第59話 最終局面!変異ノーライフを殲滅せよ!①





 蜂怪人の第三形態……以後、とりあえず“進化態”と呼称するが……進化態は奇声を上げると、まっすぐこちらを見た。前の形態だった頃の記憶も受け継がれているのか、あるいは本能によるものなのか、コイツは俺達をはっきり敵だと認識しているようだ。


『ハイドロード、こちらエージェント・ファイブ』


 進化態の様子を窺っていると、通信機から雨宮さんの声が聞こえてきた。


『隊員の中に敵の影響を受けて錯乱する者が現れた』

「了解。錯乱した人をすぐにこの場から離脱させてください。余力のある人は残って目標の殲滅を続行。くれぐれも無理はせずに」

『分かった』


 横目で見ると玲さんとファングも同じようなやり取りをしている。どうやら、二チームの中からも錯乱したエージェントが出たようだ。この事態については作戦要項の中に入っていたし、対応はスムーズだ。

 しかし、三チームからほぼ同時に錯乱者が発生したというのは、あまりにもタイミングが良すぎる。これも、目の前の進化態の影響だろうか……。


「あっ! 敵が!」


 サマーの声が聞こえ、反射的に彼女の視線を追う。するととそこには、蜂怪人が一様に羽音を響かせて宙に浮いていた。その体勢は今までのように俺達へ襲い掛かるようなものではなく、顔を上へ向けて、まるで昇天するかのような姿勢だ。

 その異様な光景を目にしたのも束の間、周りにいた蜂怪人が一斉に工場の屋根を突きやぶって外へと飛び出して行く。


「あっ、敵が逃げちゃいます!」

「いや、そっちは大丈夫」


 慌てるスプリング達を落ち着かせ、玲さんが通信機のスイッチを入れた。


「アカジシ、こちらエージェント・ゼロ。敵が上空へ移動した」

『エージェント・ゼロ、アカジシ。了解、目標を確認した』

『アカジシ、こちらOU(観測部隊)、飛行する対象をマーキングします』

『OU、アカジシ。マーキングを確認。数58。これより撃墜する』


 そんな通信を聞いてすぐ、上空から機関砲の音が聴こえてきた。ヘリコプターのプロペラ音にも似た連射音が轟き、ドカッと工場の屋根に何かが落ちた。おそらく、30ミリ弾に撃ち抜かれた蜂怪人だろう。


『OU、目標の撃墜を確認。なお飛行する目標が増加中』

『アカジシ、了解。引き続き飛行した目標を撃墜する。こっちは任せろ』

「エージェント・ゼロ。了解。頼んだわ」


 連絡を終えると、玲さんは慣れた手つきでミニミ軽機関銃の弾倉を交換する。


「外に出た敵については、作戦通りキャプテンが対処する。私達は引き続き目の前の敵を殲滅する」


 敵は進化態と多数のノーライフの変異態。進化態の誕生と共に、卵や幼虫はすべて変異態へと成長している。進化態のせいでお手軽増殖できるようになった今、ここで進化態を駆除することは最重要かつ最優先事項となった。しかも、もし人間を錯乱させる能力を持っているようなら、なお危険だ。ここで逃がせば最悪、日本中が地獄絵図になる。


「とりあえず、目の前のアイツが簡単に増殖できるのなら、長引くとこちらが不利だ。はやく片付けよう」

「そうね……まずハイドロードとファングでアイツを引き付けなさい。私達で周りの変異態を殲滅しながら援護する」

「「異議なし」」


 玲さんの作戦に、俺とファングが了承する。


「そして貴女達は敵に隙ができたら、すぐに大技で決めなさい」

「はい」

「了解です!」

「了解」


 玲さんの命令を聞いて、三人は揃って頷いた。武器的にはオータムも俺達と一緒に近接戦闘した方が都合が良いが、敵の能力が不明な今、いたずらに彼女達を前に出すのはリスクがある。

