第61話 最終局面!変異ノーライフを殲滅せよ!③
「何ですか、それ?」
「秘密兵器」
サマーの問いに答えると、俺は取り出した“アルティチウム合金”を利き手に持ち、ハンドボールのシュートのように投擲した。二十メートルほど風を切ってまっすぐ飛んだ合金のブロックは、進化態に纏わりついている水に接触すると、飛沫を立てることなく水中へ飲み込まれる。
底無し沼に沈んでいくように、俺の意識に従う水に浸かった合金は、そのまま進化態の傷口に固定された。
「総員、物陰に隠れろ!」
俺の警告を聞いて、玲さんとファングは、それぞれ近くにいたサマーとオータムを連れて物陰へ避難する。この時、二人がアルティチウム合金について何か知らなくても、すぐに対応できたのは、ひとえに二人の戦闘経験の賜物だ。
直後、俺はサマーを庇うように前に立つと、進化態に纏わりつけている水に思いっきり水圧を掛けた。
すると、合金のブロックが高速回転していき、進化態に纏わせている水が『水操作』に反発して膨れ上がっていくのを感じた。球状に広がるような圧をなんとか操作して、進化態の方だけに向くように意識を集中する。
だが、俺が集中したのも束の間、アルティチウム合金は水と反応して凄まじい勢いで爆発を起こした。
「わァ!」
工場内に轟く大きな爆発音と微かな閃光に、サマーが声を上げて驚く。音の大きさとしては、玲さんの対物ライフルと良い勝負だが、こっちの場合、水飛沫も大きく飛び散ったせいで結構派手だ。ちょっとした水族館のイルカショーや遊園地のアトラクションを連想させる。
「馬鹿野郎ォ! ンなもん使うなら、先に言え!」
「アハハぁ、悪い悪い……」
衝撃に巻き込まれかけたことを怒鳴るファングに、俺は苦笑いを返す。
事前にどうなるかは和泉さんから聞いていたが、威力は予想以上だ。
「クォ、ギャ、グラッ!」
今の爆発の影響で、進化態は鉄の壁に押し込まれていた。身体は水……というより、水酸化ナトリウムによって外皮が溶け、アルティチウムの破片によって傷だらけだ。対物ライフルによってできていたクモの巣状に入っていた傷口も、さらにズタズタになっている。その傷口からは赤紫色の体液が流れ出ていた。
「ギシャ、アガっ、ガアァァァァ!」
やがて、マジック反射スケールと呼ばれる装甲が砕け落ちる。外皮が剥がれるのが痛むのか、進化態は金切り声を上げた。外皮がすべて剥がれ、中からはグロテスクな肉の塊が露になった。
「あ、あれは……!」
「マージセルの核か?」
物陰から出てきたオータムとファングが進化態の身体の中から出てきたものに目を見開く。
これまで何度か見てきたマージセルの“核”は、すべてアメーバのようにうねる球体状のものだったが、いま進化態の身体についているのは、人間の心臓のようなものから管が全身へ伸びているような形をしていた。色は炭のように真っ黒で、すごい速さでドクンドクンと脈打っている。
「ッ!」
「うわぁぁ……」
その光景を遠目で見たスプリングとサマーは顔を青くする。だが反対に、近くにいたオータム達二人の判断と行動は早かった。
「ここで決めるぞ!」
「えっ! あっ、はい!」
ファングはもうオータムの肩を軽く叩き、進化態が攻撃範囲内に入るまで走って近づいた。オータムも続いて後を追うと、ファングの隣に立って剣を構える。
「オータム・メイプル・チャージ!」
「ファイターキック」
二人の声に反応して、それぞれバックルと剣が光を帯びる。そしてファングの脚足部には生体エネルギーが、オータムのメイプルブレードには魔法エネルギーが収束していく。
白いプラズマと黄色の魔力光を発生させ、それぞれのエネルギーが極限まで高まると、ファングは空中に飛び上がり、オータムは剣を構えながら地を蹴った。
「ハァァァァ!」
「アースフォース・スラッシュ!」
突き出したファングの足と振り抜いたオータムの剣が進化態に直撃する。そのキックと斬撃によって、二人の貯めたエネルギーが放出され、進化態を吹き飛ばした。
