに行っちゃいました。すぐ近くにはいると思いますし、ムーちゃんが一緒なので、呼べばすぐ来ると思いますけど。用があるなら呼びましょうか?」

「いや、大丈夫だ。一人になりたいって言ってるなら、そうさせてやろう」


 進化態にトドメを刺した秋月とあって、一番心に堪えたのは彼女だろう。

 多分そっちにはファングが行っただろうから、彼女のことはアイツに任せよう。


「二人はここで何してたんだ?」

「い、いえ、ゼロさんから指示するまで待機するように言われたので、適当に待ってただけです」


 明るく元気な笑顔で沙織が答える。

 長い付き合いだ。その沙織の反応が取り繕ったものであるのは、すぐに分かった。


「そっか……二人とも、怪我とかしてないか?」

「いやいやぁ、ハイドロードさんが上手くサポートしてくれたので、元気満々ですよ!」

「私も、ゼロさんが守ってくれたので何とも無かったです」


 綾辻さんも、素直な性格が裏目に出て表情の暗さが隠せていない。


「なら良いが、その割には二人とも表情が暗いぞ?」


 図星をつかれ、案の定、二人の表情が固まる。やはり二人とも、進化態の最後の言葉に、言い知れぬ罪悪感が残ったのだろう。

 二人はうつむき、気まずそうに閉口する。しばらく無言の時間が流れた。その間、俺は二人の隣に立って海を眺めた。海面は夕焼け色に染まり、穏やかな風と波の音がよく聞こえる。


「……あの、ひとつ訊いて良いですか?」

「なんだ?」

「その、ハイドロードさんは、あのノーライフ(進化態)を倒したのは、正しいことだと思いますか?」


 珍しくオドオドした様子で沙織が訊ねてきた。そばにいた綾辻さんとニャピー二匹は、『何を分かりきったことを訊いているんだ?』という眼で沙織を見る。


「あっいや、別に私は、あのノーライフを倒したのが間違いだったなんて全然思ってませんよ! アレが街に出たら罪の無い人達に危害が及ぶのは明らかだったですし! けど、あのノーライフが最後に言った言葉が、なんか引っ掛かってしょうがないって言うか、なんと言うか……」


 急に早口になりながら、沙織は開いた両手を横に振る。そして語尾を濁し、また顔を俯かせた。

 俺は深く考えることもなく、目の前の海の方へまっすぐ向きながら「そうだな……」と口を開く。


「その質問だけに答えるなら、君たちがやったことは正しい。夏目君が言った通り、あの生き物を放っておけば、間違いなく多くの一般市民が犠牲になっていたからな」


 そんな俺の答えを聞いても、二人の表情は晴れない。

 まぁ、そんな表面的な問題の答えが聞きたい訳じゃないのは、百も承知だ。


「けど、君達が気になっているのは、自分達がノーライフを倒したのか……あるいは“人殺し”をしたのか、だろ?」


 俺の問いに、二人は口を閉ざす。

 無言の肯定というか、躊躇した頷きというか……二人は答えを聞くのを怖がるように俺から目をそらしながらも、否定はしなかった。


「……ハイドロードさんは、どう思いますか?」


 やがて意を決して、沙織が重い口を開いた。

 しばらく間を置いて、俺はこれから自分が答える内容が正しいのか思考する。この問いに即答できるほど、俺は経験があるわけでもなければ、この分野の知識に富んでいるわけでもない。

 しかし、少しでも彼女達の抱える悩みを解決に導くために手助けするのが、今の俺の役目だ。


「君達にやってもらうのは、あくまでも有害異生物ノーライフの駆除だ。例えヒトの形をして言葉を喋ろうとも、アレが君たちの敵であるなら『あの生物はハデス、またはノーライフである』ってのが、ガーディアンズの答えだ」

「でも、あのノーライフは」

「確かに、マージセルを打ち込まれたことで、あのノーライフは別の生き物へ進化していたのかもしれない。もしかしたら、話し合いによって共存できた可能性もあった」


 綾辻さんの言葉を遮って、俺は続ける。


「けど、規則や法に明記されていないなら、ガーディアンズはあくまでも進化態アレをノーライフとして扱う」


 そうすることで合法の範囲で処理できるからな。もしあの進化態を人間と同格のコミュニケーションが取れる“ヒト”や異星人の類として扱えば、トドメを刺した秋月は殺人を犯した者として拘束され、明智さんは長官の職を追われる。

