第43話 ノーライフが怪人に?ヒーローと一緒に戦おう!





 現場フロアの入口に着いて目にした光景に、三人は反射的に身構えた。


「えっ!」

「な、なにコレ! どういう状況?」


 そこらに転がる瓦礫に、穴ぼこだらけの鉄筋コンクリートの床や柱、ぽっかりと空いた天井、隅では大破した車が煙をあげ、スプリンクラーが消火剤を撒いていた。目の前には、つい先日のハデスが侵攻してきた時のような光景が広がっていた。薄暗く、人気がないというのも、一層、人の恐怖を掻き立てる。

 奥の方からは何かが暴れているような音が聴こえていた。


「あそこにノーライフが。行こう!」

「ラジャー!」

「えぇ!」


 綾辻さんに合わせて、沙織と秋月も光輝く宝玉を握る。


「「「マジックハーツ、エグゼキューション !」」」


 宝玉から発せられた神聖な光が三人を包み、ピンク、ブルー、イエローの光の中に、それぞれシルエットが浮き上がる。やがて閃光が消え、三人はマジック少女戦士の姿になった。

 変身した三人は迷うことなく、敵がいると思われる場所へと走った。





 三人がまず目にしたのは、デカい蜂と戦っている青と白のコスチュームを着た二人だった。


「あぁ! あれは!」


 その二人を見て、まず反応したのは、沙織……キューティ・サマーだった。


「ハイドロードと仮面ファイターファングだァ!」


 目をキラキラと輝かせてサマーは歓喜する。

 サマーのはしゃいだ声を聞いて、この時、俺とファングは初めて三人がこの場に来たことに気がついた。


「シっ!」

「チッ!」


 しかし俺達二人にキューティズの三人に構う余裕はなく、顔を向けることもなく、引き続き周りで飛んでいるノーライフ、アサルトホーネットをスネークロッドで殴ったり蹴り飛ばしたりする。

 ここまで俺達は息をつく暇もなくぶっ続けで戦っていた。


「スゴイスゴイスゴイっ! ハイドロードさんに加えて、生ファングにも会えるなんて! カッコいいィ! ほらほらスプリング! ホンモノだよぉ!」

「う、うん。分かったから落ち着こ」


 目の前のヒーローが戦っている姿を見て興奮するサマーにペチペチと肩を叩かれ、キューティ・スプリングは眉を歪ませて作り笑いを浮かべた。

 サマーにイマイチ緊張感が無いのは相変わらずだとして、そんな二人の横でキューティ・オータムは真剣な顔つきで戦っている俺達の奥にいるヒト型の生物に目をやった。

 それを見たオータムは先日の蜘蛛怪人のことを思い出して、思わず目の端がピクリと動いた。


「あ、あれ? あれは何?」

「ん? うぉ! なにアレ、怪人?」


 やがてスプリングとサマーも奥にいた怪人の存在に気づき、その姿に目を見開いた。

 その見た目は虫をデフォルメしたようなノーライフと異なり、妙にリアルでおどろおどろしい。


《あの人からハデスの魔力を感じるよ》

《変な気配の正体はアイツだね》

《んー、やっぱりただのノーライフじゃないようねぇ》


 ニャピー達が怪しいものを見る眼で蜂怪人を見る。その眼は、例えると魚の専門家が初めて鯨やイルカを観察する様子に似ている。


「マーちゃん達は隠れてて」

《うん、気を付けてね》


 スプリングの指示に従い、ニャピー達は揃って姿を隠した。


「ソリャ!」

「オラァ!」


 俺とファングは同時に残っていたアサルトホーネットを始末した。始末と言っても、時間が経てばすぐに起き上がってくるので、完全に倒したわけではない。

 アサルトホーネットがやられると、今度は蜂怪人が俺達に攻撃を仕掛けてきた。

 先程からこの連続だ。アサルトホーネットがやられると蜂怪人が俺達に襲い掛かり、なんとか良いところまで追い詰めたと思ったら、今度は蜂怪人が俺達と距離を取り、交代するように復活したアサルトホーネットが俺達へ襲い掛かる。

