第49話 怪人が増殖?ガーディアンズと作戦会議!②
「それでは、次に今回の作戦について共有する」
明智長官はそう言うと、玲さんを通して三人に書類数枚を渡した。
俺と悠希へは、同じ内容の文面がスクリーンに投影される。俺達はコンピュータのターミナル上でプログラムを実行した時みたいに流れる文字列を目で追った。
「ノーライフ変異態の駆除を目的とした旧帝住金属製鉄所内への侵攻に関する作戦要項……相変わらず長ぇな」
書類の表紙に書かれたタイトルを、隣の悠希が呟いた。
私法人とはいえ、流石、国防組織。役人や研究者が付けそうな名前だ。
正式名称は長いが、タイトルのすぐ下には略称も記載されている。
「以下、“七色作戦”とする」
…………あぁ、沙織達で三色、俺(青龍)、悠希(白虎)、火野さん(朱雀)で三色、エージェント部隊で一色、合計七色ってことか。
「なんだか、いかにも極秘情報ですって感じ」
「だねぇ。こういうの、映画とかでしか見たことないよ」
《なになに?》
《どれどれ》
渡された書類の内容に、綾辻さんと沙織は少し萎縮していた。
「ただの紙よ。外に漏らさなければ問題ないわ。取り扱いに自信がないなら、内容だけ頭に入れてここに置いて部屋を出なさい」
玲さんが保護者のように言う。
まぁ、普通の高校生が機密文書を目にする機会なんてないからな。俺も最初の頃は、あんな感じだった。
「では作戦を。キャプテンから頼む」
「はい」
火野さんが返事をして、ホログラムを切り替えた。
先ほどまで投影された製鉄所のホログラムが周辺の地形も含んだ図に変わる。
「まず、製鉄所内部への侵攻ルートだが、この製鉄所は北側が港になっていて海に面している。よって今回は三班に分かれて東西南の三方向から仕掛ける。ここにいるメンバーは、既に俺の独断で割り振らせてもらった」
文書を流し読みしていくと、それらしい記述があった。
玲さんと綾辻さん、俺と沙織、悠希と秋月。
どうやらこの三班に、作戦実行担当に加え、弾薬補充担当などのガーディアンズのエージェントがそれぞれ編成されている形らしい。
「以降、それぞれの班の名前を、
いつもならアルファとかブラヴォーとか使っているが、沙織達に気を使ったのか今回は色で分けている。
まったく分かりやすい名前だ。どのチームがどの名前かは、言うまでもないだろう。
それにしても……。
「火野さんは、どうするんですか?」
「俺は“アカシシ”で上空に待機している。敵が空に逃げたら、撃ち落とすのが今回の俺の役目だ」
“アカシシ”とは、ガーディアンズが開発した戦闘用のヘリコプターだ。戦闘ヘリだと一般的にはコブラとかアパッチとかがあるが、まぁその類だと思ってくれれば良い。
「命令はこちらから行うが、現場の細かな指示はエージェント・ゼロ、ハイドロード、ファングの三名に行ってもらう。三人は作戦開始までに建物のマップを頭に入れておけ」
名前を言われた俺達三人は命令に揃って頷いた。その反応を確認して、火野さんは「それでは作戦の詳細を説明する」と口を開く。
「今回の作戦の目的は、変異態の殲滅。中でも奴らの卵と幼虫、これらの殲滅は本作戦の絶対達成事項だ。よって三班は製鉄所内に進入したら、向かってくる敵を倒しつつ奴らが巣を作っているポイントを目指せ」
ホログラムの地図に俺達が向かうべきポイントが表示される。映像にあった蜂怪人の卵と幼虫のいる巣があった場所だ。その場所までのルートは特に複雑なわけでもないが、屋内ということもあって迎え撃ちやすくもある。
俺が敵方なら、侵入者が通りそうなルートに罠を仕掛けるが、まぁ、今回の敵に限ってはその心配はいらないか……。
「なお、今回の敵には通常兵器でしばらく行動不能にすることはできても、殲滅することはできないことが確認済みだ。よってガーディアンズにできるのは、あくまでも援護のみ。変異態のトドメを君たちに行ってもらう」
