第60話 最終局面!変異ノーライフを殲滅せよ!②





 進化態が毒針を発射した瞬間、ファングの前に何者かの姿が現れた。その後ろ姿を見て、ファングは目を見開く。


「ハァァァァ!」


 黄色のコスチュームを着た少女……オータムはファングを庇うように射線上に立つと、手に持った自身のブレードで飛んできた毒針を振り払った。弾かれた毒針は周辺に着弾して土煙をあげる。


「ッ……お前!」

「ハァ……ハァ……ハァ……」


 ファングが痛む身体に鞭を打って立ち上がると、自分を庇ってくれたオータムの背中に声をかけた。オータムはメープルブレードを構えながら、刃を進化態の方へ向けている。此処一番の反射神経と瞬発力を行使したせいか、彼女の息は荒い。

 この時、蜂怪人と戦っていた俺は、横目で二人の様子を目にして状況の危うさを悟った。

 このままでは二人まとめて殺られてしまう。

 いくらブレードで毒針を払うことができても、その数は精々五発程度が限界。それ以上の弾数で連射されれば、受け流すことはできないだろう。故に今のオータム達は進化態にとっては良い的だ。進化態もそれを理解してか、続けて射撃するべく尻尾の毒針をオータムに向けている。


「サマーマジック、皆を照らす希望の光よ、輝け!」


 しかし突然、サマーの呪文を詠唱する声が聞こえたと思ったら、照明弾のような光の球体が現れ、進化態の目の前で強く発光した。どうやらサマーの魔法のようだ。

 光を直視した進化態は、そのあまりの明るさに悲鳴を上げる。


(目眩ましか!)

(確かに、こんな薄暗いところで明かりなんて見たら……!)


 俺とファングは反射的に明かりから視線を逸らす。工場の中が薄暗いこともあって、その光量はカメラのストロボが発光したかのようにも感じられた。


「アァァっウァァ!」


 閃光が消えると、俺とファングの予想通り、進化態は顔を押さえて悶えていた。


「オータム、今だよ!」

「えぇ!」


 小さく頷くと同時に、オータムは地を蹴って進化態へと一気に近づいた。メイプルブレードの刃を下に向けて、抜刀するかのような構えをしている。そのまま進化態の胴体に斬りかかるのかと思ったら、彼女は進化態とすれ違い、背後に立った。


「ハァッ!」


 オータムが体を回転させてそのままブレードを振り抜くと、鉄を打つような音が響き、血飛沫が舞う。彼女によって斬り落とされた進化態の尻尾は、地面に落ちると浄化されたように消滅する。

 確かに、尻尾を斬り落とせば毒針も封じられる。良い判断だ。


「オータム! そこ退きなさい!」


 玲さんの声に反応して視線をそっちに向けると、すぐにオータムは跳躍してその場から離れる。同時に、対物ライフルを構えた玲さんが銃口を向けて進化態に照準を合わせた。


(まだ残弾があったのか)


 どうやら俺とファングが進化態の相手をしていた隙に、拾って装填を済ませていたらしい。玲さんのそばではスプリングが蜂怪人に襲われないよう援護していた。

 玲さんが引き金を引くと、爆音と共に対物ライフルの弾丸が発射される。瞬間、弾丸が直撃した進化態は後方へ吹っ飛んだ。そしてそのまま鉄でできた工場の壁に叩きつけられる。


「貫通していない。どんな装甲よ」


 痛みに悶えながら唸り声を上げる進化態を見て、玲さんは煩わしそうに目を細めた。対物ライフルにも耐えるとなると、進化態の強度はちょっとした特殊装甲車並みだ。

 ホント、凄まじいことで……。


「ファングさん、大丈夫ですか?」

「あぁ……少し表面の皮が切れたみたいだけどな」


 進化態が行動不能になっている隙に、オータムがファングの身を心配して小走りで近づく。外からでは分からないが、ファングは自身の額からじんわりと温かいものが漏れているのを一人感じていた。

