第45話 合わない二人?秋地のダブルアタック?
時間は少し戻り、立体駐車場の3階。
ファングの指示に従い、オータムは物陰に隠れていた。指示を出した本人も、彼女とは別の場所で身を隠している。
物陰から蜂怪人の姿を覗き見ながら、オータムは先ほどファングの指示を思い返した。
「よし、作戦を言うぞ。とりあえずヒト型の方は無視で良い。まず先に周りに飛んでるデカ蜂を片付ける。オレが囮になるから、デカ蜂がオレに攻撃してきた所を、お前が飛ぶ斬擊で斬れ。誘い込む場所はあの黒い車の前だ。お前は迎え撃てる場所で待機してろ」
キューティズがハデスと戦うとき、作戦を立てて倒すことはほとんど無い。それはノーライフが突然現れるため作戦を立案する時間がないというのもあるが、キューティズの魔法が強力ゆえ、力押しでなんとかなってきたことも理由だ。加えて、キューティズの三人は元々ただの女子高生。戦闘訓練を受けたこともなければ、戦略のための知識も身に付けていない。
オータムは戦闘のプロであるファングを信じて、早口で伝えられた作戦内容に、素直に頷いた。たとえ作戦に異議があっても、じっくり話し合う時間もなかった。
そして二人は分かれ、オータムは指示通り配置に着いた。
(デカ蜂の数は、二、四、六……十二匹か。大半が
アサルトホーネット達は集団で固まって蜂怪人の周りを浮遊しながら、隠れたファングとオータムを探していた。その様子はまるでボスと手下……女王蜂のために活動する働き蜂の関係である。
やがて、蜂怪人とアサルトホーネット達が駐車場の通路の真ん中まで動いたことを確認して、ファングは物陰から出て、彼らと向かい合うように姿を現した。
「ッ! キャァァ!」
蜂怪人はファングの姿を捉えると、威嚇してアサルトホーネット達に攻撃するよう命令を下す。アサルトホーネット達は纏まってファングに襲い掛かった。ファングにとっては、先ほどからすでに何回も見た光景だ。
駐車場の通路とあって遮るものは何もない。
「今だ! メイプルスラッシュ!」
直線飛行するアサルトホーネットに向かって、車の陰に隠れていたオータムが三回、魔法による斬擊を横から飛ばした。3つの斬撃は二匹、二匹、三匹とアサルトホーネットを切断する。
残ったアサルトホーネットは倒された同類のことなど気にすることもなく、そのままファングの元へ向かい攻撃を仕掛けにかかった。
(あと四匹……ん、四匹? あと一匹はどこだ?)
自分のところに向かってくる敵の数が合わないことに気づき、すぐにファングは目だけで索敵を行う。周辺や蜂怪人の近く、車や柱の陰など、瞬時に目を向ける。
「はっ!」
そしてファングはオータムの近くに“動く影”を見つけた。その動く影は他のアサルトホーネットとは別に、隠れていたオータムを強襲するため備えていた個体であった。
そのアサルトホーネットは、腹先の針を突き出して今にもオータムを刺さんと飛んでいた。当のオータムは撃ち洩らしたアサルトホーネットに気を取られ、その一匹に気が付いていない。
「チッ!」
舌打ちと同時にファングは脚についたホルダーからファイティングナイフを取り出して、そのままアンダースローで投擲した。
ファングの腰にはガーディアンズ特製の銃、右脚にはナイフが装備している。だが素手の攻撃が基本戦法のファングがこれらを戦いで使うことはほとんどない。使うとすれば、今のようにある程度の遠くにいる味方の援護等として使うことが多い。
弓矢の如くまっすぐ飛んでいくナイフは、オータムを襲うアサルトホーネットの羽をすんなりと切断した。飛んでいたアサルトホーネットは短い悲鳴を上げて、地面の上を転がった。
「えっ、なに?」