「はい!」
火野さんの説明に、綾辻さんが返事をした。秋月も了承した様子で頷いている。
この作戦……彼女達に死体撃ちさせるようで少し不満だが、この方が百体もの敵を全て相手にさせるよりは彼女たちの負荷は少ない。敵を完全に殲滅するすべが彼女達、魔法少女にしかない以上、これが一番合理的だ。
「巣の破壊も君たちに行ってもらうが、基本は我々の指示に従ってもらう。エージェント・ゼロ、ハイドロード、ファングは、その他エージェントを率いて彼女達が敵の殲滅が行えるよう戦いつつ、彼女達を巣のあるポジションに辿り着かせるのが任務だ」
火野さんは「以上が作戦の内容だ」と話を区切った。
「部隊の装備はどうしますか?」
「通常装備で行く。だが敵の情報から考えるに、銃撃による交戦が想定される。防弾の装備を徹底させておけ。銃撃といっても敵の弾は毒針だ。掠るだけでも命はないと肝に銘じさせておけ」
「了解」
「お前らもだぞ!」
火野さんが視線を玲さんからこっちに向けて言う。
「了解です」
「分かってるよ……弾倉でも持ってくか」
「そうしろ」
俺の場合、アナフィラキシーショックじゃないけど、次に毒が体内へ入ったら死ぬかもしれん。
悠希は悠希で、いつもは素手で戦っているが、今回は流石にそうもいかないだろうなぁ。隣にいる彼女を見ると、イヤそうに眉間にしわを寄せている。
「あ、あのぉ」
秋月が書類のとある部分を示しながら声を発した。
「この最後の黒くなってる部分って何なんですか?」
「機密事項だ。組織の人間でない君達には知らせることのできない内容が書かれている」
長官の言う通り、彼女達の書類中で、見せたくない部分が黒く塗りつぶされている。
通称、のり弁というヤツだな。お役所の人間が良くやることだ。
機密事項と言われ、秋月もそれ以上言及することはなかった。
ちなみに、俺達の電子文書にも、隅に“青龍/白虎版”と書かれ、かつ一部が文字化けになっている。俺には何となくそこ書かれていることが推測できた。
「他に質問がある者はいるか?」
その返事に答える者はいない。沙織達に目を向けるも、彼女達も特に言いたいことがある様子はなかった。
ただ沙織に至っては、作戦を理解できてるのか不安だ。今、書類をうんうん頷きながら眺めているが、試験勉強している時に、たまにあんな反応していることがある。そんな時、聞き返すと内容を分かっていないことが多い。
まぁ、同じ班だし、何かあれば俺がフォローすればいいか……。
「よし。それでは定刻より作戦を開始する。エージェント・ゼロはエージェントに招集をかけ、作戦を共有しろ。全員、二時間後に屋上へ集合。輸送ヘリで現場に向かう」
玲さん、俺、悠希が「了解!」と声を揃えて返事をして会議は終了した。
***
会議が終了し、玲さんと共に沙織達は部屋を出て行った。少し遅れて隣の悠希も席を立ち部屋を出て行った。
「どうした?」
ずっと席に着いたままだった俺に、明智長官が火野さんと共に目を向けた。
「この黒塗りの部分についてですけど、作戦失敗時の“空爆”について書かれてるんじゃないですか?」
俺がそういうと、この場の空気が張り詰めた。明智長官はいつも通り何考えてるか分からない冷めた顔のままだが、火野さんの眼が少し細くなっている。
「……何故そう思う?」
「火野さんがこの部屋にいるのを見た時から、薄々何かあるのは気が付いてました。作戦の内容から考えて、変異態を撃墜するために制空権を押さえるだけなら、一般のエージェントでもできるはず。なのに火野さんが出てくるということは、現場で“何か”あった時に役職の高い人間が執行権限を持って、すぐに実行することを想定しているということ。では、その“何か”とは何か……」