 だが、その頭の痛みを気にすることなく、ファングはオータムの肩を軽く小突いた。


「助かった。サンキューな」

「い、いえ」


 ファングに礼を言われて、オータムは照れたように頬を微かに染めた。


「あっ! 見てください!」

《マジック反射スケールが割れてる!》


 スプリングが進化態を指し示す。よく見るとマーの言う通り、弾が当たったと思われる進化態の胸部の外皮がクモの巣状に罅が入っていた。


「あれなら、ひょっとして私達の魔法も!」

《いや、まだダメだ。あれだけの傷じゃ中まで攻撃が通らない。例えバラバラに割れても、マジック反射スケールの能力は消えるわけじゃないからね》

「そんな……ん、“傷”?」


 ミーの言葉を聞いてサマーは思案顔を浮かべる。そして何かを閃いたのか、ハッとした顔をして自身のロッドを持ち直した。

 さっきの光の魔法もそうだが、普段はそんなでもないのに、本番に強いサマーはこういう時に機転が利く。


「えへへっ、新しい呪文の練習しておいて良かった!」


 シスターが十字架を持って祈るように、サマーはシャインロッドを構えて精神を集中する。やがてだんだんと魔力が溜まり、杖の先が青く輝きだした。


「サマーマジック、朱炎が生み出す聖なる海の大波よ、水しぶきとなりて闇を冥府へ流せ!」


 呪文を唱え、サマーは発光する杖先を進化態へと向ける。


「サマーオーシャン・スプラッシュ!」


 杖に溜まった魔力が一気に吹き出させるがごとく、青色の光の中から水飛沫が発射された。幾つもの高圧洗浄機をまとめて作動させたのかと思わせるほどの大量の水が凄い勢いで進化態へと降り注いだ。その量はプールの水をまるまる使ったくらいに大量だ。

 だが、10トン近くの力で押されてもビクともしない進化態とあって、ちょっとしたウォータージェットの水圧に押された程度では後退りすらしない。それにマジック反射スケールとか言う皮膚のせいか水滴は表面に付着はすれどすぐに流れ落ちている。

 やがて溜めた魔力を使い切ると同時に、サマーの攻撃も止まる。見かけ上、進化態はずぶ濡れにはなったが、新たな外傷ができたわけでもなく、その効果は見られない。


「ウゥゥ……ガァァ、ギャァァ!」


 しかし、しばらくすると進化態は体の内に感じる何かに苦しみ出した。よく見ると、進化態にできたクモの巣状の傷が薄く光っている。


「傷ができたら、すぐに消毒しろってね……例え小さな傷でも“水”を掛けたら沁みるでしょ」

「……なるほどな」


 サマーの作戦に、俺を含め周りにいた一同は納得する。

 確かに、魔力の弾丸やブレードを通さない僅かな隙間でも、液体なら貫通することが可能だ。サマーの放った水飛沫は、他の魔法と同じくノーライフを滅する能力を有しているため、それによって進化態にとって毒となったようだ。

 陸上部とあって何かと怪我をすることも多かった沙織だが、どうやらその経験が活きて今回の作戦を閃くことができたらしい。

 おまけに、水となれば俺にとっても好都合だ。

 俺は戦っていた蜂怪人を払いのけると、サマーが立っているところまで跳躍した。


「サマー、今の攻撃、もう一度やれるか?」

「はい!」

「よし、やれ!」

「了解」


 俺の指示を聞いてサマーは大きく頷くと、先ほどと同じように杖に魔力を蓄え、進化態へと向けた。この時、隙をついて何体か蜂怪人がサマーを襲おうとしていたが、そこは俺がスネークロッドで撃退しておいた。


「サマーオーシャン・スプラッシュ!」


 詠唱を終え、再度シャインロッドから水飛沫が発射された。そして今度は俺の『水操作』によって、水飛沫を進化態の身体に付着したまま拘束するようにまとわりつける。進化態は身体に付いた水を振り払おうとやたらと手を動かすが、いくら振り払っても、水は俺の意識に従って進化態の身体から離れない。


「ウッ! ウガッ! ガァァ!」


 身体に付着した水が傷から体内へ侵入して、進化態が更に苦しみだす。

 だが、進化態の抵抗はまだまだ強い。手で振り払うだけでなく、電撃を使って抗いだした。雷撃程度で『水操作』の能力が切れることはないが、紫色のプラズマで周辺に走って土煙が舞う。

 このままでは、誰かがとばっちりを受ける危険もある。


「思ったよりも効かないな」


 というのも、見かけより傷口が小さく、サマーオーシャン・スプラッシュの水があまり体内に入らないのだ。これを何とかするには、傷口をもっと広げる必要がある。


「玲さん。さっきの、もう一発撃てますか?」

「生憎、残弾無しよ」


 通信機を通して玲さんに狙撃を頼んでみるも、すでに対物ライフルの弾は無いとのこと。

 残念だが、無いものは仕方がない。

 他に何かないかと知恵を絞った結果、俺は作戦前に持ってきたあるものが思い浮かんだ。


「……仕方ない。“コイツ”を使ってみるか」


 コスチュームの腰部分についた小物入れのポケットに手を伸ばし、俺は持ってきていた“アルティチウム合金”を取り出した。






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