地面の上をのたうつアサルトホーネットに気が付いたオータムは、咄嗟に自身のブレードで斬り払った。
それによって、奇襲を仕掛けようとしたアサルトホーネットは消失したが、代わりに残っていた四匹のアサルトホーネットがファングを襲う。
「ハァァ!」
敵の針に注意しながらファングは応戦する。相手の攻撃パターンはついさっきまでのものと全く変わりがないため、彼女にとっては回避も反撃も難しいことではなかった。むしろさっきより数が減っている分、反撃するのも更に容易になっている。
真っ直ぐ飛んできた針を避け、多角攻撃に移ったアサルトホーネットを冷静に捌く。しかし、殴ろうが蹴ろうが、ファングの攻撃ではアサルトホーネットはすぐに復活する。
「ファングさん!」
「来るな!」
「えっ!」
助太刀に入ろうとしたオータムだったが、ファングに制止され、足を止める。
「オレのことはいい! お前は斬撃で敵を倒せ!」
「は、はい!」
オータムは一瞬戸惑いながらも指示に従て、ファングのもとに行くのをやめた。この時、なぜファングが助太刀を拒んだのか、オータムには理解できなかった。
『こちらエージェント・ゼロ。ハイドロード、ファング、聞こえる?』
『はい、なんですか?』
ふと、ファングの通信機から声が聞こえた。その声が玲さんと俺のものだと、ファングはすぐに理解したが、敵と戦っている最中であるのと自身の機械音痴によって、通信機の電源を入れるのが遅れた。
「どうした?」
『現在、私達迎撃班が貴方達のいる現場を囲んでる。向かいの建物から敵の姿と変化人間の姿も確認できたわ。周辺の避難誘導と規制線の設置も完了した。現状を報告できるかしら?』
『戦況は二分。さっきまでいた雪井彰人により、ノーライフが変異者に変化してます。あとは、ッ……ちょっと今、手が離せないんで!』
「オレもだ」
それだけ言って、ファングは攻撃してくる敵を殴り飛ばして通信を切る。その殴り飛ばしたアサルトホーネットは、オータムの斬撃によって姿を消した。
(残り三匹……ッ!)
敵の数も減り、数え漏れもなく、この戦闘の終わりを微かに予感していたファングだが、ここでふと、視界に入った影にピクリと反応して視線を移す。すると、すぐ目の前に腕の針を突き出した蜂怪人が迫ってきていた。
その針を払いのけて、ファングは間合いを詰める。そして十発ほど自身の拳で瞬時に殴り付けた。
蜂怪人は彼女のラッシュに押されるも、ダメージを受けた様子はない。反撃に、カウンターにファングを殴り返した。
(硬ェなぁ、ッたく!)
蜂怪人の反撃を、ファングは腕で急所をかばい防いだが、代わりに殴られた腕に麻酔が打たれたような痺れが走る。
「ファングさん!」
ファングが腕の痛みに気を取られていると、急にオータムの警戒を促す声が響いた。ファングが振り向くと背後にはアサルトホーネットが毒針を刺そうと襲ってきていた。
「チッ!」
「メイプルスラッシュ!」
襲われるファングを助けるためオータムが斬撃を放つ。三日月形の斬撃は一直線上にまっすぐ飛んだが、アサルトホーネットが斬撃の軌道を外れたため、斬撃は対象を斬ることなく消滅した。
(外した!)
(外れたか。まぁいい)
攻撃は外れたが、斬撃を避けたことで三体のアサルトホーネットの動きが一時止まった。それを見てファングはアサルトホーネットに近づき、手刀打ちと熊手打ちで二匹を打ち払った後、残りの一匹を飛び蹴りで蹴り飛ばす。
先ほど通信しながら敵の攻撃をさばいていた時のもそうだったが、その熟練の動きにオータムは目を見張った。
(スゴい、さすがプロ。でも、いくら上手く攻撃してもファングさんじゃ、アイツらは倒せない。やっぱり私がやらなきゃ!)
