第52話 戦うとはこういうことだ!ファングさん、戦いの心得!③
周辺を防護壁に囲まれた中、比較的に開けた場所に立っているファングは、一人呆れていた。
(丸聞こえなんだがな……)
オータムがミーと話している声は、ファングが立っている所にも僅かに届いていた。耳の良い彼女にとってはその言葉も聞き取ることができた。
見えない使い魔に自分の行動を見張られているからといって、別に不利になるとは全く思っていない彼女だが、それ以降、オータムの声が全く聞こえなくなったのが少し気になった。
(……まぁ良いか。とりあえずお手並み拝見だな)
拳銃の装填を済ませ、ファングは一度体に入っていた力を抜く。射撃に反動は付きもので、訓練用の拳銃でも例外ではない。
手のひらに蓄積した微小な痛みを払うようにして意識の外へと追いやり、ファングは再度銃を構え、マスクの下で不機嫌そうな顔を浮かべながら、オータムが動くのを待った。
現在、オータムが身を隠している防護壁は、置き盾のようにひとつの壁が独立して設置されている。よってオータムが動くとすれば、その壁の左右どちらかから姿をさらす形になる。
ファングはどっちから出てきても対応できるように、銃口を向けていた。
「っ!」
やがて、オータムは防護壁から姿を現す。反射的にファングは狙いを定めて引き金を引いた。だが、その弾は外れ、奥の壁に着弾した。
「ちッ!」
今まですべて弾を当てていたファングが、初めて的を外す結果となった。それもそのはずで、オータムはファングに向かっていくでもなく、まっすぐ別の防護壁の陰へと移っていた。
(何か仕掛けてくるかと思えば、移動しただけかよ)
ファングは銃の引き金から指を離し、オータムが向かった先を観察する。しかし直後、またオータムが姿を現して、別の防護壁の陰へと移った。そしてまた姿を現しては別の防護壁へ、また現れては別の防護壁へを繰り返す。次から次へとオータムは防護壁の陰に隠れながら間を縫うよう動く。
(……なんだ?)
ファングは冷静にオータムの動きを追う。
最終的にオータムが移動した先は、ファングの後方。フィールドの防護壁が密に設置されている場所だ。防護壁が単独だけでなくL字型やT字型と複雑に並んでいて射線が通らないため、銃を持っているファングにとっては面倒なエリアだ。だが逆に、オータムにとっては戦略として悪くない選択である。
(あそこを選んだのは偶然か、それともアイツの作戦か……どっちにしろ、銃相手には良い判断だ)
やがてオータムは移動を止め、並んだ防護壁のひとつに身を隠した。
「お前の得物が剣じゃなければな……」
だがファングの対応は変わらない。オータムがファングの射撃を対策しようとも、彼女が剣で一撃入れるためにはファングのいる開けた場所に出てこなければならない。
それを理解しているファングがオータムのいるエリアにわざわざ行くわけもなく、結果、状況に変化はない。
「さて、次は一体どうする?」
ファングの呟きに答えるかのように、次の瞬間、オータムが防護壁の陰から飛び出してきた。今度は移動のためではなく、体をファングの方に向けて距離を詰める動きだった。
「……またか」
場所が変わっただけでさっきと同じような動きをするオータムに、ファングは銃口を向けて引き金を引いた。
オータムは先ほどと同じく模擬剣で防ぐが、二発目、三発目をファングが撃つと、ジグザグに動いて弾を避ける。左右不規則に動いたことで、今度は足を払われることもなかった。
ファングは構わず弾を撃ったが、やがて拳銃の弾が切れた。
《今よ!》
ファングがマガジンを換える仕草を取った瞬間、ミーが合図を送る。すると、オータムは左右に動くのをやめて、まっすぐ距離を詰めた。マガジンを取り換えて次の弾を装填されるよりも早く、オータムは模擬剣を構えて一気に斬り掛かった。
(……ん?)
