第47話 無生殖による増殖




 あれから何とか眠ろうと頑張ってみたが、痛みが気になって嫌でも目が覚めてしまった。しかし空峰さんが言った通り、次第に痛みも落ち着いてきて、身体の不快感もなくなってきた。

 そしてようやくウトウトし始めた頃、突然、電気がつくのと同時に部屋の扉が開いた。


「調子はどうだー?」


 部屋に入ってきたのは、空峰さんだった。片手には支給品のタブレット端末を持っている。


「えぇ、まだ体が鈍いですが、問題ないですよ」

「そうか、なら良い。お前の退室許可が出た。歩けそうにないなら車椅子を持ってくるが、どうする?」

「良いですよ、自分で歩けます」


 出て行って良いといわれ、俺はベットから出る。痛みの影響もなく身体にはいつも通り力が入った。

 立ち上がると同時に、思わず大きな欠伸が出る。


「ふぁぁ。結局一睡もできなかった。今何時ですか?」

「午前9時だ」


 ということは、あれから六時間近く経ってたのか。

 暗い中でボーッとしてると時間の感覚が変になるなぁ。


「三十分後に会議があるらしい。お前も参加しろとお達しがあった。それまでに準備しとけ」

「内容は何ですか?」

「さぁな。あとで別のヤツに聞け」


 そう言って、空峰さんは手で部屋の外へ促す。


「そういえば、俺の服は?」

「後で持ってきてやる。ついでにシャワーでも浴びとけ」

「そうですね」


 治療のためか、あるいは検査のためか、着替えさせられていた俺は、入院着姿で病室から出ていった。




 ***




 本部のトレーニングルームに備え付けられているシャワーを浴びた俺は、用意されたエージェントの服に着替えた。

 でも前に着てたのは、学校の制服だったんだけど、あれはどこ行ったんだ?

 返してくれなきゃいろいろと困るんだけど……。

 まぁ、あとで確認しよう。


「やっと出てきたわね」

「玲さん?」


 そんなことを考えていると、トレーニングルームの出入口の前で玲さんに会った。腰に手を当てて、もう片方の手でタブレット端末を持っている。


「空峰さんから聞いたと思うけど、この後すぐに会議があるの。それまでに現状について説明するから、頭に入れておいて」


 玲さんは俺にタブレット端末を渡すと、ついてくるように促した。端末の画面には昨日の出来事をまとめたと思われる文章や画像、映像のデータが時系列順に並んでいた。

 俺が倒れるまでの内容は分かってるから、見るとすれば、それ以降のデータだな。

 その該当する内容を選択しながら、俺は玲さんの横に並んでついていく。


「昨日、貴方が倒れるまでの出来事は知ってるわよね?」

「えぇ」

「その後の出来事については、結果だけいうと、ノーライフの変異態は現場から逃走したわ」


 えっ、逃がしたのか?


 端末を操作すると駐車場から飛んでいく蜂怪人の映像が残っていた。おそらく、周辺にいたエージェントが記録として撮ったものだろう。

 蜂怪人が俺の覚えている姿よりも少し傷が多いことから、俺が倒れた後にキューティズ……多分、スプリングとサマーが追い詰めたのだろう。


「その後は、周辺にいた私たちエージェントで変異態を追跡。変異態は五時間ずっと不規則に飛び回りながら。最終的に港付きの廃工場に逃げ込んだわ」

「えっ、そんなところに?」


 端末のデータにもあるけど、その廃工場は町の境界を三つほど超えたところにあり、車で三時間くらい掛かる場所だ。

 関東圏の距離間で言うと横浜市からさいたま市くらいの距離か?

 直線的に見るとその程度だが、西へ東へクネクネ飛びながらだから、この距離を連続飛行できるとすると、日本の外まで移動できることになる。

 治安的にも、外交的にも、早めに駆除しておきたいところだろう。


「そして、問題はここから」


 まだ何か?


 トレーニングルームから廊下を歩き、俺達は会議室のあるフロアを目指してエレベーターの前に立った。玲さんがボタンを押した後、俺達のいるフロアにエレベーターが来るのを待つ。


「廃工場の中へ逃げ込んだ変異態はその後、活動を停止。周辺をエージェントたちが監視しているけど、いまだに一度も外へ出てきていないわ。それで深夜、工場の中で何が起こっているのか調べるために調査班が偵察ドローンを起動。その暗視カメラで撮った映像が……」


 玲さんは映像データを再生するよう、指でツンツンとして促す。


 俺は指示通りアイコンをタップすると、黒と緑で表示された映像が再生された。

 映し出されたのは、今話していた工場の中と思われる建物の中を移動する映像だ。鉄なのかコンクリートなのか、素材は分からないが複雑な形をした床には至る所にある鉄の柵があり、壁や天井には何本も管が通っている。

 映像は通路を抜けると、鉄を生産する装置と思われるラインの中へと移動した。前に何かのテレビで加熱された鉄が1キロくらいの長さを一気に走る映像を見たことがあるが、これもあの装置だろうか。あるいは鉄を変形させる圧延機かもしれない。

 そんな鉄を加工するための古びた装置が並んだところにドローンが移動すると、暗視カメラが何が動くものを捉えた。その動く“何か”を撮影するべく、ドローンは徐々にそれへ近づいていき、やがてその正体をはっきり撮った。