先ほどのファングの指示を無視して、オータムは剣を握る手の力を強め、援護に向かった。
「キャァァ!」
「ハァァ!」
ファングを攻撃しようとしていた蜂怪人の前に割って入り、オータムは両手で剣を振るう。縦の振りから横の振り、突きと、オータムの剣の連撃は蜂怪人に当たることはなかったが、怪人を彼女達から離すことができた。
「ちょ、お前!」
距離を置いた蜂怪人に向かって剣を構えるオータムを見て、ファングは焦りを見せる。
「はぁ! たァ! このォ!」
続けて、オータムは間合いを詰めながら剣を振る。その攻撃を蜂怪人は最小限の動きで避け続けた。通常のノーライフよりも高度な知能を有した蜂怪人にとっては、魔法少女といえど中身が素人同然のオータムの動きを見切るのは、わけないことだった。
しかし、そんなことを彼女が知るわけもなく、オータムはいつもの力押しで攻め続けた。
やがて蜂怪人はオータムの斬撃を横切るようにして身を避けた。
「ちっ!」
それと同時に、ファングも背後に回り込まれたアサルトホーネットに対処すべく、回し蹴りしながら後ろを向いた。状況としては、蜂怪人とファングが互いに背を向ける形になる。
途端、アサルトホーネットは三匹揃って針を突き出すようにファングへ向けた。その動きが針を弾丸のように発射する事前動作だと、これまでの戦いから理解していたファングは、発砲と同時にすぐに射線から逃げることができるように、視界の三匹を注視する。
しかし次の瞬間、ファングの背に激痛が走った。
「ぐはっ!」
「あっ!」
膝を地面についたファングが振り向くと、そこには剣を振り下ろして立っていたオータムが目を見開いて彼女を見ていた。その背後にいる蜂怪人の様子から、ファングは怪人がオータムを引き付けて同士討ちさせたことを悟った。
「ご、ごめんなさい!」
オータムは自分がしたことに、顔を青くしてファングの身を案じる。ファングの背部には、斬撃によってできた傷がまっすぐ入っていた。
「くそ、だから嫌だったんだ。ッ!」
ジンジンと感じる背中の痛みに耐えながら、ファングは立ち上がる。直後、前にいたアサルトホーネットが針を発砲しようとしていたのに気がついた彼女は、横に倒れ込むようにして、その弾丸を避けた。
受け身をとりながらもコンクリートの床上を転がったことで、ファングはまた膝をつく
「ファングさん!」
傷つけてしまったファングに気を取られ、オータムは相手をしていた蜂怪人の攻撃に気が付かなかった。
「きゃッ!」
横腹に強力なキックを受け、オータムはファングの前まで吹き飛んだ。そのあまりのパワーに、剣を手から放してしまう。その威力は数にして10トン以上。魔法少女やガーディアンズの特製スーツでもなければ、とても耐えられるものではなかった。
「ぐぅぅッ!」
しかし無傷で済むわけでもない。痛みに悶え、オータムは倒れたまま両手で痛む体を押さえる。今までの人生の中で感じたことのない激痛を、彼女は受けていた。
そんな隙だらけの彼女に、蜂怪人はトドメを刺そうと両腕の針を向けた。アサルトホーネットも司令塔の怪人と一緒に針を向ける。三匹と一体が放つ毒針のいずれかが体に刺されば、その神経毒によって絶命は免れない。
「ッ!」
危険を察知して、ファングは転がっているオータムのメイプルブレードに手を伸ばして跳んだ。そして彼女がブレードを手にしたと同時に、蜂怪人とアサルトホーネットは毒針の弾丸を一斉射撃する。ファングは動きを止めることなく剣を振り、飛んでくる針の内、自分と後方にいるオータムに当たりそうな針の弾丸をブレードで斬り払った。
咄嗟に手にした他人の武器だが、そんなことを感じさせない適度な力と速さ、精密さだ。
更にファングは踏み込んで間合いを詰め、敵に向かって剣を振るう。跳躍と同時に体ごと回転した大きな横振りによってアサルトホーネットは一掃される。そのまま続けてキックの牽制によって隙を作り、蜂怪人のボディへ連撃を叩きこむ。そのブレードの動きはまさに一閃、常人の眼では刀身を目で追うことすらできない速度だ。
鉄を打つような音を鳴らして硬い装甲が裂かれ、蜂怪人は大きなダメージを負う。
「ギャァァー-!」
悲鳴を上げながら、蜂怪人は後ずさりした。斬られた箇所からは、血の代わりに黒い靄のようなものが噴き出ている。しかも、その心臓部には醜悪な肉塊が浮き出ていた。ノーライフに埋め込まれたマージセルが、魔法少女の力によってダメージを負い、拒絶反応で外へ出てきたのだ。
