第51話 戦うとはこういうことだ!ファングさん、戦いの心得!②
ファングが目の前にいる沙織達へ“拳銃”を向けている。自分達に発砲されたと思い、咄嗟に身構えた沙織達だが、実際には射線上に彼女達はおらず、発砲音が響くだけだった。
「えっ、えええっ! な、なに!」
「ビッ、ビックリしたぁ!」
「な、何なんですか?」
三人は狼狽えながら、しばらく身動きできず、その場に立ち尽くした。心臓は激しく高鳴って、息も荒くなっている。一緒にいたマー達も同じようなリアクションだ。
「コイツはとある自動式拳銃……9mm拳銃とかいう銃を模して作られたガーディアンズ特製の訓練用拳銃だ。弾は特殊素材を使っていて、弾速や発砲音は本物と変わらないが、殺傷能力は無い。弾が当たっても……」
そこでファングは、銃口を自身のこめかみ部分に向けて引き金を引いた。
また大きな発砲音が鳴ったが、弾の当たった彼女は全くのノーリアクションで説明を続ける。
「衝撃は最小限、デコピンで打たれた程度で済む」
「それってファングさんが変身してるからなのでは……?」
沙織のそう思うのも無理ないが、実際にこの銃に人を傷つけるほどの威力はない。
この訓練用拳銃は、ガーディアンズのエージェントが射撃を含んだ白兵戦訓練によく使う銃だ。俺も研修の時、同じ説明を受けた。
「それを使って、どうするんですか?」
「作戦開始までに、お前に銃撃戦の基礎を叩き込む」
そう言ったファングの手には専用のマガジンが握られていた。ファングが秋月だけに言っていることに、沙織は「なんで麻里奈だけ?」と首を傾げる。
「今回の敵は、射撃能力を持つ怪人集団だ。本当ならこっちもちゃんとした武器で攻める所だが、お前はソイツ等の巣に、魔法の剣一本で戦う気でいやがる。しかもまともな実戦の知識もない。正直言って、ただのアホだ。トドメだけとはいえ、チームとして動くことを考えると足手纏いでもある。だから邪魔にならないよう、銃を持った敵を相手にした時の簡単な立ち回りを覚えてもらう」
ファングの歯に衣着せぬ言い方に、秋月は少しムッとした。
「教えてもらうのはありがたいですし、確かに貴方達に比べたら戦いに関して私はド素人です。けど私だって、今まで街の人達を守るために戦ってきました。昨日だって」
「本当にそうか?」
秋月の言葉を遮り、ファングはケースからまた何かを取り出すと、そのまま足で蓋を閉じて隅に押しやった。
「昨日の戦いでオレの背中を斬りつけたのはどこのどいつだったっけなァ?」
「むっ……」
ファングの問いに、秋月は口をつぐむ。そして申し訳なさと悔しさの混じったような感情から表情をゆがめ、顔を逸らした。
そんな彼女にファングは「ほれ」と、手に持っていたものを放り投げた。自分の所に飛んできたそれを、秋月は慌てつつも反射的に手で掴んだ。
「……これは?」
「模擬剣だ。この拳銃と同じ、訓練用の武器だ。それを使え」
ファングが渡したのは、長さ80センチほどの黒い模擬剣だ。それもまたガーディアンズ特製の訓練用ソードで、刃は無く、重さも一般人が片手で扱える程度。見た目だけで言えば大きな警棒のようだ。
「お前の
「それだけですか?」
「あぁ。生憎、親切に教えてやる時間もないからな、体で覚えてもらう」
「……分かりました。よろしくお願いします」
銃撃戦の訓練をするなら、まず銃について知るのが第一だ。しかし作戦開始まで現在あとわずか。悠長に教えている時間もない。
最も速く身につけるなら実戦が一番だ。秋月はそれだけといったが、根っこが素人の彼女が熟練者のファングに一撃入れるのは、相当の技術、あるいは戦略が必要だ。
例え、目的通り一撃入れれなくても、その経験は付け焼刃の武器や知識よりも役に立つ。
「あと今回の作戦では、飛ぶ斬撃は使うな」
「えっ、どうしてですか?」
「あれはモーションが大きいし、隠れながらの攻撃はできないだろう。要は隙だらけだ。開けた場所ならまだしも、今回は建物の中だ。使えば良い的になる」
「……は、はい」