 そして、そこに映っていたものを見て俺は目を見開く。


「な、なんだコレ!」


 装置にフジツボが張り付いたように付着したそれは、六角形の穴が並んでいるような見た目で、穴の一つ一つの中には張りのありそうな肉塊が不気味に蠢いていた。

 その気持ちの悪いものを撮影して数十秒後、映像は突然プツッと切れた。どうやらドローンがカメラごと破壊されたようだ。

 俺は映像を巻き戻して、対象が映ったところで停止した。


「これってまさか、卵……いや、幼虫ですか?」

「両方ね」

「まさか、あの蜂怪人が中で増殖してるってことですか!」

「そういうこと」


 俺の質問に短く答えると、玲さんはエレベーターに乗る。どうやら俺が映像を見ている間に、エレベーターが着いたようだ。

 俺もすぐに後続して乗り込む。


「変異態は工場の中に巣を作って増殖してる。ガーディアンズの稼働できる偵察ドローンをすべて犠牲にして集めた映像と時間から推測して、その数は百体近く。無生殖による個体増殖を振り返し、卵と幼虫はなおも指数関数的に増加してる」

「……マジですか」


 唖然。自分が気を失っている間に起った出来事、そのことの大きさと急変に、俺はただただ唖然とする。


「てか無生殖……無精卵の孵化って、あり得るんですか?」

「現実に起こってるでしょ?」


 そうですけど!

 いや、それは確かに、ノーライフの変異者っていう、よく分からないモノに、よく分からないモノが掛け合わさってるモノだから、この世界の理屈が通じないのも分からなくはないですけど!

 水を自在に操る俺が言うのもなんですけど、そんなすぐに受け入れられないですって。


「今は工場の中にいるけど、いつ周辺に拡散するか分からない。そうなればガーディアンズやあの子たちだけじゃあ対応が追いつかない上、市民への被害も日本だけに止まらない」


 あの怪人が世界中に……ちょっと、考えたくないな。


「よって、ガーディアンズは急務としてこの事件の解決にあたるわ。今から行う会議の内容は、事態の共有と対策の立案よ」

「……了解です」


 とはいうものの、どうするりゃいいんだコレ。

 ガーディアンズのエージェントでサポートしても、有効な攻撃ができるのはキューティズ三人のみ。それに対して、敵は百以上。

 数では完全に劣勢だ。


 なんて、半ば絶望している内に、エレベーターは目的のフロアに着いた。ここはゲストキーで入れる最高層のフロアだ。だからか、ここはあまり威圧感のないように穏和なデザインになっている。よくあるホテルや公共施設のロビーのようだ。


「ちなみに、会議のメンバーは貴方と悠希、明智長官、火野さん、私、そして変化人間の彼女達三人」

「火野さんが。って、沙織達も?」

「えぇ。もしかしたら、お付きのペットも三匹いるかもだけど」


 まぁ、三人がいるなら確実にニャピーもいるだろう。

 ステルス機能のある正体不明の動物三匹を本部に入れるのはリスクだろうけど、そこは沙織達がしっかり監視してもらうしかないな。


 エレベーターを降りて、俺達は会議室のある通路を進む。今回の場所は四神会議のある場所とは別で、応接室としても使われる会議室だった。


「でも沙織達がいたら、俺と悠希は顔を隠す必要があるのでは?」

「そうね。だから、貴方たち二人には別室から参加してもらうわ。こっちよ」


 目的の場所だと思っていた会議室を素通りして、玲さんは隣の部屋の前まで行き、そのまま扉を開いた。玲さんの後に続いて中へ入ると、まず大きなアクリル板のようなスクリーンが目に入った。そして、それに向かうようにテーブルとイスが並べられている。

 なんか、会議室なのにちょっとしたシアタールームみたいになっているな。


「よぉ」

「おぉ」


 置かれた椅子は二つ。そのうちの一つには、すでに悠希が座っていた。


「このスクリーンで貴方たちには遠隔式に参加してもらうわ」


 隣にいるのに遠隔って。


「隣の会議室にもこっちと同じスクリーンが設置されていて、そっちのスクリーンでは貴方達の姿はハイドロードとファングの姿で映るようになってるわ」

「へぇー」

「というわけで、じゃあ私は三人を連れてくるから」


 そう言い残して、玲さんは部屋から出て行った。

 玄関のロビーにでも待たせてるのか? いや、メディア関連の人たちに見つかると面倒そうだし、すでに建物内のどこかか?

 まぁ、どうでもいいか。


「怪我は大丈夫か?」

「とりあえずはな。お前も大丈夫だったか?」

「見ての通りだよ」


 俺は空いてる方の椅子に座る。

 悠希はいつものジャージ姿で、傷や治療の跡なんかも特に無かった。報告にも負傷についての記載はなかったし、大丈夫なようだ。


 さて、スクリーンには電源が入っているようだが、この後どうすりゃいいんだ?


「……悪かったな」

「は?」

「いや、今回の件、オレが引き起こしたみたいなもんだし」

「そうだっけ?」


 思い起こしてみると……確かに事の発端は悠希がヒューニを問い詰めようとしたから、ではあるけど、悪化させたのは雪井彰人がノーライフにマージセルを埋め込んだせいだろうに。

 そう思いながら悠希に目をやると、彼女は何かばつの悪そうに仏頂面で頬杖をついていた。


「……まぁ、気にすんな」

「……あぁ」


 その後、しばらく沈黙が続く。

 俺はタブレット端末のデータを眺めながら時間を潰したが、五分後にスクリーンに映像が投影されるまで、悠希はただ黙ってじっとしていた。







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