斬撃をかわしながら、ファングは剣を振るオータムに違和感を覚える。目の前の彼女は剣捌きは同じだが、表情に変化がないどころか、
「……ったく」
そこで何かに気が付いたファングは拳銃の装填を済ませ、目の前のオータムを撃つとすぐに背後を振り返った。弾が額に当たると、オータムの身体が枯葉となって消失したが、ファングはそれを見ることなく、後ろから迫る“本物のオータム”に目をやった。
「ヤァァーー!」
ファングが振り返ると、オータムの模擬剣が、すでに彼女の目の前まで来ていた。あと、ほんの十センチほど振り下ろせば、ファングに一撃が入る。
オータムも作戦が決まったと、半ば勝ちを確信していた。
「あっ」
しかし、オータムの剣は空を切った。思わぬ結果に、本人の力の抜けた声が漏れる。
「奇襲するなら静かに近づけ」
正中線をずらして剣を避けたファングは、オータムに淡々と諭す。
斬りかかる時の声もそうだが、近づいて来た時の靴音から、ファングは後ろからオータムが迫っているのに気が付いていた。キューティズの履いている靴はヒールが高いこともあって音が鳴りやすい。
奇襲を狙うには高度に気配を消す必要があるが、オータムにその技術や知識も有していなかった。
「ッ! ハァァァァ!」
奇襲が失敗に終わって一瞬焦りを見せたオータムだったが、ここまで来たら力押しで勝負を決めようとでも思ったのか、すぐに間合いを詰めて剣を振った。
「ふん、最後の悪あがきだな」
だが当然、土壇場の力押しで勝てるほどファングは甘くない。ファングはオータムの連続斬撃を軽々とかわしながら、タイミングを見切って反撃に弾を撃ち込んだ。
「うっ! くっ、まだまだァ!」
「いや、もう終わりだ」
額に衝撃を受けながらも、オータムは諦めずに攻撃を続けようとしたが、ファングは彼女の模擬剣を握る手の手首を蹴り上げて、銃を持っていない方の手でオータムの首を掴む。
「ぐっ! このっ……はぅ!」
抵抗を試みたオータムだったが、そのまま後ろへ後ろへと押しやられ、防護壁に叩きつけられる。模擬剣も手首を蹴られた時に手放してしまい、もはやオータムに勝ち目はない。
自分の首を絞めながら銃口を額の前にやるファングに、オータムは思わず恐怖する。影のあるマスクからは冷たい殺気すら感じられた。
これが訓練であることすら、今の彼女には頭になかった。
顔を青くした彼女の目の前で、ファングは残っていた銃の弾五発すべてを撃ち切る。連続で鳴り響く銃声に、オータムは目をぎゅっと閉ざした。
***
ファングが手を離すと、オータムは膝を曲げてその場にペタリと座り込んだ。
「はぁ……はぁ……」
ただの訓練にもかかわらず、彼女の心には敗北感が植え付けられていた。途中、魔法少女の能力である分身魔法を使って奇襲を仕掛けた時には勝利を確信していた。そこから一瞬にして敗けてしまっただけに、気持ちの落差は凄まじい。
やがて戦意が喪失し、オータムの変身が解けて秋月の姿に戻った。
《麻里奈ちゃん、大丈夫ぅ?》
身を案じて声を掛けたミーに返答することができず、秋月はただ黙ってコクリと頷く。
しばらくその場に静寂が流れた。秋月が呆然と座っている中、ファングは空になった拳銃を仕舞い、蹴り飛ばした模擬剣を拾っていた。やがて、ファングが模擬剣を肩にかけて秋月の前に戻ってくる。
「何で負けたか分かるか?」
「……私の、考えが甘かったから」
秋月はゆっくりと口を開く。
「いや、お前の作戦は悪くなかった。自分と相手の力量の差、武器、周辺の状況から考えれば、お前の取った行動は最善の策だった。オレに一撃入れるのも充分できたくらいにな」
「でも……」
秋月は納得いかないという顔で、ファングを見上げる。実際、秋月の攻撃はファングにかすりもしていない。腑に落ちないのも無理ないことだ。
「お前の敗因は、お前自身が自分の攻撃に無意識にブレーキを掛けてるからだ。どんな技でも使い手に迷いや不安があれば威力やスピードが劣る」
ファングは模擬剣の先を秋月に向ける。
「目の前の敵を傷つけることを怖がっていたら、勝てる敵にも勝てねぇーよ」
自分の心を見透かされ、秋月はドキッとした。
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