秋月はしぶしぶ納得しながら、慣らすように模擬剣を振る。その感触は偶然にもメイプルブレードとあまり変わりないようだった。
「あのぉ?」
「私たちは?」
「その辺で好きにしてろ」
綾辻さんと沙織が揃って手を挙げて訊ねたが、ファングは二人に離れているようにジェスチャーで示す。
二人については、玲さんと俺に丸投げしたようだ。
「好きにって……」
《どうしようか?》
「魔法の練習でもしてよっか」
《それがいいかもね》
「……よし、それじゃあ」
二人(と二匹)が離れたことを確認して、ファングを構えを取った。
「訓練開始」
ファングの音声コマンドに反応して、トレーニングルームの防護壁がせり上がった。
***
「えっ、えぇ!」
2メートルほどの高さのある防護壁がせり上がったことで、トレーニングルームの光景は一変した。何もなかった体育館のようだったそこは、仮想の屋内戦場が再現され、サバイバルゲームのフィールドのようになった。
「これは……痛っ!」
周りの変化に驚く秋月だったが、今の状況を頭が理解する前に銃声が響き、頭に小突かれたような痛みが走る。
衝撃を感じた頭を手で擦りながら、一体何があったのかと秋月が戸惑っていると、目の前でファングが銃を向けていたのが見えた。
ファングは更に2回、3回と引き金を引き、秋月の体の各所に弾を命中させる。訓練用の銃とはいえ発砲には反動も伴う。それでも銃身が全くブレないでいるのは、ファングが武器についても経験と技術力を持っている証左だ。
「ほらほら、馬鹿正直にずっと突っ立ってんじゃねぇ!」
「くっ!」
弾が命中しても命に別状はないが、弾が当たる度に感じる衝撃の不快感に、秋月は射線の通らない防護壁の陰に逃げた。
「厳しいんだか、優しいんだか……ッ!」
「無防備に顔出すな!」
ファングの様子を確認するため防護壁から顔を出した瞬間、また秋月の額に弾が命中する。
まるで自分の行動を読まれたみたいなヘッドショットに、秋月は悔しさから奥歯を噛んだ。
「これは……確かに“ただのアホ”だったかもね」
防護壁に寄りかかりながら、秋月は訓練前にファングが言っていた言葉を実感した。
《これじゃあ、何もできないわねぇ》
「そうね……攻撃するには、まず近づかないと」
言うのは簡単だが、近づくにはファングの撃つ弾を避ける必要がある。弾に当たってもダメージがないことを考えれば、まっすぐ突撃する手もあるが、被弾を良しとしていては実戦で役に立たない。
訓練が始まってまた一分も経っていないが、ファングが撃った七発ほどの弾は、すべて秋月に命中している。本来であれば、既にアウトだ。
模擬剣を握る手を強め、何か手はないかと秋月は考えを巡らせた。
《あの人は、最初の位置から動いてないわよぉ?》
ミーが顔を出して、マガジンを付け替えるファングの様子を伺っている。
「ふんっ、いつでも掛かってきなさいってわけね」
秋月はポケットから黄色の宝玉を取り出した。
「マジックハーツ、エグゼキューション!」
その言葉をキーに閃光が生じ、秋月はキューティ・オータムとなった。
明るいマジック少女戦士のコスチュームに、殺伐としたデザインの黒い模擬剣はミスマッチだが、オータムは自分の専用武器であるメイプルブレードを扱うように構える。
「ふぅぅ……ハァァァァ!」
息を整えたオータムは物陰から飛び出し、ファングに向かって走った。
二人の距離は、およそ十五メートルほど。魔法少女の身体能力なら、あっという間に距離を詰められる間合いだ。
まっすぐ自分のところへ進んでくるオータムに、ファングが一発、弾を撃つ。オータムは射線上に模擬剣を構えて身を守った。続けて二発目、三発目と弾が飛んできたが、それは魔法少女の身体能力を活かして避けることができた。
「ふん、ド素人が!」
撃った弾が防がれ、続けてかわされたのを見ても、ファングは更に発砲を繰り返す。ただし、銃口は少し下を向いていた。
花火のような銃声が連続で響き、放たれた弾丸は全てオータムの足に当たった。しかも、着弾したのは走っているオータムが地を蹴る寸前の軸足だ。
「わぁ!」
