第44話 激戦!春夏水のトリプルアタック!






「スプリング! サマー!」

「待て! 無闇に動くな!」


 落ちていくスプリング達を見て、オータムは助けに行こうとしたが、柱の裏から出ようとした直前にファングに止められた。

 床の大穴からアサルトホーネットが下の階へと飛んでいく。

 もし迂闊に出ていってたら、良い的になっていたことだろう。


「チッ! いっちょ前に知恵のある戦い方しやがるな!」


 相手がこちらを分断したことに、ファングは大きな舌打ちをした。

 柱の陰から覗き見ると、蜂怪人の周りには少数のアサルトホーネットがまだ残っていた。数にしては十匹ほど。蜂怪人が二人を相手にするには十分な手下の数だ。

 それらが今、柱の陰にいる自分達を見ていた。


「下はハイドロード達でなんとかしてもらうとして、こっちはこっちで何とかしねぇとな……」

「何とかって?」


 何とかもなにも戦うしかないのでは、とオータムは首を傾げる。蜂怪人と戦う気であった彼女にとっては、この状況は望むところなのだろう。

 しかし、勝手を知る仲間とならまだしも、よく知らない魔法少女と近接戦闘を行うのは、ファングにはリスクが多く思えてならず、無策に突っ込むことはできなかった。


「……お前、確か名前はオータムっていったよな?」

「えっ! あっはい!」

「オータムお前、確か武器持ってたよな?」

「はい。メイプルブレード!」


 オータムは自身の武器を出現させて持ち手を握った。

 それが近接武器だったことに、ファングのマスクの下の表情が歪む。


「……飛び道具はあるか?」

「えっ、いや……あぁ、斬擊なら飛ばせますけど?」

「よし!」


 ファングの声に驚き、反射的にオータムの目が少し大きく見開く。

 迫り来る蜂怪人から一度身を隠すため、ファングは「ついてこい」と言って、敵に見つからないようにしながら柱の陰から別の物陰へと移る。

 オータムは首を傾げたがらも指示に従った。




 ***




 一方その頃、下の階に落ちた俺達も、降りてきた大勢のノーライフとの戦いが始まった。


「ウィンドガンナー」

「シャインロッド」


 こちらは雑魚敵の大群とあって特に戦略などはなく、飛んで来るアサルトホーネット達をそれぞれ一匹ずつ倒していく。倒したアサルトホーネットは悲鳴を上げながら地面に落下し、跡形もなく消えて無くなった。

 俺にはノーライフを倒す力はないので、彼らにとどめをさしているのはスプリングとサマーの二人だ。俺がやっていることといえば、二人が倒しやすいよう敵の攻撃を邪魔したり牽制したりとサポート的な攻撃がメインだった。


「スプリング・ブレット!」

「あーもう、ブンブンうるさいなぁ! サマーマジック! 暗闇を照らす浄化の光よ、敵を撃ち払え!」


 二人は四方八方から襲い来るアサルトホーネットの攻撃をかわしながら、射撃と呪文攻撃で反撃する。二人の武器から放出された魔力の攻撃は、命中したアサルトホーネットを確実に駆逐していく。

 敵の数は多いが確実にその数が減っている。


『こちらエージェント・ゼロ。ハイドロード、ファング、聞こえる?』


 付属の通信機から聴こえてきた玲さんの声に、俺は耳元についた送信機のスイッチを入れた。スネークロッドの輸送システムを起動したことで、ガーディアンズエージェントも出動してきたらしい。


「はい、なんですか?」

『…………どうした?』


 通信中もアサルトホーネットの攻撃は止まらないので、俺は話ながらもスネークロッドで敵を振り払う。

 ワンテンポ遅れてファングも答えた。通信機での彼女の返答が遅れるのは、いつもの事だ。


『現在、私達迎撃班が貴方達のいる現場を囲んでる。向かいの建物から敵の姿と変化人間の姿も確認できたわ。周辺の避難誘導と規制線の設置も完了した。現状を報告できるかしら?』

「戦況は二分。さっきまでいた雪井彰人により、ノーライフが変異者に変化してます。あとは、ッ!」


 そこまで言って、俺は一度言葉を切った。

 視界にアサルトホーネットが尻尾の針を飛ばそうとしているのが見えて、急遽バックステップでその射線から外れたが、息つく暇もなく敵の追撃が襲ったのでスネークロッドで防ぐ。