 メンバーの配置と役割としては妥当なところだ。


「そういえばファング、お前、銃は?」

「弾切れだ」


 本部を出たときにはベルトの後ろに有った弾倉が無くなっていることから、なんとなくそうなんじゃないかとは思っていたが、どうやら当たりらしい。


「要るか?」

「要らねぇよ。素手の方が慣れてる」

「だろうな」


 俺の後ろ腰のガンホルダーには手付かずのベレッタが残っていたが、案の定、フォングは断った。

 そんな言葉を交わしつつ、俺とフォングは並んで前に出る。その後ろに玲さん、そしてキューティズの三人が横並びになる。


「こちらエージェント・ゼロ。作戦を第3段階へ移行する」


 俺達六人は改めて目の前の敵へ向き直る。スプリングと玲さんは進化態へ銃口を向け、俺とサマー、オータムは自身の武器を握り直し、ファングは体術の構えを取る。


「各組、攻撃開始」


 玲さんの命令を合図に、俺とファングは同時に地を蹴った。




 ***




 初手は玲さんの30口径のミニミ軽機関銃だった。俺とファングの間を抜けて、連射された弾は敵に向かって飛んだ。その威力は結構なもののはずだが、弾丸は進化態の身体を射貫くことができず、足元に散乱した。

 進化態の外皮硬度は、やはり普通じゃない。撃たれているにもかかわらず、直立のまま動かないことから見ても、進化態は痛くも痒くもないのだろう。


「チッ!」


 玲さんは舌打ちをして引き金から指を離す。その間に、俺とファングは進行上にいた蜂怪人を数体ほど蹴散らしながら、進化態との間合いを詰めた。


「ハァっ!」

「オラっ!」


 俺はスネークロッドの先端で、ファングは自身の拳で、進化態の腹部を突いた。建物内にズドンと重い衝撃音が響く。だが超人二人の力を持ってしても、進化態は後退りすらしなかった。

 最初の変異態もそうだったが、スネークロッドから伝わる感触はとても生物を殴った時のソレではない。糠に釘というが、これではまるで鉄板につまようじだ。


「ふん!」

「ハッ!」


 一撃目で通常攻撃では効果がないと察した俺とフォングは、更に近づいてそのまま蹴りを入れる。二人の足蹴りを受けて、やっと進化態は後退りした。

 ファングのキック力はおよそ10トン、俺のキック力はおよそ5トン。だが計15トンの力を受けても進化態には目立った外傷はつかなかった。


「スプリング・ブレット!」

「サマーマジック。暗闇を照らす浄化の光よ、敵を撃ち払え!」

「メイプルスラッシュ!」


 進化態が俺達から離れると、すぐにキューティズ達が自分達の魔法で攻撃する。ピンク、青、黄色に発光した魔力でできた攻撃は、それぞれ進化態に向かってまっすぐ走る。

 だが進化態の身体は飛んできた三人の魔法をまとめて弾き返した。その光景は、まるで光がガラスに反射するようだった。弾かれた魔法は周辺へ飛散し、爆ぜて土煙を広げる。


「えっ!」

「は、弾かれた?」

「一体どうして!」


 自分達の技が効かなかったことに、三人は目を見開く。そして驚いたのは三人だけではない。


《そ、そんな!》

《あれは!》

《“マジック反射スケール”ぅ!》


 三人のそばにいたニャピーも、今の現象に動揺していた。


「マーちゃん達、なにそれ?」

《魔法を反射する皮膚や鱗のことだよ》

《ボク達の世界では、上位種ドラゴンなんかの魔法生物が身につけてる能力だ》

《あれを持ってる生き物は、どれだけ魔力を込めた魔法でも反射してしまうのぉ》


 なにそれ、ファンタジック。


「そんなものが!」

「私達の魔法が効かないなんて。それじゃあ、アイツを倒せないじゃん!」

「何か対処法はないの?」

《剣や弓で鱗を剥がすことができれば、魔法が効くようになるはずだけど……》

(あー、それはちょっと絶望的)


 スプリングに答えるマーの言葉を聞いて、俺は眉を歪める。

 銃もダメ。通常攻撃もダメ。魔法もダメ。どうすれば良いんだ……?