足に走る衝撃によってオータムはバランスを崩して転倒した。体が勢いよく地面に打ち付けられ、彼女の表情が歪む。
「弾が切れる前に仕掛けんじゃねぇよ」
床に倒れたオータムを見下ろしながら、ファングは銃のマガジンを取り換えて、次の弾を装填した。そして、彼女の頭を小突くように、また弾を撃つ。
悪戯した子供に軽く言って聞かせる程度の口調と衝撃だったが、絵面は完全にアウトローのお咎めだ。もし実弾だったら、オータムは二十回は死んでいる。
「うっ……ハァっ!」
頭の感触を不快に感じながらオータムは急いで立ち上がり、そのまま再度ファングに攻めかかった。魔法少女に変身し、かつ日頃の戦いで剣を振っていることもあってか、初めての得物でも彼女の剣捌きはしっかりとしたものだった。だが、ファングは一切動じることなく、オータムが振った模擬剣を最小限の動きで全てかわしていく。
突きや縦振りが来れば体をずらし、横振りが来れば後ろに下がる。攻撃の回数はおおよそ十回ほど。そのどれも、ファングの体に、かすりもしなかった。
(この動き……やっぱり我流臭いな)
先日の河川敷での戦いや昨日の駐車場での戦いの動き、そして今の動き。今までのオータムの剣捌きには一貫性がまるで無い。ファングの推察通り、これまでにオータムは誰かに剣術を教えてもらったことはなく、戦闘能力は魔法少女の力と経験によるところが大きかった。
純粋な剣術だけでは知性の無い
(いや、それよりも、コイツ……)
だがそれよりも、今こうして相手として戦うことで、ファングはその動きに、とある違和感を覚えた。ファングにとっては、オータムの戦闘能力は予想の範囲内だったが、剣術の未熟さよりも“そっち”の方が問題だった。
「その辺のイキリチンピラの方が、まだ戦えるぞ?」
オータムの分析を一通り終えると、ファングはまた銃口を彼女に向ける。それを見てオータムは、すぐ模擬剣のブレード部分で身を守るように構えたが、ファングは引き金を引くより先に回し蹴りで彼女の防御の構えを崩した。
「距離を詰めれば勝てると思ったか?」
「うッ!」
銃声が鳴る度に、オータムの体の各所に微弱な痛みが走る。その痛みを拒絶するように後退りし、やがてオータムは防護壁の陰へ退避した。
《おかえりなさぁい》
「はぁ、はぁ……ただいま」
ミーの呑気な言葉に、オータムは息を整えながら言葉を返す。
「はぁぁ……ファングさん相手とはいえ、ここまで手も足も出ないのはキツいわね」
防護壁に寄りかかるオータムと余裕綽々と待ち構えるファング、状況的にはついさっきと全く同じになっている。違いを言えば、額に流れるオータムの冷や汗ぐらいだ。
「ミー、ファングさんは?」
《さっきと同じで動き無しよぉ》
「向こうから攻撃するつもりはないってわけね。なんだかムカつく」
馬鹿にされているとでも思っているのだろうが、ファングにそのつもりはない。この訓練は銃撃戦について教えるのが目的だが、先手をすべてオータムにやることで、この後の作戦と似た状況を作るのもファングの狙いだった。
よって、攻撃を仕掛ける側と待ち受ける側、この戦況を変えるつもりはファングにはない。
《強者の余裕ってヤツかしらねぇ?》
「分かんないけど、軽くあしらわれてるのは確かね。真正面から挑んでちゃ勝負にならない」
《それじゃあ、どうするのぉ?》
「さてねぇ。どうしたものか……」
オータムは閉口し、次の手を考える。彼女の視線の先では、またミーが防護壁から顔を出して、じーっとファングの様子を伺っていた。
しかし、ずっとミーが顔を出してもファングから撃たれることはない。
「……そうか!」
そこでふと、オータムの表情が変わる。
ファングがニャピーの姿を認識できないことに気づいたオータムは、ひとつの作戦を思いついた。
「ミー、そのままファングさんを見張ってて、動きがあれば教えて」
《分かったわぁ》
額にかいた汗を拭い、ファングに一泡吹かせようとオータムは動き出した。
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