色々と可能性を挙げればきりがないが、一番ありえそうなのは……。
「作戦失敗時……つまり変化人間三人の死、あるいは変異態が拡散しそうだと判断された時、空爆によって変異態と巣を破壊する。それがこの作戦の隠された部分なんじゃないですか?」
俺は真っ直ぐ火野さん達を見据えながら言った。
やがて、火野さんが大きなため息を吐いた。
「……正解だ」
そういうと、スクリーンに文字化けの消えた作戦の文書が表示された。
目を通すと、そこには俺の想像したものとあまり相違ない内容が書かれていた。
「“次の事態が生じた場合、現場の状況に関わらず、直ちに空対地ミサイルによる空爆を行うものとする”」
そんな文章を始めとして、以降に空爆が行われる条件がまとめられていた。
その条件は、魔法少女の死、変異態の拡散、部隊の全滅などなど、おおよそ想定される最悪の事態が記載されている。これらのひとつでも当てはまった場合に、爆撃によって変異態の全滅を実行するとのことだ。場合によっては米国や国連安保理による熱核兵器を使用する可能性も書かれている。
あの敵に爆撃や核攻撃が効果があるのかは知らないが、少なくともこの作戦が失敗したら、半径20キロ内は更地になるのは避けられない。
「……本気なんですね」
「そうだ。何か異論が?」
「いいえ。ガーディアンズが警察や自衛隊と同じく武装できる独自機関として存在できてるのは、創設時にこういう事態での責任をすべて負うように法案を通したからとのことですし、この内容に異論はありません」
いや、無いわけじゃないけど、市民を守るためというなら犠牲になるのは仕方がないし、覚悟の上だ。
「三人が死亡した時の対応として、空爆の手段を取るのはまだ分かります。ですが、それ以外の条件で実行するのは納得できません。ここで沙織達を巻き込むのは、ハデスに対抗するすべを失うことにもなります。空爆は彼女達三人が現場から撤退でき次第ということにしていただけませんか?」
下から提案するような言い方だが、俺は物怖じせずに言い切った。
事態の成り行きによっては、そんな猶予は無いかもしれないが、今後の対応的に……なにより心情的に、沙織達を死なせるわけにはいかない。死なせたくない。
「作戦の内容は本決定だ。変更はない」
だが、明智長官は顔色一つ変えず却下した。
「どうしてですか?」
「逆に訊くが、変化人間三人を射程外に避難させるのに要する時間、その時間で変異態が射程外に出ないという根拠はあるか? また仕留め損ねた変異態が別の場所でまた巣を作って増殖しないという根拠はあるか?」
明智長官の問いに、俺は口を噤む。
根拠は無い。また可能性が少ないわけでもない。むしろ十分にあり得てしまう事象だ。長官を納得させて作戦を変更してもらうには、より確実な作戦を提案するしかない。
しかし、いくら思考を巡らせても俺にはこの場で代案を出すことはできなかった。
「……まっ、そういうわけだ」
火野さんが俺と長官の間に流れる空気を散らすように口をはさむ。
「俺だって仲間や彼女達を殺すようなことはしたくない。けど市民を守るため、ここで変異態を確実に消すのが俺達の責務だ」
分かってる。
組織は、少数より多数。多数の命や利益のためなら少数の犠牲は厭わない。
そういう判断をするのが組織だ。
「それに最悪の事態にならなければ、このオペレーションは実行されない。俺がミサイルを打たないで済むよう頑張ってくれ」
確かに、それはそうだけど……。
「……了解です」
口から出た言葉は、その辺の物音で搔き消えてしまいそうな声量だ。
作戦への不穏な要素を残したまま、俺は席を立った。
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