「ちょっと今、手が離せないんで!」

『オレもだ』


 それだけ言うと、ファングの通信が切れた。

 どうやら上の二人も戦闘中らしい。ファングもいるし、特に心配することはないだろうけど、今回は“変異者になったノーライフ”という半ば未知の敵だ。早く合流して片をつけたいところではある。


「とりあえず、現状は手出し無用です」

『了解』

「状況が終了次第また報告します……うぉ!」


 俺が通信機を電源を切った瞬間、眼前に光の弾丸が過った。マスクが無ければ目がチカチカしていたことだろう。


「あっ、ごめんなさいハイドロードさん!」


 どうやら今のはサマーの放った魔法だったようだ。

 まぁ、仕方ない。こういう乱戦に素人がいると、味方を誤射することはままあることだ。


「あぁ、気にするな」

「すみません。でも私の魔法は普通の人は傷つけませんから、ご安心を!」


 本当か?

 今一瞬、鼻先が焼けたような気がしたぞ?


「ん?」


 そんなやり取りをしているのも束の間、ふとアサルトホーネット達に変化が現れる。

 今まで規則性など全くなく、乱れ飛んでいたのにもかかわらず、急に鳥のように列を組んで飛び始めた。


「な、なに?」

「なんだなんだ?」


 そのノーライフ達の様子に、スプリングとサマーも警戒を示す。

 駐車場中を旋回しているアサルトホーネットを注視している中、とある一匹が一点に止まって浮遊していたのに気が付いた。


「シャァァー-!」


 その一匹が奇声を上げると、体が闇に包まれ、列となって飛んでいた他のアサルトホーネットがその闇に向かって一斉に突撃し始める。

 突撃したアサルトホーネットは闇の中へと消え、代わりに闇の塊が増殖していく。ウネウネと動きながら巨大化していく闇の塊は、黒いさなぎのようでもあった。

 やがてすべてのアサルトホーネットがその闇の中へと消えると、先ほどまで虫の羽音や瓦礫の転がる音で騒がしかった空間が嘘のように、静寂に包まれた。


「ッ!」


 空中で静止した闇の塊を見ていると、導火線に火のついたダイナマイトを目にした時のような緊張感が俺の体を襲った。


「二人とも下がれ!」

「えっ?」

「早く!」


 俺の指示を聞いて、二人は黒い闇の塊から離れる。途端、闇の塊は爆風を周囲に広げて、また姿を変え始めた。

 細長い球体のような形から、虫特有の羽と足が飛び出し、長い尻尾が生えてくる。そして悲鳴のような雄叫びと共に、強靭な大顎と蜂らしい複眼のついた顔と両腕が現れたかと思うと、いよいよデカい一個体のノーライフが全容を現した。


「「うわぁぁ」」


 サマーと俺の引いた声が重なる。

 目の前にいるノーライフは、大きさは2メートル程度、尻尾の長さを入れるともっと大きい。昆虫特有の頭・胸・腹の作りと羽はそのままに、尻尾の部分が長く伸びてサソリの尻尾ようになっていて、先端には鋭い針が付いている。

 スズメバチにサソリの腕と尻尾が融合したような見た目だ。ただ、大きな両腕にはハサミではなく四角いバレルの銃が付いたような形になっており、胸から生えた残り四本の細い脚の先には飾り程度の鋭利なかぎ爪が付いていた。


「ギャァァーー!」


 目の前のノーライフはまた大きな金切り声を上げ、俺達を威嚇する。対して、俺達は自身の武器を握りしめていつでも攻撃に対処できるように身構える。

 敵の無機質な眼は、まず俺を捉えた。


「チッ!」


 両腕の銃口がこっちへ向くのを察知した俺は、横に飛んで柱の陰へと逃げた。同時に、合体したアサルトホーネット……以後、成虫体と呼ぶ……の両腕が火を噴いた。銃声と共に両腕から発射された弾丸は、先ほどのアサルトホーネットが尻尾から撃っていた針と同じものだったが、その威力と連射速度は段違いだった。幸い、俺の体に当たることはなかったが、俺の通った軌跡上に着弾した地面は深く抉れ、ぽっかりと穴が空いている。しかも俺が隠れた1メートルほどの太さがある柱は半分以上が崩れ落ちていた。


