第40話 赤い血






「やれ!」


 ヒューニが呼び出したノーライフ、アサルトホーネットが俺達へ向かって襲い掛かる。


 しかしその瞬間、どこからか風を切るジェット音が聴こえてきた。


「ん? なん、ッッ!」


 だんだん大きくなるジェット音に、ファングが『なんだ?』と呟きつつ警戒を強めたと思ったら、轟音と共にアサルトホーネットがいる所の天井が瓦礫となって倒壊した。


 直前、円筒状の“何か”が天井を突き抜けて落ちてきたが、それはすぐに俺達のいる駐車場の階層の床に突き刺さった。

 その“何か”によって壊れた天井がコンクリートの破片や鉄片となって滝のように崩れ落ちてくる。


 距離をあけて立っていた俺やファング、そしてヒューニは反射的に後ろへと跳び下がって難を逃れたが、中心にいたアサルトホーネット達は衝撃波と瓦礫に襲われ、ある個体は吹き飛んでいき、また別の個体は瓦礫の下敷きになった。


 ジェット音が聴こえてから建物が壊れるまで、ほんの十秒もない出来事だった。

 いつの間にかジェットの音は消え、しばらく瓦礫の崩れ落ちる音だけがその場に響く。


「な、なななっ!」

「おいおい、なんだアレ?」


 その一瞬の出来事に、ヒューニとファングが声を洩らす。


 戦いの火蓋を切って早々、ついさっきまで日陰しになっていた駐車場の中は、ぽっかりと空いた穴から日が差すようになった。


「……うわぁぁ」


 唯一、この場で今何が起きたか理解している俺は、天井に空いた穴を見上げながら二人とは違ったトーンの声を洩らす。穴の大きさは直径約1メートルくらい。それなりの厚みのある駐車場の床と天井を2階層分ぶち抜いているあたり、かなりの衝撃があったことが推測できる。


 いやはや、人がいなくて良かった。


 視線を前に向けると、そこにはガーディアンズのロゴが描かれた円筒状の“何か”……輸送用誘導弾が地面に突き刺さっている。

 見覚えのあるその誘導弾ミサイルは、この前、高宮町の駅前に飛んできたものとまったく同じものだ。


 穴に埋まってない方の円筒の先にはジェット機構がついているが、やがてそのジェット機構と外装がパージして、中に入っていた俺の武器……スネークロッドだけが残った。


「あぁ……これが前に長官が言ってたお前の武器の輸送システムってヤツか。なかなか面白ぇーじゃねぇか」


 出てきたスネークロッドを見て事態を察したファングが愉快そうな口調で言いながら俺の隣に立つ。


 駐車場に入る直前に用心のために本部へ要請していたのだが、なかなか良いタイミングで弾着してくれた。


 けど、自分から要請しといてなんだが……。


「これ、あとで怒られないかな?」

「ジジィのポケットマネーが無くなるだけだろ。気にすんな」

「まぁ、そうだけどさぁ……」


 そのポケットマネーの桁数はいくつだ?

 ……いやいや、この際、考えるのはよそう。結果さえ出せばプラマイゼロだ。多分。


 気持ちを切り替えて、俺は床に突き刺さったスネークロッドの元まで行き、手に取った。

 同時に、衝撃で散り散りなっていたアサルトホーネットがうるさい羽音を響かせて俺達の周りを飛び、口の牙をカチカチと鳴らして威嚇する。


「さて、気を取り直して……やりますか!」


 俺がスネークロッドを構えると、アサルトホーネットは一斉に俺達へ攻撃を仕掛けてきた。




 ***




 眼前や頭上など、様々な高度を飛び回りながら、アサルトホーネットは頭突きや突進、そして腹部の針を突き刺そうと攻撃してきた。

 しかも、腹部の針は弾丸のように発射することもできるようで、何匹かが連携して全方位射撃を仕掛けてくる。それを避けるのは別に難しくはないが、その辺に着弾した針を見ると、先端から毒液らしきもの零れ落ちているのが見えた。

 今までの蟻や蟷螂と違い、群れにも関わらず個体それぞれがなかなか強力な能力を持つノーライフだ。


「デカキモい蜂どもだなっ!」


 浮遊しながら四方八方から攻めてくるアサルトホーネットに、ファングが持ち前の体術で反撃する。俺もスネークロッドで殴ったり回し蹴りで蹴り飛ばしたりするが、やはりノーライフに通常攻撃は効かず、まったく数を減らせない。


「相変わらずしぶといなぁ……ん?」


 ふと視界の端に写った動くものに意識を向けると、ヒューニがこの場から逃げ出そうと後退りしているのが見えた。

 俺が気づくのとほぼ同様に、ファングもそれに気づいたようだ。


「ハイドロード!」

「分かった、行け!」


 俺が合図すると、ファングはアサルトホーネット達を無視して、まっすぐヒューニに向かってダッシュした。彼女を攻撃しようとする個体もいたが、その個体たちは俺がスネークロッドで振り払って邪魔をする。

 そして戦況は、俺とアサルトホーネット、ファングとヒューニの戦いに二分した。





 俺がアサルトホーネットを殴ったり掴んで他の個体に投げつけたりして戦っている横で、ファングは逃げようとしたヒューニの前に立ちふさがる。


「逃がすかよ」

「チッ、しつこいわね!」


 ヒューニは立ちふさがったファングを大鎌で斬りつけようとしたが、ファングは彼女の動きを完全に見切り、鋭利な鎌の刃を難なくかわす。例えヒューニの大鎌に鉄筋コンクリートの柱や駐車した車のフレームを切断する力があっても、二人の力量は、まさに雲泥の差だ。いくらヒューニが攻撃のリーチを活かして相手の間合いに入らないようにしていたとしても、歴戦の格闘技術を持つファングは、じわりじわりとヒューニとの距離を詰める。