 俺達二人は絶えず戦い続けているが、向こうは休んでは戦いの繰り返しだ。まったく埒が明かない。


「シャァァァァ!」


 蜂怪人は威嚇すると共に俺達へ襲い掛かる。技は大したことないが、体の頑丈さと馬鹿力のせいで、かなりタフだ。大振りのパンチや鈍い動きでも油断はできない。


「「ハッ!」」


 俺とファングは相手の技を避けて揃ってキックを放つ。

 キックを受けた蜂怪人は、二、三歩だけ後退りするだけで、すぐに体勢を立て直した。

 やはりダメージは入らない。普通の人間なら肋骨が粉々になってもおかしくないほどの威力なんだけどな……。


「ギャアシャーーーー!」


 途端、蜂怪人が絹を裂くような声で雄叫びをあげると、頭の触覚にビリビリとプラズマが走る。頭上に収束したエネルギーは、雷となって俺達を襲った。

 俺達は後ろに飛び退き、間合いを取ることでなんとか直撃を避けたが、周辺に落ちた雷撃は地面をえぐり火花を散らす。

 受け身を取った後、俺とファングは膝をついて、相手を見る。


「チッ!」

「あの謎電撃は流行ってんのか?」


 お互いやや呼吸が荒れていたけど相手と距離を取ったことで、なんとか冗談を言えるくらいの余裕ができた。


「ハイドロードさん! ファングさん!」

「大丈夫ですか?」


 膝をついた俺達を心配して、キューティズ達が駆け寄ってきた。スーツの汚れや傷から見ても、あまり俺達の戦況が良くなかったのが伝わったのだろう。


「あの怪人は……?」

「あぁ、あれはノーライフに……要は君達の敵と、ファングの敵が合体したものだ」


 オータムの問いに俺が返すと、三人は揃って驚きと戸惑いが混じった様子で蜂怪人を見た。唯一、初見ではないオータムだけ、驚きの薄い顔つきで相手を注視している。


 俺達がそんな話をしている内に、先ほど打ち倒したアサルトホーネット達が復活して、うるさい羽音を鳴らしながら蜂怪人の前で浮遊する。

 俺とファングは立ち上がり、スネークロッドと拳を構える。それに合わせて、キューティズ三人も、各々の武器を出現させて身構えた。


 目の前の蜂怪人とアサルトホーネットを確実に倒すことができる彼女達が来てくれたおかげで、戦況はだいぶ俺達に有利になった。


「あのヒト型はオレ達が相手する。お前等三人は距離を取って飛んでるヤツを攻撃しろ」


 ファングが俺達に指示を出す。周りのアサルトホーネットがいなくなれば、それだけで蜂怪人を倒すのが随分と楽になる。

 弱くてウザいヤツから倒すのは基本戦術だ。俺も同じ考えだったため頷いて同意を示した。

 スプリングとサマーも素直に頷く。


「……あの、私も戦います!」

「はぁ?」


 しかし、オータムはまっすぐファングを見つめて、蜂怪人と戦う意思を示した。その言葉にファングは馬鹿を言うなとでも言うように声を洩らす。


「あの怪人がノーライフなら私達の誰かが相手にした方が良いでしょう?」

「いや、そうだけど、そうじゃねぇーよ! 良いから指示に従え!」


 ファングは荒っぽい声でオータムの意見を却下した。オータムはムッと少し口を尖らせる。

 事実としてオータムの考えは間違っていない。だが白兵戦の連携はかなりシビアだ。無理にキューティズを手分けして戦うより、先にアサルトホーネットを倒した後に蜂怪人を倒す方が討伐の成功率が上がる。

 戦術と戦況の見極めができるファングは、それを考えて指示を出していた。


「来るぞ!」


 俺達がそんなやり取りをしていると、蜂怪人達の方が先に動いた。

 アサルトホーネットが自分達の針を俺達へ向けている。そして次の瞬間、大きな発砲音を鳴らして敵は一斉射撃を始めた。

 相手の射撃は狙いが荒い。まさしく下手な鉄砲も数撃てば当たるの通りだ。


「いやぁぁ!」

「あわわわぁ!」

「くっ!」


 図らずも俺達は揃ってその場から飛び退き、近場の物陰に隠れた。結果、俺とスプリングとサマーは車の陰へ、ファングとオータムは柱の陰に移動する。

 次々と連射される針の弾丸によって車体と鉄筋の柱に穴が空いていく。だがすぐに射撃は止み、瓦礫の転がる音とガラスの破片が崩れ落ちる音だけが残る。


「いきなり出鼻をくじかれたな……」


 ぼそりと呟きながら柱の陰の方を見ると、ファングも虫の居所が悪そうな様子だ。

 そして突然、またアサルトホーネットが一斉射撃を繰り出す。その放たれた針の雨は、俺達三人が隠れている車の地面部分に降り注いだ。鉄筋コンクリートの床は俺達のいる所まで地割れを起こし、あっという間に崩れ落ちる。


「きゃあああ!」

「わあぁぁぁ!」

「スプリング! サマー!」


 俺達三人は重力に従って瓦礫と車と共に下の階へと落ちていく。階層は2、3メートルほどの高さしかないため、すぐに次の地面へたどり着いた。

 幸い、落下先に通行人や駐車された車などはなく、着地自体は容易だった。


「あたったったったぁぁ」

「はぁぁ、ビックリしたぁ!」


 と思ったが、横を見ると一緒に落ちた二人は転んだように横に倒れていた。

 スプリングとサマーはゆっくりと立ち上がりながら、打ち付けた個所を擦ったり体に被ったチリを払う。


「チッ、分断させやがった。いっちょ前に知恵のある戦い方しやがって……」


 天井にできた大きな穴を見上げながら、俺はうっとおしげに呟く。

 やがてその大穴からアサルトホーネットの群れが噴き出すように降りてきた。





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