第39話 2対1プラスα
俺とファングは屋上から下へと降りていく。
立体駐車場の中には、不思議と人が一人もいなかった。まぁ、俺たちとしても一般人に被害がでなくて済むから良いけど、薄暗いこともあってどこか不気味な雰囲気だ。
そして3フロア目に辿り着いたとき、俺達は目的の人物を見つけた。
各所に駐車してある車に隠れることもせず、片手に自身の武器である大鎌を持ち構えて、ヒューニは通路のド真ん中に立っていた。
俺とファングは、彼女の様子と周辺を警戒しながら、彼女に近づいていった。コンクリートでできた駐車場の床と俺達の靴底がコツコツと鳴り響く。
「正義のヒーローがストーカーなんてして良いのかしら?」
「治安維持組織の人間がテロリストを捕まえようとして、何か問題あんのかよ」
ヒューニと俺の声が辺りに響く。彼女は背を向けていたが、反響しやすい環境とあってすんなりと聞き取れた。
ヒューニが振り返って、顔をこちらに向ける。その表情はこれまでに何度か見せている彼女が機嫌の悪い時にしているものだった。
「いやねぇ。国家権力でもないガーディアンズのくせに、一体どういう権限で、ッ!」
まだヒューニが何かしゃべっている途中だったが、ファングが勢いよく走り出して間合いを詰めた。ある程度の距離まで来ると、ファングは踏み込んで跳躍した後、ヒューニの背後から攻めかかる。
ヒューニは振り返りながら身構えるが、すぐにファングの流れるようなパンチとキックが彼女を襲った。
大鎌を持っているヒューニだが、間合いとリーチの不和のせいか刃で反撃できず、
ファングの打撃がヒューニの大鎌に当たる度に、鉄を打つような音が鳴る。ボクシングの打法なのか、あるいはムエタイか、プロ以上の格闘術と実戦経験が積まれたファングの攻撃に、戦いに慣れていないであろうヒューニはただただ圧倒された。
はたから見ても、受け流すことで精一杯なのがすぐに分かる。
「ふっ、はっ……ク゚っ!」
そんな一方的な白兵戦の攻防が始まって10秒もしない内に、ファングの強力な足刀蹴りが彼女の横腹に入った。
その衝撃でヒューニの体が後退する。普通なら骨が折れても不思議ではないが、ヒューニは大鎌から手を放すこともなく踏ん張って耐えた。顔も苦痛に歪むどころか、薄い笑みを浮かべている。
流石、物理衝撃無効化能力を持った魔法少女だ。
そんなことを思いつつ、ヒューニの背後にいた俺は一気に間合いを詰めて手刀で彼女の首筋を狙って振る。
しかし、その攻撃はヒューニが上体を傾けたために空振りに終わった。
彼女は突き刺すような眼で俺を見る。
「2対1なんて卑怯じゃない?」
「バカか、お前?」
淡々とした口調でファングがヒューニを罵倒した。
戦力や戦略で優位な状況で戦うというは戦いの基本だ。卑怯もなにもない。
ヒューニの注意が俺に向いた瞬間、ファングは左手で大鎌の刃を押さえ、右手で彼女の首を捉えた。
「グァ!」
「言っておくが、オレはハイドロードほどお人好しじゃねぇからな」
またまた御冗談を。
ファングはヒューニを締め落とそうと、彼女の首を掴んだ手に力を込める。
「ガッ、クッ、ウゥ!」
少女の首を絞めるという、ヒーローとしていかがなものかと思うほど酷い絵面だが、物理攻撃が効かない人間を素手で確保するには、こうして意識を狩るのがベターな方法だ。
このままいれば、いくらダメージの入らない魔法少女でも酸欠で意識を失っていくだろう。この前のショッピングモールの戦闘でもそれは確認済みだ。
しかしそれ故になのか、今回、ヒューニは素直に気絶することはなかった。
