第50話 戦うとはこういうことだ!ファングさん、戦いの心得!①



 会議を終えた沙織達は、玲さんに案内される形でカフェテリアに来ていた。土曜の午前中にも関わらずカフェテリアにいる人はいつもと変わらず、まばらだ。その一部の人たちは見慣れない女子高生がいることに、一瞬、不思議なものを見る眼を向けたが、玲さんがそばにいるのを見ると納得した表情に変わり、すぐに興味を無くした。


「じゃあ、時間になったら迎えに来るから、それまでこのフロアにいて頂戴。飲み物が欲しければ、ゲストキーをかざせば買えるから好きに使って。ペットはちゃんといる?」

《ペットじゃないよ! ニャピーだよ!》


 ペット呼ばわりされたことに、ミーが頬を膨らませるが、当然、玲さんは知ることはない。


「あははぁ……はい、ちゃんといますよ」


 綾辻さんがミーをなだめるマーとムーを苦笑いしながら一瞥した後、答えた。


「じゃあ、しっかり見張っておいてね。このフロアは大丈夫だけど、もし関係者以外立ち入り禁止のエリアに入ったと分かれば、かなり面倒なことになるから。貴女達も、一生、空が見られない暮らしになるのは嫌でしょ?」

「なはははぁ、またまたご冗談をぉ!」


 呑気に笑う沙織に、玲さんは何も言わず「ふっ」と意味深な微笑を浮かべる。


「……えっ、マジなの?」


 玲さんはまた何も答えず、そのままその場を後にした。

 その玲さんの反応に、三人は揃って自分のパートナーがどこにもいかないようにちゃんと見ていようと心に決めるのだった。





 やがて三人は空いているテーブルについた。周りに白衣やスーツを着ている人が多い中で学生服の女子高生というのは、かなり浮いて見えるが三人に気にしている様子はない。


「はぁぁ、緊張したぁ!」

「そうだねぇ、ガーディアンズっていつもあんな風に作戦立てたりしてるんだねぇ」

「本当、心強いわね」


 背もたれに体を預けた沙織を見ながら、対面に座る綾辻さんと秋月は頷く。


「それにしても、ノーライフを怪人にするなんて……」

「まさにクロスオーバー映画みたいな展開だよね!」

「ちょっと沙織、映画じゃないのよ」


 事の深刻さに反して今の状況に半ば浮かれている沙織に、秋月が目じりを険しく吊り上げる。それを綾辻さんが苦笑いしながらなだめるという、良くも悪くもいつも通りのやり取りだ。


《けど、こっちに来て色々見てきたけど、この世界の技術はスゴいねぇ》

《あのノーライフの体を変えるなんて、並の技術じゃできないよ》

《魔法技術がない分、科学というものが発展してるんでしょうねぇ~》


 テーブルに座っているニャピー達は呑気に語る。

 ニャピーの世界には魔法という技術があるせいか、こっちの世界と比べて科学技術はそこまで進んでいないようだ。

 コイツ等も、沙織と同じく平常運転だ。


「マーちゃん達から見て、どうかな?」

《えっ、なにが?》

「今回の敵、ちゃんと倒せるかな?」

《うーん、いつものノーライフならキューティズの鎧で十分倒せると思うけど、今回のマージセルや変異態とかいうのについては、私達はよく知らないから、なんとも言えないかなぁ……》

「そっか……」

「まぁまぁ。そんなに心配しなくても、今回はガーディアンズの人達も協力してくれるし、大丈夫でしょ?」


 不安げな表情を浮かべる綾辻さんを沙織が励ます。楽天的とも取れる言い分だが、こんな時でも変に重く考えずいつも通りでいられるのが沙織の良い所だ。

 それを分かっていているが、少しは危機感を持ってほしいと、秋月は大きなため息をつく。


「まったく沙織は……今回はいつもと状況が違うんだし、少しは気を引き締めようとか思わないの?」

「……むぅ」


 沙織は気まずそう視線をそらして、口を尖らせる。しかし、ふと何かを思い付いたように顔をあげた。


「ねぇ、ミー」

《なに?》

「キューティズの鎧にさ、なんかこう、パワーアップアイテムとかないの? 腕に装着すると姿が変わってー、みたいなやつ」

《あいにく、沙織がいつも見てる物語……特撮だっけ? それに出てくるようなモノは無いよ》

「じゃあ、なんか新しい技とか強力な呪文とか!」

《それは、あるけど……》

「それ教えて!」


 沙織のお願いに、ミーは戸惑いつつ頷いた。


「それ、今から教えてもらって間に合うの?」


 秋月が訊ねる。その問いは至極もっともだ。

 しかし、訊かれた沙織に迷った様子はなかった。


「大丈夫、一夜漬けとぶっつけ本番は得意だから!」


 腰に手をあてて胸を張る沙織に、綾辻さんとマー、ミーは苦笑いし、秋月はまた大きなため息を吐く。ムーは口に手をあてクスクスと笑っていた。




 ***




「……ここに居たか」


 しばらく経って、フロアの入口に現れた一人が沙織達を見つけて呟いた。ソイツは沙織達の方へ足を進めるが、その場の雰囲気に合わない格好のせいで周囲のエージェントや研究員達からジロジロ見られる。