「厄介だな……!」


 あの射撃の威力と連射、それに、もし装填がなく弾切れもないとすると、けっこう面倒くさいな……。


「ハイドロードさん! こんにゃろー!」


 俺が柱の陰で射撃を避けている様を見て、サマーが成虫体に攻撃しに掛かった。


「ハァァ!」

「えっ!」


 声を上げながら走るサマーの姿に、俺は愕然とした。


 あのアホ。射撃メインの敵相手に、まっすぐ突っ込むか普通?

 案の定、成虫体の銃口は俺からサマーへと射線を変えた。


「スプリング・ブレット!」


 サマーが突撃して成虫体の的になりかけるのを見て、スプリングが援護する。成虫体が攻撃する前に、魔力でできた風の散弾がヒットした。

 おかげでサマーはシャインロッドで思いっきり成虫体の頭部を殴打することができた。


「キャアァァーー!」

「うっ!」


 しかし、あまりダメージは入っていないようで、成虫体は自分のサソリのような尻尾を鞭のようにしならせて、サマーを叩き飛ばす。


「サマー!」


 スプリングが咄嗟に呼びかけるが、それによって成虫体の次のターゲットが彼女に移った。


「させるか!」


 だが、スプリングに銃口を向けて射撃する直前に、回り込んで成虫体に接近していた俺はスネークロッドで両腕を振り払った。

 それによって、スプリングは射線から外れ、敵が撃った針はあらぬ方向へと着弾する。

 そして追撃に、俺は振り回したスネークロッドで敵の頭部や腹部、触覚部など、急所と思わしき部分を連続で殴打した。その際、殴った感触が手に伝わってきたが、成虫体の頑丈さは、先ほどまでのアサルトホーネットとあまり変わらないように思えた。


「オラァァ!」


 追撃の最後の一撃に、俺は全力で成虫体の顔面を突いた。

 スネークロッドの先端は、成虫体の大顎の間をすり抜け、口内に突き刺さる。


「ギャアァァーー!」


 成虫体は悲鳴を上げながら、のたうち回るように空中を飛び回り始めた。引き抜いたスネークロッドには成虫体の何かしらの体液が付着していたので、俺は振りましてそれを払う。