 実際には、明智さんや松風さんのことだし、事後処理としてファングが倒したことにするだろうが、表向きにはソレがルールだ。


「納得できません。それになんだか……そんなの、薄情じゃないですか?」

「あやふやなことは都合の良いように解釈するのが社会組織なのさ」


 綾辻さんは目を見開き、口をすぼめるようにつぐんで俺を見る。その眼には微かに憤怒と失望が混じっているように感じられた。


「もし仮に、アイツが人間と同等の存在へと進化していて、あの死に際の言葉が真実ならアイツは何も悪くない。けど、アイツを受け入れられるほど、俺達は強くないし、この世界も寛容さを持ち合わせていない。だから結局、俺達はアイツをノーライフとして倒すしかないんだ」


 そこで言葉を区切り、俺は綾辻さんへ目を向ける。


「今はそういうことにしておいてくれ。俺個人としても、君達に重い業を背負わせたくない」

「…………はい」


 つかの間の思考の後、また綾辻さんの表情が変わる。今度は怒りというより悲哀に近い顔つきになっていた。

 綺麗事や理想論だけでは片付けられない、この世の複雑さや矛盾、無常とかを受け入れるのは、彼女のように純粋で、争いを好まず、優しい心を持つ人間には、特に難しい。

 納得はいっていないようだが、どうやら建前としては理解してくれたようで、綾辻さんはそれ異常、何も言わなかった。





 そういえば、さっきから沙織もだんまりしてるな。


「んぅぅ、ぬぅわぁぁぁぁーー!」

《わっ!》

「えっ何、どうした?」


 そんなことを思っていると、突然の沙織の絶叫に、俺と綾辻さんだけでなく、マーとミーもビックリする。あまりにも唐突だったので、俺も思わず素の声が出た。


「よく分かんない!」


 難しい顔して沙織はハッキリと言い切り、両手で自身の頭をわしゃわしゃと荒っぽく掻いた。漫画的に表現するなら頭からピュシューっと湯気が出ていることだろう。

 どうやら黙々と考え過ぎて、最終的に行き詰まったようだ。


「……ははっ」

「もう、沙織ちゃんたら」


 そんないつも通りの沙織の様子に、思わず俺の口元が緩んだ。綾辻さんも重い空気が薄れ、顔つきがだいぶ柔らかくなる。


「ったく……まぁ、分からないならそれでも良いさ。今すぐ理解することもない」

「むぅ。けどモヤモヤしますぅ!」

「良いんだよソレで。すぐに答えを出すより心に抱えてた方が成長できることもある……って、先代の『青龍』がそう言ってた」


 沙織は「むぅぅ」と口を尖らせるが、ふと耳ざとく反応を示した。


「先代の『青龍』さん? その人って確か」

『ハイドロード、ファング、変化人間を連れてきなさい。本部へ帰還するわ』


 沙織が話している途中で通信機に玲さんからの指示が入った。会話を止め、俺は「了解」と返事をする。


「その話はまた今度な。迎えが来たみたいだ。帰還しよう」


 俺は身をひるがえし、玲さんの元へと向かう。二人とも、もう少し何か聞きたそうだったか、大人しく俺の後を付いて来た。




 ***




 時間は少し巻き戻り、俺や沙織達がいるエリアとは別の海岸。ガーディアンズのエージェント達が作業している工場からやや遠く離れたそこは、現場の喧騒が薄れて、まるでそこだけ切り離されているかのように静かだ。決して無音ではないのだが、それが逆に疎外感や空虚さを強めている。

 現在、そこで一人の少女が目の前の海に向かってポツンと座っている。その少女……秋月は見ようによってはそのまま海へ向かって飛び込むのかと思わせるほど、表情や態度に活気がない。

 パートナーのミーも、心配した様子で彼女の隣に座っていた。


「よぉ」


 そんな体操座りで海を眺める秋月に、いつの間にか背後に立っていたファングが声をかけた。




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