 染み一つない白い特殊素材のスーツに、急所を守るための装甲、ベルトのバックル、白虎デザインのマスクと、ファングのコスチュームは、落ち着きのあるカフェテリアではとにかく目立つ。


「あっ、ファングさん?」


 沙織達も、自分達の方に来るファングに気づいた。

 ファングは沙織達の元まで行くと、秋月に目を向ける。


「ちょっとお前に用がある。一緒に来い」

「えっ、私に?」


 それだけ言うと、ファングは秋月の返事も聞かず、身をひるがえして足早に来た道を戻る。


「どうする?」

「でもゼロさんがここに居ろって」

「早く来い」


 綾辻さんと沙織が首を傾げるが、ファングに急かされて秋月はミーを肩に乗せて席を立つ。友達を一人だけにするのが不安なのか、あるいは好奇心か、綾辻さんと沙織もそれぞれマーとミーと一緒に後を追う。


《あの人、いつもあの格好で過ごしてるの?》

「そんなことはない……と思う」


 通路を歩くファングの後ろ姿を見ながらマーはふと疑問に思い、綾辻さんは言葉を濁して返す。もちろん悠希にそんな趣味はない。


「あの、私達このフロアにいるようにゼロさんから言われてるんですけど?」

「エージェント・ゼロにはオレが後で言っておくから気にするな。良いからついてこい」


 秋月の言葉にも淡々とした口調で返し、ファングは沙織達と共にエレベーターへ乗って行先のボタンを押した。


『Hello、Kamen fighter Fang!』


 機械音声を最後に、エレベーター内は無言となる。上階へ動くにつれ、エレベーターの階数も増えていく。上昇の速さに反して中の振動の無さに、沙織は内心で少し驚いた。そんな彼女の隣では、綾辻さんと秋月がエレベーターの階数を見つつファングの後ろ姿をチラチラ見ていた。


「……あの、どこ行くんですか?」

「着けば分かる」


 秋月の問いにファングが答えると同時に、エレベーターは目的の階へとたどり着き、扉が開いた。エレベーターを出て、沙織達は引き続き、ファングの後についていく。


(ここは……特に何か変わった場所ってわけじゃないみたいだけど……?)


 日光が入らないせいで少し閉塞感のある雰囲気だが、他に変わった点はない。病院や公共施設の地下みたいだ。

 手狭な通路を歩き、何回か角を曲がると、やがて一面防弾ガラスの張られた自動扉が見えた。その扉は警備システムを通してファングの存在を認識すると、自動で開錠された。


「着いたぞ」


 扉の向こうは沙織達の身長の5倍はありそうな高さのある空間が広がっていた。幅と奥行きもそれなりにあり、ちょっとしたボウリング場くらいの広さだ。周りは頑丈そうな金属できた壁、天井のライトも厚いガラスで覆われている。今は作戦実行直前であることもあって周りに他のエージェントはいない。


「ここは?」


 室内のあちこちを眺めながら、秋月が訊ねる。


「ここはトレーニングルームだ。ガーディアンズのエージェントはここで射撃訓練や近接格闘訓練をやってる。何もないように見えるが、ここの床や壁、天井にはガーディアンズのあらゆる最先端技術が組み込まれていて、防壁の設置や射撃ターゲットの操作、ホログラムの投影、なんでもござれだ……オレはあんまり使わねぇけどな」


 ファングの説明を聞いて沙織達は「へぇー!」と声を洩らす。彼女が最後に言ったことは、小声だったために聞こえていない。機械音痴のファングがここを使うときは、ここの機能を一切使わないか、誰かと訓練する時だけだ。

 三人がトレーニングルームを眺めている横で、いつの間にかファングはどこからか大きな工具箱のようなケースを運んできた。彼女は荒っぽくそれを地面に置くと、蓋を開けて中を漁った。


「それは何ですか?」

「これは訓練用の道具だ」


 ガサゴソとケースの中にあるものを扱い、やがてファングは黒いT字型の何かを取り出して、沙織達の方へ向けた。それが“拳銃”であることを沙織達が認識したのと同時に、その場に大きな発砲音が響いた。


「「「わァ!」」」


 突然の爆音に、沙織達は驚愕し、揃って声を上げることしかできなかった。







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