 ある程度ダメージが入ったようだが、どうせすぐに復活するだろう。


「大丈夫か?」

「はい、なんとか!」


 俺が吹き飛んでいったサマーに声を掛けると、サマーはしっかりとした声で返事する。幸い、大きな怪我もないようで、強いて言えば塵で服が汚れたくらいだ。


 スプリングも彼女の元に駆け寄り、苦痛にもがく成虫体を見据えながら、俺達三人は一度集結した。


「んむむぅ。あのサソリ蜂、キモい上に強いよぉ」

「合体してる分、強くなってるみたいだね」


 二人が真剣な顔で感想を述べている内に、成虫体は痛みが落ち着いたのか飛び回るのをやめて、またこっちを威嚇し始めた。

 心なしか、さっきより怒気が強くなってるように見える。アイツに感情があるのかは分からないが……。


 二人は成虫体を警戒しているが、しかし逆に考えれば、数の有利を捨てて姿を変えたことといい、俺の攻撃で悶え飛んだことといい、今の敵にはそんなに余裕が無いのが分かる。

 合体して強化したのも最後の悪あがきだ。コイツを倒すのに、そんなに時間は掛からないだろう。


「俺がヤツの注意を引く。君達二人は横から回り込んで、挟み撃ちに」

「うぉーー、こんにゃろーー!」

「ってオイ、話聞いてくれ!」

「もう、サマーたらぁ……!」


 人の話を聞かず一人で突撃しに走るサマーに、俺とスプリングはため息をつく。


「ったく……仕方ない。俺とサマーで敵の隙を作るから、隙ができたらスプリングはサマーと同時に大技で攻撃してくれ」

「は、はい。分かりました!」


 早口でスプリングに指示を出し終えると同時に、俺もサマーの後に続いた。


 近づいていく中で、成虫体は両腕の銃でそれぞれ俺とサマーを射撃する。

 連射された大針を、俺はスネークロッドで払いながら走った。


「サマーマジック! 朱炎が生み出す聖なる海の風よ、我を守り給え!」


 そしてサマーは魔法を使って大針を避ける。サマーの唱えた呪文によって、その場に突風が吹き、敵の攻撃から身を守った。

 だが代わりに、サマーの走る速度が遅くなる。俺は先に出たサマーを追い抜き、成虫体に近づいた。

 成虫体はサソリ形の尻尾についた針で俺を刺そうとしてきた。俺は迫りくる針を寸前のところで体をずらして避ける。さらに体節を器用に折り曲げて2回、3回と刺そうとしてきたので、俺は同じように針を避けた。

 やがて針では刺せないと察したのか、今度は先ほどサマーを叩き飛ばしたように、尻尾を鞭のようにしならせた。


「フンッ!」


 俺はスネークロッドの先端を向けて迎え撃ち、迫りくる尻尾を突く。結果、スネークロッドの細い形状とアルティチウムの硬度、敵の振りぬく勢いもあって、成虫体の尻尾に穴が空いた。


「グャエァ!」


 貫いた尻尾の穴からは血の代わりに黒い靄が噴き出し、成虫体は短い悲鳴を上げる。


「とりゃーー!」


 成虫体が俺に気を取られている隙に、サマーは距離を詰め、空中に飛ぶ成虫体よりも高く跳び上がり、敵の背後へ回り込んだ。

 俺が前に出れば、敵に攻撃するためにサマーは横か背後に行かざるおえない。

 普通、背後に立つなら横から回り込むのが普通だが……まぁ想定通りだ。


「サマーマジ、ッ!」


 背後に立ったサマーが呪文を唱えようとした途端、成虫体は片腕の銃口をサマーに向ける。

 痛みに気を取られていたように見えたのはフェイクか、あるいは敵が射程内に入れば腕を向けるように体ができているのか。

 いずれにしても、突然、銃口を向けられたことにサマーは驚き、詠唱を止めた。この時、代わりにサマーがシャインロッドを短く持ち変えたのが俺には見えた。

 呪文を唱えるよりも直接殴った方がはやいと考えたのだろう。捨て身で……というよりも、これまでの射撃を見て避けきる自信ができたのだろう。

 感覚派のサマーらしい。


 しかし、必要以上に危険に晒すわけにもいかないので、俺はスネークロッドを振り上げてサマーに向けてる片腕を無理やり上げさせた。直後、発射された針は天井に弾着する。

 俺は右足を軸に体を回して、さらに打撃を繰り出せる体勢に入った。


「「ハァァ!」」


 偶然にも、俺がスネークロッドで殴るタイミングとサマーが杖で殴るタイミングが重なった。

 攻撃を受けた成虫体は吹き飛び、鉄筋コンクリートの柱に叩きつけられる。


「キャアァァ!」


 ほとんど魔法少女としての攻撃が効いたのだろうが、俺とサマーの二重の攻撃によって成虫体は大きなダメージを追った。殴った部分はへこみ、よく見ると胸にある小さな脚も折れていた。


(すごい。サマーとハイドロードさん、息ピッタリ)

「いまだ二人とも、やれ!」

「あっ、はい! スプリング・ウィンド・チャージ!」

「サマー・シャイン・チャージ!」


 二人の武器に桃色と青色の魔力がキラキラ輝きながら収束していき、高いエネルギーを生む。そしてスプリングが銃の引き金を引き、サマーが成虫体へ杖を向けた。


「ストームフォース・ソニック!」

「サンフォース・ストライク!」


 スプリングの風の魔力でできた銃撃と、サマーの光の魔力でできた魔法光線が、成虫体に向かって放たれた。

 悲鳴を上げる間もなく、成虫体は光の中へとのみ込まれる。轟音と共に眩い光が消えていくと、もうすでにそこに成虫体の姿はなくなっていた。


「……ふぅぅ」

「よぉーし、勝ったぁ!」


 敵を倒したことを確認して、二人の緊張が解ける。

 俺も一息ついてスネークロッドを持ち直すが、すぐに気を引き締めた。


「上の二人の状況が気になる。すぐに上へ向かおう!」

「「はい!」」




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