「ギャシャァァ!」


 俺が知恵を絞っていると、進化態は陰鬱そうなエネルギーを溜め、近くにいた俺とファングに向けて一気に雷撃として放出した。紫色のプラズマが衝撃音を鳴らしながら飛んできたが、俺達はその場から跳躍して攻撃をかわす。


「危なっ……ハッ!」

「避けろ!」


 攻撃をかわした直後、空中で進化態に尻尾が生えたのが見えた。後ろの腰辺りから生えた、そのサソリのような尻尾の先端には、先日の成虫体と同じく鋭い針がついている。


「あれは……みんな、物陰に逃げて!」


 そんな敵の動きを見て、いち早く危険に気がついたオータムがスプリングやサマー、ニャピー達に避難を促した。

 その後、進化態は尻尾を渦を描くように回して四方八方に毒針を撃ちまくる。スプリング達は物陰に隠れることでなんとか射撃から逃れたが、その威力と衝撃によって周辺の鉄板やパイプが瓦礫となって土煙と共に吹き飛んだ。


「おわっ!」

「にゃろォ!」


 俺とファングは走り続けることで、飛んでくる毒針と瓦礫を避ける。その途中、数体の蜂怪人が俺達に攻撃を仕掛けに来たため、俺はスネークロッドを振り抜いて敵の頭部を潰し、ファングは自身の拳で撲殺させた。





 ここで突如、何者かの影がファングの視界に入った。その動きが速すぎて姿を捉えることはできなかったが、咄嗟にファングは急所を守るように身構える。直後、彼女の腕に重い痛みが走った。

 そこでやっと、ファングは影の正体を目にする。今、彼女の目の前では先程まで毒針を乱射していた進化態が自分に向かって拳を振り回していた。

 さっきまでいた所からここへ来るまでの移動速度と、そして今の攻撃速度。頑丈な体に反して敵の動きは随分と速い。

 そのパンチ力も、超人並みの能力を持つファングを痛めつけるほどの威力があった。


「くっ!」


 なんとか避けたり体術を使って受け流したりしているが、ファングと進化態の攻防はファングの劣勢だ。というのも、彼女の反撃に繰り出すパンチやキックは、大きな効果を見せていないのだ。


(打撃がダメなら……斬撃だ!)


 それを理解してファングは戦法を変えた。彼女は脚のホルダーからファイティングナイフを取り出し、逆手に持って再度攻防を繰り返す。

 ファングは隙を見つけては進化態の外皮に刃を走らせた。しかし、接触したナイフと外皮は火花を散らすだけで、まったく傷は付かない。二撃目、三撃目と繰り返しても結果は変わらなかった。


「ふっ、くっ、うっ……グハッ!」


 いくつか攻防した後、ついに進化態の拳がズドンとファングの顔面に直撃してしまう。そのパワーによって、一瞬彼女の意識が遠のき、体は地面の上を転がってそのまま工場の設備に背をぶつけた。


「ファングさん! 大丈夫ですか!」

「ッッ! 痛ェ……!」


 遠くでオータムの声が聞こえた気がするが、今の彼女にはその声に答える余力はない。顔と背中の痛みに悶えながら、なんとか意識をハッキリさせると、ふと自分の視界に違和感があることに気づく。


「なッ!」


 なんとファングのマスクに大きなひびが入っていた。ファングは直接指で触って確かめるが、目元から顎部分にかけて亀裂が走っている感触があった。外側から見てもパックリと溝ができているのが分かる。

 質量や速度の大きさとか接触面積とか、条件で物体への影響も異なるのだろうが、それでも、人間の頭部を守る装備とあってハイドロードやファングのマスクは、かなり丈夫に設計されている。大型トラックの正面衝突でも耐えられるくらいには頑丈だ。そのマスクに亀裂が入ったとなると、素人推定だが、ヤツのパンチ力は30トンはあるだろう。


「クソッ、面倒だなまったく……あっ!」


 ファングが進化態の強さに苛立ち混じりに困惑していると、今もなお進化態がこちらに敵意を向けているのに気がついた。尻尾の毒針もまっすぐ彼女に向けられている。


「ファングさん!」


 身動きの取れないファングに、進化態は尻尾の毒針を発射した。






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