吹き飛んだ進化態は工場の壁を破壊して、そのまま外へと飛んでいく。ファングとオータムの二人も、技の勢いに乗って外へと出ていった。
「おぉ、カッコいい!」
「そうだな。けど今は見惚れてる場合じゃない。ほら、いくぞ」
目を輝かせていたサマーを促して、俺は二人の後を追う。いつの間にか対物ライフルを捨ててベレッタを構えていた玲さんも、スプリングと共に後を追った。
満身創痍とはいえ、油断はできない。蜂怪人をすべて瀕死にしても、ここで進化態を逃がしたら、この作戦のすべてが無駄になる。殲滅の確認は必要だ。
壁に空いた大穴から外へ出ると、日の光に一瞬目が眩む。外の明るさに目が慣れると、地面に倒れた進化態と、その様子を注意深く伺うファングとオータムの後ろ姿が目に入った。
工場の外は、通路部分がアスファルトで舗装されているが、それ以外の隅などは廃棄されたとあって雑草まみれになっている。その劣化したアスファルトの上で、進化態は痛々しい姿でのた打っていた。
「…………どぉ……シぇ」
「あん?」
一瞬なにか聞こえた進化態の声に、ファングが首を捻る。
「……どう、シテ?」
しかし今度は、この場にいた全員が確かにそれを耳にした。
「なっ! 喋った!」
これまでの唸り声や奇声とは異なり、進化態が発した言葉に、サマーが驚く。彼女だけでなく、スプリングやオータム、俺達も目を見開いていた。
「ワ、たしは……タダ……生きた、カッタ……ダケ、なのに!」
「ッ!」
苦痛混じりの声を聞いて、魔法少女三人の表情が歪む。
どうやらここまでの時間で、この進化態は人間と同じくらいの知能を持つほどに進化したらしい。そして、彼の本性か、あるいは同情を誘うための罠か、進化態はキューティズが自分を倒せなくなるような言葉を口にした。
確かに、ノーライフが人間に害を及ぼすのは、彼ら自身が望んでそう生まれたわけではないし、少なくとも目の前の進化態は、ノーライフだった頃から今に至るまで、一般市民を襲ったわけでもない。
純粋に生きたかったと言われたなら、十分同情の余地もある。
「おい、お前の
だが、俺達ガーディアンズの人間には一切迷いは無かった。目の前の進化態を始末するため、ファングはオータムの剣を渡すように言った。
進化態は虫の息。オータムのメイプルブレードを突き刺せば、すぐにでも絶命して消滅するだろう。
言っても剣を渡そうとしないオータムに、ファングは無理矢理にでも剣を奪おうと彼女に近づく。
「待ってください!」
しかし、オータムの反発に、ファングは足を止める。
「分かってるのか? コイツを生かせば、市民に被害が」
「分かってます。だから、私が殺ります」
ファングの言葉を遮ってオータムは言い切った。その言葉に一切の迷いはなく、聞くものに確固たる意志を感じさせる。
そして、それを証明するように、オータムはメイプルブレードを握りしめ、進化態へと歩み寄った。近づいていくにつれ、剣を握る手に力が込もっていくのが分かった。
剣先を自身に向けられ、進化態はその場から逃げようとするが、身体に上手く力が入らないのか、倒れた身体を引きずるだけに終わる。
「やめ、テっ…………グギャっ!」
進化態の悲痛な懇願を無視して、オータムは両手に持った剣をそのまま下へとやる。剣先が腹部に突き刺さり、進化態は短い悲鳴と共に姿を消した。
戦いが終わり、静寂がこの場を支配する。だが、しばらくの間、俺達の耳には進化態の悲鳴が残っているような気がした。
敵の姿が消えてもなお、剣を地面に突き刺したまま静止しているオータムの後ろ姿を、俺達は静かに見つめた。彼女が今どんな気持ちでいるのか、それを理解する者はいない。ただ近くにいたファングだけが、俯く彼女の表情を黙って見ていた。
「……目標の殲滅を確認。現状を持って七色作戦を終了する」
不自然に静まり返った中で、玲さんが作戦の終わりを告げた。
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