「なっ!」

「ふん!」


 やがて、ファングは手刀で大鎌と腕を払って牽制した後、体勢を崩したヒューニの軸足を刈り取り、そのままねじ伏せた。


「くっ!」


 うつ伏せにさせられたヒューニの首に冷たいものが当たる。それはヒューニの大鎌の刃であり、脚を刈り取られる直前にファングが彼女の手から抜き取ったものだ。

 空手や合気道などをはじめ、世界中のあらゆる武術や体術の中で、相手の得物を抜き取る技法というのは、そう珍しいものではない。ファングにとっても相手の持つ武器を取り上げることは造作もないことだった。


「捕まえたぜ、この野郎」


 そして何より、ヒューニの大鎌は魔法によって生成された武器だ。物理攻撃の効かないヒューニでも、その刃は彼女の身体を傷つけることができる。その証拠に、刃が当たったヒューニの首からは血が流れていた。


「……魔法少女にも赤い血が流れてるんだな」

「うるさい!」


 そのまま首を刎ねれば、絶命も免れない。

 この時、ファングが狙ってやったのかどうか俺には分からないが、いずれにしろファングはヒューニを倒すチャンスを得ていた。


「まぁ良い。さっきも言ったが、オレはハイドロードほど気は長くねぇ。死にたくなけりゃ、オレの質問に答えろ」


 いつになく低い声でファングは言う。下手に抵抗すれば、本当に命が危ういかもしれないとヒューニは悟った。


「あのクズ野郎……雪井彰人はどこにいる?」


 そして、ヒューニが口にした質問は彼女が予想していたものと違いなかった。

 横でアサルトホーネットと戦っている俺、ハイドロードと違い、雪井彰人と因縁のあるファングは雪井を追い詰めるためなら手段は選ばない。ちなみに、この時、なぜファングがそんなにも雪井彰人を恨んでいるのかは、わけあってヒューニにも及び知ることだった。


「ンググっ!」


 ヒューニは奥歯を噛む。そして見下ろしているファングの尋問を拒絶するように視線を逸らす。

 答える気がないと理解したファングは「そうか」と呟き、大鎌を振り上げた。


「あっ、おい!」


 いわばギロチンの刃が落ちる一歩手前、そんな感じだ。

 アサルトホーネットと戦いながら、そんな光景が視界に入った俺は思わず焦った。ファングを止めに入ろうにも、ファング達とは距離があるし、なにより襲い来るアサルトホーネットが邪魔だった。


「最後のチャンスだ。さっさと雪井彰人の居場所を言え」

「…………」


 ヒューニは口を噤んだままだ。

 

「…………あぁ、そう」


 彼女が答えないと見切りをつけたファングは、大きくため息をつく。

 そして静かに大鎌の刃を振り下ろした。




 ***




 超お人好しな性分を隠すために、粗暴を装っている不良女子高生。


 ガーディアンズに所属してから4カ月近くの間、彼女と関わってきて抱いた俺の悠希へのイメージはそういう感じだ。

 幼少期から父親と共に世界中を飛び回って身につけた武術を駆使して戦う格闘家で、受けた恩はちゃんと返し、仲間思いで、悪人を許さず、誰かのために戦うことのできる、強い意志と優しい心の持ち主。

 そして本当は人を傷つけるのを良しとせず、どんな悪人が相手でも他人を傷つけることを嫌っている。しかし、そんな弱みを周りに知られまいと隠すために、普段は荒っぽい振る舞いをしている少女が、上地悠希という少女だ。


 だから、それを知っていた俺は、ファングがヒューニに向けて大鎌を振り上げているところを見た時も、焦りはしたけど、本気で止めようとはしなかった。


「……ふん」


 ファングが振り下ろした大鎌の刃は、ヒューニの首ではなく、コンクリートの床に突き刺さっていた。刃が下りる直前、身構えて目を閉じていたヒューニも、自身の身体から外れたところに刺さった刃を見て、一瞬、状況を飲み込めていない様子だった。


「何故やらない。情けでもかけてるつもりか!」


 虚仮にされたと感じたのか、ヒューニは助かったにもかかわらずファングを睨みつける。


「本部に連れてって、そこでたっぷりと締め上げてやる。ここでお前を殺したら、あのクズの居場所が分からねぇままだからな」

「私なら、ここにいるが?」


 ファングの声の後、聴き慣れない男の低い声が聴こえた。


「「えっ」」


 俺とファングの声が重なる。この場にいない俺以外の男の声が聴こえたことにもだが、過去に聴いたことのある、その男の声に反射的に意識がそちらに向いた。

 戦っていた俺は、危うくアサルトホーネットに毒針を刺されるところだった。


 そして、そこにいたのは見覚えのある顔の男。

 前に会ったときはきっちりとしたスーツを着ていたその男は、すっかり様変わりした格好で駐車場のフロアの隅に立っていた。着崩れたスーツにロングトレンチコートと、良く言えばハードボイルドな探偵、悪く言えば放浪者、そんな身なりをしている。


「テっ、テメェ! いつの間に!」

「えっ、マジか!」


 その男の名は、雪井彰人。

 ヒューニの仲間で、世間にマージセルをばらまき、ファングが追っている張本人だ。




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