「ファイターキック」
ファングは脚足部に装着された機械を作動させ、手に持っていたメイプルブレードを放り投げて走り出す。そしてネコ科の動物を思わせるジャンプ力で蜂怪人に向かって跳び、身体を回して足を突き出してキックを放った。
いつも通りなら足に集中していたエネルギーが怪人を吹き飛ばしてマージセルを破壊するはずだったが、直前、蜂怪人のマージセルは体内へ戻り、代わりに背中の羽根が広がり、素早く羽ばたく。
「ッ! 速い!」
攻撃対象が範囲内から消え、ファングは着地した後、浮遊した蜂怪人を見上げた。
雑魚敵のアサルトホーネットをすべて倒したとはいえ、今まで地に足をつけていた蜂怪人が飛ぶとなれば、その戦法も大きく変わる。空中を飛ぶ敵を相手にするため、ファングは警戒を強めて身構えた。
「オータム! ファングさん!」
「大丈夫ぅ?」
その時、フロア出入口から二人の少女の声が聞こえた。
***
「ッ!」
「今の音は!」
アサルトホーネットの成虫体を倒して3階へ向かっている時、俺達は大きな打撃音を聞いた。それはファングがオータムのメイプルブレードで蜂怪人の装甲を斬り裂いた音だったが、この時の俺達がそれを知るわけもない。
ただひとつ分かったのは、まだオータムとファングの戦闘が終わっていないことだけだ。
スプリングとサマーはオータム達の身を案じて走る足を速めた。二人に後続していた俺も合わせて速く走る。
「オータム! ファングさん!」
「大丈夫ぅ?」
そのまま現場にたどり着くと、空中を飛んでいる蜂怪人と身構えているファング、少し離れたところにダメージを負って膝をついているオータムがまず目に入った。
あの蜂怪人、飛べたのか。いや、元が蜂なら別に飛べてもおかしくはないか。
オータムの具合も心配だが、蜂怪人の傷から察するに、だいぶ追い込んではいるらしい
「オータムっ!」
「なになに、どういう状況?」
スプリングとサマーが傷ついたオータムに気を取られた瞬間、蜂怪人は動く。警戒しているファングから距離を置き、背を向けて逃亡を図ろうとした。
「逃がすか!」
ここで逃がせば、今までの苦労が無駄に終わる上、一般人にも被害が及ぶ危険がある。
ファングはすぐに駆け出して、蜂怪人の後を追った。途中、駐車した車の上を跳び越す姿は、アクション映画さながらだ。やがてすぐにファングと蜂怪人の距離は縮まり、ファングは跳び上がって蜂怪人の足を掴もうと手を伸ばした。
だが次の瞬間、蜂怪人の姿がファングの視界から消えた。
「なに!」
ファングは空を掴むことに驚くが、離れたところから見ていた俺には、蜂怪人が柱を中心に旋回して方向転換したのが分かった。しかも、そのまま腕の針を構えてオータムの方へ向かい、敵を狙う。
この怪人、やはりなかなかの策士だ。
「「オータムっ!」」
スプリングとサマーが進行方向の先にいたオータムに向かって叫ぶ。
だが……。
「違う、そっちじゃない!」
「「えっ!」」
突如、蜂怪人は腕の毒針を二人の方へ向けて発射した。
この場で、一番隙が多いのは、この二人だ。ここで弱っているオータム一人を狙うよりも、フェイントで二人を仕留める方が、敵の数を多く減らせる上、確実性も高い。
けど、だからって瞬時にこんな不意打ちがひらめくか普通。どうなってんだ、この怪人の知能は……。
と、いうのは、その後に思い返した時の俺の感想だ。
この時、蜂怪人が毒針を発射する直前、俺は気が付いたら二人を守るように毒針の射線上へ割って入っていた。
そして発射された蜂怪人の毒針の集中砲火をスネークロッドで振り払う。
「ぐはっ!」
しかし、流石にアサルトライフル並みの連射速度で放たれる弾のすべてを打ち落とすことはできなかったようで、途中、体の各所に焼けるような痛みが走った。
目線を下げると、肩と腹、足先に、毒針が数本刺さっていた。
身体中の激痛が増すのと反対に全身の力が抜け、俺はその場に立つ力ことさえできなくなる。
「ハイドロードさんッ!」
悲鳴のような沙織の声を最後に聴いて、俺はその場で気を失った。
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