気を失う前に、ヒューニの身体が真っ黒に染まっていく。やがてあっという間にヒューニの姿は大鎌ごと影の中に消えていき、ファングの拘束から逃れた。
捉えていた対象がいなくなり、彼女の手は空気を握りつぶす。
これは、今まで何度も見てきたヒューニの影の魔法だ。
「チッ、どこ行った!」
ファングの大きな舌打ちが聴こえた。すぐにファングは周辺を見渡したが、どこにもヒューニの姿はない。
また逃げたか。
反射的にそんな予感が俺達の中で過った瞬間、ファングの背後の天井から黒い塊が突き出てきた。
その黒い塊はあっという間に人の姿に形を変え、そこから大鎌を構えたヒューニが現れた。
ヒューニは大鎌を振り上げてファングに襲いかかる。ファングは背後から斬りかかる彼女に気づいていない。
「ふんッ!」
「くっ!」
しかし、間合いから少し離れた所にいた俺には、ヒューニの奇襲にいち早く気づくことができた。
飛び蹴りで襲い掛かるヒューニを妨害すると、ヒューニの体は勢い良く飛んでいき、駐車した車に直撃してフロント部分を破壊した。セキュリティアラームが鳴りだして、かなりうるさい。
俺が飛んできたことでヒューニが自分の背後にいたことに気がついたファングは、車の上で仰向けになったヒューニへ目をやった。
「今のが魔法ってヤツか。面倒くせぇな」
「だから言っただろ」
「お前の能力で何とかできねぇのか?」
「できなくはねぇけど、ここじゃ無理だ」
前回のように不意をついて能力を使えば何とかできるかもしれないけど、ここには消火のためのスプリンクラーはあれど、こういう所の消火設備には化学薬剤を使われるため水は出ず、能力を使うのは難しい。
「チッ!」
ヒューニが殺気を放ちながら車から降りる。そして八つ当たりするように彼女は大鎌を振るう。
刃から鎌風が生じて斬撃がこっちに飛んできたが、俺とファングは難なく避けた。
「へぇ、あんな真似もできるのか」
「ふん、これだけじゃないわよ」
そう言ってヒューニがまた大鎌を構える。武器に自身の魔力でも込めているのか、徐々に鎌の刃が紫色に発光しはじめた。あまりいい予感はしないが、俺たちが止めようとする前に、ヒューニはその光る刃で何もない空間を斬った。
すると、大鎌の刃が走った軌跡に布が破れたような亀裂が走り、なんと空間に“裂け目”ができた。こちらからは“裂け目”の中には光の照らない暗黒の空間が広がっているように見える。
「なんだアレ、どうなってんだ?」
「知らない。俺も初めて見た」
いつもハデスやヒューニが使う“黒い渦”のようにも見える。けど事前動作が違うあたり“裂け目”には“黒い渦”とは違う何かがあるのかも……?
「現れよ、アサルトホーネット!」
ヒューニの呼び声に反応してか、虫かごを開いたみたいに“裂け目”の中からノーライフと思われる生き物が飛び出てきた。
「あの“裂け目”は、召喚魔法の類かなにかか?」
「現実で『現れよ』とか言ってるヤツ初めて見たな」
確かに……ってそうじゃねぇよ。
ファングの呟いた感想に少し共感しつつ、俺は出てきたノーライフ達の様子を伺った。
昆虫らしい頭と胸と腹、そして茶色の大きな羽。オレンジ色の体には邪悪な黒模様。腹部の先端には殺傷能力の高そうな刺針がある。
アサルトホーネットと呼ばれるスズメバチのようなノーライフは、喧しい羽音を響かせて、大顎をカチカチと鳴らして俺たちを威嚇する。全長は八十センチほどある巨体だが、知性らしきものは感じられない。
「やれ!」
ヒューニが大鎌の先を俺達に向けて合図すると、三十体ほどいるアサルトホーネット達は襲い掛かってきた。
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